ひまわり博士のウンチク

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スタン・リーヴィー『グランド・スタン』の噂

2015年02月25日 | 音楽

 
 『“GRAND STAN”─Stan Levey's Sextet』というLPアルバムがある。
 古いジャズファンならなんとなく違和感を覚えるLPである。
 違和感その1 そうそうたるメンバーを差し置いて、決して大物とは言えないスタン・リーヴィーがリーダーになっている。
 違和感その2 録音された8曲のうち、3曲もソニー・クラークが作曲したものなのに、なぜかメンバーリストの下から2番目。
 
 スタン・リーヴィーはウェストコーストジャズの代表的なドラマーとして、白いマックス・ローチなどといわれており、西海岸ではそれなりの人気があった。
 実はこのアルバム、スタン・リーヴィーとしてはラストアルバムになるのだが、怪しげな噂が立った。
 このLPは、実質ソニー・クラークがリーダーを務めたもので、スタン・リーヴィーという知名度の低いドラマーをリーダーとして扱ったのは、人種差別なのではないかと言うのだ。
 この録音は1956年で、ソニー・クラークが最初のリーダーアルバム『Dial "S" For Sonny』を出す前年である。有名な『Cool Struttin'』はさらにその翌年。だから、いくら有能とはいえデビュー前のソニー・クラークがサイドメンを務めていても不思議はない。しかしその後、熱烈なソニー・クラークのファンが、録音期日も確かめずにムカッときてそんな噂を流したのだろう。
 このような噂が流れるにはそれなりの背景がある。このLPを制作発売した「ベツレヘム」は、基本的に白人優位の会社である。ベツレヘムというレーベル名からしてイスラエルロビイストによるレコード会社だと容易に想像できる。詳しく調べたわけではないが、スタン・リーヴィーという名前からもユダヤ系の匂いがする。
 白人の人気女性ボーカルリスト、ジュリー・ロンドンのバックでドラムを叩いていたスタン・リーヴィーを、広く世に知らしめたいと画策し、人気ピアニストのソニー・クラークを引っぱり出した。しかし、黒人ジャズメンに白人のドラマーが従っているのはいかにもまずい。そこでスタン・リーヴィーのリーダーアルバムということで発売したのだ……という噂である。
  そう思って、ジャケットのウラ面を見ると。セクステットのメンバー表示が、肌の色が薄い順になっているような気がするが、考え過ぎだろうか。
 何ともモヤモヤがぬぐいきれないLPなのだが、しかし、ソニー・クラークの演奏はすばらしい。
 当時トニーレコードの故西島経雄さんのもとでジャズ修行をしていて、後に高田馬場にジャズバーを持つことになるM君はソニー・クラークに肩を持ち、その噂をあたかも真実のように話していて、僕もそれを信じていたが、やがてただの噂とわかった。
 実際、ソニー・クラークのおかげでこのアルバムはロングセラーになり、一応名盤の仲間入りをしている。
 ベツレヘムレコードが出した怪しげなレコードはこの1枚だけで、決して白人偏重という訳ではない。それどころか、マル・ウォルドロンの『レフト・アローン』や、ジョン・コルレーン、アート・ファーマー、フィーリー・ジョー・ジョーンズをはじめとしてものすごいメンバーを集めた『ウィナーズ・サークル』など、多数の名盤を出し、現在ではそのほとんどがCD化されて日本でも発売されている。もちろん『グランド・スタン』も容易に入手できる
 
 M君についてはちょっとした逸話がある。
 当時(1970年代)独身貴族だった僕は職場が近かったこともあって、足しげくトニーレコードに通っていた。店内でエサ箱にぎっしり詰まった中古レコードを漁っていると突然強めの地震があった。たぶん震度3か4くらいだったと思うが、すぐにおさまって物が崩れたりする被害はなかった。
 するとM君はすぐに店の電話をとって自宅に連絡している。彼は当時妹と2人暮らしで、自宅には後に店を出すための準備と趣味を兼ねて3000枚ほどのレコードコレクションがあると言っていた。3000枚のレコードと言えばそうとうな重さで、木造家屋なら床が抜ける。
「レコード大丈夫かな?……そう、よかった」
 それだけである。自宅にいる妹にケガはないかなどまったく聞こうとしないで電話を切った。
「おいおい、それだけかよ、いたわりの言葉くらいかけろよ」と言ってやったが、彼は「電話に出たから大丈夫」としらっとしている。彼にとってコレクションは命より大事と見られ、店内の常連たちをあきれさせた。
 その後開いた彼の店は繁盛して、最盛期には近くにもう1軒出店した。何十年もご無沙汰しているので、そのうち様子を見に行こうかと思っている。
 ちなみにその店は、高田馬場の「イントロ」。M君は店主の茂串氏である。


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