指田文夫の「さすらい日乗」

さすらいはアントニオーニの映画『さすらい』で、日乗は永井荷風の『断腸亭日乗』です 日本でただ一人の大衆文化評論家です

『デルス・ウザーラ』

2008年12月07日 | 映画
BSで黒澤明の『デルス・ウザーラ』を見る。
『トラ、トラ、トラ!』での監督解任、再起第一作『どですかでん』の赤字で、失意の黒澤明に救いの手を差し伸べたのは、なんと旧ソ連だった。
これは、ソ連のモス・フィルムで作られたもので、黒澤明、松江陽一、野上照代、中井朝一らは、モス・フィルムの雇われスタッフとしてソ連に行き撮影した。

公開当時、日本での評価は余り高くなかった。
私の友人も年賀状に「黒澤老いたり」と感想を書いてきた。
それまでの、黒澤映画のテンションの高さがほとんどなかったからだろう。だが、私はむしろ好きな作品である。黒澤のやさしさ、純粋さが素直に出ているからだ。
今回見ても、淡々とした表現の中にきちんとドラマがあり、悪くない作品だと思う。

ともかく、主演の二人が良い。
アクセレーニエフ役のユーリー・サローミンは、モスクワの有名な俳優で、数年前どこかの劇団で来日したときは『三人姉妹』に出たのを見た。
デルス役の、マクシム・ムンズクは、ロシア極東地方の舞台俳優だが、アジア人らしい風貌と俊敏な動きが素晴らしい。
いかにも密林(タイガ)に生きる自然人という感じがする。
ここで描かれたヨーロッパとアジアの対立は、近代性と前近代性との対立であり、地球環境問題を考えると今日的な意味を強く感じる。

黒澤は、アメリカのハリウッドとは、『トラ、トラ、トラ!』で失敗したが、なぜソ連との『デルス・ウザーラ』では、成功したかは、きわめて興味深い問題だ。
やはり、アメリカとの間では、黒澤明の太平洋戦争への秘めたる思いがあり、平静には作れなかったということだろう。