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GSゲルマニウム原人の退屈な日々

見わたせば、気になることばかりなり・・

ブルースセッションでもどう?

○○のない生活

2006年04月20日 08時37分49秒 | 徒然なるままに
最近始まったゆるナビというNHKの番組で「○○のない生活」と言うのをやっている、例えばエレベーターのない生活とかね。(夕べの寝室の無い生活ってのは今一どうかなと、布団生活なら普通じゃん?)

消去法の生活というのは結構楽かとも思うけど、昔、実家にいた時は年に1~2回程度部屋の模様替え病がおきて、それが夜中であろうと何であろうと、いったん今の家具の配置が気に入らなくなると速攻で始めなくては気が済まなくなる。で、多分その引き金となるのがテーブル代わりにしているコタツの上に積み上げられた雑誌類。
当時のことだから「ポパイ」「ホットドッグプレス」「ミスターバイク」「ギターマガジン」ほとんどがこれだったと思う。これらが単純にいって半年で50冊以上になるはずだから、そりゃ、目障りにも成るわね。で、情報として取っておきたい数冊をのこしてバッサリと処分!壁に貼ってあったポスターやらなんやらもべりべり剥がして処分処分!2シーズン着ていなかった服も処分処分処分!って具合でオーディオ関係も配置換えして、その裏側に潜む怪しい生き物たちもジェノサイドするわけだ。で、スッキリ片づいたところでカメラでパチリと撮影して完了。てなことを、頻繁にやっていた。

だからこの「○○のない生活」的に言えば「コタツ」がない生活をすれば実はもっとスッキリしたお洒落な生活が出来たのではないだろうか。

で、最近思う「○○のない生活」

割り箸のない生活……どうでしょう?ぜんぜん困らないような気がする。食堂でコンビニで割り箸が出てくるから使っちゃぁいるけど、これが塗り箸であってもべつに良いわけ。そりゃ、サキッチョがささくれていて湿っているなんて塗り箸はお断りだけど、プラスチックとかなんか他の素材でもいいでしょ。
どうしても使い捨てじゃなくてはいけない理由はまづ無いよね?かつて割り箸は実は間伐材から造られているとか製材した材木の不要な部分から造られてるって言われて、森林保護問題とは関係ないようなことを言っていた事もあったけどどうやら怪しいらしい。そう言う物も在る事は事実だろうけどほとんどは中国とかの森を切り倒して作っているようだ、そのため中国からは森林保護の為に輸出停止するなどという話もニュースでやっていた。(ホンとの理由は知らないが、賛成だね)

どうだろう、竹の箸は?実際にあるし。竹ってドンドン生えてくるので困ってるところも沢山在るじゃない。竹の箸は香りも良いし青竹なら見た目も爽やか、上品だし。多分大量生産するには機械化が難しいのかな、今一一般的にはなっていないね。

割り箸のない生活、My箸をもって歩けば問題ないのだね、友達へのプレゼントでよく私は銀座(青山)にある「夏野」の箸を利用するんだけど、素敵な良い箸が沢山あってこんど持ち歩き用の箸を買おうかと思ってる。(食いタンみたい)

割り箸といえば子供が綿あめの棒をくわえたまま転んで亡くなってしまった事件があって、病院を訴えたって裁判この前やっていたね。気持ちは分かるけど昔の親だったら医者を訴える前に、子供から目を離していた自分を恥じるし、そんな事はそもそもさせない様に躾ていたんじゃなかろうか?
私ですら、子供連れで出かけた時、スーパーや遊園地であっても絶対に目は離さなかった、見ていない様なふりをしていても遠くからでも絶対に見えるところに居たものだし、棒をくわえて走るようなことをしたら「拳骨」をお見舞いした。
この事件の親は、この時、何をしていたんだろう?「大事な子供のいない生活」になって身にしみて自分のことを振り返っていないのだろうか、訴える方向が違う気がする。
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押入モエ~ヽ(=゜ω゜)ノ″

2006年04月19日 08時35分08秒 | 徒然なるままに
とあるところで、押入の話が話題に上ったので

小学校の時、5コ上の姉と同じ部屋だった。私が小6なら姉は高校2年くらいなので何となく同じ部屋ってのも鬱陶しくって、私は押入の上段を部屋に改造してもらってそこにいたわけだ。
ちゃんと裸電球だけど照明もついていて廊下に面している側は板を外して網戸にして、さらに寒い時ように跳ね上げ式のフタも造ってもらった。ふすまの側は全部取り払い、折りたたみ式の落下防止手摺りを装備、あとはカーテンを付けて完全なる個室となった。
まさに、永平寺の修行僧の居所、立って半畳寝て一畳を実践しているのだけど、唯一「立って…」の部分は不可能だった。そう、押入だから立てない。座して半畳って事になったわけで、それこそ禅宗の坊主の様な生活だったわけだ。

この部屋は本棚も作って考えてみれば今のカプセルホテルの様な物なんだけれど閉所恐怖症でもない限り、異常なほど狭い場所でなければかえって落ち着くようだ。
部屋の天井には始めて女性歌手という物を意識した黛じゅんのポスターを貼って……ただずっと聞いていたのがラジオで、小5の男子が当時は歌番組なんかほとんど見ないので「恋のハレルヤ」という歌だけでファンになっていた、はじめて写真を観た時、「(-_-)」って成ったのは事実です、あははすんません、でも、ずっとファンだったけどね。
ぬいぐるみも結構置いてあって、絶対になくては成らない「黄色ちゃん」というニットの編みぐるみが一番良い場所に鎮座していたものだ。そう、当時から人形好きだったってことだな。

中一のときの一個先輩に「長津君」という人がいて、同じ放送委員だったのだけど、彼の家に遊びに行くのがかなり好きで。なんでかっていうと彼は自分の家の外側に家の外壁を利用して掘っ立て小屋を立てて住んでいた。
しかも、1畳の家!

まさにそこは永平寺なのだが(立てるし)一番奥に座り机を作って寝る時は机の下に足が入るという事になっている。机の上には当時我が中学で大流行していたアマチュア無線の機械が積まれていてシャック(掘っ立て小屋=アマチュア無線の基地局の事)として使っていたわけだ。
その家には最大本人もあわせて3人で泊まった事がある、今考えてみれば1畳よりかは若干は広かったのだろうか、それでも、さすがにこれは狭いなと思ったらしく先輩は翌年2畳の部屋に改築していたけど。(こんどは玄関も付いていた)

どうだろう、自宅にカプセルホテルのユニットを置いて寝るていうのは?なんだか非常に落ち着く気がする、パジャマにサッカーのユニフォームTシャツさえ着なければ安全且つ快適に過ごせる気がするのだけれど。
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タイピン

2006年04月18日 08時24分09秒 | 楽器や音楽
最近ではタイピンってしないひとが普通?

まぁ別に好きずきだから良いんだけど、私はタイピンをする派なのさ、だってしないとプラプラするよね?
小剣の方を表に見えない様に固定する奴とかもあるけどまぁ普通はただプランプランしちゃうと思うわけ。ダウンタウンの松本君みたいにそっくりズボンの中に入れてしまうというのも有りだとは思う、じつは会社では寒がりの私はベスト着てウインドブレーカー着て仕事してるから結構ネクタイが松本状態に成ってる事もあるんだけど、基本的にタイピンはしてるわけ。

そもそも高校卒業の時にプラタナスの校章入りのタイピンをもらって、すごい気に入っていたわけよ。なんかそれでもいつの間にかどこかに行っちゃったんだけど、いまでももう一度手に入れたいなぁと思ったりもしている。
でまぁ、とは言ってもタイピンって2~3個しか持っていなくって、この写真のとほかに管楽器のホルンが付いてる奴、これも気に入ってるんだけど銀座の山野で売ってる、でも細いタイプのネクタイにしか使えないのがネックだね。あと、上野の科学博物館で買ったシャチ(オルカ)のがらのやつね。

一番というかほとんどこれしか使っていないんだけどやっぱり銀座の山野で購入したフェンダーのストラトモデルのタイピン。
何が良いって、ギター柄のタイピンって結構あるんだけれどディテールがいい加減だったり、デザインが悪かったりなのさ、でも、山野で売ってる楽器シリーズはさすがに楽器屋だけあってとっても細かく作ってある。(まぁそう言う別の業者がって事だけど)
ストラトのタイピンは山野楽器モデルを過去2個無くしていて、シルバーといぶし銀ぽい奴、で、今は金色の奴なんだけど実にリアルに作って在る所が大のお気に入り。CBS以前のスモールヘッドタイプなんだけど、シールドを刺す所の処理なんか完璧!

実は今、ストラトが欲しくってたまらないのだけど、お財布に余裕がないのと今一これって言うモデルに出会わないのが購入を踏みとどまらせているって訳ですよ。なにしろ、初めて買ったお高いギターが18歳の時、そう'74年、お茶の水「谷口楽器」で買った黒のCBSストラト、ハードテイル(トレモロ無し)・ラージヘッド・三点支持ね。定価当時は24万ですよ、それを198000円で買ったんだよなぁ~。
そうだ、初めて買ったエレキギターもグレコの白いストラトコピー36000円だったなぁ。

ストラトって一枚板のいわゆるソリッドボディのギターなんだけど実はピックアップとか付けているプラスティックの板の下はほとんど空洞に近いのね。だから、実は結構セミアコースティックな音だったりするわけ。
持った時のバランスは非常に素晴らしいんだけど、いろいろ私には使いにくい部分があるので今迄に4台くらいしか所有した事がない。
でも、まだ秘密だけど(誰も知りたくないって?)その辺を解決する改造方法を思いついたのだ!多分、年内にはラージヘッド70年代モデルが私の楽器リストにアップされるのでしょう♪
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ポテト&マスタード最高!

2006年04月17日 00時49分54秒 | 徒然なるままに
金土と外泊だったので家族に見放されて一人で留守番(T_T)

息子は部活、かみさんと娘は私が会社からチケットをもらってきた「藤田嗣治展」に行っている。竹橋の近代美術館なのだけど、あそこには追っかけをやってる「靉光」の眼のある風景があるんだけど…え?本当は自分が行きたかったんだろって、まぁね。まぁ、レオナール・フジタは今朝ゆっくりと新日曜美術館で見たからいいんだけどね。

でまぁ、二日間も食事と言えば居酒屋メニューが続いたので揚げ物やら刺身やらは飽き飽きで、さ~て何食べようかっつうんで「マック」あれ?ポテト、揚げもんじゃんね?
でもまぁここ一ヶ月以上マック食べてないからなんか急に食べたく成っちゃってね、ビックマックとポテトのMを買ってきてしまった。もちろんマスタードソースも忘れない!マックポテトにはマスタードソース抜きではありえな~~い。

やっぱ、ジャンクフードは良いね、ナチュラルで体に良い物を食べるに越したことはないし、それのために人生も含めてのめり込んだりする人もいるようだけどさ。いや、それを悪いとは言わないよ、それが出来る生活、車も当然使わない自給自足みたいな生活が出来るに越したことはないとは思うけど、私はアーミッシュでもないし月に数回のジャンクフードを楽しんだって良いジャン。

まぁ、案外と車も使わない生活なんてぇやつは東京の方が楽勝なんだけどね。しかも、23区内、さらに狭い狭い土地にぎゅーぎゅーに住んでるって事はある日突然自分ちの裏山に産廃が山積みになったり何がなんだかわからないドロっとした刺激臭を発する物体がドラム缶で何本も運び込まれたりする可能性も低いって事が安心とも言えたり。(極論だけどね)

話は全然変わるけど、いつも遊びに行っている某巨大掲示板(悪評の)経由でいける見た目は似てるけど実際は別組織(多分)の地域掲示板があって、そこの地元スレが始まってからずっとコテハン参加している、今じゃほぼ5年№31にもなってる。
今度の週末にオフ会があって、実は始めて参加することにしたのだけど…おっちゃんオフ会初体験(^^;)いまから緊張してるんですけど♪

こうみえても、ものすっご~~~い、人見知りで営業職には適正が一切無いタイプなのだ。
たぶん、おとなしいちっちゃいおっさんで終わることになるのかと…普通の私をよく知ってる人にはわからない私、ほんと、始めての人とか超苦手だからね。
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いやぁ{でん}…変。

2006年04月16日 00時45分15秒 | 携帯から書くよ
結局金曜の夕方から飲み続けで池袋ライブと{でん}で深夜のカラオケ(マイク無し)で、3時過ぎに寝たんだけど起きて11時からまた酒&バンド練習…その後、湘さんは安曇野にご帰還(またあそぼーね)。
夕べ{でん}はなんか妙な感じで結局飲み代はⅡのほうに行ったみたいだし、なんだかなぁなので引き続き{でん}へ。
あれ?昨日行ったのが12時過ぎくらいだから一日に二回行ったことになるのか?

相変わらず「変」なのはいつも通りで、何が気に入らないんだか某他のお客が居るから帰るの禁止!なんじゃそりゃ、まぁどうせバンド後の打ち上げはいつも最終近くになるんだからべつに良いんだけどさ。

こんど、店の名前を{でん}じゃなくって{へん}にした方が良いよ(^^;)
ま、いつも通り自分で自分の唄うカラオケの選択権はなく、アイドル&ケメ。
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朝風呂

2006年04月15日 09時35分03秒 | 携帯から書くよ
夕べは寝たのが三時過ぎだったから今から朝風呂に入って、昼は上野の聚楽でまた酒f^_^;ときて練習になるっつう訳ですな。
昨日の夕方から呑みっぱなし…

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信州の芋焼酎

2006年04月14日 09時03分29秒 | 長野
先日泊まった天竜峡の旅館で自分へのおみやげとして芋焼酎を二本買いました。

長野(飯田市鼎)初の地元伊那谷で作った芋(黄金千貫)で作った数量限定品だそうです。一本は「風太」これは25度のいわゆる普通の芋焼酎で、もう一本が「山ん中」こっちは29度と成っております。

「山ん中」良いネーミングですね、ラベルの柄は原料の芋を輪切りにした形、それに芋版のように文字が彫られているというデザインです。島崎藤村の「夜明け前」の冒頭の文「木曽路は、すべて山の中である」から取ったのでしょうか、それを方言っぽく言った感じかな。
度数が一般的な焼酎よりやや高めになっているだけあってがっしりした男らしい味のする芋焼酎です。

一方、「風太」のほうはやはり芋の形が描かれているようですが、一つ気に入らないのはうらの説明用のラベルに例の千葉にいる立ち上がるレッサーパンダ「風太君」とおぼしきイラストが描かれている事。この焼酎は黒麹を使っているようですがあまり重くなくどちらかというと若い爽やかな風味、そんな所から風太と付けたのではないでしょうか?そこに、どう考えても縁もゆかりもない千葉のパンダのイラストは無意味なような気がします。

どちらも、鹿児島の本格芋焼酎に比べるとまだまだという感はぬぐえないですが、信州といえば蕎麦と思われてしまう様ななか、実際に芋作りから始めてこれだけの焼酎を作り上げた事は評価に値します。
若く爽やかな焼酎なので、お湯や水で割って呑むよりは「オンザロック」でキリリとひやして呑む方が残雪を残したアルプスから吹く風の様に喉を吹き抜け、私は非常に美味しいと思いました。

今後の研究課題として、もうすこしかろやかな香りがこれに更にプラスされると良いのではないか?黒麹にこだわらず黄麹(なかなかあつかいが難しいらしいが)の香りの良さを使ってみるのも良いのではないかと思ったりもして、どんどん、美味しい焼酎造りにチャレンジして頂きたい物です。
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ガロ

2006年04月13日 08時13分56秒 | 徒然なるままに
私にとって「ガロ」といえばこれのこと。

青林堂の「ガロ」は'60年代から'70年代にかけて欠かさず読んでいた、なぜか親が定期購読をしてくれた月刊漫画雑誌だった。小学から中学にかけてのいわゆる多感な頃にどう考えても大学生以上、内容的にはアダルトな描写も結構あったこんな本を毎月買ってくれていた親って……(^^;)

この本のメイン・トップページは白土三平の「カムイ伝」と決まっていた。少年誌では「カムイ外伝」という忍者の話し中心の娯楽内容の物がちゃんとあって、それの本編がこのカムイ伝だったわけだ。いわゆる階級闘争、この場合現在の被差別に関わる「・」そしてその他の階級との関係などの話、日々の収穫と年貢に苦しむ「日置藩」の農民、そして商人・武家社会の物語なわけだが、あきらかに作者が当時の社会主義思想や安保、またその安保闘争の敗北などから非常に長い大河マンガのなかで揺れ動いていく姿が見られる。

無知な農民の中に「大衆から搾取する不当な支配階級」に対向する落剥の武士(浪人)の指導者や知識を得た若い農民が入りこみ武力革命を目指す所などはまるで農民の土地を守る為の闘争だったはずの成田闘争に入り込んだ学生運動家のようだ。(結局一揆は失敗に終わるのだが)
同時進行している社会とマンガとしての「カムイ伝」がリンクしていて「マルクス主義」を学ぶための教科書の様に中学生の私は読みふけったものだった。

当然、多大な影響を受けることになり高校時代はMy赤ヘルを持っていたりデモにも参加したりもしたのだが、マンガのお話と同じで結局は農民運動も革命を目指す運動家の為の単なる武力闘争になり、内ゲバとなり解体無力化されてしまったわけだ。この'70年安保敗北の背景にビートルズ来日における警察の警備態勢シミュレーションが安保時のデモ隊鎮圧のための予行演習だった事は周知の事実なわけだが。

「ガロ」はこの時期原稿料はない物の新人作家に広く門戸を開いていたので、実験的な作品や若い才能が発表の場を求めてひしめき合っていた。つげ義春・勝又進・池上遼一・つりたくにこ・淀川さんぽ等々(フォークシンガーのシバも居た)、中でも佐々木マキや林静一のようなサイケデリックな作品が私は大好きだった。
また、巻末には水木しげるの短編が載っている事が多く、おそらく白土先生と水木先生(滝田ゆう師もかな)のみギャラが発生していて一般客を引きつけ売り上げのベースとして、ノーギャラの若者の作品を載せる事で本としてのアイデンティティを構築していったのではないだろうか。結局このノーギャラ作家達の多くが独自の世界を持った素晴らしい作家になっていったわけだから「ガロ」のやっていた事は素晴らしい事だったのだろう、ただ、それが会社経営にはつながっていかなかったのだが。

ぎりぎり'80年代初頭までが「ガロ」と青林堂の存在意義だった様な気がする。革命の幻想が終了した現在、ガロのやってきた事は夢・幻だったのかも知れない。
しかしその時夢中になって読んでいた私は「幻」ではないし、社会悪には怒りを持って発言する大人になったのは「ガロ」のおかげも何%かはあるだろう。
「カムイ伝」のリアルタイム読者だった事を私は誇りに思っている、さて、もう一度あの分厚い本を読み直すとするか。
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パクリパクリパクリ

2006年04月12日 08時52分12秒 | 徒然なるままに
地味に流行ってる様なので私も一口

五月発売のドリームジャンボ宝くじは一等2億円(前後賞付きで3億円)
でもって、2億円当たったらってネタの輪が地味に広がっているんだけど、実際買わなきゃ当たらないと来たもんだ、でも、3000円が惜しくてなかなか買えない。

でも、間違いなく買った時には一等が当たるに決まってるというシミュレーションは必ずやるね。
でさぁ当たっちゃたらどうする?うひひ。

今の世の中金利はもうぜんぜんだから、とりあえず一億を貯金ね。で、贅沢しなければ十分暮らせる毎月の分として30万円/月おろしていくと約28年間大丈夫なのよ、だから健康保険とか厚生年金の分、あと、ちょっとの贅沢の為に今迄通り働けば結構幸せかなと。

それで、残った一億!これはパァ~~っと使っていいざんしょ?

昨日都会じゃないと暮らせないとか言っておいた舌の根も乾かぬうちにに成っちゃうけど、希望としては南紀に住みたいのよねぇ~志摩から那智勝浦あたりの海に近い所ね。でもって、毎日シーカヤック三昧!その引っ越し資金で3千万もだせば良い中古住宅が買えるでしょう。でもって、地元の「道の駅」とかさ「何とかセンター」みたいな所で契約社員で働こうかな~(但し社保完)。でも、やっぱ多分無理だね、バンドできなくなっちゃうし、一年でボケオヤジになるね間違いなく。

ほんじゃまぁ、東京の今の家を増改築、母屋とあわせて上物だけ5千万位で建つかなぁ~?駐車スペースは確保出来るから一階部分にリハーサルスタジオでも作って、貸しスタジオにしても良いね。PUPPYは年間使用フリーにしましょう♪ただし機材は持ってね。気を付けなくてはいけないのはリーダーの楽器倉庫にならなければいいけど(^^;)
二階三階に住居スペースで、ばーちゃんのお部屋は一階スタジオの裏(南側)にでも作りましょうか。
地震がちょっと怖いけどね~南紀も南海地震があるから同じ事か。

残ったお金でバイクも買いましょう、ドカッティモンスターSなら100万もあればフル装備。車も買いましょう……でも、大きい車は苦手だから今のままでもいいや。(車の趣味は無いのだ)

で、とりあえずアコとエレキのギターを何本かオーダーして、まぁそれだってせいぜい500万も在ればものすごいのが出来そうだし。

そうそう、カメラも買おうね。ローライフレックスとライカのMシリーズ最新型はおさえておけばいいかな。

多分これだけやってもまだ4千万くらいは残るね、貧乏性だから結構使い切れないものだなぁ。
とりあえず、お友達10人ほどおさそいして先着申込み順で沖縄で数日間のんびりリゾートなんてどうざんしょ?贅沢三昧したって数百万かな。(さぁ今ならまだ空きがありますぞ!)

ほんでもって残金は不動産の維持費としましょう。

あ~お金があるって、辛いねぇ~。
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春の匂い

2006年04月11日 08時44分30秒 | 徒然なるままに
何が好きって、グリーンピースご飯

私にとっての春の一品はグリーンピースの入ったご飯なわけだ。こればっかりはさやに入っているとかむいてあるとか、まぁようするに缶詰のではなくってフレッシュな奴でなくては美味しくないので、もう春限定。
うっすらと塩味でやや青い香りのグリーンピースがたくさん入っているともう幸せ♪

春は青々してほろ苦い蕗の薹とかたらのめとかの山野草を食べて、冬の間保存食品やビタミンの不足した食生活を改善しようとする為に知恵として食べてきたそうだけど、現代はそう言った意味はあまり必要ないのだろう。
ただ、それでも季節感を味わう山野草は人間が自由に栽培出来るという物でもないだろうし、出来た所でそれほど一年中需要があるという物でもなさそうなのでいまだに自生の物で十分に足りているのかも知れない。(例の旅館で土筆ん坊食べたなぁ)

実はそれほどその手の野草の天ぷらとかワラビゼンマイの煮た奴とかが好きではないからちゃんとした料理店で出されれば「あ~春だねぇ」とか一応の能書きは垂れたりはするけれど「お気に召しましたか?じゃぁおかわりを」なんて言われちゃうのも実は困ったりしてしまう。以前、バンド関係で行った所で大皿いっぱい山盛りでたらのめの天ぷらを出された事があるが、そう言った食べ物じゃぁないよな?東京の人間には一つ二つありがたそうに食べるので十分なのだ、土の臭いや緑の臭いとかほんの少しでいいんだ、満腹になるまで森の青い空気を吸いたくはない。

東京とかいわゆる都会に対して「自然て素敵!」な地域の人からは季節感はないし人間が多すぎて正しい人間の暮らす場所じゃないとかって言われそうだけど、生まれも育ちも代々東京で、東京こそが故郷の人間には「カチン」と来るわけだ。一時東京で暮らして、その後Uターンして「やっぱり田舎暮らしが良いわぁ」とかよく言われるけどね、こちとらだってたまに地方に行って2~3日は良いけど「やっぱ東京がいいや」って思うわけだよ。

30年40年前には春がやってくると近所の工場の寮には、坊主頭のリンゴみたいなほっぺたのあんちゃん達が大勢大きな荷物を持って学生服でやってきた。そして窓から顔を出して、東京の空を眺めていた。彼らは夏になると田舎に帰って笹団子やなんかをおみやげに持ってきてくれたりもした、秋になって冬になって次の春が来る頃には居なくなっている子も大勢いた、やっぱ、国に帰って東京は住みにくいねぇとか言ってるんだろうか。

工場の町でアスファルトに覆われた地べただけど、たぶん地方の人には解らないと思うけど工場の旋盤や切り子にも季節はあるんだよ、春先は機械の手触りとかも違うし、春は鉄まで匂うんだ、季節感は田舎の専売特許じゃないんだよ。そんな町じゅうが工場の地域に産まれた子供は鉄の臭い油の臭いが実はかなり好きだったりする。

オヤジが工場のシャッターをあけて、近所の工員達と立ち話をしている。そんな足元にだって春はやってきた、油まみれの作業着や安全靴、低い音を立ててうなっている電信柱のトランス、工場の黒板にチョークで書いた三角関数の計算式にだって春はもちろん、夏も秋も冬もちゃぁんとやってきた。その現れ方が山から吹いてくる風や小川の流れる音とのように分かりやすい絵に描いた様な物とは違うけど、東京には東京の工業地帯には工業地帯の季節感て言う物がちゃんとあるんだ。

東京もすっかり春です。そう、季節の感じ方って色々なんだよ。
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