浅間の煙

じいさんの気ままな独り言

歯科治療で歯型を取る

2011-12-26 22:06:12 | Weblog
12月26日(月)。朝の気温ー6℃。曇り、一日冷たい風が吹いて寒かった。
 昨日頑張って生垣の刈り払った枝や葉を片づけておいて良かった。
 歯医者の予約が一番で8時40分だったので、早めに出かけた。前回治療をしてあるので今回は歯の形を採り入れ歯を作るのだと言う。次回(28日)に型あわせをするということである。年内には出来上がりそうも無い。
 茂田井のTさんが白い餅を四角にのしたのを搗いて届けて下さった。もうお正月を迎えたような気分になった。有り難い事である。
 遺族会のOさんが、来年2月5日に『戦時を偲ぶ集い』を持ちたいと言う事で、戦争に付いて体験を語ってほしいと依頼に来られた。語りは3人で、従軍の想い出を私が、傷痍軍人の立場から塩沢さんが、父が戦死した遺族の立場から小林さんが、それぞれ発言し前所さんにコーデーネーターを依頼したと言う。沢山の聞き手が集ってくれれば良いと思うが、寒いときなのでどうだろうか。若い方々や子供さんに聞いてもらいたいものだ。

「坂の上の雲」を見る

2011-12-26 14:47:29 | Weblog
12月25日(日)。朝の気温ー4℃。雪後晴れて又午後は雪降り。吹雪となった。
 朝除雪。午前は毛糸ボンボンの飾り付けをし、午後は垣根の切り捨てた枝葉を片付けた。縄で束ねたら23束も有った。2回に分けて運び神明沢入りの畑に積み上げた。最後は雪の降る中暗くなってしまったが、軽トラのライトで何とか片づけられた。午後6時半となる。
 夜のテレビで『坂の上の雲』を見る。3年連続の最終回である。明治の富国強兵時代の物語であるが、戦争に明け暮れて犠牲者を沢山だし、弱小国日本が背伸びをして世界の列強国と肩を並べる過程の一こまである。日本海海戦で勝利し、ロシアからの賠償金はゼロであったところで終わったが、このときロシアは国内が大荒れに荒れているときで、帝政ロシアが倒されて革命の波が起きて来る時代であった。戦後秋山が「戦争は犠牲者が沢山出て敵も味方も痛ましい限りである。軍人を止めて僧侶になって犠牲者を弔いたい」と言う意味の言葉を述べているが、このドラマの締めくくりの言葉として適切であったと思う。先年旅順港を訪れ、203高地にも登って見たので、指揮をとった乃木将軍の苦悩も良く理解できた。ステッセルと会見した水師営の家屋も残されていて見てきたが、今回のドラマでは表現されては居なかったようである。
 雪の降りそうな頃、春日からKさんがお歳暮を届けて下さった。作業中だったのでなんの御もてなしもできず申し訳なかった。