猫じじいのブログ

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実在の政治家の悪徳を曝露する不思議な商業映画『バイス(Vice)』

2021-03-24 23:13:57 | 映画のなかの思想
 
2018年公開の映画『バイス(Vice)』は、ウィキペデイアによれば、パラマウント映画会社が企画した商業映画である。だから、とても変なのだ。実在の政治家の悪徳を曝露する映画である。
 
パラマウントの重役は、これからは、政治的なメッセージのある映画が集客できると思ったのだろうか。20世紀フォックスの映画『ペンタゴン・ペーパーズ/最高機密文書(The Post)』に対抗したのだろうか。
 
興行成績としては、20世紀フォックスの映画が勝ちである。5千万ドルの製作費で、米国とカナダだけで、8千2百万ドルの興行成績を上げた。一方、パラマウントは、6千万ドルの製作費で、米国とカナダだの興行成績は4千8百万ドルであった。
 
20世紀フォックスは監督にスティーヴン・スピルバーグ、ヒロインとヒーローにメリル・ストリープとトム・ハンクスを使ったからかもしれない。監督や俳優が誰かで映画を見る人が多いのかもしれない。
 
あるいは、20世紀フォックスの映画は、ベトナム反戦という多くの国民に支持されているテーマを背景にし、民主党も共和党も断罪しているから、結果として米国では政治的でないのかもしれない。
 
それに対して、パラマウントの映画は、共和党政治家ディック・チェイニーの悪漢(ピカレスク)物語である。共和党の歴代の大統領たち、リチャード・ニクソンもロナルド・レーガンもブッシュ親子も無能なバカとして描かれている。共和党員からは見たくもない不都合な真実なのだろう。
 
映画としてはどうか。私はパラマウントの映画を支持する。脚本がよく書けている。パラマウントは、コメディ映画を専門にとるアダム・マッケイを監督と脚本に起用している。そして芸達者な俳優で固めている。リアリティがある。
 
平凡で粗野な田舎の若者のディックが恋人で妻のリンに支えられ、政治の世界でどんどん出世し、出世するにつれて冷酷な悪人なっていく。登場人物はみんな実在である。しかし、家族に対しては、ディックは、善き夫で、善き父親でありつづける。これってアメリカ人好みの悪漢の像ではないか。
 
“The Hollywood Reporter”によれば、東海岸でも西海岸でも興行は成功した。それだけでなく、テキサス州のダラス、ヒューストンやアリゾナ州のフェニックスでも、善戦したという。どこで不評であったのだろう。
 
ディックが心臓病を患っていて、政界引退後に心臓移植を受け、いまだに生きている。心臓を提供した不幸な人がいるわけで、映画ではその裕福でない人がディックの物語のナレーターを務めるという構成になっている。映画の終わりで、交通事故にあい、心臓がとりだされ、米軍のヘリコプターで、ディックの手術の場に持ち込まれる。
 
心臓移植のことは知らなかったが、調べてみると、それは事実である。また、映画では、ディックは趣味の狩りで誤って人を撃ち殺すが、これも事実だった。
 
また、映画では、ディックの娘の一人は同性愛で、女性と結婚し、二人の子どもを人工授精で生む。共和党の基本方針は同性愛に反対だが、映画ではディックは娘の同性愛を受け入れて、娘を擁護する。自分と家族が一番なのだ。理想や原則なんて関心がないのだ。
 
映画では、ディックは、アメリカ国民を馬鹿にし、下品な言葉を発し、迷わず出世する。酒飲みで無能なブッシュ(息子のほう)を大統領にするため、自ら副大統領になり、彼から権限の委譲をうけ、すべての情報を一括に管理し、解釈を変え、あるいは広告代理店に調査させ、表現を変え、すべてのことを思い通りに実行していく。大統領ではないのに、Unitary Executive(独裁、モナキー)を実践する。政治の効率を追求する。2001年の9.11事件のあと、イラク陰謀説を捏造し、イラクを叩き、フセインを死刑にし、ブッシュを喜ばす。映画には、捕虜への残虐な拷問が映し出される。ブッシュは大統領に再選される。
 
原作もないのに、アダム・マッケイはいろいろなエピソードをよく集めたと思う。そして、彼が誰からも訴えられていないから、すべて、真実なのだろう。
 
よく、こんな映画が作ることができたのか、感心する。しかし、アメリカ人の半分にとって不都合な真実だから、この映画は、映画評論家以外には、話題にもならなかったのだろう。そして、アダム・マッケイはスティーヴン・スピルバーグに負ける。


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