指田文夫の「さすらい日乗」

さすらいはアントニオーニの映画『さすらい』で、日乗は永井荷風の『断腸亭日乗』です 日本でただ一人の大衆文化評論家です

『要心無用』

2018年07月22日 | 映画

喜劇王の一人ハロルド・ロイドの1924年の喜劇。日本では日活で配給されたとのこと。

私も、キートン、チャップリンは見たことがあるが、演奏付きできちんと見たのは初めて。ピアノ演奏は柳下美恵さん。

筋は、田舎町から都会に出て来て、デパートの洋品売場の担当になったハロルドの奮闘を伝えるもの。

これを見ると、小津安二郎に大きな影響を与えていることが分かった。ショットのつなぎ方等はもちろんだが、恋人がロイドのところに来て、彼はデパートで偉い人になっていると勘違いした恋人のために、ロイドが社長のふりをするところなども。

小津安二郎の『生きてはみたけれど』で、家では偉いと思っていた父親は、8ミリ映画の上映会で、上司の前でペコペコしているのを見て驚く子供の姿にヒントを与えていると思う。また、チャップリンのローラースケートのシーンもあるが、彼よりも凄い。

最後の数十分は、友人がビルの壁を登る特技を持っていたので、会社の宣伝のためにビルの壁を登る。

                       

当初は、2階で交代する予定だったが、友人が警官に追われて交代できず、ついには最上階までに行ってしまうのが凄い。

コマ落とし撮影や物理的な技術は使っているが、特撮はもちろん、CGなど一切ないのはやはり凄く、ジャッキー・チェーンにも影響している。

なんと言っても、最高のエンターテイメントは人間の肉体なのである。

横浜シネマジャック


常田富士男死去、81歳。

2018年07月19日 | 演劇

俳優の常田富士男が亡くなられたそうだ、81歳。
劇団民芸の若手等で作られた劇団青年芸術劇場にいて、ここが潰れた後は、フリーで活躍した。

福田善之が中心だった青芸は、大変に人気のあった劇団で、常田や米倉斉加年の他、唐十郎もいて、後に「失神女優」となる王蘭芳もここにいた。佐藤信も研究生でいたはずである。

さて、黒澤明の『天国と地獄』とあったが、どこに出ているかと言えば、黄金町の麻薬街でヤクザのリーダーとして歩いてくるので注意してみていないと分からない。
ここには中毒患者として富田恵子や菅井きんさんも出ている。ちなみに、この映画での伊勢佐木町、黄金町、「根岸屋」はすべて東宝のスタジオでの撮影である。
ビデオではよくわからないかもしれないが、映画館で見ればセットであることが分かるはずだ。
特異な俳優のご冥福をお祈りする。

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『私説・内田吐夢伝』 鈴木尚之(岩波現代文庫)

2018年07月03日 | 映画

私説と言っているが、他にはないので公的伝記と言って間違いない。

そして非常に面白いのは、内田吐夢という人が、矛盾を抱えた興味深い監督だったからである。

彼は、サイレント時代にすでに巨匠だったが、この時期で残っているのは少なく、私が見たのは『人生劇場』のほんの一部と『警察官』ぐらいである。

戦前で第一の作品は、意外にも小津安二郎原作の『限りなき前進』だろうが、これも完全版はない。

そして彼は、敗戦直前に満州に行ってしまう。これは、映画法の施行に伴う映画会社の統合で、旧日活、新興キネマ、大都映画の統合で大映ができたためだった。これは永田雅一が、当時の国の意思を踏まえて行った統合で、新興キネマという二流会社が、一流会社だった日活を吸収するものだった。「小が大を飲みこむ」ものだったが、時代が変化するときには起きる事象である。だが、吸収された日活系の人間は大変で、会社に居場所がなく、伊藤大輔、内田吐夢らは、大映で肩身の狭い思いをすることになり、伊藤は沈黙し、内田は最後は満州映画協会に行くことになる。

そこでの満州国の崩壊を目の当たりにし、加藤泰、牧野満雄など多くの映画人は帰国したが、なぜか内田吐夢は中国に残り、映画製作の指導をした後、1954年に戻ってくる。

戦後の内田の作品は、当初『自分の穴の中で』や『たそがれ酒場』『どたんば』等の現代劇では、必ずしも成功を収めることはできなかったと思う。どこか時代とずれているような感があった。

そこで、やはり内田が本領を発揮したのは、『大菩薩峠』、そして『宮本武蔵』の時代劇だった。特に『宮本武蔵の一乗寺の決闘』は時代劇としても最高作だと思う。この本でも製作の過程が詳しく書かれている。

これは、黒澤明の『七人の侍』と並ぶ、アクション映画の最高峰の一つだと言っていい。

最後の傑作は言うまでもなく『飢餓海峡』で、これも記録映画のように戦後の日本社会を見るリアリティがあって凄い。

一時は、彼の『宮本武蔵』や『飢餓海峡』は、テレビでもよく放映されたが、近年ないのはどうしてだろうか。

それは、内田吐夢の作品には、貧困や戦争と言った時代を背景としているからではないかと思う。