本書で語られるのは、島尾敏雄の妻、ミホである。島尾敏雄の代表作であり戦後文学に特異な輝きを放つ『死の棘』の主人公で「狂った妻」その人である。
『死の棘』はあまりにも衝撃的な小説で、島尾ミホという実在の妻と自分の関係を、まるではらわたを引きずり出すように描いている。
しかし、真実はどうだったのか、本当は二人、いや、愛人(本書では実名で表される)を含めた三人と二人の子どもたちの有様はどうだったのか。どうもよくわからない。
著者はミホの死の直前までインタビューを重ね、さらにミホの死後は夫婦が残した膨大な資料を読み込み、吉本隆明らが南島奄美と結びつけ、神話的に昇華させた『死の棘』を人間世界に引きずり下ろした。そこには、高貴な巫女の血を引く少女としてよりも、もっと人間臭い島尾ミホがいた。
それにしても、この夫婦はわけがわからない。数ある島尾敏雄論を読んでも、島尾ミホの著作を読んでもよくわからない。本当に狂っていたのは敏雄の方だったのか、それとも二人とも狂っていたからこそ、『死の棘』という作品が生まれたのか。
こんな評伝、書く側にもそうとうな覚悟がいる。
新潮社の校閲部も、そうとう苦労したと聞く。
**忙しいので、きょうはこれだけ。**