指田文夫の「さすらい日乗」

さすらいはアントニオーニの映画『さすらい』で、日乗は永井荷風の『断腸亭日乗』です 日本でただ一人の大衆文化評論家です

『真実一路』の二つの世界

2019年09月15日 | 政治
戦前の日本では、その社会は、二つに分かれていた。
西欧近代的なものと日本的封建的なものとである。
それは、大日本帝国憲法にもあり、西欧近代的な君主制の上に、軍事については天皇の統帥権という前近代的なものとして乗っていたのだ。
この矛盾は、昭和初期に顕在化し、陸軍が政治の中に入って行くことで、日本の政党政治を破壊していくのである。

    

川島雄三の映画『真実一路』で見れば、主人公の守川義夫の父・山村聰は、地方の貧民の出身で、郷党の成功者だったらしい四ツ谷の質屋河村(市川小文治)の援助で大学まで行き、会社で謹厳実直な会計課長として生きている。この連中は、地方出の古い日本の連中である。
だが、質屋で裕福になった河村家の娘淡島千景は、奔放な女性になってしまい、未婚で男の子供を妊み、男は病死してしまう。
山村は、河村家に世話になってきたことから、総てを納得して、淡島と結婚し、生まれた娘の桂木洋子も自分のことして育ててきた。

河村家の息子多々良純は、売れない画家として本郷あたりに住み、貧しい生活をおくっているが、この多々良と淡島は、西欧的な都会人として昭和初期の都市文化の中で享楽的な生活をおくっている。
山村と別れた淡島は、カフェーをやっているが、どうやら浅草や日暮里あたりのようだ。
そして、元は金持ちの息子のインテリだが、ものにならない発明を研究している須賀不二夫と淡島は同棲し、金銭的にも援助しているようだ。
この淡島千景は、小津安二郎の名作『東京暮色』で、銀行員の笠智衆と原節子と有馬稲子の二人の娘がいながら、彼らを捨てて若い男と大陸に逃亡した山田五十鈴を思わせるのである。

この二つの世界、価値観の分裂の中で、主人公義夫は、引き裂かれている。
最後、淡島は自殺して須賀の後を追って自分も死んでしまうが、多々良は、二人の骨壷を抱いて言う。
「姉さんは、ある意味、正直で幸福な人間だった」
日本が、満州事変から日中戦争に向かう時代の中で、それとは全く無関係に自分たちの「情事」のみに生きて死ぬ男女を川島雄三は、完全に肯定しているのだ。
これは、よく考えると凄い、反体制的な志だと思うのだ。

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