指田文夫の「さすらい日乗」

さすらいはアントニオーニの映画『さすらい』で、日乗は永井荷風の『断腸亭日乗』です 日本でただ一人の大衆文化評論家です

『海のGメン 太平洋の用心棒』

2021年04月19日 | 映画
1967年の大映作品、監督は田中重雄、脚本は長谷川公之。用心棒とは大げさで、要は大蔵省税関職員の話。
外国から、金を密輸する連中を摘発する税関職員の活躍を描くもので、班長は宇津井健、下の職員は、成田三樹夫、藤巻潤、本郷好次郎など。宇津井は、新東宝から来た俳優だが、元から大映の俳優の上にいるのは、さすが。
貨物船の船員に化けて日本に持ってくるので、舞台は横浜港。大映で横浜港が出てくるのは、珍しい。
持ってくる方法の一つに体内に入れるのがあり、なんと肛門から入れてしまったのが最後に出てくる。大映らしい、ダサいというか、臭い方法で笑った。

           
密輸グループの日本人に江波杏子がいて、アジア地域のボスが、ハロルド・コンウェーだった。石原裕次郎のデビュー作『狂った果実』で、北原三枝の外国人の夫となっている人だが、本職はどういう方なのだろうか。
この時期は、外国人俳優は少なく、東京裁判の弁護士だったジョージ・ファーネスも、映画が好きでよく出ていたものだが。
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『どん底・1947年東京』

2021年04月17日 | 演劇
私は、劇の古典は、その通りやった方が良いと思っている。
シェークスピアなども、いろいろと趣向を変えてすることがあるが、一度も良いものを見たことがない。
これも、ややそれに近いできと言うべきだろう。

            
しかし、なにせ原作は1910年の帝政ロシアなのだから、変えてみたいと思うのも無理はない。1985年に新劇団協議会が佐藤信の作・演出でやったときは、昭和10年の新宿のトンネル長屋に設定されていた。

この吉永仁郎作、丹野郁弓演出では、1947年末の新橋の焼跡のビルの地下が宿になっていた。もっとも、この『どん底』は、いろんな劇に影響を与えている。菊田一夫の『放浪記』の渋谷の木賃宿、森光子のでんぐり返しで有名なシーンは、明らかにこの『どん底』である。 

そこには、靴屋、仕立屋、元華族の男、担ぎ屋、売春婦などが住んでいる。
いろいろと趣向はあるが、ドラマらしい起伏はないので、1幕は何度か寝てしまった。私の前にいた女性は、休憩で帰ってしまい、二幕目は来なかった。
二幕目は、女性の姉妹をめぐるさや当てがあり、格闘の末に人殺しがあるが、それほど大きなドラマではない。
もともと、ゴーリキーのドラマが、チェーホフ的で日常的な作りだからなのだ。
要は、筋というよりは、役者で見せる劇なので、ここには有名俳優が、日色ともえくらいしかいないので、見るのは辛いのだ。
そして、1947年東京とわざわざ冠しているのに、時代の描写が欠けていると思う。この頃、最大の問題は、「東京裁判」であるはずで、まったく一言も触れないのはどうしたわけなのだろうか。唯一、時代的な話題としては、「宝くじが100万円になった」だけとはどうしたことだろうか。
紀伊國屋サザンシアター

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清水邦夫、死去

2021年04月17日 | 演劇
清水邦夫、死去、84歳。
と同時に、若松武史の死も出ていた。
清水は、私が芝居をやっていたころ、一番に憧れた劇作家で、その詩的なセリフは大変に素晴らしい。
だが、彼の詩人としての素質が一番発揮されているのは、演劇ではなく、北海道電力のPR映画『わが愛、北海道』ではないかと私は思う。
これは全編が、主人公の女性(真理明美こと、及川久美子)への恋文のごときメッセージで、実に美しく北海道への作者たち(黒木和雄と清水邦夫)の想いが歌い上げられている。

            
今見ると、漁業、農業など、取り上げられたほとんどの産業が衰退しているので、とても皮肉に見えるが。

若松は、寺山修司のところにいた役者で、私は1回しか見ていないと思う。『奴卑訓』という劇で、アテネ・フランセで行われたと思う。
地方生まれの人間が、後から来た地方人を差別しているような劇で、あまり愉快ではなかった。
その他、多数の映画、劇、テレビに出ているが、彼で有名なのは、ある芝居で本番をやったという噂だろう。今や、AVがあるので、驚きもしないが、メジャーな映画で本番をやった珍しい男優の一人だった。
前にも書いたように、人間はセックスを秘匿するが、動物は隠すことはないので、彼もある意味で動物的なところがあったのだろうか。
ご冥福を祈る。

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『女と刀』

2021年04月14日 | テレビ
このところ、毎日見ているのは、千葉テレビの再放送の『女と刀』である。
木下恵介劇場の続きで、『記念樹』の後は『今年の恋』をやっていたが、すぐに終わって、この『女と刀』になった。

明治時代の薩摩藩の士族の家に生まれた女性の「苦闘」を描くもので、すごい。
木下は、女性映画監督で、センチメンタルだと言われるが、そんなことはないと思う。
非常にリアルで、女性を見る目はすごいが、逆にそれが女性の強さの証明になっていると思える。
岩崎加根子、馬淵晴子らの時代が終わり、主人公中原ひとみの時代のドラマになっていく。
馬淵と関わりのあった男で、西南戦争で負傷し下肢障害になり薩摩琵琶の奏者なった男は、見たことがあるなと思うと、三島耕だった。
田中絹代監督の『月は上りぬ』で主役を務めた役者である。

    
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『夕陽に赤い俺の顔』

2021年04月11日 | 映画
1961年の松竹映画、監督は篠田正浩で、脚本は寺山修司、音楽は山本直純で
ある。

               
全体として、お遊び映画で、まず殺し屋が出てくる。渡辺文雄、小坂一也、平尾昌明、三井弘次、諸角啓二郎、水島弘、内田良平、そして炎加代子だが、全員がマンガ的な派手な衣装。

彼らにブローカーの神山繁を通じ殺人依頼が、水田建設の菅井一郎から来る。
最初は、建設新聞社の西村晃だが、途中でその部下の岩下志麻に変わる。
そして、誰が一番すごい殺し屋かを決めようと競馬の騎手の帽子を撃たせると、風来坊の川津祐介が第一になり、彼が殺しの依頼を受けることになる。
岩下は、水田建設に悪事で死んだ父親の復讐を企んでいて、当初は西村も同調していたが、途中で金によって証拠を水田に渡すことにする。
岩下が住んでいる団地は、横浜市中区の小港団地で、ここでのシーンが多い。
最後、岩下を川津が助けて、菅井と殺し屋一味は、警察に逮捕される。
当然のように川津は、警察のものであることが分る。
全体として、マンガ的だが、日活の鈴木清純的でもある。
彼の傑作『殺しの烙印』に似ている感じもある。音楽も共に山本直純である。
冒頭や途中で、殺し屋たちのアジトで、大きな半円形のコンクリートの建物が出てくるが、ここはどこだろうか。当時の横浜にはなかったと思うのだが。
衛星劇場




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『小吉の女房2』

2021年04月10日 | テレビ
NHKのBS時代劇は、なかなか面白いが、これもそうだ。
女房のお信は、坂口靖子で、私は彼女が好きなのだ。
彼女は、整形美女ではなく、芝居も結構上手い。だが、あるところでそれを言うと、「彼女は、堤義明の女だ」と悪口を言われた、本当だろうか。

           

このドラマを見て思うことは、勝小吉は、言ってみれば町内の顔役で、ヤクザ的な人だと言うことだ。
彼は、町内のもめ事、争いことなど、諸事万端解決する人間で、普段は何もしていず、仕事はない。今で言えば、警察、裁判所、区役所のすべてを一緒にしたような人なのだ。そして、解決した時に、お礼をもらって生活している。
2回目の今回は、本所の元の地主の岡野家の若殿が、ずるい家来に騙されて多額の借金をし、払わなければ土地を取り上げられそうになる。
すると小吉は、岡野家の本来の知行地の兵庫の村に行き、村から金約400両を貰おうとし、勿論当初は断られる。
だが、調べると村には俳諧の寄合があり、本当は上等な着物を着ているなど、裕福なのだ。
普通は、江戸時代が貧しかったと時代劇では描かれるが、それは嘘で、傾向映画時代の大正末から昭和初期の不況のことなのである。事実、江戸時代は日本全体として人口は増えており、特に西日本は人口増の他、綿、菜種などの米作以外の畑作も盛んで、収入が増えていて、それが薩摩、長州等の西日本勢の明治維新になったとの説もある。
小吉は、農民の前で腹切りの芝居をして、村から400両を出させる。今の金額では、約4000万円であり、いくらバカ殿が放蕩したとしても多すぎるとは思うが。
江戸時代は、非常に良い時代だったと言えるが、その元は、260年間平和だったからなことは言うまでもないことだ。


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『奴らを高くつるせ』

2021年04月09日 | 映画
1968年、イタリアから米国に戻ったクリント・イーストウッドの1作目。
MGMだが、彼の会社のマルパソがからんでいる。この頃から、彼は自作への意思があったのか。

                          
牛の群れを扱っていたカウボーイのイーストウッドは、いきなり9人組の男に襲われ、大木に首吊りされてしまう。
「持ち主から800ドルで買った」と、領収書を見せるが、相手にされない。
半死状態のところを、連邦保安官(ベン・ジョンソン)に助けられる。
彼は言う、「お前が牛泥棒なら死刑だが、それでも裁判受けてからの方がよい」
町に囚人馬車で連れて行かれ、獄に入れられるが、すぐに釈放される。
別の囚人の証言で、無罪が明らかになったとのことで、取られた金も11ドルだけ取り戻してくれる。そして、言われる
「保安官になれ、オクラホマ準州に60人いたが、皆いなくなった、20ドルでやってくれ」と。
オクラホマが州に昇格するのは、1907年なので、19世紀末のことだろう。

まず一人、一味を追いつめるが、発砲されて殺してしまうが、保安官からは、生け捕りにしてこいと言われ、ある一人を町の獄に投獄する。
そして、3人に追いつき、一番強そうな男と格闘になり、馬に乗せることができる。若者2人は、見ていて悪漢の側には立たない。途中での格闘もあるが、イーストウッドは、彼を馬の鞍にくくりつけて戻ってくる。と、絶賛され一躍有名になる。
裁判が行われ、男と若者2人も、死刑になる。牛泥棒は死刑で、イーストウッドは、「二人は、18と16歳だ」と減刑を主張するが、判決は変わらない。一応裁判で、陪審員もいる。
彼らの他、6人が絞首刑になることが決まると、町には人が集まってきて、ホテルも満員になる。
公開処刑は、好奇の的で、「他人の不幸は蜜の味」なわけだ。物売りも出て、大変な賑わいになる。
牧師がきて、囚人たちに懺悔をすすめ、群衆も賛美歌を歌った後に、全員に黒い袋が被せられて、縄が首にまかれて絞首刑が執行される。

最初の町の監獄に入れた保安官を通じて、犯人から奪った金800ドルを返してきて、和解を求めてくるが、拒否して残りの3人がいる牧場に行き、2人を殺すと、ボスのウィルソンは、許しを請い、自ら捕まる。
一度は保安官バッジを返すが、再び引き受けることで終わり。
中で、ヒンクルは言う、「誰かを許したって、住民が追いかけてリンチするだけで、それより裁判の方がよい」
ムービープラス


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『粛正裁判』

2021年04月08日 | 映画
1930年に起きた「産業党」事件の公開裁判の記録。

          
モスクワ裁判としては、スターリンの政敵の裁判として有名だが、これは技術者、インテリへのスターリンの弾圧で、私は知らなかった。
非常に大きなホールでの公開裁判で、まずは罪状認否が行われるが、被告の全員が自己の有罪を認める。この被告の有罪の告白が異常である。
罪状認否というのは、欧米法に特有の制度だそうで、日本にはなく有名なのでは「東京裁判」の冒頭に行われた。当時のソ連がどういう裁判制度を取っていたのか知らないが、これは海外への宣伝裁判だったので、欧米にならった罪状認否をやらしたのだろうか。

被告は、ソ連の科学、技術の指導者たちで、皆ソ連のなんとか会議の役員を務めていたインテリである。
有罪の証拠が述べられるが、ついには外国の反ソ連勢力との関係が語られ、フランスのポアンカレー大統領との関係が言われる。
もちろん、嘘である。
会場は意外にも平穏だが、街頭では、反ソ勢力の撲滅を叫ぶ民衆のデモが行われている。
そして、「ボルシェビキ万歳!」を叫んでいる。「あれっ」と思うが、一応この時期は、メンシェビキやエス・エル等のロシア共産党以外の政治勢力も存在していたようだ。
検事の求刑は、全員銃殺だが、判決は銃殺刑は指導者だけで、彼らも減刑された。そして、秘密警察で軍事研究に従事させられたとのこと。

これによって、スターリンの反対派弾圧は、政治家、インテリは終了し、この後は軍人、さらに一般の民衆にまで広がって行く。
ロシアは、欧州ではなく、アジアだったことがわかるし、さらにスターリンが、ロシアではなく、ジョージアという辺境の田舎者だったことも不幸だったと思える。彼は、共産党非合法化時代は、2000人の党員の本名、組織名、連絡方法を暗記していたそうで、その事務能力が党で発揮されたのだ。私などは、電話番号を記憶しているのは、数人のみだというのに。
彼の弾圧、虐殺は、ナチス・ヒトラーの暴虐に比較されるが、そうではなくむしろアジア的な、中国の文化大革命時のインテリへの弾圧や、カンボジアのポルポト政権の暴政、遡れば秦始皇帝の弾圧に近いものではないかと私は思う。
大皇帝の民衆への暴虐と言うべきではないだろうか。
横浜シネマリン
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もう一つの『渡る世間は鬼ばかり』

2021年04月07日 | 映画
先日亡くなられた橋田壽賀子氏の代表作に『渡る世間は鬼ばかり』があるが、もう1本、映画での同名の作品がある。
1958年の松竹映画『ボロ屋の春秋』で、サブ・タイトルが『渡る世間は鬼ばかり』なのだ。2006年に阿佐ヶ谷のラピュタで見た時の感想が以下である。

              

ラピュタの昭和の文豪シリーズだが、全く面白くなかった。原作は梅崎春生。「純文学」から中間小説になった時期のもの。監督は中村登だが、全く笑えない喜劇。唯一おかしいのが学校長・渡辺篤史の妾の小山明子で、根っからの二号的女性を演じるのが、全くのミスキャストで笑える。ボロ屋というのは、東京郊外のドイツ人が建てた洋風のボロ屋。持ち主の多々良純が逃亡し、彼に譲渡手付金を払った複数の人間、佐田啓二、三井弘次、小山明子らが移り住み、そこでおきる喜劇。元ネタは、『どん底』や『グランド・ホテル』だろう。子供と居残っている妻が三好栄子で、これが例によってすごい強情。結局、人の良い芸術家の佐田(バイオリン弾き)は、多くの人に騙されたり、たかられたりするが、最後は恋人有馬稲子と結ばれることを暗示する。小山明子も独身の教師・三井と一緒になる。ともかく、一年中この程度の映画に出ていれば、小山明子がバカらしくなり大島渚と結ばれたのも十分に理解できる。多々良が赤穂に逃亡し、佐田と有馬が追いかけてゆき、「義士祭」の子供行列の前で芝居が行われる。その周囲の観客・見物人の数がすごい。この程度の映画で客が来て、一般の人気もあった古き良き時代の産物である。

もちろん、脚本は橋田先生ではないが、この時期には大船にいたのだと思う。
あの長い説明芝居は好きになれないが、日本のテレビ界に多大な貢献をされた橋田氏のご冥福をお祈りする。

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『八十八夜の月』

2021年04月06日 | 映画
1962年の松竹大船、市村泰一監督作品。
1960年代中頃の松竹は市村や番匠義昭監督の作品は多く、日活や東宝、東映に比べて面白くなかったと言うよりも、古いなあという感じだった。

                       
静岡の製茶の老舗三島園で、祖母の三益愛子の下に、藤間紫、高千穂ひづる、環三千代、そして岩下志麻の四姉妹、一人息子の宗方勝巳は、演劇をやっていて、いつも金の無心をしている。
藤間は、聟に佐野周二をもらっていて、東京に茶舗を持っているが、株の売買にも手を出している。岩下は、大学でフランス語をやっていて、エール・フランスのスチアーデス試験に合格する。彼女の恋人は、フランス文学研究者の松原緑郎で、共にフランスへの強い憧れを持っている。意外にも松竹大船には、「フランス病」があり、大したことのないメロドラマしか作らなかった監督原研吉は、フランス詩の研究家だったとはおどろく。

ここでもフランス病はあるが、松原が結核で死んで、岩下は悲嘆にくれて会社をやめてしまう。高千穂は、幼い頃から使用人の菅原文太と相思相愛だったが、絵の勉強に言ったフランスで結婚しまい、文太は降られる。菅原と言い、松原といい、元新東宝組は、松竹の異分子として排除される運命だったのか。

これを見て思ったのは、松竹の演技は、演技しないと言うことだとあらためて思った。全体にドラマは少なく、藤間の株が暴落して右往左往するところと、高千穂がフランス人の夫を連れてきて、三益が激怒するところ程度にしかない。
島津保次郎以来の日常的で、普通の抑揚の低い台詞廻しが、松竹の演技の方法論である。これは、日活の中平康らにも受け継がれていると思うのだ。

衛星劇場



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『5泊6日』

2021年04月06日 | 映画
映画界では、不思議なことが起きるが、これもその例だろう。
1966年に東映で公開された作品だが、池部プロの製作なのだ。
この頃、池部は、東宝での居場所がなくなっていて、松竹での『乾いた花』の後東映での『昭和残侠伝』シリーズで大人気だった。だが、それでも不満があったのだろう、ベトナム戦争のドキュメンタリーを作ってもいる。

           

この映画は、タイピストの緑魔子と安サラリーマンの川崎敬三は、恋人同士だが金がなくで新婚旅行に、紀州への周遊券を使う始末。行くことになってタイトルが入り、結婚式場のシーンになる。新婦は緑だが、新郎は川崎ではなく、人見きよしだ。このシーンに池部良が出ている。
そして、人見は、大会社社長の息子だが、なぜか彼らも周遊券で、紀州に向かう。大金持ちの息子が安売り旅行券を使うのはおかしいが、まあ良いだろう。
さらに、川崎敬三も、前の周遊券を使っての新婚旅行で、相手は緑に代わって磯野洋子。
緑と人見、川崎と磯野、このカップルの混乱が筋の映画だが、さらに大坂志郎と石井富子の旧婚旅行組が絡んで来る。大坂、白浜、新宮と行き、ついには緑と川崎の仲がばれてしまうが、それでも2組は元通りになって東京に帰る。
そして、二年後に、川崎と緑は、冒頭で会っていた寿司屋で再会する。
川崎は、一念発起して会社で昇進し、子供もできたとのこと。緑は、バスに乗って郊外の団地に戻る。団地の狭い部屋に、人見は、母親と住んでいる。会社が倒産し、父親も死んだとのこと。緑魔子と人見きよしは、地道に生きていくと決意して終わる。
なんとも唖然とするできで、脚本瀬川昌治、監督渡辺祐介も、悪くない人だが、どうしてこんなにつまらない映画になったのか。

理由は、キャスティングで、緑魔子と川崎敬三は上手いが、人見きよしは、役者が不足(役不足ではない)だったと思う。この狂騒的な役は、フランキー堺か財津一郎あたりでないと無理だったと思う。
人見きよしの父親役で、岡讓二が出ていた。日活、松竹、東宝の二枚目だったが、戦後は東映にいて、次第に出なくなった俳優で、これがたぶん最後の作品だろう。
日本映画専門チャンネル



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テレビの本質はなにか

2021年04月05日 | テレビ
テレビは、今や三流タレントのトークメディア化しているのは、非常に残念なことだ。

             
かつて映画監督の大島渚は、松竹大船撮影所で助監督をやっていた頃のことを書いている。
大庭秀雄監督の作品の撮影をしているとき、大庭監督は次のように言って、一時撮影を中断したそうだ。
「この映画は、いつでも撮影できるが、世界タイトルマッチは今日しかないからね」
スタッフとキャストは喜んで、テレビに向かってボクシングの世界戦を見たそうだ。
これは、テレビが、「遠い場所で起きている事件」を映すメディアであることを表現していると思う。
だから、テレビが、他のメディアに優越するのは、事件、事故の中継などのニュース、さらにスポーツの中継である。いま、そこで起きていることを同時的に見せるのがテレビの本質である。
これらは、もちろん映画でも行われていたが、同時中継はできないので、映画はテレビに叶わない。
今や、テレビは、吉本興業などの三流芸人のトークメディア化したのは、要は予算が掛からないからで、面白くないのは当然である。

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『蟹の惑星』

2021年04月04日 | 東京
多摩川河口に住む蟹の生態についてのドキュメンタリーである。

                   
羽田空港の近くで、東京と川崎の間で、干満もあり、さまざまな生物が生息しているが、中でも蟹は種類が多いようだ。
私は、多摩川近くの大田区池上に住んでいたが、1950年代末の小学校時代、夏になると、午後にワタリガニを売りにくる者達がいた。
それは、多摩川河口ではなく、平和島付近で採れたもののようだが、非常においしく、午後のお八つとして食べていた。

映画では、停年退職後15年間、この蟹を観察してきた方の記録である。
いろいろな不思議な実態が見えてくるが、蟹は甲羅にあわせて巣を作るなどが見える。
蟹は、脱皮して大きくなるが、それも出てくる。
このように、蟹が以前よりも多く生息するようになったのは、多摩川が下水道の整備によってきれいになったからだろう。

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私は刑務所に入ったことがある

2021年04月03日 | 横浜
今日の『ブラ・タモリ』で、宮城刑務所のことが出ていたが、さすがのタモリも「刑務所には入ったことはない」と言っていた。
だが、私は入ったことがある。前橋刑務所と福島刑務所だ。
と言って、学生時代に全共闘運動で収監されたと言うのではない。
某区役所で福祉課長をやっているとき、そこは区の保護司会と更正保護婦人会の事務局をやっていて、両会の合同研修会で刑務所見学に随行して行ったのだ。

                             
中では、工場で作業しているのも見学した。
どこも例によって高齢化しているとのことだ。
終わった後は、当然にも温泉に行って懇親会である。われわれも、もちろん自己負担してのもの。
現在は、どうなっているのだろうかと思う。

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沢村忠、死去

2021年04月03日 | その他
田中邦衛の死が新聞1面であるのに対し、「キックの鬼」沢村忠の死は、通常の訃報欄だった。

             
沢村忠とキックボクシングの人気は、短期間だったが、大変なものだったと思う。キックボクシング解説者という寺内大吉の解説もインチキくさかったが、元は小説家で僧侶なのだから、仕方のないところだった。
彼の沢村忠というのは、リングネームで、学歴が日大芸術学部というのが面白い。
彼は、格闘技においても、観客に見せることの重要性をよくわかっていたのだと思う。
今日の日本での格闘技の人気を作り出したのは、彼とキックボクシングだったはずだ。
キックボクシングを辞めた後は、趣味の外車蒐集と自動車修理業をやっていたとのことで、結構堅実な生き方だったと思う。
折口信夫が「相撲は演劇だ」というのにならえば、「格闘技も演劇」なはずで、必要なのは筋書きというシナリオと演出だと思う。それに、それを演じられる演者であり、その意味では沢村忠は、非常によい役者だったと思う。
格闘技に興味は大してないが、ご冥福をお祈りする。

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