ふくちゃんの絵日記

バイク等での旅行記や、日常生活で感じたことを、絵(写真)に描けるものは描き(添付)絵日記風にしたいと思います。

☆アボカド育苗記 5

2012年06月27日 | 日記
 アボカドの”実”も大分様変わりしてきた。  最初に興味を抱いた動物の”顔”に似た部分は今も健在である。  目に似たところに変化はない。  しかし”頭部”と私が思うところの下から根が伸びてきた。  口や鼻と思えるところからは、茎(幹)が逞しく伸びてきている。  着実に成長していることが分かると思う。  当初の興味であった、実がどの様に割れるのか? 実の結末を見届けたいと思っているがまだ日数を要するようである。  この様に育てても良いものか分からないが、アボカドさんには、辛抱してもらってもう少し観察を続けさせてもらいたいと思っている。  見届けたら、土に還(鉢植えに)してやろうと思っている。
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☆笑ってやって下さい

2012年06月24日 | 日記
 昨日、買い物のため出かけ様とすると、散水用のビニル・ホースを片付けられていないではないか。
 片付けるため、手前にあったホースの先を蛇口の方に投げた。
 ホースを蛇口から外す等の片付けは、帰ってからと思い、車のドアを開けようとすると鍵がない。
 あれ、確かに持ち出したはずなのに!と思ったが、手持ちに無いので部屋に戻って探しても見当たらない。
 玄関ドアに鍵をさしたままかも知れないと思って、玄関に戻ったりして思い当たる処を探したが見当たらない。
 ソファーに座って「あれ!なんで?」と悩んだ。
 そして、ひらめいた。
 ホースを投げた時、ホースの先と一緒に”鍵”も投げたのだろう、投げたホースの先の付近に鍵はあった。
 この時間のロスは何だろう、と思うが現実である。
 森山 良子さんの「Ale Ale Ale」の歌詞を思い出された。
 絵日記の”絵”が描けませんでした。
 悲しい現実ゆえに・・・
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☆余暇を楽しむ!

2012年06月21日 | 日記
 唐突であるが今日、2004年製作の「アラモ」を観た。
 最初は、ジョン・ウェインが出るでなく、正直、つまらなく観ていたが気付けば最後まで観ていた。
 年代を隔てて観たためか”大人のアラモ”と言った感じであろうか、同じ歴史上の事件(戦争)であっても、表現方法で此れほどの違いがあるのかと考えされられた。
 多面的に捉えなければならないと言うことでしょうか?
 安室奈美恵さんの2011年ライブビデオを過日買った。
 正直、私の感性では「歌」の詞が理解出来ず、ガッカリしていた。
 しかし、今日の正午頃から放映された「ミュージック・ビデオ」は、約二時間程のボリュームであったが、楽しく見聞き出来た。
 折角買ったライブ版、見直してみようと思った。
 私は、ミュージックビデオよりライブビデオが好きであるが、ライブでの歌詞の趣きが理解出来なかったことの反発か、今日のビデオは楽しむことが出来た。
 企ての意図に載ってしまったのかも知れない。
 これ等の映像や音を家庭で再現する機材も格段に発展してきている。
 その昔、家庭にあって、映像を楽しむのはTVであり、”音(音楽)”を楽しむのは、ステレオ(装置)と言っていたもので、スピーカーにアンプ(増幅器)とレコード・プレーヤ&テープ・プレーヤで構成されたものが一般的であったと思う。
 私は、jazz、それも小編成のものを好んで聞いていた。
 家ではレコードで、そして飽き足らずに、コンサートやライブハウスにも足繁く通っていた。
 今も、聞いているがjazzばかりでなく、歌謡曲から演歌、クラシックと雑多となっている。
 関心を持ち始めた頃の構成は、自作の真空管式のAMPに、ナショナル製のスピーカーユニット8P-X1を自作のBOXに入れて聞いていた。
 時代と共にスピーカーはJBLのLE-8T、AMPは山水電機製のAU-111と発展していった。
 現在、AMPはD級AMPたら言うもので、組立てキットを購入し、組立てるという製作過程も楽しんだ。
 そして、前記の8P-X1やLE-8Tは現役で頑張ってもらっている。
 しかし、映像機器だけはメーカーに任せている。
 この様な機器をもって内外の歌手や俳優達の作品を楽しんでいる。
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☆三日間で四国一周 計画編

2012年06月21日 | 日記
 JR四国のホームページを見ていると「お得切符」と言うのがあって、その中に「バースディーキップ」というものに目がとまった。
 三日間、JR四国の路線を乗り放題で、一人一万円と言うものである。
 但し、誕生月のみ有効となる。
 友人SHを誘って、実行してみようと思っている。
 私とSHの誕生月が異なるので、都合の良い方の「誕生月」を使うことが出来るので、先ずは日程調整を開始する。
 三日間で四国一周は可能か、調べてみた。
 列車の時刻表を見るなんていう事は、最近なかった。
 JR四国のホームページで「時刻表」を見てみたが、ゴマをするのではないが上手く出来ていると感心した。
 予讃線で海側・山側の路線があること。
 室戸と宿毛付近で路線が無く”盲腸線”があること。
 予讃線の松山駅から多度津駅間は、同じ上り列車に乗車する等、ルート取りが難しいが、高松を出発点とし、宇和島市と高知市で宿泊することで、全線乗車は可能であることは判明した。
 しかし、強行軍である。
 三日間は長いようで短いと思った。
 履行・不履行、どちらになったとしても報告します。
 乞うご期待!!!
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☆この様なモノも造ってみた

2012年06月21日 | 日記
 バイクを買って、最初の頃、気の逢った者と よく走っていた。
 その人が「レーダー検知器」を装着した。 無線で会話をしながら走っていて、時々「やっている」と言うような情報が入ってい来る。
 単独で走ることも考え、私も装着しようと思った。
 このタイプは、受信器をヘルメットの耳の部分に装着し、情報(スピード違反測定)を感知するものであったが、誤動作も多く嫌気がさしていた。
 折角買ったものであり、楽しく愉快に情報(レーダー電波を受信)を得たこと知る方法は無いかと考えた。
 四段階あった警報で最重点警報で点灯するランプ(LED)にフォトセンサーを装着し、私に知らせる仕組みにした。
 長距離運転でも飽きないようなものにしようと考えた。
 きっかけは,I 氏が「三方五湖」の売店で見つけ、私も買った鉛筆削りである。
 写真のヘッド部分はこの時買った”鉛筆削り”で、バイク乗りであるから、ヘルメットを造って被せた。
 頭だけでは変なので身体もFRPで造って、口を動かす装置を収納したことから、頭部が骸骨で、身体は”骨だけ”でなく肉体と、アンバランスなった。
 身体は”異性”もありかと女性にした。
 風があたって風邪をひかせてはいけないのでマントを着せた。
 重要事態を知らせる時は、”クチ”が動く様にしている。
 現在は、装置そのものが誤動作が多くなったことから退職させている。
 でも、多くの処に旅した”仲間”であって、再登場出来るよう考察中である。
 レーダー電波を感知すると、目がピカピカ光り、口がパクパク動く様は愛嬌があって面白い。
 無いものを工夫して造るのは楽しい。
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☆昔を想い出して・・!

2012年06月19日 | 日記
 子供の頃(小学校)に、化学に興味を持った。
 先生の言う、化学は難しかった。
 楽しい学科とは思えなかった。
 しかし、ある先生の説明(授業)で、すごく興味を覚えた。
 「”水”は、水素と酸素の化合物である」と言う授業であった。
 ”水”の化学式は「H2O」で、二個の水素と一個の酸素が結合したモノが”水”であるという。
 確かめる方法としては「(水の)電気分解」であるという。
 それを聴いて、実験をしたくなった。
 仕掛けを観た時「出来そう」と思ったからである。
 一升瓶に石油(父の仕事で使う、洗浄用油)を湿らせた毛糸を巻きつけ、火を点ける。
 頃合をみて、水に浸けると、ガラスは割れる。
 数度は上手くいかず、父に叱られたが、程よくカット出来たものが出来上がった。
 割れ口を、モルタルに水で浸し、角をとる。
 電極は、使用済み乾電池の、プラス電極に使われていた炭素棒を使った。
 問題は、試験管である。
 当時、数軒あった薬局店で一軒だけ、病院等との取引で取扱っていたのだろうか、この薬局店から入手出来た。
 直流電源は、乾電池(当時は、今で云う”単1乾電池”しかなかった)を、家業で販売していた関係で、使用済みの乾電池を、半田鏝を使って何本も直列に接続して用意した。
 試験管の中に水泡が出て来た事を確認した時は嬉しかった。
 やがて、時代は経過し、現在に至って、電気分解の装置を造った事を思い出した。
 そして、再現を試みた。
 一升瓶の代わりに、当時は無かった”ペットボトル”を使った。
 便利になったものである。
 事も無げに、ハサミでカット出来るのである。
 過去も問題であった試験管は、医療機器を取扱う友人(中学時代からの)に相談すると「100本単位だったら販売する」と云われたので、断った。
 人伝に「教材店(模型店)にある」ことを知って入手する事が出来た。
 昔、苦労した直流電源は、手持ちの直流安定化電源装置を使った。
 再現出来た。
 今日の絵日記の絵(写真)は、二枚。
 写真・左、再現を試み、出来上がった”水の電気分解”装置
 水道水では、電気が流れなかったことから、極少量の塩を少量の水に溶いて、加えた。
 電流計が振れて、気泡が出始めた。成功です!!
 写真・右は、水の電気分解の様子である。
 小さな気泡が溜まって、酸素と水素を生成している。

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☆絵の無い絵日記 思いつくままに

2012年06月19日 | 日記
 今日、台風四号の影響という”雨”が降っている。
 写生が出来ない(テーマが見付らない)。
 昨日、曇天であった。
 夕食の買い物に行こうと思った時、永いこと”釣の偵察”に行っていないことに気付いた。
 自宅近くに砂浜に続く防潮堤がある。
 そこから少し離れた位置に消波ブロックと組合された防潮堤・防波堤があり、其処が釣り人で賑わいを見せる時がある。
 小鯵や太刀魚等の釣れる時期になると大勢の釣り人でにぎわう。
 そして、夜釣りで”ケミホタル”が飛び交うさまは、幻想的である。
 勤め人の時代の休日は、釣れ具合の偵察に、自転車で出掛けるのが常であった。
 毎日・日曜日となった現在は「何時でも行ける」と言う気持ちからか、行かなくなっていた。
 話しは替わるが、40年位前に、短期の転勤(長期の出張)で半年間、東京・東高円寺の六畳一間の賃貸に、家族三人が住んだことがある。
 この時は「もう、東京に住むことはない」という感覚から、家族で休日になると出かけて行った。
 深大寺の「達磨市」、浅草の「羽子板市」や、上野動物園にパンダを観に長時間ならんで、いよいよ観えるかと思うと、ガードマンが「たち止らず、進んで!」とハンドマイクで催促する。
 歩きながら見物するという事も教えられた。
 新宿の「ピットイン」や、高円寺の「アズ・スゥーン・アズ」等のライブハウスは、JAZZ好きの私の欲求を叶えてくれた。
 特に、ピットインの前で、日野 元彦さんのお子さんと、私の長男が遊んでいる写真を観ると当時を思い出す。
 また、私の東京での勤務が終盤になった頃、このピットインで、オーナー(?)さんのご好意で、ジョージ・大塚さんの演奏が終わったあと、写真撮影をすることを許して頂いた。
 私の、思いもよらない御好意で、掛け替えの無い思い出となっている。
 出かけていなければ、この様な経験は無かったものと思う。
 今の”毎日・日曜日」と言う感覚を解消しなければ好奇心や向上心も芽生えないと考えさせられた一日(出来事)であった。
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☆アボカド育苗記2

2012年06月18日 | 日記
 今日(6月8日)、アボカドの水を替えると同時に、保水のための”チリ紙”も取り替えた。
 順調に生育しているように思われる。
 JUN様、コメントありがとうございました。
 関心をもたれたようで、共に発育を見守って下さい。
 私は、アボカドの発芽の状況が奇怪と思ったことから関心を持ちました。
 私の発芽に関する印象は「朝顔」の生育過程であって、発芽の仕方に大なり小なりの違いはあれ、全てのように思っておりました。
 即ち、種(実)から根が出て、双葉となって成長していく。
 アボカドを”奇怪”と感じたのは、芽と思われる(私の見た目で)頭の部分から根が伸びて、動物の様に目鼻・口を連想させる表情を持っている。
 そして種(実)が真っ二つ割れている状況からです。
 これを観た時に「コイツの生育」を見届けようと思いました。
 今日、根も枝分かれした状態も観察出来ました。
 今の、最大の関心事は二つに分かれた実と芽と思われる、根の部分がどの様(分離するのか)になるのかと言うことです。
 この時が、何時になるのか初体験で判りませんが、注意深く見守っていきたいと思っております。
 変化が見られたら報告します。
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☆蜘蛛の巣で

2012年06月15日 | 日記
 
 今日、庭に出てみると松ノ木に、蜘蛛の巣がある。
 何時も見かける風景であるが、よくよく見ると少しばかり様子が違う。
 蜘蛛の巣の中心から周辺に向かって”珠”のようなものが整然と並んでいる。
 もう永いこと、この世に世話になっているが、私は始めてみた(気付いた)。
 おそらくは、この珠の中には蜘蛛の子供が居るのだろうと推測する。
 この珠の様ななかで育った子供蜘蛛は、やがて親になって継承していくことになるのだろうと思う。
 いま子供達を産み育てている親蜘蛛は、その親や学校に行って教わったのでもないだうと思うが、きちっと蜘蛛のルールに基づき営み続けていると思うと何とも不思議な気分になる。
 この事を継承しなければ絶えてしまうという身体の組織(遺伝子で良いのだろうか)を本能として、親から子へ、そして孫達へと綿々と太古の昔から引き継がれ生存していると思うと、愛おしくなってくる。
 まだまだ、私の知らない事やモノがあるのだろうと改めて気付かされた、今日であった。
 そして、そっと観測を続けてみたいと思っている。
 不要な投稿(コメント)が多いので、題名を変更しました。

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☆アボカド育苗記 4

2012年06月14日 | 日記
 今日は6月14日、水替えで発育状況を観察してみた。
 前回(アボカド育苗記 3)と比べ、根の部分は伸びていることが分かる。
 そして、枝分かれもしてきている。 順調に発育しているようである。
 茎・葉となると思われる”鼻の様な部分”も長くなってきた。
 今日は、培養土代りのチリ紙から保水力があると思われる”水ごけ”に替えてやった。
 鉢植えの土に戻すのは、最も興味をもっている三つに分かれてからにしようと思う。
 はたして、三つに分かれるものやら不明であって、分割することを待っていることが良いのやら、悪のやら分からない。
 初めて経験することである。
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☆四季折々・春夏秋冬

2012年06月14日 | 日記
 今日(6月13日)、扇風機を出した。
 そして使っている。
 日本は、冬は寒い・夏は暑いという自然環境がある。
 私の住む処でも、冬は氷点下になることもあり、夏は体温近くまで気温が上昇する。
 毎年、40度近い温度差を受け入れている。
 この様な自然環境にあって、我家ではクーラーと云うものを使わない。
 使わなくても凌げるのである。
 しかし、制約もある。
 音楽を聴いたり映像を鑑賞したりする時は”音”が漏れない様に窓を閉めなければならない。
 従って、夏の時期は冬の時期に比べ、音楽を聞いたりすることは減少する。
 夏は汗をかく。
 私は、過去に”発汗”に関して気に留めた事は無かった。
 現役の時などは、他の人が汗をかいて作業していても、私は平然としていたように思う。
 私は、今の年齢から、もう少しの間、バイクに乗っていたいと思う気持ちからジムに行くことにつながった。
 今では、ランニング・マシーンで、30分間歩くことで、汗びっしょりと成る様になった。
 娘は運動による「新陳代謝」が良くなったためという。
 過去から現代に至って、体質の変化であろうか?
 夏は暑いと何もしなくても汗をかく、冬は寒いと動きが緩慢となり、寒さのため厚着する。
 何はともあれ、日本には、春夏秋冬という”季節”がある。
 夏の暑い時期には、打ち水、簾、蚊帳などで暑さを体感的に、そして感覚的に凌ぐ術をみに着けている。
 寒い冬には、寒い時は寒いなりに衣服で調整し、冷たく硬い布団では、湯たんぽも活躍した。
 この様にして、季節に合わせ上手に自然と付き合って生活をしている。
 春から夏へ、夏から秋へ、春夏秋冬は時の流れで移り変わり、移り変わりは体感的にも知ることが出来る。
 過ぎ去った年代と、今とでは”自然を感じる”感じ方が違ってきている。
 竹内まりあさんが歌う「人生の扉」は、上手く表現していると思う。
 時の流れは、時計の針。
 いま刻んだトキはもう帰らない。
 この様に感じ、考えるのも歳を重ねてきたせいでしょうか。
 時計を見ていて、思いつくままに書いてみた。
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☆余暇を楽しむ

2012年06月12日 | 日記
 唐突であるが今日、2004年製作の「アラモ」を観た。
 最初は、ジョン・ウェインが出るでなく、正直、つまらなく観ていたが気付けば最後まで観ていた。
 年代を隔てて観たためか”大人のアラモ”と言った感じであろうか、同じ歴史上の事件(戦争)であっても、表現方法で此れほどの違いがあるのかと考えされられた。
 多面的に捉えなければならないと言うことでしょうか?
 安室奈美恵さんの2011年ライブビデオを過日買った。
 正直、私の感性では「歌」の詞が理解出来ず、ガッカリしていた。
 しかし、今日の正午頃から放映された「ミュージック・ビデオ」は、約二時間程のボリュームであったが、楽しく見聞き出来た。
 折角買ったライブ版、見直してみようと思った。
 私は、ミュージックビデオよりライブビデオが好きであるが、ライブでの歌詞の趣きが理解出来なかったことの反発か、今日のビデオは楽しむことが出来た。
 企ての意図に載ってしまったのかも知れない。
 これ等の映像や音を家庭で再現する機材も格段に発展してきている。
 その昔、家庭にあって、映像を楽しむのはTVであり、”音(音楽)”を楽しむのは、ステレオ(装置)と言っていたもので、スピーカーにアンプ(増幅器)とレコード・プレーヤ&テープ・プレーヤで構成されたものが一般的であったと思う。
 私は、jazz、それも小編成のものを好んで聞いていた。
 家ではレコードで、そして飽き足らずに、コンサートやライブハウスにも足繁く通っていた。
 今も、聞いているがjazzばかりでなく、歌謡曲から演歌、クラシックと雑多となっている。
 関心を持ち始めた頃の構成は、自作の真空管式のAMPに、ナショナル製のスピーカーユニット8P-X1を自作のBOXに入れて聞いていた。
 時代と共にスピーカーはJBLのLE-8T、AMPは山水電機製のAU-111と発展していった。
 現在、AMPはD級AMPたら言うもので組立てキットを購入し、組立てるという製作過程も楽しんだ。
 そして、前記の8P-X1やLE-8Tは現役で頑張ってもらっている。
 しかし、映像機器だけはメーカーに任せている。
 この様な機器をもって内外の歌手や俳優達の作品を楽しんでいる。
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☆アボカド育苗記 3

2012年06月11日 | 日記
 今日(6月11日) 水替えの時、成長度合いを観察してみた。
 順調に生育しているように思う。
 以前、芽と思われる部分に”目鼻”のようなものがあって奇妙と表現したことがある。
 この、鼻のように観られる部分が延びてきた。
 これが、やがては”葉”に成長するのではないかと想像している。
 そうであれば嬉しい。
 培養土で生育させるまでには、まだまだ時間が要するものと思われる。
 いま、四個の実で成長過程を観察しているが、四個とも、その日に食することが出来る状態のものを購入してきた。
 しかし、興味を持った最初のものに比べ、同じとはいかないようで、水に浸した状態を一週間あまり続けているが、変化はまだ無い。
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☆昔あったことで、今・感じること!

2012年06月10日 | 日記
 
 我家の住人の一人(一匹)である。
 九州・熊本からやってきた。
 我家の住人となって、早くも四年になる。
 その昔、お隣の奥さんが飼猫に声をかけ、まるで人と会話をしているような感じであった。
 私は、その現実を見て知るまでは、お孫さんか誰かに声をかけているのかと、思っていた。
 その様子を知ったとき”奇妙”と思っていた。
 しかし、ふと気が付くと、私もこの住人(犬くん)に「ご飯にする」とか?「またオシッコして!」等と声をかけている。
 会話が成立しない”犬くん”と会話しているのであって、この様子を他人が観れば、私が、お隣の奥さんを奇妙と思ったことと、同じだろう。
 住む環境(犬くんとの同居など)によって、容易くも順応させられる。
 順応出来ることで生きていける(生活できる)のであろう。
 気持ちや感情が変わることで”順応”できるのであろうか??
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☆梅酒づくり

2012年06月09日 | 日記
 今日の絵日記の絵(写真)は、三枚である。
 写真・左より、写真:1~写真:3とする。
   
 梅を頂きました。
 小粒な梅です。(写真:1)
 ヘタを竹串で取り除き、水洗いをして、新聞紙の上に布を敷き、水気を切って四リッター瓶に梅と氷砂糖を交互投入した。(写真:2)
 そして、果実酒用のブランディー&ホワイトリカーを注いで完成です。(写真:3)
 飲める日が今から楽しみです。
 我が家には、2010年6月19日に浸けこんだ「梅酒」がある。
 だいたい、三ヶ月位で梅を取り出すような記述が多いのだが、二年間、梅を取り出さずにいたものである。
 三ヶ月位で梅を取り出す理由に「濁る」そして「梅のエキスが元に戻る」とある。
 私は、怠け癖があるのか、今まで梅を取り出したことがない。
 一定期間後、梅を取り出す理由の一つ”濁った”と言う感覚がない。
 ならば、残る「梅のエキスが元に戻る」に関して、三ヶ月程の間に染み出た”エキス”が元の梅に戻ってしまったモノを「美味しい」と感じながら飲んでいたことになる。
 今回、梅を3Kg程頂いたので、果実酒用のブランディーで浸けこんだモノを二瓶と、ホワイトリカーで浸けこんだモノを一瓶とした。
 ブランディーの一瓶は、私に断りもなく娘が予約していった。
 ホワイトリカーで浸けこんだモノを四ヶ月程経って、梅を取り出した後、一年程寝かせて、梅を放置したものと飲み比べをしてみようと思っている。
 酒好きな私であることから、どちらも美味しく頂けるのではないかと現時点にあって、予測出来る。
 どちらでも良い話であるが、この場合の「エキス」は味覚、それとも栄養価、どちらなんだろうと、考えたが”梅酒”になって飲めれば良いや!と思ってしまう。
 加えて、梅酒づくりとしての役割を終えた梅も、美味しく頂いているので成形されたものは残さず食している結果となっております。
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