指田文夫の「さすらい日乗」

さすらいはアントニオーニの映画『さすらい』で、日乗は永井荷風の『断腸亭日乗』です 日本でただ一人の大衆文化評論家です

『大魔神』

2022年05月16日 | 映画

阪神が連勝し、巨人が負けた気持ちの良い夜にCSで放映されていた『大魔神』を見る。

監督の安田公義は、私が、当時森一生とならび大映での贔屓で、あるとき偶然に川崎の場末の映画館で見た安田道代主演の映画『殺人者』で、感動し驚いたのである。

                   

戦国時代のある藩で、流れ者から成り上がった家老の五味竜太郎が、藩主を殺し、藩主に従う家来たちも根絶やしにしてしまう。

五味につくのは、杉山昌佐久や遠藤辰雄のように、見るからに悪人顔の残虐非道な連中。

藩主の子、息子と娘は、正義派の藤巻潤によって逃れて、山中の巫女が住む家に匿われて10年が過ぎる。

二人は、青山良彦と高田美和に成長している。青山は、花柳流の家元の人間で、数年間に騒がれた花柳流のお家騒動では顔が見えたが、元家元になっているようだ。

五味らは、百姓を使役して砦を作り、さらに京へ攻め上ろうと画策している。

それに邪魔な青山らの旧藩主勢を根絶やしにしようとし、まず藤巻を捕まえ、さらに彼を逆さ吊り荷にして青山をおびき出して捕まえてしまい、二人を処刑しようとする。

その時、山に封印されている土偶の魔神の足に、高田の願いの涙が落ち、魔神は生命を吹き返して、魔神となって処刑を蹴散らし、五味らを殺す。

この辺の魔神の動きも凄いが、演じる橋本力の表情も良い。

最後、再び高田美和の願いによって魔神は、土偶に戻ってめでたしめでたし。

久しぶりに見て、大映のカメラと美術の良いのに感心した。

魔神の象は、京都の太秦のスーパーの前に鎮座されている。

日本映画専門チャンネル

 

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阿久悠の後、ニューミュージックと演歌が出てきた

2022年05月14日 | 音楽

早稲田の中野校で、中川祐介さんの「歌謡曲という文化 1970年代」の1回目、阿久悠登場に行く。

雨の中で、中野駅から随分と遠いのに驚く。

以前、新人監督映画祭が、ここで行なわれたが、そこは駅近くのキリンビールのビルで、そこから明大、平成大を過ぎたところで、15分遅れてしまった。

                                           

阿久悠は、書くこともないが、大卒後、高校代理店に入り、コリーライターから放送作家になり、作詞もするようになる。

最初のヒットが、モップスの『朝まで待てない』であったことは注目される。

要は、洋楽的であり、演歌ではないのだ。

数多くのヒット曲があるが、興味深いのは、美空ひばりと山口百恵には書いていない。

1973年に彼が、自分でベストテンを選定していて、

1位が、北原ミレイの「ざんげの値打ちもない」 で、これは本当に凄い曲で、作曲が村井邦彦であることをあらためて知った。

6位に 黛ジュンの「とても不孝な朝が来た」 も非常に良い曲だったが、これも作曲は中村泰士と、どちらかと言えば、洋楽系の人なのだった。

終わった後に、中川先生に、「詩先行なのか、曲先行なのか」をお聞きするが、

「基本的には詩先行だったので、80年代の曲先行になると書けなくなっていく」とのこと。

1970年代に阿久悠が、歌謡曲の頂点を極めて、その後にニューミュージックと演歌が出てきたと私には感じられた。

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『桜姫東文章』

2022年05月12日 | 演劇

『桜姫東文章』を見て、私は次のことを思い出した。

 

                                         

この話は、僧清玄と公家の娘菊姫との話で、二人は、いろんな人間に変化して出会い、そして恋に落ちる。

これは、なにを意味しているのだろうか。それは、人間はある傾向の異性に引かれると言うことだと思う。

 

それよりも人間は、ある種の傾向を容貌を持った異性に常に惹かれるようにできているからだ、と考えたほうが辻褄があうように思う。それは、私自身のことを考えても、心引かれる女性は、大体同じで、ある種の傾向があると思う。「人間は、それぞれ異性に対して、独自の牽かれる傾向性を持っているものなのだ」と気がついたのは、区役所で生活保護の経理担当課長をやっているときだった。
「いつも同じような男に会い、その結果上手く行かなくなっていて、そこには学習効果がない」
生活保護を申請する女性の生活歴である。ご承知のように、生活保護を申請する場合は、その申請に至った理由、出生から現在までの生活歴を担当者に述べ、記録させて措置決定の是非を判断するようになっている。
それを読むとまさに様々で、言わば「日本の下層社会の実態の記録」とでも言おうか、実に興味深い叙述がなされている。その中で、特に女性に多いのが、相手の男の職業、風体がいつも大体同じと言うことである。
タクシー運転手は、ずっと運転手、自衛隊相手は自衛隊、ヤクザに付き合った女性は、次々とヤクザと一緒になる。
それは、どうしてなのだろうか。勿論、現在の日本のような階級的障壁の比較的小さい社会でも、社会的階層の格差はあり、個々の人間は同じ階層の人間と出会うしかないのだからと言えるだろう。
だが、それだけではないように私は思う。
やはり、各自には、それぞれが好きになる相手の傾向性が、遺伝子DNAに書かれていると考えた方が自然のように思う。だから、人間は常に自分の持つ、特定の傾向、風貌の相手を求めているのである。
それが、何度も似た女性に出会う、という筋書きになるのだと私は思う。

しかも、ここには上層から下層までの社会が描かれている。

まるで、日本のバルザックだと思えた。

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演歌もニューミュージックもない「紅白歌合戦」

2022年05月12日 | 音楽

月曜日、なにもなかったので、ネットで1965年の『紅白歌合戦』を見た。

 

                                       

司会が、紅組が林美智子、白組は宮田輝だった。宮田は、とっくの昔に死んでいるが、林はご健在のようだ。

林は、この前年の朝ドラの『うず潮』の主演をやったからで、無名の女優だった。

審査員は、円地文子、松下幸之助、ファイティグ・原田などだった。

最初は、三沢あけみと井沢八郎で、高校時代に三沢あけみが好きな同級生がいたことをもいだした。

サッカー部の男で、変な趣味だと思ったが、たしか一橋大に行ったと思う。

春日八郎は、「大阪の灯」、西田佐知子が「赤坂の夜」

坂本九「ともだち」、雪村いずみは黒塗りで「スワニー」 今では問題になる化粧だろう。

山田太郎「新聞少年」、園まり「逢いたくて逢いたくて」

東海林太郎が、叙勲をしたので、特出で「赤城の子守歌」

アイ・ジョージの「赤いグラス」 弘田三枝子「恋のクンビア」

ジャニース「マック・ザ・ナイフ」 江利チエミ「芸者音頭」などなど。

全部を見たわけではないが、演歌もニューミュージックもないことに気づいた。

1965年、昭和40年は、そんな時代だったと思った。

全体としてみれば、民謡調の曲が多く、ポピュラー系は、外国曲をそのまま歌っていた感じだった。

 

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佐野周二と佐田啓二

2022年05月09日 | 映画

先日見た、『鯨と戦う男』では、佐野周二は、鯨猟の男で、やや悪役的な男だった。

彼は、川島雄三の映画『花影』でも、青山二郎をモデルとしていた骨董評論家を演じていて、寸借詐欺師で、かつての二枚目が、こんな役を演じたなと思うほどだった。

同様に、佐田啓二も、豊田四郎の『甘い汗』では、京マチ子の元恋人だが、今はヤクザになっていて、京を使って山茶花究の靴屋の店を騙し取る悪役を演じている。

ここでは、いつもは悪役の山茶花が善人で、普段は善人の佐田が悪役という皮肉な配役になっている。

また、佐田は、東宝系の『悪の紋章』でも悪役を演じている。

                 

このように、二枚目は、晩年になると、いつまでも善人役を演じるのに飽きて、悪役をしたくなるものなのだろうか。

興味深いことだと思う。

 

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母について

2022年05月08日 | その他

私は、基本的には身内のことは書かないことにしているが、今日は母の日なので母、指田ケイについて書く。

母は、1909年鶴見の矢向に生まれた。下に弟が3人、妹が2人いた長女である。

家は、自作農の農家で、私が小学校の頃は、6月の田植えの季節になると実家に行って手伝っていた。

「家は、小作じゃないよ」とよく言っていた。

父指田貞吉と結婚したのは、1910年で、21歳だから、当時としては遅い方とのこと。

もちろん、見合い結婚で、どのような経緯で話があったのかは知らないが、多分遠い親戚等からの話だと思う。

その見合いは、南武線の電車の中でおこなわれたそうで、

「すれ違っただけで、よく見えなかった。

 ただ、写真を事前に見ていて、ハゲているんじゃないの」と言ったが、

「光線の加減だろう・・・」と言われたとのこと。

おそらく父の額は広くて、私が子供のときもかなりハゲていたので、その頃からかなりハゲていたのだと思う。

結婚式は、大森の料亭で行なわれたそうで、立派な写真がある。

昭和初期は、大森海岸は、東京湾のオーターフロントで料亭があり、戦後も芥川・直木賞の選考会は、大森で行なわれていたはずだ。

小津安二郎の1956年の映画『早春』で、岸惠子と池部良が不倫の一夜を過ごすのも、大森の料亭である。ただし、海は汚れていると言われている。

小津は、戦前は蒲田にいたので、若いときは、この辺で遊んだ記憶があったのだと思う。

この大森の三業地には、監督の西河克巳も育ったことがあるそうだ。

さて、母が指田の家に来たとき、そこには老夫婦と、出戻りの妹、さらに幼い弟がいて、結構苦労したようだ。

さらに、義父が借金の借金の保証人になっていて、その人が破産したので、家にある日、執行吏が突然来て、家財に赤紙を貼りだしたので、びっくりしたそうだ。

その時の借財は、本家に立替えてもらったので、その時に保有していた土地をかなり本家に返したとのことで、「本当なら家はもっと土地があったのだ」と言っていた。

昭和恐慌が進行するなかでの、経済に疎い国民の悲劇と言うべきか。

さて、子供は順調に産まれ、女3人、男1人になって戦後を迎えた。

 

               

               もちろん、こんなに美人ではないが、こんな感じである。

戦後、平和になったので、父が

「男一人では淋しい」と言って1948年にできたのが私なので、兄姉の内、私のみが戦後派で、あとは全員戦前の人間である。

私と長女とは16歳離れているので、私は姉が女子高生だったときを知らない。

二番目の姉については、かすかに高校生だったときの記憶がある。

1960年3月15日、父は二度目の脳梗塞で死んでしまった。死亡叙勲で、従5位訓5等を貰っているが、本来なら6等のところ、死亡叙勲なので1階級上がっているのだそうだ。

私は、小学校6年生で、午後、教室に残って卒業記念文集を作っているとき、家から電話が掛って来て帰って大森赤十字病院に行くと、大きな鼾をかいて眠っていた。

そのまま、その日の深夜に58歳で亡くなってしまった。

母の嘆きと悲しみは尋常ではなく、大声で泣いていた。

そりゃそうでしょう。長女は結婚して孫もいて、次女も高校を卒業して銀行に勤めていた。

だが、長男は大学2年生、三女も高校2年で、私はまだ小学生だったのだから。

母は、尋常小学校を出ただけの無学な女性だったが、生活力は旺盛で、死亡退職金で、空き地に木造アパートを建て、私たちの養育に当ててくれた。

母の性格は、長女の性か非常に他人への面倒見がよく、悪く言えばお節介な女性だったと思う。

この辺は、私はまったく受け継いでいない。ただ、姉たちに聞くと、

「旅行に行っても、何かを見ても、これはもう良いと言って、すぐに隣に進む」とのこと。

これは、私も展示等に行っても、長く見ておられずすぐに先に進んでしまう性癖がある。

1967年の夏、区のガン検診で胃がんが見つかり、手術になる。医者は言った「3月はもたしてみせるよ」

小6で母子家庭になり、今度は母が亡くなったら、誰の臑をかじれば良いのか。

当時は、早稲田の劇研にいて、芝居が面白くて、そのまま大学は中退して演劇か映画の道に行こうと思っていた。

それを断念して翌年から大学に戻ることのしたので、3,4,5,6年で卒業し、横浜市に就職もできた。

その後、母はまったく元気になり、30年生きて、私の子供の顔も見ることがで来た。

まるで私を、虚業の道から、普通の生活に戻すためにガンになったことになる。

母の日を迎えて大いに感謝したいと思う。

 

 

 

 

 

 

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小田香とシルヴィア・シェーデルバウアーによる新作映画

2022年05月08日 | 映画

小田香とシルヴィア・シェーデルバウアーの短編映画の上映があった。

一昨日の上映会では、新作の上映もあったのだ。

 

           

これが実に困ったもので、1960年代の前衛映画なのだ。

特に、シルビアのがそうで、『原始女性は太陽だった』は、言うまでもなく平塚らいてうの青鞜の宣言である。

冒頭は、市川房枝の選挙の時の演説から始まるが、それがコラージュされるだけ。

ご苦労さんと言うしかない。

この時は、市川は87歳で、高齢なので当初は出ない予定だったが、出ることになる。

すると異常に元気になり、当選してしまうが、1年で亡くなる。

そうしたドラマとは関係なく、コラージュされた映像が続くだけ。

小田の『カラオケ・ボサ』は、小田の母がやっているカラオケで、おバさんたちが世間ばしをしているだけ。

8ミリで撮ったのを加工したと言うだけが意味あり。

シルビアは言う、「これはシネマベリテだ」

凄い賛辞だった。

 

 

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『母たち』

2022年05月07日 | 映画

高校1年の12月末に、偶然に大森の本屋で見つけたのが松本俊夫の『映像の発見』で、完全に感化された。

翌年に吉本隆明を知って、これまた信者になったが、松本の本の何編かは、暗記するほどまで読んだ。

だが、3年の夏に、中核派の集会で見た松本俊夫監督の映画『安保条約』には唖然とした。

「これが、松本俊夫監督の映画なの? 総評からの委嘱映画としても、この単純さ、稚拙さはなんだ」と思った。

松本の映画は、ほとんど見ているが、『薔薇の葬列』が最高だと思うが、「これはその次かな」と思った。

 

                                             

川崎市民ミュージアムの本によれば、この映画はプリマハムの金で作られたとのこと。

松本の映画で、良いのはカメラマンがよいことで、これも鈴木達夫で最高である。

音楽は湯浅讓二で、冒頭は1960年代の前衛音楽風だが、次第に抒情的になる。

ナレーションは岸田今日子で、詩は寺山修司で、彼はなにもしなかったが、松本以下の4人の撮影隊に同行したとのこと。ただし、ベトナムは「怖いから」と言って行かなかったそうだ。

ニューヨークのハーレムのアフリカ系アメリカ人の母と子供たちの映像。

そこに寺山修司の詩が入る、

「母は海である、子供にとってのすべての水だ」という具合に。

次は、フランスのパリのユダヤ人のような家庭の母と子。

ベトナムに行き、町の市場から戦場に近い農村での母の生活の中の子供たち。

そして、アフリカのガーナに行く。

海岸近くの町、そして海岸で戯れる母と子。

これは、ベネチア映画祭で賞を取り、プリマハムも大喜びしたとのこと。

これの前に寺山修司監督の『檻囚』(おり)が上映されたが、何これと言うしかない。

ドイツ文化センターの近くは、以前はよく行っていたが、こんなに遠かったのかと驚く。

 

 

 

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『夜の勲章』

2022年05月06日 | 映画

1963年の日活作品、制作は児井英生なので、小林旭の新たなシリーズを狙ったものだと思うが、これだけで終わり。

金持ちの息子の旭が、探偵事務所を開き、助手は星ナオミ。

                  

最初の依頼人が来て、松本典子で、「失踪した姉を探してくれ」と依頼してくる。

二人は、別々に育って暮らして来て、松本は病院の看護婦、姉はクラブのホステスだった。

旭は、クラブや、その前にいた劇場などを探す。劇場のマジシャンが小沢昭一、クラブのマネージャーが内田良平の悪役ら。

そして、米国にいた二人の父親が遺産を残したので、それを取ろうとした犯罪であることが分る。

そこに元麻薬担当の刑事だった大坂志郎が現れる。

こうなると、内田か小沢が悪いと思えるが、二人は善人であり、大坂はやや悪役的と見える意外さ。

当時劇団民芸の松本典子が、日活に出たのは、これが最初ではなく、石原裕次郎の『花と龍』にも芸者役で出ている。

最後、犯人は意外にも松本の恋人の医者で、麻薬患者の姉ではなく、妹と自分のものとしようとするものであることが分る。

もちろん、犯人は野外のスケート場に逃げるので(群馬当たりだと思うが)、そこから追跡されて崖から落ちて死ぬ。

やや暗い話なので、旭の新たなシリーズにはならなかった。監督は松尾昭典だった。

チャンネルNECO

 

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5月5日は

2022年05月05日 | 野球

今日は子供の日だが、私が初めてプロ野球の試合を見に行った日である。

後楽園球場で、1958年の長嶋が巨人に入団した年である。

兄が連れて行ってくれて、1塁側の内野の上の方で、対広島戦だった。

内容は、ほとんど憶えていないが、以下の三つだけは憶えている。

広岡が二塁打を打ったこと。代打で小鶴が出てきたこと。広島の救援投手で山田という若手が出てきたこと。

小鶴は、当時ホームラン51本の記録を持っていたが、球団がいろいろと代り、当時は広島にいた。

どちらが勝ったのかは、憶えていないが、憶えていないことを考えると巨人が勝ったのだと思う。

           

そう、当時は巨人ファンで、特に宮本敏雄が好きだったのだ。

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『新・平家物語』

2022年05月02日 | 映画

1955年の大映映画、監督は言うまでもなく溝口健二、主演の平清盛は市川雷蔵、父忠盛は大矢市次郎、母親は木暮實千代だが、他にも良い役者が揃っている。

この映画は、失敗作とされているが、娯楽作として見れば、実に面白く、私は好きである。

 

                                             

出てくるエキストラの人数は凄いと言うしかない。

特に、祇園祭の大群衆の踊り、ここはクレーンからクレーンにカメラの宮川一夫が乗り移って撮影したとのこと。パリで公開された時、

「こんな撮影方法はありえない」としてゴダールが上映室に飛び込んでフィルムを点検したと言われている。

だが、現在のフィルムではオーバーラップになっているのは残念。

清盛の嫁となる藤原時子は久我美子、その父藤原時信は石黒達也で、この人はタイトルのナレーションもやっている。悪役が多い人だが、私の贔屓の役者である。

早坂文雄の音楽も荘重で良い。

最後、比叡山の僧兵等が押し込んで来るところのエキストラの数、数。

この数のエキストラの衣装と鬘を用意するだけで、今では1本の映画ができそうだ。

沢村国太郎や杉山昌佐久、荒木忍らの悪僧顔も良い。

平家に対立する公家は、左大臣は千田是也、関白は十朱久雄。

これは、公開時当たって、こと年の興業成績の4位になっている。

最後、木暮が公家と野原で戯れているのを雷蔵が見て、

「母はこれで良いのだ、元に戻ったのだ」という。

ここには、戦後の日本の女性に多くあった「転落」も意味していると私は思うのだ。

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『鯨と戦う男』

2022年05月02日 | 映画

1957年の東映だが、今では絶対に作られない映画である、鯨の映画なのだから。

1960年代には、鯨映画は結構あって、大映の『鯨神』、日活の『荒い海』などがあった。

現在の欧米の反捕鯨運動下では、鯨映画はまずできないだろう。

鯨というと、すぐに言われる給食の鯨の竜田揚げだが、私は給食で食べた記憶がない。

その性か、私は別に鯨が好きでも嫌いでもない。

もちろん、食べたことはなんどかある。野毛にも鯨を出す店もあるが、食べたのは渋谷である。

 

                   

宮城の鮎川漁港の話で、捕鯨船での捕鯨の様子から始まる。

佐野周二が砲手で、鯨を射止めて港に戻ってくる。

「船長、船長」と言われているので、砲手で船長なのか。「地獄船」と恐れられている。

そこに船員の高倉健がやって来て、砲手として会社で佐世保から移転して来たとのこと。

彼の兄は、捕鯨船で死んでいて、その責は佐野だとのことだ。

さらに、小宮光子も来て、バーに勤めることになるが、もちろん健さんに惚れる。

当時、小宮は、東映東京にも少ない肉感的女優で、多数の作品に出ていたが、自殺したとのこと。

佐野の船が故障して、ドックに入っている間、佐野に反感を持つ船員と高倉との対立が始まる。

その中で、「鯨まつり」が行なわれ、パレードがあり、銛打ち大会が行なわれる。

そんなものあったのか、と思うが、映画なので、一応許せる。

最後、佐野と高倉は和解し、猟に出ていくところで終わり。

監督の津田不二男は、元は日活だが、戦時中に滿映に行き、敗戦後は戻って来て東宝に入る。

1950年東宝から東映に移るとなっているので、やはりストライキとも関係があったのだと思える。

東宝から東映に移籍した人は多く、関川秀雄、小林恒夫などいる。

津田は、東映がヤクザ路線に移行した中で、教育映画になったようだ。

 

 

 

 

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4連勝で大騒ぎ

2022年04月30日 | 野球

東京ドームでの巨人・阪神戦は、青柳が押さえ、佐藤と大山がホームランを打って3-2で勝つ。

テレビでユーチューブを見ると大騒ぎなのだが、私も阪神ファンなので、気持ちはよく分る。

青柳は、今や阪神のエースだが、最初出てきたときは、非常に評価の低い投手だった。

いつだか忘れたが、テレビで野村克也が言っていた。

「こんなひどいピッチャーっていないな」と。

確かに、当時はコントロールがまったくなかったのだ。

 

                        

今は、投球のタイミングを外したり、いろいろやって打者を打ち取っている。

最終回に岡本にホームランを打たれたが、後はたいしたことのない選手ばかりなので、問題なし。

それにしても、巨人の菅野は良くない。

肘の違和感だそうだが、ケガなのだろう。

やはり、メジャーに早く行かせた方が良いと思うよ、原監督よ、それが本当の親心というものである。

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『剣客商売辻斬り』

2022年04月28日 | テレビ

1982年、テレビのスペシャル番組として作られたもの。脚本星川清司、監督は森一生である。

秋山大次郎は、加藤剛で、父は中村又五郎、田沼意次は小沢栄太郎で、娘の佐々木三冬は新井春美という配役。

ある夜、大辻ギロ辻斬りに襲われ、気を失った連中をつけると旗本長谷川・武内亨の屋敷であることを突き止める。

その息子が、剣術好きで、刀剣を集めていることも分り、彼らとの対決となる。

旗本屋敷に屯している化粧して女格好の剣士がなんと地井武男で、これがいい。

 

                                             

ある侍は言う、「女男に男女」

もちろん、最後は、大次郎を待ち構えているある道場に行き、二人で者共を成敗する。

小沢、武内、地井、そしてもちろん加藤もみな劇団俳優座の関係者であり、「本当に俳優座は良い役者がいたなあ」と思う。

私の姉の一人は、俳優座後援会の会員で、後援会の運動会に行ったこともあるのだ。

東京のお台場で、1961年の初夏、晴海埠頭から船で行ったと記憶している。

その時の、交流会の司会は、横森久だったと思うが、一人で静に微笑んでいたのは、岩崎加根子で、きれいだなあと思ったものだ。

むかし、昔の話である。

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トリプル・プレーを食らっても勝つ

2022年04月28日 | 野球

阪神・中日戦を見ていて、4回の裏にノーアウト、1,2塁で高山がライナーを打つが1塁に取られて、なんとトリプル・プレーになる。

              

解説の上田二朗も

「珍しいものを見せてもらいました」と言っていた。

結構あると思っていたら、12年ぶりとのこと。

意外にないのだなと思う。

たしかダブル・プレーでは、カゴメトマトジュースから賞品が出るはずだが、トリプル・プレーはなにが出るのだろうか。

なんとか西の後は、アルカンタラ、湯浅、岩崎でリレーして勝つ。

これでやっと6勝目。

道は長い。

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