山本藤光の文庫で読む500+α

著書「仕事と日常を磨く人間力マネジメント」の読書ナビ

宮部みゆき『火車』(新潮文庫)

2018-02-01 | 書評「み」の国内著者
宮部みゆき『火車』(新潮文庫)

休職中の刑事、本間俊介は遠縁の男性に頼まれて彼の婚約者、関根彰子の行方を捜すことになった。自らの意思で失踪、しかも徹底的に足取りを消して――なぜ彰子はそこまでして自分の存在を消さねばならなかったのか? いったい彼女は何者なのか? 謎を解く鍵は、カード社会の犠牲ともいうべき自己破産者の凄惨な人生に隠されていた。山本周五郎賞に輝いたミステリー史に残る傑作。(文庫内容紹介より)

◎ポスト松本清張の位置

宮部みゆきを一躍有名にしたのは、直木賞受賞作『理由』(朝日文庫、新潮文庫)でした。『理由』で宮部みゆきの魅力に取りつかれた読者は、新作に追われるあまり旧作を読み過ごしているかもしれません。そんな人たちに伝えたいと思います。宮部みゆきには、もっとすごい作品があることを。『火車』(新潮文庫)と『蒲生邸事件』(文春文庫)の2作品です。

私は個人的にこの2作品を、『理由』よりもはるか上位に評価しています。宮部みゆきはストーリーテラーとして名高いですし、時代小説(『本所深川ふしぎ草紙』新潮文庫)、ホラー(『とり残されて』文春文庫)、ミステリー、SF(『蒲生邸事件』『龍は眠る』ともに新潮文庫)などと、幅広いジャンルを描き分ける作家としても知られています。

しかも宮部みゆきは、クロスオーバー的な手法を得意としています。たとえば『理由』は、ノンフィクション的な手法を用いたミステリー作品です。私は宮部みゆきの挑戦欲を高く評価している一人です。

宮部みゆきは浅田次郎(推薦作『壬生義士伝』上下巻、文春文庫)とともに、日本の現代文学を代表する作家です。福田和也がいうように、松本清張(推薦作『点と線』新潮文庫)にいちばん近い作家が、宮部みゆきなのでしょう。推理小説、社会派小説、歴史小説など、幅広い引き出しをもったポスト松本清張レースでは宮部みゆきが、浅田次郎と肩を並べて先頭を走っています。
そのうしろを走っているのは東野圭吾(推薦作『秘密』文春文庫)です。残念なことに東野圭吾は、多彩なジャンルの広がりが認められません。それゆえ2人との差は、開くいっぽうです。 
 
文芸評論家の宮部みゆき評を並べてみましょう。
 
――宮部みゆきは構成に凝る作家である。物語をどういう順序で始めるのか、誰の視点で語るのか、さらに枝道をどこにふくらませるのか、というのは小説にとって重要な要素だが、この作家は群を抜くほどその組み立てに秀でている。(北上次郎『面白本ベスト100』本の雑誌社1997年)

――旺盛な執筆意欲と尽きそうもない着想。それをしっかりと作品化してみせてくれる安定感は、まさしく現代日本文学の一方を背負って立っており、「宮部がいるから」という安心感をもたらしてくれる。かって松本清張に占められていた位置にもっとも近い作家である。(福田和也『作家の値打ち』飛鳥新社より)

◎婚約者が失踪してしまう

『火車』については、いろんな人が「あらすじ」を書いています。いまさら私がふりかえる必要もないので、辞書から引用しておくことにします。ネットで発信されている多くの「あらすじ」と、ほとんど変わらないのですけれど。

――長編小説。1992.3-6「小説推理」連載。92双葉社刊。休職中の刑事、本間俊介は親類の青年に頼まれて、姿を消したその婚約者の行方を捜すことになる。己の痕跡を完璧に消し去って、彼女はどこへ、なぜ消えてしまったのか? 消費社会の暗部に飲み込まれた女性の運命に同情を覚えながらも、本間は彼女に一歩一歩迫っていく。失踪者の追跡はミステリーの基本パターンの1つだが、作者はその背景に現代社会が引き起こし得る悲劇を据えることで、90年代日本ミステリーを代表する作品を生んだ。最後の場面に至るまでヒロインが登場しないという物語展開上の趣向も効果を上げ、読者の心に鮮烈な印象を残す。(権田萬治・新保博久監修『日本ミステリー事典』新潮社より)

前掲の「あらすじ」をベースに、『火車』の考えぬかれたストーリーに迫ってみたいと思います。

本間俊介は休職中です。彼に婚約者の蒸発捜査を依頼したのは、遠い親戚筋の銀行員・栗坂和也でした。テーマがクレジットカードなので、「銀行員」の彼氏はおさえておくべきでしょう。

失踪したのは、関根彰子。婚約者のすすめでクレジットカードの申しこみをします。しかしクレジット会社から、申しこみを拒否されてしまいます。栗坂和也はその理由を問い合わせます。数年前に関根彰子は、自己破産しているとのことでした。クレジット会社からの返答の直後に、関根彰子は姿を消してしまいます。
 
失踪を楽観視していた、本間俊介の調査がはじまります。関根彰子が勤務先に提出していた、履歴書の住所はでたらめでした。情報をもっている友人は皆無。関根彰子の足取りはつかめませんでした。

いまではあまりニュースになりませんが、カード地獄は当時の社会問題でした。今回、本稿執筆のために読みかえしてみましたが、時代とともに色あせてはいませんでした。私の書評では『火車』が現代日本文学の第2位という評価です。これは再読しても揺るぎませんでした(ちなみに第1位は、浅田次郎『壬生技士伝』です)。

◎こんなエンディングはなかった

宮部みゆき『火車』は、新しい試みが成功した作品です。最重要人物は、最後まで姿をあらわしません。こんな作品は、これまでになかったと思います。最重要人物についてはあえて記述しませんが、最後までそれを引っ張る筆力には脱帽です。
 
本作は山本周五郎賞に輝きました。しかしそのときの選評は、話題となりました。選者の黒岩重吾は、つぎのように語っています。
――これまでの氏の作品の中では力作といえよう。ただ作者が力を込めている割合には小説としての印象が薄い。私が納得出来なかったのは、○○(ネタバレになりますので山本藤光がモザイクがけをしています)が説明でしか書かれていないことだった。大事な人物なのに人物像が不明確である。(「オール讀物」1993年3月号)

これを読んだときに、なんだなんだこのおっさんは、と思いました。宮部みゆきがあえてそうした部分を、まったく理解していないのです。宮部みゆきは良質なパンで、具材の豊富なサンドイッチをつくりました。プロローグもエピローグも、思わずうなってしまううまさでした。その味がわからないおっさんが、選考委員であったのです。

おっさんがなんといおうと、『火車』は傑作です。技術的にも、非常にレベルが高いものです。「大事な人物像が不明確である」か否か、ぜひ判断してもらいたいと思います。常識のよろいを着たおっさんには見えなかった、あざやかなエンディングを、楽しみに読んでいただきたいものです。
(山本藤光:2009.05.30初稿、2018.02.01改稿)

最新の画像もっと見る

コメントを投稿