山本藤光の文庫で読む500+α

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宮部みゆき『かまいたち』(新潮文庫)

2018-03-21 | 書評「み」の国内著者
宮部みゆき『かまいたち』(新潮文庫)

夜な夜な出没して江戸市中を騒がす正体不明の辻斬り<かまいたち>。人は斬っても懐中は狙わないだけに人々の恐怖はいよいよ募っていた。そんなある晩、町医者の娘おようは辻斬りの現場を目撃してしまう…。サスペンス色の強い表題作はじめ、純朴な夫婦に芽生えた欲望を描く「師走の客」、超能力をテーマにした「迷い鳩」「騒ぐ刀」を収録。宮部ワールドの原点を示す時代小説短編集。(「BOOK」データベースより)

◎まだまだ紹介したい宮部作品

「山本藤光の文庫で読む500+α」は完結していますが、「+α」として紹介させていただきたい作品があります。宮部みゆきは推薦作として『火車』(新潮文庫)を選びました。しかしあと3冊ほど、無視したくない作品があります。本日はそのなかから、『かまいたち』(新潮文庫)を紹介させていただきます。

本書には標題作「かまいたち」を含めた、時代小説4作が収載されています。その中の「迷い鳩」「騒ぐ刀」は、著者自身もあとがきに書いている通り、1986年、1987年に書かれたものに手を加えた作品です。

宮部みゆきは1987年『我らが隣人の犯罪』(文春文庫)で、オール讀物推理小説新人賞を受賞しています。それがデビュー作ですから、前記2作品はその前後に書かれたものになります。そんな意味で『かまいたち』は、宮部みゆきの原点を知る上での貴重な作品集なのです。『火車』(新潮文庫、初出双葉社1992年)、『蒲生邸事件』(文春文庫、初出毎日新聞社1996年)で、すっかり宮部ワールドにはまってしまった私としては、どうしても読んでおきたい作品でした。

「かまいたち」は辻斬り現場を目撃してしまった、町医者の娘おようが主人公です。体裁はミステリー仕立ての時代物ですが、下手人の正体はすぐに明かされます。なんと辻斬りが、おようの家の向かいに越してくるのです。この展開は最後まで重要人物を明かさない『火車』とは、真逆のものになっています。

――提灯のあかりは、それでも娘の足もとを明るく照らした。この提灯は玄庵が特に作らせたもので、白地に黒く「八辻が原先 医師 新野玄庵」と書いてある。こうしておけば、夜道を行くときに、もしも医師を呼びに走る者と行きあったとき、役にたつだろうというのである。陽が落ちると、軒下にも同じ提灯をつるす。(本文より)

この提灯が命取りになってしまいます。善意で書かれたものが、自分の正体を明かす種になってしまうのです。宮部みゆきは、辻斬り現場を目撃したときのおよう。下手人が向かいの家に越してきたときのおよう。そして毅然とクライマックスに立ち向かうときのおようを、実にていねいに描き分けています。

「迷い鳩」「騒ぐ刀」は連作です。主人公のお初は兄嫁と、日本橋通町で「姉妹屋」という一膳飯屋を切り盛りしています。お初の長兄・六蔵は、岡引の親分です。次兄は、植木職人をしています。 そして、お初は超能力をもっています。人には見えないものが見えるのです。人には聞こえない声が聞こえてしまいます。

「迷い鳩」では、ろうそく問屋・柏屋の内儀とこんなやりとりを展開します。

――「お袖に血がついています。どこかお怪我でもされていませんか」/お初の言葉に、女は顔をしかめた。自分のたもとに目をやる。それからお初を見、お供の男と目を合わせると、今度は両袖にふれてみて、訊いた。/「何処に?」/お初は驚いた。(本文より)

お初には、事件の予兆が見えてしまうのです。やがて柏屋をめぐる事件へと物語は展開します。「騒ぐ刀」は悪霊が乗り移った刀と、それを封じる刀との対決の話です。ここではお初が、善意の刀の声を聞くところからはじまります。

2つの作品ともお初が果敢に、悪意と立ち向かうところが見せ場となっています。「かまいたち」もそうでしたが、知ってしまった主人公が勇気をもって現実と対峙する構図が冴える作品集でした。「師走の客」は短い作品であり、3作とは異質のストーリーとなっています。

幅広いジャンルを書き分ける宮部みゆきの、もう1つの世界をのぞいてみませんか。1作家1作品の禁をおかして、あえて紹介させていただきました。明日は『蒲生邸事件』(文春文庫)に言及したいと思います。
(山本藤光:1996.10.10初稿、2018.03.21改稿)

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