CSで、山田朗先生の『軍人としての三笠宮』を見るが、この方は、戦時中に東條英樹暗殺計画に加担させられたことがあるそうだ。
日本の歴代首相で、一番嫌われたのは東條英樹だろうが、戦争末期には、3つの暗殺計画があったそうだ。
1 高木惣吉らの海軍グループ
2 細川護貞グループ
3 津野田知重・牛島辰熊グループ
この内、最後の津野田とは、陸軍で旧知の仲だったので、計画書を見せられたことがあり、沈黙を黙認と見なした津野田は、実施に向かったが、サイパン島陥落で東條が首相を辞めたので、沙汰止みになった。
だが、憲兵隊の知るところとなり大問題になったが、三笠宮にもかかわるとのことで、大事にはならなかったようだ。
なお戦後、津野田は、東京12チャンネルの創設にも関わったとのことだ。
こうした三笠宮を、昭和天皇はかなり警戒していたようだ。
「一切語るなかれ」
が上梓された頃
読みましたが
戦後のこと弟さんが
学校で担任から
「みんなぁ~
東條君のおじいさんは悪い人?(あるいは悪いことした人?)なんだよ~」
と言われたとかで
鳴きながら帰ってきた
の項目が
1番印象に残っています