松江市の私立小中学校図書館で『はだしのゲン』の閲覧を制限した問題で、市の教育委員会は「手続き上の不備があった」として閲覧制限を撤回した。
この問題が明るみに出てから、松江市には抗議が殺到し、マスコミでも取り上げられたため、対処せざるを得なくなった結果である。
誰だったか忘れたが、国会議員の中に「(閲覧制限は)法的には問題ない」などと言ったのがいたらしい。しかしこれは検閲にあたり、国民の知る権利を奪う憲法違反である。憲法を読んだことのない国会議員が多数いるとされているが、どうやら本当かもしれない。信じられないことだ。
松江市教育委員会は、撤回した理由を「手続きの不備」であるとして、子どもたちの知る権利や学自由については一切言及していない。
『はだしのゲン』の残酷シーンとされているのは、10巻にある以下の4カットを含む数カットに過ぎない。
日本兵が中国人の非戦闘員である一般住民に対して行った「三光政策」である。
昨年8月、松江市内の自営業者と称する某男性から「ありもしないことが書かれた悪書である」と市議会に学校図書館からの撤去を求める陳情があり、陳情そのものは不採択になったが、このシーンが「残虐である」と問題視した教育委員会事務局が会議に図ることなく閲覧の制限を各学校に要請し、しかも要請に応じなかった学校に対して徹底するよう再度指示を出したと言う。
たしかにこのシーンは残酷である。しかし、残酷なシーンはここだけではない。被曝した人々が幽霊のような姿で歩いていくシーンや焼けこげた死体の山など、目を覆いたくなる場面は多数ある。
しかし、これが戦争なのである。戦争とは残酷で悲惨なものであり、それを知ることは大変重要だ。ところが、松江市の教育委員会が問題にしたのは、上に示したシーンを含む数カットである。
これは、右翼が認めたくない旧日本軍の残虐行為が描かれているからに他ならない。
そこで確認しておきたいことは、ここに描かれた出来事は某男性がいうような「ありもしないこと」ではなく、実際にあったことであって、それを実行した元日本兵の証言は無数にある。
だが、どれだけ多くの確実性の高い証言があろうと、右翼はそれらすべてを捏造だといい、証言する元兵士を「中国や北朝鮮のスパイ」扱いするのだ。
信条にそぐわないことはことごとく隠蔽するか捏造扱いして「なかった」ことにするのは、日本の場合、右翼の常套手段だが、それは旧ソ連や中国、北朝鮮のような独裁国家のやることで、民主主義とはいえない。少なくとも日本は民主国家であるのだから、事実をきちんと直視した上で物事を判断するべきだ。
さて、松江市教育委員会が閲覧制限を撤回した理由が「手続き上の不備」であるとしていることは、依然問題は残されたままなのである。手続きに問題がなければ、再度制限を設ける可能性が残されているということだ。
松江市教育委員会は、この問題の本質を見極め、正当な判断のもとに子どもたちの自由な閲覧を実現させるべきである。
それにしても、この問題が功を奏し、汐文社の単行本が例年の3倍を売り上げ、中公文庫版は2.5倍だそうである。某右翼男性にとってはまさにやぶ蛇、これまで『はだしのゲン』に興味のなかった人々にまで読者の範囲を広げる結果になった。作者の中沢啓治さんがご存命なら苦笑いをしたことだろう。
【訃報】中沢啓治さん
『はだしのゲン』