かばるあんぎん

まっ、人生いろいろあります。ゆっくりいきましょう、ご同輩!!

おじさんの夢

2016-05-22 22:31:18 | 無駄なお喋り

コレ作りたかったんですね。

神保町のS書店で薬瓶の鉱石ジオラマが展示してあってほしいなぁ、と思ったら4千円とか6千円なんて値が付いていてあきらめた。 ウチに薬瓶があるから自分で作れば楽しくて安上がりじゃん! 早速、浅草橋のビーズ屋で鉱石のカケラを買ってアキバの模型屋に通って研究、そして100均で材料そろえました。約半月の準備、費用7千円、製作3時間、結局、プロが創ったモノを買った方が安い。(>_<)

でもね、自分でつくるから楽しいんだよね。ちなみにこのアメジストは100円、ワタクシの誕生石だし、それに「愛の守護神」「真実の愛を守り抜く」な〜んてワタクシとはマギャクの意味があるらしい。 パワーストーンとかいうスピリチュアル系の怪しいほうでは、とすぐ感情的になる性格を直し、冷静な人間になりたい、クリエイティブな能力や集中力、理解力を高めたい、結婚に繋がるような運命的な出会いが欲しい、とかいう人にお勧めだとか、いいですねぇ、ただし、「結婚に繋がるような運命的な出会いが欲しい」はもうゴメンですけどね。 さらに、肉体的効果もあるらしい、二日酔いやアルコール依存症に効果があると言われてる、そうな...、これはよろしい、と思ったけど、そんなワケないよね。

さて、この瓶の中の学生服の二人の物語。 二人はなんとなく気の合う同級生。学校の裏手には森がある。森には大きなアメジストがあると噂されてるが誰も見たことがない。ある日の放課後、学校裏で待ち合わせて一緒に帰る約束をした二人は、その日、なんとなく森抜けて帰る道を選んだ。しかし、おしゃべりに夢中になって二人は道に迷う。 歩き疲れた二人は森の中のがひらける場所に出る。そこには、まぼろしのアメジスト不思議なひかりを放っていた。。 石の力に魔法をかけたれた二人は道に迷っていることも忘れ、日が暮れるまで二人のこれからの未来を語りあう。 あれから40年、もう、あの娘の声、顔はおぼろげにしか覚えていない。あの出来事は夢だったのだろう。 その後、どうやって家まで帰ってきたのか記憶がない。夢だとしてもかまわない、あの日のあの娘と話したあの数時間は、私ににとってずっと大きな意味を持ち続けたことは事実なのだから...。

なんてね、夢見るポエムおじさんでした。

 

 


 

 

 

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柳橋をあるいたこと

2016-05-16 01:41:24 | 台東区

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

毎年、五月の天気に誘われ、この時期はよく歩く。

仕事の関係でほぼ先週は半徹夜状態、もう若くはないので「週末はゆるりと休むべし」と決めた。しかし、問題は今日の天気、広がる空、爽やかな陽ざし、それでも日陰にはいればひんやり涼しい、こんな日は外へ飛び出さないと後悔する。なんせ明日は月曜日、日曜日のあり方一週間の勤務態度に影響するのだ。 今日のような空は天空快活とでも呼ぶべきか、おおらかで、さっぱりした気分にさせてくれる。

結局、出かけることになってしまった。行き先はアキバ、オタクの休日はココから始まるのが正しい。ジャンク屋をのぞいて終わるつもりが、あまりに気分のよいものだから、浅草橋、両国,錦糸町と歩いてしまった。ヒトが何かコトをするきっかけは、天気とよいか、暑かったとか、陽ざしがまぶしかったとか、そんなことで決まるのかもしれない。

JR浅草橋周辺は阿波踊りで盛り上がっていた。鳥越祭は6月だから、その前準備というところだろうか。しばらく見物した後、その場を離れて路地に入るとなんということもない町がなんとも落ち着いた雰囲気。

ぶらりと柳橋まで歩く。墨田川と神田川が交わるところにかかる柳橋の欄干にもたれ川風に吹かれて船の行き来をぼんやり眺る。堀割と小さな橋の町で育った自分には川と橋は落ち着た気持ちになる。

春の夜や女見返る柳橋
贅沢なひとの涼み柳橋
正岡子規

柳橋は長さ37.9メートル、11メートルの小さな橋。この辺りは明治維新後の東京を代表する花街で、新橋は各藩から出て政府の役人になった人たち、柳橋は商人、旧幕府の旗本が遊んだ町なそうな。江戸の柳橋は雰囲気のある橋だったそうでその優美さを後世に伝えようと関東大震災後にの昭和五年につくられたこの橋は歩道は御影石、欄干にはかんざしのレリーフが飾られている...説明が正岡子規の句と一緒に橋の脇にある台東区の案内板に書かれていた。お役人の書いた案内板にしては、なかなか柔らかい内容で、お役人にも風流なヒトもいるもんだと少しうれしくなった。

 

 

 

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暇潰し

2016-05-06 23:50:34 | 現地から携帯で

趣味ってなんだろうね。暇潰しには間違いないんだろうけど、やっていて面白しくて楽しいのが趣味なんだろうと思う。でも、楽しいだけなら、お酒を飲むのも楽しい。飲み続けると病気になちゃう。趣味が高じてアル中になりました、なんて人はいないから、楽しいとか面白いモノが趣味というのは間違ってるんだろうと思けど、さてどうだろか。

仕事のストレスからの解放。趣味があったから自分はここまでやってこられた、という人もいる。それ、違うね。だいたいストレスが溜まるほど仕事をしたら趣味に没頭する時間なぞないんですけどね。その場合は仕事が楽しいから「仕事が趣味」ってことです。堂々と「仕事が趣味です」っていう人、が職場にいたら近づかないほうがいいです。余計な仕事をさせられてしまいますから。

「アソビが趣味です」という人もいますね。例の野球選手、毎日、取り巻きさんと飲み歩いて楽しいかったろうね。でも毎晩アソビ歩くのは疲れたでしょうね。あまり、楽しくて、趣味を極めようとしてクスリを手を出した(タブン違ウト思マスケド)。 毎日、飲んで騒いで遊んでいる人が、夜中にひとりしょぼしょぼ、ボトルシップ作ったり、鼓弓弾いたり、割り箸のお城作ったり、Nゲージのジオラマ作りしないです。毎晩、遊んでるひとに暇はないんですね。

アタシは暇な時、ノートに落書きしたり、雑誌の切り貼りしたり、本をよんだり、調べモンしたり、コショコショやってるのが好きなんですけど、それって上達って概念はないから趣味と呼べるものではないけど、面白から趣味なんだろうと思うね。まったく、話しは違うけど自分の本質はオタクなんでしょうね。

趣味って確かに上達するっていう目的もありますね。そう、趣味は上達するのが面白いのかもね。でも、ぶきちょなアタシは上達しなくても十分にオモシロいですよ。でも趣味はゴミが溜まりますね。スクラップノートとか、書き散らした紙とかスケッチブックとか、古いジャンク・カメラとか、最近はハープなんかも...、いろんなガラクタが増えてくる。それが、楽しいですね。

やっぱり断舎利は苦手です。

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公園 

2016-05-05 21:57:52 | 現地から携帯で

目に青葉山ほととぎす初鰹

この季節の江戸の人たちの好みを歌った句ですけど、青葉はいいとしてもホトトギスと初鰹もワタクシにはあまりピンとこないですねぇ。季節を感じる食べ物はサヤエンドウぐらいですかねぇ。

ま、食べ物の話しは置いておいて...

連休の間、東京の外へ出る計画もなく、おひとり様は青葉が目に染みる公園のベンチでワインとビールを頂く贅沢三昧。 「ホームレスさんと同じゃないのっ、恥ずかしいから止めて!」という声もありますが、しなびたおじさんのココロとカラダには天の慈雨。瑞々しい緑と心地よい木陰と風がグッと染みましたね。 黄金週間っていう名前は、お金で買えない黄金の季節というところが由来ですかね。ということで、ワタクシの黄金週間はヨカッタ、ヨカッタの大満足でありました。

公園でひがな一日、本を読んだり、居眠りしたりと過ごしたワケですが、緑の木陰のテーブルを一人で占領してしまうのは申し訳ない。それに誰でも気持ちのよいテーブルで食事や会話をしたいですよねぇ。結局4組ぐらいの方たちと同席。みなさん礼儀正しくてラッキーでありました。

始めは生後半年ぐらいの赤ちゃんを連れた若夫婦、木漏れ日の下の家族はシアワセのオーラがにじみ出て、オモイヤリがそのままベンチに座っているようでさわやか。 でもね、この季節がいつまでも続かないように、いつかは冷たい冬が来るのですよ、いつまでも忘れないでね、その気持ち、といいたかったのですけど、心のなかだけにしておきましたよ。

次は礼儀正しく「ご一緒してもよろしいですか?」と声をかけた30代前後の女性は男性二人、女性一人の三人連れ。年の割には落ち着いた感じ人だったな。会話に聞き耳を立てると彼女は新婚さんで、もう一人男性はご主人の親友らしい。男性は結婚が近いらしく、しきりに結婚について話していた。そんなもん、ルーレットの玉とホイール、玉はホイールの上をコロコロ回って、お互いのエネルギーが切れてコロンとスリットに落ちてハイ、オシマイ。そこには自分の意志なんてないんですよ。ギャンブルと同じで確率の問題。大当たり、生まれ変わっても、もう一度という人、残念ながら大損だ、もうこりごりという人、悲哀こもごもすべては運しだい、と思うんです、と、三人を横目でみながら、そう思うのでありました。

あとは杖をついた品のよいおじいさんとおしゃべりの尽きない女性の二人連れ、この季節の公園のベンチは忙しいのでありました。

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四月になれば

2016-04-04 00:24:32 | 無駄なお喋り

あー、サクラサク季節になちゃいましたね。

寒い季節が終わり、桜が咲くとほっとして、なんとなく「ありがたい」と思うんです。理由はよくわからないのですけど、ホントのところ、健康問題とか、仕事がらみとか、いろいろとワタクシのオトナの事情があるんですけども、まあ、そう思うんですね。4月というのはそんな月なんです。

サイモンとガーファンクルにApril come she will、という歌がありましたね。邦題は「四月になれば彼女は」。歌に広がりをもたせるよい曲名だと思います。

四月になれば彼女は 春の嵐が来て川は満ちる
五月になると彼女は ぼくの腕のなかで眠る
六月ななると彼女は いままでとは違いどこか不安な表情になる
七月になると彼女は まえぶれれもなく飛び去っていく
八月になると彼女は 秋の冷たい風にふかれてきっと死んでしまう
九月に僕は思い出すだろう 愛は老いてしまうことを知ったことを

と、いったところでしょうか。


オジイサンさんだがらワタクシは好きだの愛だのという感覚がどんなものだったのか忘れてしまいましたが、この歌は瑞々しいですね。
 
待ちにまった春がやってくる四月は、サクラサク明るい季節。 ところで米国は、九月が新学期、八月に学期は終わります。卒業は夏の終わりなんですね。あちらでも卒業を期に学生時代の恋が終わるということは多いんでしょうね。だからこの歌は、米国版「なごり雪」だな。

学生時代にいつも一緒だったあの娘。卒業を期に会うことも少なって、なんとなく別れたあの頃、自分のなかのひとつの時代も終った。自分の転機に重なるあの時のあのこの涙。そんな経験があるご同輩諸氏は多いんでしょうねぇ。

そんな感傷がこの歌を聞くとちょっぴり泣けてきちゃう原因なんです。春はいろいろな思い出もあっていいですねぇ。(ワタクシハ、ソウイウ経験ハアリマセン、残念デス)。

 

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ありがとう

2016-03-31 01:10:48 | 無駄なお喋り

1日早い退職祝いの会を職場の同僚たちが開いてくれた。

感謝、感謝です。

物事には終わりというものが必ずあるのですが、その終わり方って大切だと思うのです。 

たまたまのめぐりあわせで今の職場のひとたちと会社員生活の区切りを迎えたわけですが、あたたかく祝ってもらってうれしい気持ちでいっぱいな夜でありました。

まったく幸運なことです。

終わりよければすべて良し。とてもシアワセなワタクシでありました。

ありがとう...

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春だ

2016-03-21 23:51:41 | 無駄なお喋り

春はもうすぐそこまで来ている。

もう四月ですね、床屋のオヤジさんが言う。
あと二週間もすると四月だね、クリーニングのおばさんも言う。みんな春を待っているのだ。冬が苦手な自分はあの寒い二月を無事にやり過ごせたので少しうれしい。

ホントもう四月なんですねぇ。

しかし、四月になるとすぐに花見の場所取りの心配をしているうちに、鯉のぼりだ、ゴールデンウィークどこ行こうか、だなんてなる。すると、プロ野球も開幕していろいろと面倒な展開となってきて忙しくなる。そうこうしているうちにどんどん暑くなってきて、夏休みだ、お盆だ、花火大会だ、ということなって、月見団子だ、運動会だといっているうちに、気がつくと枯葉がハラハラ落ちて、冷えてきましたな、というヒトがいて、はい、はい、そうですね、もう今年も後半ですなぁ、と答えてへらへらしているうちにジングルベルが聞こえてきて、除夜の鐘が鳴ったらお正月。そうして、ついこの間のように肉体的にも精神的にもパワー低下するレベルの二月になる。一年は忙しいくて短い。

「子供は一日が短くて一年が長い」
「老人は一日が長くて一年が短い」


というから、一日とか一年というのは年齢とか、男女とか、その時の精神状態とか、健康状態とか、その他モロモロの条件で長さの違いあってほんとうはバラバラの長さなのかも知れない。

たとえばカゲロウの一生は一日だしね。セミは地中に潜伏数年、地上に出てきてせいぜい一週間の命、だから、あのように外に出てくるとガァーガー、ジィージとうるさく鳴きよく動き回るのだ。人間でもよく動き回りよく喋りまくるヒトは短命なのかも知れれない。でも無口で一日にヒトコトも喋らずに、動かない働かないヒトはもう死んでいたりするから注意しなくちゃいけない。いや、そういうヒトは生きいても死んでいるのと同じかも知れない。


子供の頃は一日はあっという間に過ぎるので、夕食が済むとあとは寝ろといわれるまでいかに夜更かしするかということにイノチをかけていたが、すぐに眠くなってしまうので睡魔がいちばんの天敵だった。長い夜をいつまでも起きている、というのは実は鍛錬のたまものだと思うね。二十代は遊びで、三十代、四十代は仕事にずいぶんと鍛えられたものだ。徹夜の連続もなんのそのだった三十代、四十代が肉体的にも精神的にもいちばん強い時期だった。五十代になとすこしズルくなってなんだかんだと理由をつけてさぼることが上手になった。世間ではこれをテクニックとか知恵がついたとかいうのだろう。還暦になった今はもう徹夜は無理だろうな。

四月になると六十歳の定年。少しばかりの退職金期待したいところだけども、会社の都合で五十歳の時に一度退職させてその時に貰っているので、あまりうれしいことはないね。契約社員というカタチで職場に残ることにしたから、春になっても、なにも変わることがなく、せわしない毎日があるのはうれしいね。

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土脉潤起

2016-02-23 19:08:35 | 無駄なお喋り

二月も半ばがすぎた。

二四季節は雨水、七十二候は土脉潤起、雨が降って土が湿り気を含む時期。東京は雨模様、季節はゆっくりと春へと回り始めている。梅や沈丁花の蕾もめっきりふくらんできた。水仙は早々と花をつけている。チューリップももう10cmぐらいになった。木々や球根類は、季節になれば確実に花を咲かせ緑の葉を伸ばす。こんな当たり前のことに、いまさらながら感動というか、不思議を感じる。

『そのなんでもない当たり前のことがなにやらありがたいような年齢に、いつのまにかわたしはなっているのである。若いころは花が咲こうが、蛙が現れようが、そんなことにはぜんぜん感動しなかったが、中年過ぎたあるころから、物言わぬ木々や動物、庭に訪れる鳥たちなどが、同じいのちある生きもに感じられたし、かれらの健康や消息が人間同様に気になりだした。そしてそうなってからの方が、生きている味わいが深くなったような気が自分ではしているのである。 若いうちは人生の味わいなどわからない...。』(ひとり遊び、中野孝次)

テナコト、思ッテナイデスヨ、ワタシハ。。。

若いときは五感で春を感じたね。あれはあれですばらしい感覚だった。若者は感覚が敏感だから春ななると温度、湿度、色彩、匂いに反応して、あやしい気持ちになっちゃう。春の夜の生暖かい南風吹かれて発情したりして、ほとんどノラ猫と同じ。 そこいくと、年寄りは、もうそうゆう感覚も感じる力もないから理屈で物事とらえて、春になると頭で考えていのちを感じてシアワセな気持ちになんだろうね。ノラ猫じゃない、これが人間です。 ですけど、やはり私は感覚スルドイノラ猫でいたいニャン。

51歳の時、脳卒中に死にかけて、復帰はしたものの、いつ再発してあの世に行ちゃうのかわからないから、この花をみるのは今年が最後かなあ、と春になるとそんなこと考えて、毎年、花が咲くことがありがたく思えるなんてことは確かにありましたね。

でも、60歳まで生きられたらいいなあ、と思って、あれから約10年、かんたんに還暦になちゃった。「60歳まで生きる」という目標を達成できたのであります。車いすの生活を覚悟した時もあったけど、飛んだり、跳ねたり、走ったりすること以外は、体が普通に動くようになったの本当にラッキー。あっぱれで、めでたい気持ち、でいっぱい。 あれっ、感謝の言葉がないね。(マッ、ソレハイイカッ)

 さて、これからさきは目標も責任もない、人生おまけの時間。最後の最後まで楽しまないとみなさんに申し訳ない。というわけでこの春からラストパート。道ばたの草花を見て思索に耽っている時間はありません。だいたい、そんなオトナでもない。 いまのお楽しみをもろもろとブースト・アップしなくちゃねぇ...、体が持つかいな、って感じ。 ワタクシの行くすえに春の草花さん文字通り花を添えてくれださいな。春の草花さん、ありがとうです。

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北品川周辺を歩いたこと

2016-02-07 23:35:50 | 品川区

立春だぁ!!

と、力んでも、急に暖かな陽気にならないよなぁ。寒いのはイヤダね。

立春は大寒が終わり、春に向かいこれから新しい命の季節が回りはじめるターニングポイントってことらしい。だから当分の間は寒い日が続くのは仕方ない。森の熊さんはいいよなぁ、冬眠できるんだから。だからって縮こまっていてはカラダが訛ってしまう。そろそろ春に向けて準備。勤め先のオフィスがある品川周辺を歩た。

品川は東海道五十三次の最初の宿。その昔、お江戸の旅人は、日本橋を早朝に出発して昼前に品川に着くと、路銀でふところもが暖かいし、まずは飲んで遊んで旅の初日を楽しんじゃおぅ、って場所だったらしい。江戸時代の品川は岡場所(色町、遊廓、飯盛旅籠)としてかなりの賑わいがあったんでしょう、落語の居残り佐平次、品川心中で当時の様子を面白可笑しく伝えてます。そんな歴史がある品川は以外に面白いものが見つかるかもと少し期待したんですけどね。なかったね、今回は寒いだけだった..。

品川駅から歩いても10分弱だけど、寒いから品川駅からおうちゃくして京浜急行に一駅乗って品川宿の北品川で降りる。品川のような大きな駅のすぐ隣にあるわりには小さくて残念な駅を出て左に歩くと、通りの右手に広末涼子が通っていたという品川女学院がある。90年代の女子高生制服ブームの火付け役となった高校で、それ以前は申し訳ないが冴えない高校のイメージだったけど、紺色のセーラー服から、キャメルのブレザーとチェックのプリーツスカートに変更されて急に有名になった。田舎から出てきた娘さんが弾けて急に色気づいた感じかなぁ。(チョト、違ウナ、コノ例エハ)。

品川女学院の左手の細い道に入ると旧東海道に出る。右に曲がって左手にあるのが江戸時代からある食売旅籠屋、つまり遊女屋の「土蔵相模屋」跡。ここで幕末に長州の高杉晋作や久坂玄随、坂本龍馬、といった勤王の獅子たちが集まって協議した、と大田区の案内板に書いてあった。おひとり様、きままな散歩は勉強になります。ところで、ジョージ秋山の漫画「浮浪雲」は品川宿の問屋「夢屋」の主人だったっけな。

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1/12、まとめ

2016-01-31 00:28:11 | 無駄なお喋り


正月はとうのむかしのことのようですねぇ。 でも、まだ一ヶ月が過ぎただけなんです。 1月は長く感じられます。

新年会を2回ほど、知人の主催する演奏会、ライブなどに顔を出したりと、今年は方針を変えて、アソビ系で声をかけられたら断らないことにいたしましたので...、それなりに忙しい月でありました。 みなさんのお誘いをお待ちしております。 アソビは、おひとりさまより、おふたりさま、がやはり楽しいのが最近わかりましたんでね。

今月は慢性的な寝不足でした。

ばりぃばりぃーぃ! 音をたてて仕事をするほど忙しいのは昨年のことで、今年は日付変更線を越え帰宅するようなことはない、というより、止めました、そうゆうこと。 

あと2ヶ月で正式なお勤めがオシマイだもの、ヤル気は「最後までしっかり働け」とおっしゃる上司様に向ける顔だけで、モウトウその気はございません。できることなら、暖かなオフィスで、居眠りしながら春を待ちたいところです。

今月、暇に飽かして読んだのは、

新・雨月物語(戊辰戦役朧夜話)上下、船戸与一

色彩を持たない多崎つくると彼の巡礼の年、上下 村上春樹

青インクの東京地図、小さな城下町、安西水丸

人生ぐうたらに徹すべし 遠藤周作

薩長と会津藩を中心とした奥羽列藩同盟との戦い、日清戦争と同じ数の戦死者が出たらしい。明治維新は無血革命ではなかった、ということか。800ページの新雨月物語,寝不足の原因となりました。

「色彩...」は、スタイリッシュで現代的なハルキ先生のいつもと調子が少し違うようなですが、重奏的な物語構成は同じでしょう。ワタクシの頭にはムツカシイので、深読みせずにあるがままと楽しませて頂くという態度がよろしいようです。

ハルキさんとくればアンザイさん、この人の飄々とした文章とイラストは味わい深い、ついこの間亡くなったと思っていたら、一昨年の3月なんですねぇ。月日の経つのは早いです。

狐狸庵先生こと遠藤周作、「海と毒草」「沈黙」の人」ですね。たくさんムツカシイ本を書いたら息抜きしたくなって狐狸庵さんになってふざけたおじさんを愉しんだのでしょう。

いよいよ2月。 ワタクシの誕生月、やっと60歳、カンレキになれるのです。まさにヒデキカンレキ!であります。 還暦、暦が還る、つまり干支がひとまわりして子供に返るってこと。60年かけても、オトナとしての分別が備わらなかったワタクシも、「アンタはいい年して、何もかかっとらん!」と責められなくなるってことですかね。 それって、嬉しくてすこしめでたい気分になるのであります。

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