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宮部みゆき『蒲生邸事件』(文春文庫)

2018-03-20 | 書評「み」の国内著者
宮部みゆき『蒲生邸事件』(文春文庫)

突如ホテル火災に見舞われた受験生・孝史。謎の男に助けられた先はなんと昭和十一年。当代随一の名手会心の日本SF大賞受賞作!(内容紹介より)

◎宮部みゆきのもうひとつの代表作
 
宮部みゆきの代表作は、直木賞候補作となった『火車』(新潮文庫、初出1992年)だと確信しています。カード破産をテーマにした力作で、直木賞を逸したものの、山本周五郎賞に輝いています。

宮部みゆきは描写力に定評のある作家ですが、それに加えて『火車』は、様々な文学的な冒険を試みています。たとえば、すべてを間接描写で通したり、犯人を最後まで登場させなかったりと。
私はこの作品に迷うことなく、10点満点で9点をつけました。

『蒲生邸事件』(文春文庫)は、二・二六事件当日の東京のホテルが舞台になっています。主人公の尾崎孝史は受験のために、ホテルに連泊しています。彼はホテルの目立たない場所に貼ってある、セピア色の2枚の写真を発見します。古風な洋館の写真には、こんな説明文がつけられています。

――旧蒲生邸 昭和二十三年四月二十日 撮影者 小野松吉
 
軍人らしい肖像写真には、こうも書かれていました。
――陸軍大将 蒲生憲之


そして「現在の当ホテルの建っている場所は蒲生憲之氏の屋敷のあったところです」と説明文もついていました。物語はここから一気に動き出します。

◎二・二六事件が現在に

最初の「事件」は、孝史がホテルの火災に巻き込まれる場面になります。なぞの中年男が、逃げ遅れた孝史を、時間をさかのぼって助けます。

――身体は宙を漂う。右手が何かをつかんでいる。絶対に放すなと言われたからつかんでいるんだ。なんだったっけ? 何を放すなと言われたんだっけ? あれはだれだったっけ?(本文より)

物語の舞台が、ホテルから蒲生邸に変わります。そして、二・二六の戒厳令下に変わります。とてつもなく長い作品だと思っていましたが、気がつくあっという間にページが進んでいました。

『蒲生邸事件』は、『火車』に並ぶ名作です。ストーリーテラー・宮部みゆきの神髄をみた気がします。

蒲生邸のあった場所に建つホテル。蒲生憲之はその場所で、昭和十一年二月二十六日、二・二六事件勃発当日に自決しています。作品の圧巻は、第3章の冒頭部分でしょう。

――正しく言うなら、その音は「轟いた」というほどのものではなかった。孝史が机に縛りつけられて過ごした去年の夏、近所の公園から頻繁に聞こえてきた花火の音と同じくらいの程度のものでしかなかった。それでも、なぜかしらそれが銃声であると分かった。一拍遅れて、心臓がどきんとした。今度はいったい、何が起こった?(本文より)

孝史は蒲生憲之の自決の「音」を聞くのです。蒲生憲之は長文の遺書を残して忽然と消えます。その遺書をめぐる秘話や憶測が、この作品の柱になっています。序章と終章の間にはさまれた「歴史」を、時間旅行者は変えられるのでしょうか。私もおおいに時空を超えて、楽しんませていただきました。
(山本藤光:1996.09.07初稿、2018.03.20改稿)

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