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ゴエモンのつぶやき

日頃思ったこと、世の中の矛盾を語ろう(*^_^*)

<支えられるココロ> 若年性認知症を詠む(下)

2016年05月20日 11時34分42秒 | 障害者の自立

 「さびしくて自分にメールを打っては笑う」「涙したあの言葉をどこへやったの、僕の頭よ」「恐れてもくじけても、たましいが前に僕を進める」

 机の上に転がっていたメモ用紙の束。書き殴られたボールペンの文字を読み、長崎県佐世保市の中倉美智子さん(62)は、同居するパートナーの真の胸の内を知った。

 元調理師の福田人志(ひとし)さん(53)が、二〇一四年夏に若年性アルツハイマー型認知症と診断されてから約半年間の心の軌跡。「激しいけれど、これほど素直でみずみずしい言葉はあるだろうか」。同時に「この言葉を残さなくては」と思った。

 はがきや半紙に、得意の書道で書き写す作業が始まった。誰に見せるつもりもなかったが、背景に色模様を書き添える工夫もした。福田さんも色付けを手伝ったり「今度はこんな書体に」と注文したりして、二人が「壱行の歌」と名付けた作品は増えていった。

 約二十年前、借家を探していた福田さんを、夫を亡くした中倉さんが自宅に下宿させたことをきっかけに、二人は知り合った。中倉さんにとって福田さんは九歳年下で、当時幼かった二人の息子の良い遊び相手。しかしやがて家族同様となり、福田さんが独立して料理店を出す際には、共同経営を約束する仲となった。

 そんなさなかに福田さんに下された宣告。魂の抜け殻のようになった福田さんに対し、中倉さんは「誰かがいなくては、この人を退院もさせられない。私が受け止めるしかない」と決心した。

 初めは「俺を精神科病院に入れろ」と自暴自棄になる福田さんと衝突を繰り返した。が、「壱行の歌」の制作を機に二人の心はまた一つになっていった。

 いずれも独学とはいえ、生命力がにじみ出すような中倉さん独特の書体に、繊細で優しい福田さんの色鉛筆画を添えた作品は、二人の世界観そのもの。それを見た知り合いの何人かが「もったいない」と後押しし、一五年六月、二人は「壱行の会」を名乗って市内のイベント会場で百点近くを展示する。

 何の宣伝もなかったが、介護を経験した人たちなどの間で「気持ちがすごくよく分かる」「作品を譲って」と評判を呼び、四回の展示会を重ねた。

 最初は、心の内側に引きこもり、来場者と話もできなかった福田さん。次第に会話も明るくこなせるようになっていった。障害者施設にボランティアで通い、調理手伝いのため再び包丁を握るようにもなった。

 味覚は戻らず、物忘れも相変わらずだが、症状は落ち着いている。「壱行の会」の活動は「命ある限り楽しく続けたい」。料理店の夢に代わり、中倉さんとは認知症の人や家族のためのカフェを開く計画も温めている。

 「私は性格が男だから夫婦は無理。(福田さんにとっては)母親か姉みたいなものかな」と笑う中倉さんに、福田さんは「どんな形にしろ、なくてはならない人。唯一、僕を地獄から救い出してくれた」と真顔で応える。「いろんな道があるけれど君が照らす道が一番」。福田さんが詠んだ歌のように、信頼が結ぶ男女の新しい形がそこにある。

 「人は誰でも愛情という絆創膏(ばんそうこう)を病んだだれかに貼れる」「毎朝やってくる朝にありがとうを忘れてたから全部まとめて今日にありがとう」-。支えられ、励まされ、今度は励ます側に。二人で紡ぐ「壱行の歌」は、格段に輝きを増している。

書と絵で温かいメッセージを伝える福田人志さんと中倉美智子さんの作品

2016年5月19日  中日新聞


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