monologue
夜明けに向けて
 

試練  


その劇は原発問題を扱った作品で演出家は、原発ジプシーと呼ばれる者たちに核シェルターを設計した博士が投げ捨てられる、というフィナーレの場面を構想して稽古によって煮詰めていた。
その瞬間、目の前にあるはずの床が見えなくなった。おそらくまわりにいたすべての人々も一時的に視覚を失っていたことだろう。
博士役のわたしを原発ジプシー役の若者たちは何度も胴上げから放り投げた。そのたびにわたしは回転受け身をして立ち上がった。演出家はもっと幕切れにふさわしい、観客の網膜に残像が焼き付く方法を思いついて試したのである。わたしが空中に舞っている頂点で、稽古場の電灯を消すように指示したのだ。猫なら突然、光を消してもうまく着地するかも知れないが私の場合は闇になった途端、さっきまでのまわりの景色が消え空中での位置感覚が失せた。残念ながら猫が空中で体を立て直すようにはゆかなかった。 額が床にぶつかったのだ。勢いよく落下した全体重を受けて平気なほど首の骨は強靭ではないらしい。灯かりをつけた人々が目にしたものは倒れたまま動かないわたしの姿だった。抱き起こされたとき気絶していなかったらしく。受け答えはできたが首から下が動かなかった.。
そのとき、わたしはだれもがこの世で様々な形で受ける試練のひとつを体験していたのかもしれない。
fumio

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