山本藤光の文庫で読む500+α

著書「仕事と日常を磨く人間力マネジメント」の読書ナビ

三角寛『山窩奇談』(河出文庫)

2018-03-09 | 書評「み」の国内著者
三角寛『山窩奇談』(河出文庫)

箕作り、箕直しなどを生業とし、移動生活を事としたサンカ。その生態を直接、または警察関係者から聞き取った、研究者で元新聞記者の三角寛による貴重な取材実録。川辺でセブリと呼ばれる天幕生活を営み、古くからの慣習を尊び、独特の厳しい掟を守って暮らす彼らの、警察や犯罪、事件との関わりを伝える。(「BOOK」データベースより)

◎甦った「山窩」(サンカ)

本稿を書くにあたり、「山窩」(サンカ)について概説しなければなりません。私は民俗学が好きで、柳田国男(推薦作『口語訳・遠野物語』河出文庫、佐藤誠輔訳)、南方熊楠(推薦作神坂次郎『縛られた巨人・南方熊楠の生涯』新潮文庫)、宮本常一(推薦作『忘れられた日本人』岩波文庫)の著作を愛読しています。おそらく「サンカ」との出会いは、次に引用する著作でだったと思います。

――サンカと称する者の生活については、永い間にいろいろな話を聴いている。我々平地の住民との一番大きな相違は、穀物果樹家畜を当てにしておらぬ点、次には定まった場処に家のないという点であるかと思う。山野自然の産物を利用する技術が事のほか発達していたようであるが、その多くは話としても我々には伝わっておらぬ。(柳田国男『山の人生』角川ソフィア文庫P11-12)

また宮本常一にも、『山に生きる人びと』(河出文庫)といった、サンカやマタギや木地師など、かつて山に暮らした漂泊民の実態を探訪・調査した著作があります。南方熊楠の著作にもサンカは登場します。鳥飼否宇は『異界』(角川書房)の主人公として、南方熊楠を登場させ、サンカにも触れています。

「サンカ」については、しばらく忘れていました。しかし2014年に河出文庫から、三角寛『山窩奇談』『山窩は生きている』が発刊され、2015年には岡本綺堂『サンカの民を追って』(河出文庫)までが文庫化されました。これで私の忘れかけていた興味に火がつきました。

早速それらを読み、さらに五木寛之『サンカの民と被差別の世界』(ちくま文庫)も読みました。

◎有名な「説教強盗」事件

三角寛(みすみ・かん)は、1903(明治36)年に生まれて1971年に死去した元朝日新聞の記者です。山窩研究の第一人者とされてきましたが、最近ではあれはすべて虚構である、とされるようになりました。事実、筒井功は『サンカの真実・三角寛の虚構』(文春新書)という著作を2006年に上梓しているほどです。

三角寛は他の人がサンカに言及したり、研究したりすると、すさまじい抗議をしたといわれています。研究を独占したかったのでしょうが、どうも人間的には自尊心が強く、名誉欲が異常に発達した人だったようです。

三角寛『山窩奇談』(河出文庫)には、冒頭で三角寛とサンガとの出会いが語られています。三角寛がサンカにのめりこんだのは、有名な「説教強盗」事件からでした。当時取材にあたっていた三角寛は、刑事からこんな言葉を聞きます。「犯人が逃げ足が速いからサンカかもしれない」。

「説教強盗」とは、夜中に住居へ押し入った泥棒が、熟睡している主を起こして金品を要求します。そして去りぎわに、「こんな用心が悪いから泥棒に入られる」などと説教をするのです。このあたりについては、礫川全次(こいしかわ・ぜんじ)『サンカと説教強盗』(河出文庫)に詳しく書かれているようです。本書は丸善にもブックセンターにも、ありませんでした。未読です。

◎捕物帳を読む感覚で

三角寛『山窩奇談』は、フィールドワークをまとめたものではありません。いまでは「サンカ小説」といわれているジャンルの著作となります。もちろん研究の成果に裏打ちされたものです。

本書は筆者がサンカ通の人から、聞き取った事件を8話所収したものです。物語はそれぞれ1話完結されています。しかし1話から5話までは、国八老人のサンカ体験談となっています。国八老人は刑事に請われて、サンカ情報を提供する諜者のことです。

国八老人は若いころに監獄に入り、そこでサンカと知り合いになります。出獄後は、サンカと親しくなります。サンカは瀬降と呼ばれる、粗末な小屋に住んでいます。国八老人はたびたびそこを訪れ、サンカの親分からいくつもの事件の話を聞きます。

8つの話は、いずれも単純なものです。捕物帳を読むような感覚で、楽しんでいただきたいと思います。日本文学史からスポイルされている、「サンカ小説」をご堪能ください。

「サンカ」を知っていただきたいと、あえて「知・教養・古典ジャンル」の1冊として紹介させていただきました。興味があれば、冒頭で触れた著作を、読んでみてください。
(山本藤光: 2015.12.13初稿、2018.03.09改稿)


最新の画像もっと見る

コメントを投稿