GSゲルマニウム原人の退屈な日々

見わたせば、気になることばかりなり・・

ブルースセッションでもどう?

おかずpart2

2006年11月30日 08時38分01秒 | 美味しい?物とか
晩ご飯のおかずにハムカツとコロッケ

コロッケは小判型に限る、タワラ型のいわゆるカニクリームコロッケ状のとくに中がとろとろの奴を日本ではコロッケと呼ぶことを禁止してもらいたいくらいである。店先で買ってそのまま緑色の薄い包み紙で巻いてくれて食べ歩きが出来る物をコロッケと呼ぶべきである。タワラ型のはなんかもうちょっとリアルに外国語っぽい呼び方にして欲しい、つまりコロッケという言葉はすでに日本語なのだ。

とは言うもののコロッケをおかずにご飯を食べるというのがちょっとばかり苦手で、これは肉じゃがをおかずにとか蒸かしたポテトにバターを乗せた奴をおかずにと同じ事で「おかずになんねぇぇ~」って言うだけのことで食べることは好きだけどご飯にあわねぇ~なだけなのだ。それだけビールのつまみとかなら全然良いし、コロッケなどはパンに挟むとかカレーに乗せるとかなら良かったりする、コロッケ蕎麦なんてまぁ大大好物なのだが、白いご飯にコロッケは嫌なのだ。(おいらの嗜好の問題だからそれで良いのだ!)

でもって、しょうがねぇなぁと思われたのか傍らに「ハムカツ」が用意されたわけだ。

ハムの場合は「カツ」なのか?

海老は「フライ」アジも「フライ」イカは?やっぱ「フライ」ブタは「カツ」牛は「ギュウカツ」鯨は「ゲイカツ」ホタテは「フライ」我が家でよく食べる鮫は「フライ」ポテトは?「フライ」タマネギは「フライ」レバーやメンチもチキンも「カツ」

あれぇ……肉類だけ「カツ」なのか?
ようするに「カツ」って言葉はもともと「カツレツ」→「CUTLET」(コゥトレットか?)な訳だ、でこのcutletってのはcutって所からも解るように肉の切り身って言う意味らしい。でもって銀座の煉瓦亭がポークカツレツ(焼きカツのような物だね)を始めた時から肉を揚げたものは「カツ」になったのだね。
どう?たぶん揚げ物自体は元からあったと思う訳よ、いまで言う揚げ物は「フライ」なわけですよ、フライって言うのは素材を油脂で熱処理をした物って言う感じだけれど大きなくくりの「フライ」のなかで肉だけを「カツ」と呼ぶ、そんな感じかとも思うのだけれど。
じゃぁ目玉焼きはどうするのかと。あれって「フライドエッグ」でしょう?テフロンでノンオイルで焼いてもフライドエッグ……訳わかんね。

前出のレバーだけれど、昔は東京の洋食屋や肉屋でも「レバカツ」って普通に売られていたんだよね。薄く伸ばしたレバーをカツにしてウスターソースにどぶ漬けして食べるの、端っこの方に串なんか刺してあってね。こういった食べ物は関西なら串カツだよね、つまり東のレバカツ西の串カツだったわけだけれど、東京のレバカツは一部老舗の洋食屋や月島や佃のレバカツ屋くらいしか残っていないね。(月島とかでは何故かレバーフライなんだよなぁ、原則が崩れちゃう)

さて、ハムカツだけれどやっぱりハムは薄く衣は厚く、できれば四角いハムで対角線上に二つに切っていただきたい。で、和辛子とウスターソースは無くてはならん!ってことで。
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今季最初の

2006年11月29日 08時28分58秒 | 美味しい?物とか
さても、「おでん」はおかずたるや!

某サイトでおでんはおかずかどうかでもめている、この場合あくまで東京のおでんと言うことで話を進める、なぜならこのおでんも地元意識が非常に現れるので話がごっちゃごちゃに成ってしまうからである。(某サイトのもめごとはここにも原因がある、土地によって全く違う食べ物だったりするからだ)

まず、我が家であるが当然のように「おかず」として登場する、残った分は翌朝のおかずとしても堂々と登場する。が、しかしよく考えてみればおでんの日には若干ご飯を減らす傾向にあるようだ、おでんの構成物が練り物主体、さらに餅・玉子と非常に重たいものでできあがっていること、しかも一応全種類食べたいことからおのずとおかずで満腹になりがちなわけで、そこでご飯の盛りつけはやや軽くなると言うものだ。

おでんの具の中で「ちくわぶ」はもううどんの太い奴な訳だから炭水化物をおかずに炭水化物というお好み焼きライスの味の薄い物な風情な訳でおかずと強く主張するには若干の無理がある。ジャガイモや玉子、はんぺんもあまりに淡泊すぎる。が、ウインナ巻きやガンモなど比較的味のしっかり付いている物でご飯を進めることは十分可能だ。

確かにお寺や神社の茶店などで「おでん定食」を頼むとおでん+茶飯など醤油で味の付いたご飯が出されることも非常に多い。いまいち食べるバランスが悪いからおかずが無くなってしまっても味の付いたご飯なら良いでしょう?的な気遣いなのかもしれない。
また、子供の頃は屋台売りのおでんをチビ太のように串に刺した物が子供のおやつだったわけで、駄菓子屋の店先にもおでんの船はどんな店にだってあり、これは間違いなくおやつの扱いだった。

さらに夜の街では「おでん屋」となると昼間の屋台のおでん屋もちゃんとした店を構えたおでん屋も大人の酒のつまみとして成立している。それでもその屋台や店、最近ではコンビニのレジ横のおでんを買って帰り自宅でおかずにする主婦も決して少なくはない。

東京のおでんの場合、店で売っている物と自宅で作る物の差がほとんど無いのも一つの特徴だろう。特別な技術がいったり下ごしらえに手間がかかる具は特にない。濃い薄い、うまい下手はあってもおでんはおでんとしてかなりイージーに成立しているわけだ。そのため境目が曖昧になってどんなシチュエーションで登場しても対応が出来る物になってしまったとも思える。

かつて京都生まれ(銀閣寺の側)で年上の友人に「チビ太がおでんをもっているのが理解できない」と言われたことがある。彼が育った町では駄菓子屋におでんは売っていなくて子供がおやつで食べる事はなく大人が飲み屋で食べる物だったそうだ。まぁそれは彼の住んでいた地域だけのことかも知れないが……。
まぁ少なくとも東京では「おでん」はおかずであっておやつであって酒の肴であるという事なのだ。

おでんのお汁(つゆ)をご飯にかけて食べるのが大好きなの、私♪
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蒲田東急駅前通り

2006年11月28日 07時58分32秒 | 徒然なるままに
蒲田の西口、東急池上線の線路下にある飲屋街、なぜだか「バーボンロード」という名前が付けられているらしい。
まぁ、これだけ飲み屋が連なっていればそのネーミング自体別にかまわないと思うがどちらかというとバーボンを売りにしている店よりビールや焼酎の店の方が多かったりする。
バーボンストリートならニューオルリンズの繁華街でJAZZやBluesが流れる、でもちょっとおっかない感じの町だし、ビールストリートだったらあのBBキングの名前の由来になったメンフィスにある町だ。(ビールストリート・ボーイがBBの由来)

こんな感じで飲み屋が軒を連ねているところにそんなネーミングは似合うけれど、それでも「ストリート」なんだと思ったりもする。この池上線下通りは「ロード」なのだよ、正しい英語ではどうなのかは知らないけれど、全長1キロにも成らないこの車一台が通れるかどうかと言うような通りを「ロード」というにはずいぶんと大げさじゃないかね?
例えばシルクロードとかね、ものすごい距離じゃない。バーボンロードなんて言うとはるかアメリカテネシーから蒲田西口までたどり着いた道みたいじゃないか。

このバーボンって酒だけれど、英語表記では「Bourbon」どうやらもともとはアメリカの独立戦争にまで由来はさかのぼるようだ。

イギリスからの独立の為に戦っていたアメリカは当時のフランス国王ルイ16世にずいぶん支援を受けたらしい。その感謝の気持ちからあのブルボン王朝からブルボン=バーボンをテネシー州に名前を残し、いまでもバーボン郡という所があるわけだ。(フランス移民が多かったと言うこともあるらしい)
そんな町なのに今この街ではお酒は一切造られていないという話だが。
ルイ16世と言えばマリー・アントワネット、あのベル薔薇の登場人物とアメリカの独立戦争、そしてアメリカの酒バーボン、そして蒲田の西口がまさかつながっていたとは……こりゃ「ロード」でもいいかな。

まぁ少なくともこの池上線下通り(本当の名前は蒲田東急駅前通り)にブルボン王朝の気配は全くないと思うけれどね。

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カレーとラーメン

2006年11月27日 00時08分54秒 | ラーメンだよ!ラーメン
蒲田に3店舗

蒲田周辺にあるカレーと支那そばの店、武田流古式カレーライス・支那そば「インディアン」でお昼を食べた。(この店では先代の頃はラーメンと頼むと「支那そばしかない」って怒られたのだ)
ラーメンの店と思われているフシがあるが、洋食屋さんがカレーにつけていたスープが評判でそのスープでラーメンを作ったらどうだろうと始めた店だからカレーの方がメインだと思いたい。

食券販売機で1000円の半カレーとラーメンのセットを購入、静かな店内で数組の先客、なぜかみんな静かだ。
そう、この店のラーメンのような静けさとでも言うのだろうか、ひたすら透き通っておだやか、そして淡い。日頃、最近の主流の脂たっぷりでこってりのラーメンになれている舌には始め「なんだこれは?」と感じるかもしれない。ケミカルな刺激は全くなく本当に出来の良いコンソメスープのような、しかしながらかすかに魚系のうまみもある和のテイストが吸い物のうまみにも通じるのか。

そこにたゆたう中太縮れ麺、やや柔らかめなれどコシはちゃんと残っていて過剰な脂のない(表面にほどよいネギ油は浮いている)スープを上品に持ち上げる。チャーシュウもすこぶる美味い!良い具合の塩分と脂身、追加で3枚、5枚とあるがこのすばらしいスープの塩分と脂のバランス崩すので絶対にやめるべきだ、たった一枚であることがこの史上の美味さを後に生む。

始め若干の物足りなさを感じつつこのラーメンを1/3ほど食べた頃に半カレーは運ばれてくる。実はこのタイミングが絶妙なのだと思う。カレーは高級で腕の良い職人が練り上げたビターチョコレートのような色とほどよい苦み。いったんラーメンを中断してカレーに移ったとき今までのラーメンによっていかに舌と喉が洗浄されていたか、そのため複雑な味わいのカレーを一口、その美味さを感じることができる。しかし濃厚でスパイシー、ただしどれも絶対に尖ってこないスパイスで数口食べた後舌にまとわりついたカレーのルウを残したまま、ラーメンのスープをレンゲで一口!ここでこの店のすごさが明確になる瞬間がやってくる。こってりしたルウをこのスープが引き延ばしてさらに複雑にし、また洗浄して喉の奥に運んでいく、嗚呼。
あのチャーシュウの塩味がまた所々で味の変化を楽しませてくれる、ラーメンの青菜もまた爽やかさを呼ぶ。

この店ではラーメン単体、カレー単体を頼むことは愚かなことだ、いや、カレーにはスープ付きというメニューもあるからそれはそれでありなのかもしれない。個人的にはこれほどのカレーとこれほどのスープなのだからレギュラーサイズのカレーと半ラーメンというセットを作ってもらいたいところである。

久々に食べたが、やはり心の豊かさを呼び起こしてくれるすばらしい逸品である。
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まだ寝ないぞ!

2006年11月26日 00時48分16秒 | 携帯から書くよ
深夜にネットサーフィンとかしてるとお宝に出会うねぇ
1991年の都知事選の政見放送
鈴木俊一氏がNHKの磯村尚徳に圧倒的に差をつけて勝ったときだね。磯村は銭湯で裸になったから落選したって言われてる選挙だ、あっはは。

やっぱ最後には「ヨロシク」って言うんだ♪

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まだ終わらない

2006年11月25日 00時03分00秒 | 携帯から書くよ
錦糸町の夜はまだまだ続くのだった~いま12時過ぎ。

はは、またもや店長帰れずf^_^;

でも、ボウズの日が少しずつ減ってきたらしい、特に金曜日には
ありがたい常連さんができて感謝!

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激しく嫌い!和○ア○○

2006年11月24日 10時12分15秒 | 楽器や音楽
もちろん「プリズム」のあの人でもマンガ描く「ラヂヲ」のひとでもない、ってことで想像してくりゃれ。
もう~勘弁してくれ……プンプンしながら打っていたら「検便してくれ」になったくらいに「だ~~~~いっきらい」

フォークのアルバム出したんだとよ(T_T)
もう必死で自分の番組の中で宣伝しまくって何とかアカシロ歌合戦に出たいらしい、萎えるね。前作は500枚くらいしか売れなかったって噂じゃない?

なにしろリズム感・音程がひどい、デビュー当時の曲は確かに聞くものはあったがそれとてバックの演奏の部分がなかなかタイトでスタックスサウンドっぽいかなってくらいで本人はどうでも良いのだが。
まぁこの人の実力は「リーブ何とかぁ」のジングル聞けばひどさが解るけど。

斉藤哲夫氏の「悩みおおき者よ」とかやっちゃってるの♪まぁ印税が彼の所にはいるから良いけど。

でも、私、嫌いな人の番組はよく見るねぇ~よく見てもっと嫌いになってやれ!奴が何を言うか聞いてやれなんだよなぁ。(もしかしてドM?)
一昔前までは「紺野美沙子」これまた死ぬ程嫌い!で「姉妹坂」って映画まで観ちゃった。(これはなかなか良かったのよw)でも最近見かけないし。

なんかレイ・チャールズのことダチ扱いだったり、アホかと、相当頭も悪そうだし。いや勉強なんて出来なくても良いけどさ、人としてどうよな発言が目につくんだよなぁ~。親戚の未成年の娘に自宅で酒飲ませたって良いんだろ?あたしがついてるんだからみたいな。(TVでいうかなぁ?腰抜けそうになったよう)

まぁいいの、だいっ嫌い!だからもっと見てやる♪
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首都高羽田

2006年11月24日 08時32分01秒 | 携帯から書くよ
娘の運転で初首都高だったのだが、長いこと運転しているので気にもしていなかったのだけれど首都高「環八羽田」の出入口っておかしいよなぁ。

坂道を上ってさぁこれから加速して合流って言う時に追い越し車線でガンガン飛ばしてくる車の所に入るのか?
で、降り口だって環八羽田の出口はいつも渋滞するから追い越し車線に出口渋滞だよ!こういう所って首都高には結構あるけれど何でまぁこうなっちゃったんだろう。

久々の初心者マーク気分でパッセンジャーになると在る意味新鮮。
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祭日

2006年11月23日 09時46分07秒 | 携帯から書くよ
折り込み広告いっぱい~☆
新聞より広告の方が楽しいね。日曜は求人広告ばっかり、まーそれもおもしろいねぇ

さてこれから娘の運転で首都高(-.-;)でカミさんの実家に…うひゃ~

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たまには焼酎ではなく

2006年11月22日 08時34分47秒 | 酒いろいろ
グレンウヰスキーを飲む。

サントリーの白州醸造所に見学に行った時に自分用に買ってきたのが「知多蒸留所特製グレンウヰスキー」(長!)いわゆる麦とかではない穀物、トウモロコシとかで作るバーボンなんかの仲間のお酒でレギュラーサイズだと8000円近くするのでお試しに200CCボトルを買いました、これでも2000円もするのだぁ。

近頃ウヰスキーって奴はすっかり人気が低迷してしまって、昔は飲みに行ってボトルキープといえばウヰスキーと相場が決まっていたものなのに。一般的な店なら「オールド」「G&G」ちょっと高い店で「リザーブ」「スーパーニッカ」渋谷の百軒店にあるようなジャズバーとかだと普通は「ホワイト」頑張って「角瓶」だった。
さすがに「レッド」や「トリス」をキープする店には行ったことがないけれど今のように焼酎をキープなんて考えられなかった。

背伸びをしたい高校生にとって最初はとりあえず「ビール」や「ジンライム」のような表向きはソフトな酒から入って自分の部屋に「ホワイト」の瓶を置くようになったのは高3くらいからか。一時期「スミノフウオッカ」や「ズブロッカ」にはまった時期もあったけれど部屋で飲むのも外で飲むのも「ホワイト」が一番多かったような気がする。そのあとニッカから「黒の50」って真っ黒なボトルで格好いいのが出たので20代半ばまではそれを飲んでいたこともあった、多分1500~1600円くらいだったのか。

ただバイトの給料が入ってお金がある時はその大半はブルーズのレコードを買うのに当てて、ちょっと良い感じの外国のお酒も買ったものだ。
JBレノアの「ナチュラルマン」を聞きながらバーボンの「カウンティフェア」を飲んだりジャニスの「ボール&チェイン」や「ミーアンドボギーマギー」(むっちゃくちゃ好きな曲)を聞きながら「サザンカムフォート」のソーダ割り飲んだり。でも一番好きなのが「カナディアンクラブ」CCです、このバーボン程癖が無く枯れた感じの多分ライ麦をつかったウヰスキーは本当に美味しい。このカナディアンウヰスキーにはどんな曲が似合うのか……やはりリロイ・カーの「シックス・コールド・フィート・イン・ザ・グラウンド」かな。

ウヰスキーの語源は古代ゲール語の「ウシュク・ベーハ=Uisuge Beatha」だとかで「命の水」という意味なんだと。大方の酒は何故かこの「命の水」という言葉が元になってるよね。
フランスのブランデーの「オー・ド・ヴィ=Eau de Vie」北欧の蒸溜酒アクア・ヴィットは「アクア・ヴィエタ= Aqua Vieta」ウオッカは「ジーズナヤ・ヴァダー=Жизная Вода」どれもこれも、直訳すれば「生命の水」になるんだって。

じゃぁ日本の「酒」はどうかというと大昔は「クシ」って言われていた。これはお酒を飲むと心が奪われて「奇し(クシ)」「怪し(ケシ)」な人になってしまうからだと言われている、昔からお酒に弱い民族なのかね。でも、これは酒の語源ではなくて語源の方は「キ」と呼ばれていたもの「御神酒」の「キ」だね。昔は乙女が口でご飯をかんで、お粥状にして発酵させたらしいから早造りの酒だったはずでそれに接頭語の「サ」(小さい、細かい、早い等)がくっついたらしい。この「キ」はもしかしたら「気」に通じるのかも知れない、昔は「氣」って米の入った文字だったしね。(まぁ私の説って事で、他では言わないように)

本当に節度をわきまえて適量、自制心を持ってのめるなら命の水なのかも知れないけれどおそらく世界中の90%以上の人がそんな飲み方しているわけも無くってほとんどが「きちがい水」に成ってるはずだね。
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