ふくちゃんの絵日記

バイク等での旅行記や、日常生活で感じたことを、絵(写真)に描けるものは描き(添付)絵日記風にしたいと思います。

☆佐渡島旅行記7

2012年05月31日 | 旅行記
 5月23日の未明、アラームが鳴って起こされた。
 バイクの異変を知らせるものであるが、異変の程度は重大では無い内容である。
 点検したことに越したことは無い、と思い起きて点検したが、やはり門題は無かった。
 時計を見ると1時30分であった。
 次に目覚めたのは7時30分頃であった。良い天気である。
 パンと牛乳で朝食を済ませ、移動の準備に取り掛かる。
 今日は、佐渡島一周の残りを完走する予定である。
 9時にキャンプ場を出発し、重たいキャンプ道具を今夜の”宿”に預ける目的で両津に向け、国道350号線を走らせる。
 宿を探し当て訪ねると、戸が閉まっている。
 不在であった。
 仕方なく、荷物を載せたまま県道45号線を北に向かった。
 県道45号線は、佐渡一周道路とのことで未改修(単線)の処もあったが不安なく走行することが出来た。
 弾崎灯台-二つ亀-大野亀-相川から佐渡金山跡を見学し、台ヶ鼻-真野新町-小木-鴻ノ瀬鼻灯台-赤亀・風島-姫崎灯台を回って、両津に入った。
 17時頃に今夜の宿に到着した。
 日が暮れて夕食のため両津の町へ。
 そして、とある居酒屋で少しの酒と食事を済ませ、宿に帰って休むことにした。
 この様にして、佐渡島二日目も無事に終えた。
       
 絵日記の絵(写真)は7枚。
 写真・左から、写真1~写真7とする。
 写真1:佐渡島・須浜キャンプ場で迎えた、5月23日の朝である。日本海も穏やかである。
 写真2:佐渡島・最北端にある「弾崎灯台」
 写真3:地図で見る・佐渡島の上部にある景勝地「二つ亀」で見掛けた「標識」
 写真4:県道45号線(佐渡島周回道路・日本海側)から、手に取る様に観える「泊川滝」
 写真5:佐渡と云えば「佐渡金山」 入坑口の一つ
 写真6:佐渡島・南端(新潟側)にある「姫崎灯台」
 写真7:夜の”両津”の街
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☆佐渡島旅行記6

2012年05月31日 | 旅行記
 夕闇せまる頃、夕食も終わり、コイン式のシャワーがあったことに気付く。
 身体を温めて眠れば、疲れもとれると思い、利用することとした。
 着替えと、シャンプー類を携えてシャワー室に入った。
 電気を点け、コイン(100円)を投入し、蛇口を開けると温水が出てきた。
 当たり前か!!
 身体を温水で温め、洗髪を始めたが「カチャン」と音がして温水が出なくなった。
 不覚にも100円硬貨一枚しか持って来なかった。
 結局、大半は水で洗髪をし、身体を洗った。
 その時は「あぁ!寒い」と感じたが、下着を着け、寝る衣装になると暖かく感じていた。
 以前、北海道に行った時には、300円ほど手にして利用したことを、後になって思い出していた。
 湯上り?に残しておいた缶ビールを飲み、休むことにした。
 寝る前には「歯磨き」である。
 このツーリングのためにと買った「電池式電動歯ブラシ」を使うことにしたが、電池を入れるのを忘れていた。
 単四電池で、持合わせがない。
 普通の歯ブラシのように使って用を足した。
 自らの行動に、苦笑をしながらの”佐渡島での初夜”となった。
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☆佐渡島旅行記5

2012年05月31日 | 旅行記
 今日(22日)、野営する「須浜キャンプ場」は、フリーサイトと、キャビンが五棟設えてあった。
 管理人は、オフシーズンのときは不在のようであった。
 バイクを停め、テントを設営し、エアーマットを電動ポンプで膨らませ、野営の準備は完了した。
 先ずは、無事に到着したこと、野営の準備が整ったことで、ビールで乾杯!!
 夕食の準備に取り掛かる。
 夕食の準備と言っても「惣菜」を買ってきたので、お湯を沸かす位のものである。
 軽自動車が入って来た。
 管理人さんである。
 キャンプ場使用の手続きをする。
 手続きしている間に、佐渡島の見所などを尋ねた。
 1000mを超える山が、佐渡島にはあること。
 示された、その山頂には雪が残っていた。
 山頂近くに自衛隊のレーダーサイトが最近、建設されたこと。
 佐渡島全体が、町村合併で佐渡市になった事などを教えてもらった。
 親切な扱いで嬉しかった。
 一時間ほどの手続きや説明の後、管理人さんは帰られた。
 人の気配も自動車やバイクの走行音等、聞こえてこない。
 広い世界を独り占めしているような感じである。
 日本海に沈む太陽は美しかった。
 自宅から佐渡島(須浜)までの走行距離は905Kmであった。
     
 絵日記の絵(写真)は、五枚。
 写真・左より、写真1~写真5とする。
 写真1:須浜キャンプ場より日本海を望む。
 写真2:お点前の真似事を! 持参したお抹茶で”お茶”を楽しむ。
 写真3:夕刻になって東の空に虹が観えた。
 写真4:日本海に沈む太陽(2012.5.22 19時50分の世界)
 写真5:夕闇 偶に!海岸線の県道を通過する排気音(車両の)が聞こえる他は”静寂の世界”である。 
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☆佐渡島旅行記4

2012年05月29日 | 旅行記
 5月22日 9時30分定時に、直江津港を出航。
 二時間半程の船旅である。
 出航して暫くは船内を散策していたが、長時間の運転での疲れを和らげるため、短時間ではあったが仮眠をとった。
 12時過ぎ、小木港に到着した。
 上陸して「観光協会」を訪ねた。
 昨年のお詫び(*)と、キャンプ場の場所を尋ねるためである。
(*):キャンプの予約をしながら達成できなかった(バイクの故障で)ため。
 親切な対応で気分も良かった。
 旅先で親切にされることが心に残る行為であると思う。
 先ず、佐渡島は海沿いを一周できると言うこと、そして一周約250Km(海岸線長262.7Kあるという知識を得た。
 車両のナンバープレートを見ると「新潟」ナンバーばかりである。
 思えば此処は、新潟・佐渡であった。
 キャンプするまで時間があるので、小木港から西の方向にある沢崎鼻灯台方面を周遊して延長線上にある、今日の宿泊地「素浜キャン場」に入ることとした。
 キャンプ場を見つけて、下見のため入ろうとしたが、急な坂道にくわえて右折しなくてはならない。
 運転操作を誤り、転倒した。
 転倒の仕方もひどいもので、完全に横転した状態であった。
 起こせるかな?と、気掛かりと不安な気持ちになった。
 周辺に人は居なかった。
 助けを求める事も出来ない。
 荷物を降ろして、スタンドを起てて、起こそうと力を入れた。
 坂道で、バイクが後ずさりする。
 ギアを一速に入れ、再度引き起こし、何とか起こす事が出来た。
 そこに、自動車が来た。
 通行の妨げとなっている物(荷物やバイク)を移動させ、通行妨害をお詫びした。
 再び荷物を載せ、夕食の材料を買いに小木港近くのスーパーに行った。
 ”はたはたの焼き魚”などがあったので、食べてみることにし、購入した。
 キャンプ場に入って野営の準備をした。
     
 絵日記の絵(写真)は五枚。
 写真・左から、写真1~写真5とする。
 写真1:入港しようとする船上から、小木港を望む。
 写真2:沢崎鼻灯台です。 八角形に造形された、美しい灯台であった。
 写真3:”名誉の負傷”何の事は操作不良で転倒!傷付けてしまった。
 写真4:キャンプ地・須浜キャンプ場の全景。シーズン・オフで、利用客は私・一人であった。
 写真5:テント設営中。
 
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☆佐渡島旅行記3

2012年05月22日 | 旅行記
 21日21時頃に自宅を出発した。
 一路、佐渡島へバイクを走らす。
 先ずは、直江津港(上越市)に向かう。
 直江津港を9時30分出航し、12時10分小木港に到着予定のフェリーに、乗船する予定である。
 途中、ちょっとしたアクシデントがあった。
 山陽自動車道を走行中に「名神道 通行止め」の表示が目に入った。
 どうしよう!と思いをめぐらした。
 西宮名塩サービスエリヤに入って、どうすか考えることにした。
 地図を見ても検討がつかない。
 尋ねる事が最良と考え、ある人に尋ねた。
 近畿自動車道から第二京阪道・京滋バイパス経由で名神道に行く経路を教わった。
 地道を走らなければと覚悟していたが、大きな時間的ロスも無く、順調に走行出来た。
 直江津港には、翌朝(出航一時間前)に到着出来た。
 乗船手続き、給油や船内での朝食の準備も済ませ乗船を待った。
 さー!いよいよ佐渡島だ・・・

 今日の絵日記の絵(写真)は、直江津港(上越市)⇒小木港(佐渡島)を結ぶ、乗船した「フェリー・あかね丸」である。
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佐渡島旅行記 2 (準備編)

2012年05月21日 | 旅行記
  
 佐渡島へのツーリングを明日にひかえ、準備に暇も無い。
 キャンプ用具はもとより、ツーリングを楽しむ嗜好品も準備した。
 絵日記の絵(写真)は、キャンプ用具を含む携行品である。。
 バイクの整備として、オイル交換は、既に行った。
 交換時期としては早いと思われるが、ストックがあったことから”時期到来”と思って行った。
 オイルフィルター・エアーフィルターも併せて交換した。
 なんだか気分が良い。
 通信手段も昨年に比べ拡充したように思う。
 Wi・Fiたら言うものを備えたモノも、装備した。
 通信手段が中断しては元も子もなくなるので、DC-AC変換機器もバイクに設備した。
 走行中にも充電が出来る体制が整った。
 いよいよ明日・出発である。
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☆佐渡島旅行記1(2021.2.17 記録の為「名刺」の貼付&加筆)

2012年05月19日 | 旅行記

 退職を機に立志した「バイクによる全国周遊」も五年を経過した。
 しかし、道半ばである。
 日本は広い。
 竹内まりあさんの歌う「人生の扉」で年代を感じ、森山良子さんが歌う「Ale Ale Ale」で現実を知る昨今である。
 急がなければ達成出来ないのではないかと、いう焦りも出てきた。
 昨年の今頃、念願の佐渡島に向け、自宅を出発し、白川郷からJR高山駅、松本市から安曇野で一泊。
 翌朝「いよいよ、佐渡島」と期待を胸に宿を出発した。
 しかし、バイクの異変に気が付き停車。
 オイルが循環していないという情況であった。
 すぐさま、レスキューを呼び、最寄の修理工場に搬送した。
 その時、修理を依頼した「バイクショップ」で交換した”名刺”である。
 
 その時点では、修理が完了し・・若しくは代車によるツーリングの継続は可能と考えていた。
 しかし、重体であった。
 止む無く佐渡島へのツーリングは中断しなければ成らなかった。
 バイクは、日頃・修理を依頼しているショップ(バイク店)に陸送し、私自身はJR等の公共交通機関により、帰宅することとなった。
 今回は、その時の再挑戦である。
 昨年の計画のとおり、佐渡島までの間に、長野市で一泊して佐渡島へ渡る計画を立てた。
 しかし、出発の日の翌日が「日食」とやらで、これを見逃すと、今生では見られない。
 従って、佐渡島に直接向かうことに、している。
 22日には佐渡島で野営をし、佐渡の大地に触れて思いを遂げようと思っている。
  注:佐渡の大地に触れて・・・とは「永年・思い続けた佐渡島での野営をする」と言う思いの表現である。
 翌日は、旅館泊りとして、夜の佐渡を散策したいと考えている。
 なお、バイクは循環器(オイル)系を新たに移植(取替え)し、心臓(シリンダー・ピストン)系も再生手術を施した。
 長期入院を余儀なくされたが、万全な体調であると感じている。
 佐渡の後は、新潟・甲府・富士・下田を経由(周遊)して帰宅する予定である。

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