ハンス・アンデルセンの童話に、老夫婦が屋根裏部屋から半分眠りながら手をつなぎ外の陽の光を見る物語がある。岩波文庫の『完訳アンデルセン童話集 2』で読んだかと思う。ふつうの物語に期待される展開はない。静かに時間が流れるだけである。
アンデルセンは結婚しなかった。あるいは結婚できなかったのかもしれない。しかし、老年の優しさと思いやりの混じった二人の時間にあこがれていたのではないか。そして、すべての苦労を忘れ、若いときの二人のいちずの愛をともに思い出すと考えたかったのだろう。
アンデルセンは、最近、よく「発達障害」とか「自閉症」とか言われる。これを、そのまま、受け取っていいのかと私は思う。
アンデルセンは、デンマークの地方都市の病気がちな貧しい靴職人の息子で、11歳で父を亡くしている。19世紀の裕福な市民中心の世界で認められるのに、とても苦労したと思う。彼の童話のほとんどは、人は貧しく生まれ、報われもせず、貧しく死んでいくことを描いている。神は貧しいものを見捨てる。貧しきものはあきらめて運命にしたがわなければ、神は罰する。死だけが人 皆に平等なのだ。
現在であれば、そんな社会を告発できるのに。
この童話、貧しい老夫婦に静かな至福の時間が訪れるとは、アンデルセンのささやかな願いだったのだ。