山本藤光の文庫で読む500+α

著書「仕事と日常を磨く人間力マネジメント」の読書ナビ

一気読み「ビリーの挑戦」119-124

2018-03-14 | 一気読み「ビリーの挑戦」
一気読み「ビリーの挑戦」119-124
119cut:誰かが会議を見てこい
――20scene:9月の会議
影野小枝 釧路オフイスの会議室、午前8時半です。相変わらず、机の真ん中には空のダンボールが置いてあります。
漆原 札幌支店1課の新谷リーダーを紹介しよう。今日1日はオブザーバーとして、会議に参加します。その理由は、直接本人から話してもらいます。
新谷 みなさん、おはようございます。漆原リーダーとは同期入社でして、よきライバルでもあります。本日貴重な会議に参加させていただいたのは、札幌支店の全リーダーの要望に基づくものです。なぜ釧路営業所が急速に伸びたのか。みんな驚いています。私がおじゃましたきっかけは、支店長の一言でした。「誰かが会議を見てこい。それを全員に報告したらいい」――それで、私が代表として、のこのことやってきた次第です。どうぞよろしくお願いします。
太田 何だか恥ずかしいですね。(紙玉をダンボールへ放り投げるポーズ。以下同様)
漆原 残念ながら、8月は9100万円と足踏み状態だった。間に夏休みが入り、実働時間が少なかったのだから仕方がない。これについて、何か意見はあるかい?
山之内 私たちが働く時間と実績は相関する。そのことの証だと思います。
石川 働く時間と実績の相関は、本社が顧客ごとに分析しています。訪問回数と実績の推移ですが、「量」だけの分析では無意味だと思います。やはり問題は、「質」にあります。その質を磨いてこなかったから、このチームはずっと低迷していました。
乾 質のレベルアップをはかるのは、難しいことです。自分ではわかりにくいし、やはり上司が現場で見てくれて、はじめて浮き彫りになるものと思います。漆原さんがひんぱんに同行してくれ、例の「身の丈コンピタンシー」をやってくれるから、我々はワンランク上の活動を思い描けます。
寺沢 時間がない、は言い訳にすぎません。私は7月よりも、8月の方が20%も数字を上げています。8月に夏休みがあるのは、ずっと前からわかっていたことです。それに対応できなかったのは、チーム内にまだ甘さが残っている証拠です。(段ボールに向かって紙玉を投げるポーズはまだつづいている)
石川 テラは一人前になったよ。おまえがいっているのは正論だ。
影野小枝 新谷さんは驚いています。漆原さんの一つの問い掛けに、止まることのない意見が飛び交うのですから。

120cut:日常の方の自慢はないのか
――20scene:9月の会議
影野小枝 会議の続きです。現在午前11時になります。
太田 先月は、足を引っ張ってしまいました。申し訳ありません。ただし、今月につながる仕事のなかから、特大なものを発表します。テリトリー内に新設されるS病院は、今月オープンとなります。半年間開設準備室を手伝い、先週打ち上げ式がありました。そのときに薬局長に聞いたのですが、全製品が採用され、しかも薬剤の取り扱いナンバーワン・メーカーとのことです。病院がオープンするまでのプロセスを勉強したい。そう申し入れて半年。休日のほとんどはつぶれましたが、楽しくやることができました。(拍手、歓声)
山之内 太田の執念が実りました。S病院からは、今月450万円の注文がありそうです。
影野小枝 再び拍手と歓声が、鳴り響いています。寺沢さんは万歳をしていますよ。
乾 トップの座が、危うくなっています。太田は希望の内勤へ、配転させておくべきでした。そうすれば、私の地位は安泰だったのですが。
漆原 ついにやったな。おめでとう。ところで、日常の方の自慢はないのかい?
太田 毎月、新書を2冊読んでいます。感想はみなさんに送っていますが、いつもやさしい方の1冊を選んであげています。みなさんのレベルに合わせるために、結構苦労しています。(笑)
寺沢 男の料理の方ですが、現在は手打ちそばを修業しています。大晦日には間に合うように、必死で勉強しています。楽しみにしていてください。次は仕事の方ですけど、『メルマガ・ビリーの挑戦』に掲載されていた「2品目宣伝」を実施し、その効果に驚いています。既存品の処方が、あっちこっちで増えはじめました。
漆原 年越しそばは楽しみにしている。それよりもテラ、2品目宣伝について新谷リーダーに説明してあげてくれないかい。
寺沢 2品目宣伝は、田中さんの成功例です。本当に紹介したい薬剤は、2番目に宣伝すべきだという論文でして……。
田中 論文じゃないぞ。単なる実践の成功例だ。
寺沢 Aの新規採用を目指している。こんなときは、夢中になってAの紹介をします。するとドクターも聞き疲れて、既存品Bの紹介ができません。そこで田中話法が登場します。こんな具合にやります。「先生、いつもBの処方をありがとうございます。いかがですか?」。続いて本題に入ります。「ところで本日は、先生にご紹介したい薬剤がありまして……」。これなら、簡単に2品目宣伝が可能です。
石川 私も試してみました。ディテーリング(宣伝)回数が倍増するのですから、効果はてきめんです。
影野小枝 新谷さん、うなずきながら大きな拍手をしています。自慢コーナーはまだまだ続きますが、最後の場面を見てみましょう。
漆原 いつものとおり、採決をしよう。挙手は1回だけ。もちろん自分の自慢話には手を挙げられない。では太田の自慢が一番だったと思う人は?(3人が挙手)
影野小枝 挙手の数は、太田さんが1番でした。漆原さんから、太田さんに金色のシールが渡されました。2票を獲得した寺沢さんと熊谷さんは、銀色のシールを受け取りうれしそうです。会議室の壁面には、「5種競技月間成績書」という張り紙があります。今月からはじめた企画です。自慢コーナーでみごとに1位を獲得した太田さんは、ガッツポーズをして「短距離走」の欄に丸い金色のシールを張りました。シールには3点と書かれています。なぜ、短距離走なのでしょうか?

121cut:5種競技の結果を発表する
――20scene:9月の会議
影野小枝 引き続き会議の場面です。現在午後1時になります。
漆原 これから製品テストを実施する。いつものように、「虫食いテスト」を作成した。時間は30分。出題に使ったパンフは後ろに置いておく。終わり次第自分で正解を確認して、ホワイトボードに点数を書くように。
影野小枝 テストの結果が出たようです。乾さんが10点満点でトップ。田中さんは9点で、山崎さんが8点でした。あとの方は名誉のために、触れないようにしましょう。漆原さんから金色シールを受け取り、乾さんは「マラソン」の欄にそれを張りました。田中さんも山崎さんも、それぞれが銀色と銅色のシールを張りました。それにしても、さっぱり意味がわかりません。
漆原「5種競技月間成績」は、田中の発案ではじめた。田中、新谷リーダーに意味を説明してくれないか。
田中 5種競技は、MR活動に必要な5項目の成果を競うものです。「製品知識」は永遠のテーマですので、マラソンに見立てました。さっき太田が金メダルを獲得した「自慢コーナー」は、1ヶ月の結果が評価されますので短距離走としました。この他に「医局説明会の回数」は、砲丸投げとなります。医局内にドカンとインパクトを与えるイメージです。ハイジャンプは「身の丈コンピタンシー」で、レベルアップした活動の質の数を競います。最後のリレーは、提出した「ベストプラクティス」にどのくらい賛同があり、実行されたかのポイントで争います。成功事例のバトンリレーというつもりなのですけど。
漆原 では残りの競技の結果を発表しよう。説明会は乾が7回でダントツの金メダルだ。続いて4回の山崎、3回の山之内だった。帯広に比べて、釧路は低調だったな。
影野小枝 すべての競技結果が出揃いました。総合点では、乾さんが8点でトップ。田中さんが6点で2位、太田さんが5点で3位に輝きました。

122cut:あれが本物の会議だな
――20scene:9月の会議
影野小枝 会議を終えて釧路空港へ向かう車中です。漆原さんが運転をして、新谷さんが助手席に座っています。
新谷 いいものを見せてもらったよ。今でもワクワクしている。あれが本物の会議だよな。まさにコラボレーションの世界だった。
漆原 考えさせる、聞き取る。この2つを意識していれば、誰にでもできる。簡単なことだよ。
新谷 MRの発表で、気がついたことがあった。成果よりも、プロセス部分の詳細が語られている。難攻不落の顧客に対して、こんな工夫をして処方を得た。MRは一様に、「工夫」のところを力説していた。マグレや当たり前のことをしただけ、などという謙虚で白けた解説はなかった。だから拍手が起き、賞賛の声が乱れ飛ぶわけだ。
漆原 MRには、仲間の活動を垣間見る術がない。だから会議では、そこをていねいに語るように指導している。今月の自慢コーナーが5種競技の項目になったのは、みんなの関心がそこにあるからだと思う。
新谷 おまえの会議には遊び心がある。みんな楽しそうだった。
漆原 このハンドルと同じで、遊びがなければ運転不能になってしまう。
新谷 運を天に任せていては、ダメってことか。
漆原 ちょっと意味は違うけどな。
新谷 会議中ずっと、おまえの哲学でもある「対(つい)をつなぐ」を思い出していたよ。先月と今月がつながっていた。上司と部下もつながっていた。そして何よりも、MRの仕事と日常がつながっていた。びっくりしたよ。
漆原 その話で思い出した。おまえにプレゼントがある。
影野小枝 漆原さんはポケットから紙片を取り出し、渡しました。
新谷『ビリーの挑戦』の最新版か。ときどき支店長から転送される。世の中で、メールマガジンを発行している営業チームは、きみのところだけだと思う。
漆原 声に出して読んでみてくれ。
新谷 なつやすみに、みんなできゃんぷにいきました。パパのかいしゃの人たちが、あそんでくれました。ばーべきゅうをして、うたをうたい、かいすいよくやはなびもしました。たのしかったです。山ざきめぐみ。1ねん2くみ。
漆原 いい作文だろう。
新谷 会社と家族も、つながっているのか。

123cut:仕事も人生も「123理論」
――20scene:9月の会議
影野小枝 釧路空港内の喫茶店です。漆原さんと新谷さんは、コーヒーを飲んでいます。
新谷 もう一度、おれも『人間系ナレッジマネジメント』を勉強し直すよ。おまえの原点は、あの本だよな。それにしても、みごとな手腕だ。
漆原 新谷にもうひとつプレゼントをあげようか。「123理論」と名づけたのだけど、仕事も人生も、みんな「123」で説明がつくと思う。仕事の方は、1人でやるべきこと、上司と連携してやること、チームのみんなと協力してやることがある。それを明確にしておくと、仕事に勢いがつく。
 おれたちは独身時代から、結婚し、やがて子宝に恵まれる。これが人生での「123」だ。やがてこどもが独立し、夫婦2人だけになる。さらに老いて伴侶を失う。これが「321」だよ。
新谷 いい理論だな。ホップ、ステップ、ジャンプとも似ている。そうか、人生はやがて「321」になるのか。しっかりと備えておかなければならない。おまえから教わった「モナリザチェック」は今も実践しているけど、「123理論」も味がある。
漆原 1日会議に参加してくれて、何か気になることがあったら教えてくれ。
新谷 何もない。マネしてみたいことだらけだった。そういえば、たった一つ気になることがあった。おまえペン習字を勉強したら?
漆原 おれ、営業リーダーになってよかったよ。おまえとこんな話ができるのだから。
新谷 おまえに負けないように、おれもがんばる。だから、もっと上を目指してくれ。おれも必死で追いかけるから。

124cut:飛行機が離陸する場面
――20scene:9月の会議
影野小枝 ビデオ製作会社打ち合わせです。
監督 これで第1部は終わりか。ラストがちょっと弱いな。
助監督 太平洋に、夕日が沈む映像(え)を入れましょうか?
監督 バカか、おまえは。何で沈ませちゃう。逆だろうが。
製作 飛行機が離陸する場面を、漆原が見上げるのならどうだ?
監督 いいね、それでいこう。中里、おまえは首だ。
助監督 それはないでしょう。監督と助監督は、つながっているものです。

(第1部おわり。第2部につづく)
※長い間おつきあいいただきありがとうございます。ビリー(漆原)さんが本社の営業企画部長になった場面から第2部はスタートさせます。ちょっとだけお休みです。筆者


妙に知180314:月とスッポン

2018-03-14 | 妙に知(明日)の日記
妙に知180314:月とスッポン
モーム『月と六ペンス』は、日本でいう「月とスッポン」と同じ意味合いだといわれています。ではまったく姿形の異なる2つを、なぜ比較しているのでしょうか。
北嶋廣敏『雑学帝王500』(中経の文庫)にその答えがありました。江戸時代の随筆『嬉遊笑覧』のなかに、次のような記載があるようです。

――似たる物のいたく異なるたとへごとに、月とスッポンと云えるが如し。

月は丸く、スッポンもその形から丸と呼んでいたとのことです。つまり同じ「丸」でも、両者はかったく異なるとのたとえなのです。
『月と六ペンス』では両者は同じ丸ですが、「月」は夢を、「六ペンス」は現実を意味するとされています。しかし「月とスッポン」には、そうした概念がありません。
山本藤光2018.03.14


知だらけ043:古典の名著を読もう

2018-03-14 | 知だらけの学習塾
知だらけ043:古典の名著を読もう

世の中には名著と呼ばれる、古典的作品が数多くあります。「山本藤光の文庫で読む500+α」では、できるだけ読みやすい古典のナビゲーター本を紹介させていただいています。古典に対して尻ごみしている方へ、現代文訳の本に触れていただきたいからです。

日本の古典文学のガイドとしては、橋本治『これで古典がよくわかる』(ちくま文庫、「文庫で読む500+α」紹介作)が最適な1冊です。

『徒然草』を例に、日本の古典文学を読破する近道を説明します。おそらくいきなり「新潮日本古典集成」「小学館・完訳日本の古典」「岩波・新日本古典文学大系」などに挑む人は、少ないと思います。

もっとも手ごろなのは、角川ソフィア文庫「ビギナーズ・クラッシックス・日本の古典」だと思います。まずはシリーズの1冊『徒然草』を買い求めます。このシリーズは原文と現代語訳が併記されています。とりあえずは、現代語訳を読んでみます。理解できたら原文に移動します。

難解だと感じた場合は、たくさんの『徒然草』の敷居を下げてくれるガイド本があります。そちらを副読本とします。ざっと紹介してみます。

・嵐山光三郎:徒然草の知恵(講談社文庫)
・上田三四二:徒然草を読む(講談社学術文庫)
・江坂彰:わが座右の徒然草(PHP文庫)
・荻野文子:ヘタな人生論よりも徒然草(河出文庫)
・斉藤孝:使える!「徒然草」(PHP新書)
・杉本秀太郎:「徒然草」を読む(講談社文芸文庫)
・鈴村進:しがみつかない「徒然草」のススメ(知的生きかた文庫)
・瀬戸内寂聴:寂聴つれづれ草子(朝日文庫)

荻野文子『ヘタな人生論よりも徒然草』(河出文庫)は、「山本藤光の文庫で読む500+α」の推薦作です。詳細はそちらをご覧ください。同様に『論語』『歎異抄』『菜根譚』『武士道』『学問のすすめ』などの読み方も、「500+α」で紹介していますので参考にしてください。

古典の名著は、最低でも四半期に1冊は読んでいただきたいと思います。小説と違い、きっと心が洗われることでしょう。

主な古典の入門書を紹介させていただきます。

・瀬戸内寂聴『対談・十人十色「源氏」はおもしろい』(小学館文庫)
・阿刀田高『楽しい古事記』(角川文庫)
・中野孝次『すらすら読める方丈記』(講談社文庫)
・櫻井陽子『90分でわかる平家物語』(小学館101新書)
・酒井順子『枕草子REMIX』(新潮文庫)
・星新一訳『竹取物語』(角川文庫)
・川端康成『現代語訳・竹取物語』(新潮文庫)
山本藤光2017.12.10


町おこし046:失意のなか

2018-03-14 | 小説「町おこしの賦」
町おこし046:失意のなか
――『町おこしの賦』第2部:痛いよ、詩織!

 穴吹健二は、失意のなかにいた。密かに思いを寄せていた南川理佐の登場は、あまりにも残酷だった。遠ざかっていく理佐の背中を目で追い、健二は唾を吐き捨てる。
おれが働いているときに、男とたわむれやがって。こみあげてくる怒りが収まらない。早朝に牛舎の掃除をして、麦だけの飯を食い、アルバイト先へと駆けつける。夏休みは、学資を稼ぐために存在している。
 健二は、生まれ落ちた家のことを思う。育った環境のことを思う。
みじめな思いのなかで、魔がさした。健二は預かり荷物のなかの、理佐のピンクのリュックに手を伸ばす。震える手でチャックを開ける。
 化粧ポーチや菓子袋があった。化粧ポーチを開ける。手鏡や化粧品と混じって、生理ナプキンが二つある。健二は一つを抜き取り、ポケットに入れる。呼吸が乱れ、首筋に汗が噴き出す。

 釧路川のゆるやかな流れをさかのぼり、カヌーは岸辺へとたどりつく。穴吹健二が待ち構えていて、カヌーを引き寄せる。勇太が飛び降り、理佐に手を差し伸べる。よろけた理佐は、勇太の胸のなかに倒れこむ。
 健二は顔を上げない。
「ありがとう。楽しかったわ」
 理佐の快活な声が、汗のにじんだ健二の背中に向けられる。汗だらけで働いている姿を見られたことが、健二にはみじめに思えた。健二は無言で、預かった荷物を二人に手渡す。「ありがとう」と、また理佐がいった。

恭二と詩織のカヌーが、やってきた。二人は手を振り、それを迎えた。健二は足早に近寄り、カヌーを引き寄せた。
「ありがとう。楽しかったわ」
 詩織は目を輝かせて、カヌーを抑えている健二に告げた。
 二組の姿が消えるのを、健二はいらいらして待った。「楽しかったね」と、女の声が遠のいていく。健二はカヌーのとも綱を固定し、鋭い視線を二組の背中に向けた。
喉が渇いていた。水道の蛇口を大きくひねって、直接口をつけた。水はぬるかった。健二はそれをすくって、頭から降りかけた。小さくなった背中から、大きな笑い声が響いた。健二はポケットから、たばこを取り出し火をつけた。
足下に落ちていた小枝を拾う。くわえたばこのまま、健二は力任せに小枝を折る。バキッと乾いた音がした。

井上尚登『T.R.Y.』(角川文庫)

2018-03-14 | 書評「い」の国内著者
井上尚登『T.R.Y.』(角川文庫)

1911年、上海。服役中の刑務所で暗殺者に命を狙われた日本人詐欺師・伊沢修は、同房の中国人・関(グアン)に助けられる。その夜、伊沢は革命家である関からある計画への協力を要請された。それは、革命のための武器の調達。それも、騙し、奪い取る。そのターゲットは日本陸軍参謀次長――。暗殺者から身を守ることを交換条件としてこの企てに加担した伊沢は、刑務所を抜け出し、執拗な暗殺者の追走を受けつつ、関たちとともに壮大な計画を進めていく。騙し騙されるサスペンスフルなコン・ゲームとスピード感、全選考委員の大絶賛を受けて第19回横溝正史賞を受賞した超大作!(内容紹介より)

◎1999年のそろい踏み

もうすぐ2000年を迎えようとしたとき、ミステリー界に4人の新人作家が登場しました。当時の連載誌「ブックチェイス」(PHPメルマガ)に、私は彼らのデビュー作をとりあげました。4人を並べてみます。

・大石直紀(1958年生まれ)『パレスチナから来た少女』(光文社文庫、初出1999年、日本ミステリー文学大賞新人賞)

・横山秀夫(1957年生まれ)『陰の季節』(文春文庫、初出1998年、松本清張賞)

・高嶋哲夫(1949年生まれ)『イントゥルーダー』(文春文庫、初出1999年、サントリーミステリー大賞、読者賞とのダブル受賞)

・井上尚登(1959年生まれ)『T.R.Y.』(角川文庫、初出1999年、横溝正史賞)

大石直紀と高嶋哲夫は、デビュー作を「500+α」で紹介済みです。横山秀夫は『クライマーズ・ハイ』(文春文庫)に軍配を上げましたので、『陰の季節』は紹介作リストから外しています。そして今回は、井上尚登のデビュー作を紹介させていただきます。

◎おまえに復讐する

井上尚登『T.R.Y.』(角川文庫)は、新人とは思えないスケールの大きな作品でした。横溝正史賞受賞時は、井上もんた『化して荒波』というペンネームとタイトルでした。単行本化にあたって2つとも改めたのです。志水辰夫のようなタイトルは、捨てがたいものだったにちがいありません。。

 脚本家だけあって、ウイットに富んだ会話は心地よいものでした。また流れるような文章と展開は、異世界へと読者を引きずりこむ迫力があります。
さらに歴史上の実在人物と虚構の登場人物をみごとに融合させる技術は、職人芸を思わせるものでした。

 主人公の伊沢修は詐欺師です。彼は刑務所生活を送りながら、上海での強制労働に明け暮れます。時は西暦1911年3月、明治44年であたります。中国流にいえば辛亥の年となります。そこへ一人の男が面会に訪れます。

 男は伊沢に恨みをもっています。男の最愛の娘・麗華(リファ)が、清国政府摂生王の暗殺を企てて殺されたのです。男は娘が伊沢に騙されて、革命に走ったと詰め寄ります。そして赤眉という組織を使って、伊沢への復讐を敢行すると告げます。退屈極まりない刑務所生活に、緊張が走ります。

◎国境線があいまいな時代

 刑務所を出てから、赤眉のキムは伊沢を執拗に追いかけます。一方、詐欺師としての腕を見こんだ中国革命同盟会(代表・孫文)が、伊沢を取りこみます。
彼らは日本の陸軍参謀次長・東正信を騙して、武器を奪い取ろうとしています。
 伊沢修を中心に、大がかりな詐欺を企てる一団。騙された振りをして、騙し返そうとする一団。この作品には、多くの国の人が登場します。また明治44年の日本の野心を、随所で垣間見ることができます。
 
――「あんたたちはどのくらい武器が必要なんだ?」伊沢が訊いた。/「そうだな、あればあるほどいいが、最低でも銃を二千に短銃を五百挺、弾がそれぞれ五万と二万か……」関が答えた。/大した量だ。大陸へ運ぶ船の手配は陳がおこなうことになっている。(本文より)

 引用文に登場する関は、関虎飛(グァンブフェイ)という中国革命同盟会の大物です。陳は陳思平(チェンスビン)という上海の小悪党。国境を越えた詐欺グループが、日本の陸軍を手玉に取ろうというのですから、スケールの大きな話です。
 
この作品を活き活きとさせている背景には、登場人物のユニークさがあります。そしてなんといっても、時代考証の巧みさが光ります。
大陸の人々が日本を見る目。陸軍が大陸を見る目。国境線があいまいな時代の様子が、活写されていて興味深く読みました。
 騙した側が騙されている、疑心暗鬼の世相。追う人と追われる人の緊張感。思いがけない結末まで、一気に読ませる井上尚登の筆力に脱帽しました。
(山本藤光1999.08.23初稿、2017.12.22改稿)

黒岩比佐子『伝書鳩・もうひとつのIT』(文春新書)

2018-03-14 | 書評「く・け」の国内著者
黒岩比佐子『伝書鳩・もうひとつのIT』(文春新書)

今の我々は鳩といえば駅前や公園のドバトを連想しがちだが、かつては新聞社のスクープ合戦の一翼を担う鳩もいた。海上や山間や僻地から写真などを身に帯び、隼や鷹の襲撃をかわしつつ、ときには数百キロという遠路を社屋目指して飛び帰る伝書鳩は、いわば当時の花形通信手段だったのだ。本書は明治期、軍用鳩として西洋より導入されてから、近年、レース鳩へと転身するまでのその歴史を、丹念な取材でたどりつつ、鳩が秘めた驚くべき能力の謎にも迫る。(「BOOK」データベースより)

◎伝書鳩の重要な役割

2018年1月1日。大切な著者の大切な1冊をそっと開いてみました。
黒岩比佐子は、『音のない記憶・ろうあの天才写真家・井上孝治の生涯』(角川ソフィア文庫)でデビューしました。ていねいな筆運びと素材の掘り下げ方が印象的でした。

『伝書鳩・もうひとつのIT』(文春新書)は第2著作となります。まずタイトルに魅せられました。鳩に興味を覚えたことはありませんが、ITと並べて書かれると見過ごすわけにはゆきません。
読みはじめると、圧倒されました。駅の構内や公園でしか見かけない鳩は、マスコミや軍隊で貴重な役割を担っていたのです。本書は豊富な取材で、知られざる鳩に迫ってみせました。

鳩の帰巣性については、だれもが知っていると思います。レース鳩についても、よく知られています。ところがマスコミや軍隊と、鳩の関係はほとんで知られておりません。

戦時中に、鳩は大切な通信手段だったのです。敵の砲弾に通信機が破壊されたときには、鳩に頼るしか方法がありませんでした。また新聞社のスクープ合戦でも、鳩はなくてはならないものでした。脚に小さな鉛管をつけて、ひたすら飛びつづける鳩。熱い思いを鳩に託す人々。そして帰巣能力を高めるために訓練する人々。

私は堀田善衛『広場の孤独』(集英社文庫)の書評で、こんな本文を引用しています。まさにこれが、黒岩比佐子の迫ったテーマだったのです。

――木垣はもう興味を失っていた。疲れてもいた。窓から外を眺めると、午後四時の太陽は、勝手気儘にあたりかまわず建てられた不調和な日本の中心部を、赫っと照らし出していた。軍艦の艦橋部のような型をしたA新聞社の上に伝書鳩が舞っていた。一羽、二羽、どうしても他の鳩たちのように陣列をつくって飛べないのがいた。ああいうのを劣等鳩というのであろう。木垣はその劣等鳩がしまいにはどうするか、と並々ならぬ気持ちで注視していた。(『広場の孤独』本文P24)

「鳩通信」の時代から、「IT革命」の時代へと変遷します。黒岩比佐子は、前作にも劣らぬ克明さで、見事にまとめあげてくれました。公衆電話が肩身の狭い思いをしている時代です。混雑した電車の中で、自己主張をつづける携帯電話のある時代です。公衆電話が鳩に見えてきました。

 通信手段は、驚くべき変化をとげています。そんな世の中に、静かに舞い下りてくれた鳩。通信の原点を考えさせられる一冊でした。

◎新年を迎え

私は黒岩比佐子『音のない記憶・ろうあの写真家・井上孝治』(角川ソフィア文庫)に、次のような文章を書いています。

――2010年52歳の若さで、すい臓がんのために世を去ってしまいました。その後、遺作ともいえる『パンとペン・社会主義者・堺利彦と「売文社」の闘い』(講談社文庫)で読売文学賞(評論・伝記部門)を没後受賞しています。

 生前の黒岩比佐子とは、何度もメールの交換をしています。彼女は古書収集マニアで、大物をゲットしたときは、自慢げに釣果の報告をしてくれました。
 黒岩比佐子の新たな著作はもう読めませんが、新たな年を迎え、大切な著作を開いてみました。
(山本藤光:2014.09.15初稿、2018.01.01改稿)

トルストイ『アンナ・カレーニナ』(全4巻、光文社古典新訳文庫、望月哲男訳)

2018-03-14 | 書評「タ行」の海外著者
トルストイ『アンナ・カレーニナ』(全4巻、光文社古典新訳文庫、望月哲男訳)

青年将校ヴロンスキーと激しい恋に落ちた美貌の人妻アンナ。だが、夫カレーニンに二人の関係を正直に打ち明けてしまう。一方、地主貴族リョーヴィンのプロポーズを断った公爵令嬢キティは、ヴロンスキーに裏切られたことを知り、傷心のまま保養先のドイツに向かう。(「BOOK」データベースより)

◎扉の文章を念頭に

新訳が出たので再読しました。その間にビデオ(主演・キーラ・ナイトレイ)を観ていましたので、アンナの顔が瞼にちらついて離れませんでした。

『アンナ・カレーニナ』(全4巻、光文社古典新訳文庫、望月哲男訳)は、主に寝床で読みつなぎました。約3カ月の長丁場でしたが、十分に堪能できました。

ビデオを観ていてよかったのは、社交界の華やかな場面がくっきりとイメージできる点でした。おそらく活字だけたどっても、たとえばダンスの場面など、鮮やかにイメージできなかったと思います。最近の電子書籍は、不明な単語を瞬時に検索できます。イメージしにくい場面が、映像で飛び出してくれればいいのにと思います。

それほど『アンナ・カレーニナ』には、きらびやかな舞台がたくさん登場します。ストーリーは意外に単純です。ただし第1巻の扉に書かれている文章を、ずっと記憶にとどめておかなければなりません。

――「復讐するは我にあり、我これを報いん」
(「ローマの信徒への手紙一二-一九」の主の言葉より)

その点についての解説があります。紹介させていただきます。

――彼女が「姦淫するなかれ」という神の掟に背いたという事実に変わりがない。最後には嫉妬やヴロンスキイへの不信によって絶望し、自らの命を絶つことになるのは、カレーニンや社交界が彼女を裁くのではなく、冒頭の題辞にもあるように神が裁くのである。(『世界文学101物語』高橋康也・編、新書館P121)

ただしまったく異なる見識もあるので、それを併記させていただきます。

――西洋近代の恋愛観の源流となったトゥルバドゥール(南欧の宮廷詩人)の詩学によれば、騎士が愛を捧げる相手は必ず既婚婦人でなければならず、結婚の枠の中に丸く収まるような愛は文学の対象とはならなかった。(沼野充義・文『世界文学のすすめ』岩波現代文庫P272)

沼野充義はこう書いたうえで、本書は並の不倫小説ではないと結びます。その理由として、

――ここには、ペテルブルグの社交界から、田舎での農作業にいたるまで、リアルなディテールに裏打ちされたロシア社会の見事なパノラマがあるし(その意味ではこれは「社会小説」である)、性愛や家庭生活の意味、そして人間の生と死に関するトルストイの苦しい思索の跡もくっきりと刻印されている(その意味では「粗相小説」と言えるだろう)。(同書P272)

と説明しています。

◎ストーリーをたどると

中沢けいの著作に『書評・時評・本の話』(河出書房新社)という分厚い一冊があります。なんと総ページ数720というものです。本書には索引がありませんので、私は自作の索引を作ったほどです。そのなかで中沢けいは、次のように書いています。

――翻訳物を読むことをそれまで苦手としていた。特にロシア文学は登場人物の名前が苦手であった。が、これを全巻読み通したことを境に翻訳を読む苦が減った。(同書P75)

私も同感です。本書は登場人物が多くなく、核となる何人かを覚えてしまえば、すいすいと先に進むことができます。物語を理解するために、登場人物を整理しておきます。

アンナ・カレーニナ:カレーニナ夫人、男の子の母親
カレーニナ:アンナの夫。ペテルブルグの大物官僚
オブロンスキー:アンナの兄
ドリー:オブロンスキーの妻
キティ:ドリーの妹

この間に入りこんでくるのが、ヴロンスキーという若い軍人です。彼はキティと婚約しています。キティはリョーヴィンという貴族から求愛を受けますが、断ります。リョーヴィンはアンナの兄(オブロンスキー)の友人です。

リョーヴィンは、トルストイ自身の仮身だといわれています。物語の半分ほども占めるリョーヴィンについて、斎藤孝は次のように書いています。

――リョーヴィンという、気の利かない、ものごとを深く考え込む質の男。(中略)彼は農村に住んでいて、都市と農村を行き来しつつ、さまざまな価値観を交錯させながら人生について考える。(斎藤孝『クライマックス名作案内2』亜紀書房P135)

物語はモスクワ駅から一気に動きはじめます。アンナは兄(オブロンスキー)の浮気事件解決のために、モスクワ駅に降り立ちます。そこでペテルブルグ近衛騎兵隊大尉・ヴロンスキーと、運命的な出会いをします。2人はペテルブルグの舞踏会で再会し、瞬く間に愛し合うようになります。2人の仲は社交界でも噂になります。

ある日競馬が催され、アンナは落馬するヴロンスキーを目の当たりにして、大いに取り乱します。夫(カレーニナ)は世間体をおもんばかって、そんなアンナをたしなめます。

キティはヴロンスキーにフラれて、傷心で療養のためにドイツへ行きます。そんなときアンナは、ヴロンスキーの子どもを身ごもります。そしてそのことを夫に告白し、離婚を求めます。
夫はそれを拒否します。アンナは家を出て、ヴロンスキーのもとに身を寄せます。2人は結婚したいのですが、アンナの離婚が成立しないために認められません。

同棲したのち、アンナは少しずつ違和感を覚えはじめます。結局アンナの選んだ最後の道は、列車への投身自殺でした。ここまでのストーリーは、多くの方がご存知のことと思います。

◎たくさんの書評

『アンナ・カレーニナ』については、たくさんの書評が発表されています。私の机上には26冊の文献が積んであります。

――『アンナ・カレニナ』が、大小説である所以は、そこに描かれたカレニナ夫人の心理が心理学者の端倪を許さぬが為ではない。(中略)そこに彼女が肉体をもって行動する一性格として見事に描かれているが為である。(小林秀雄『全文芸時評集・上巻』講談社文芸文庫P52)

『アンナ・カレニーナ』は、世間体を重んじて見ないふりを続ける夫と、激情にかられて不倫に走る妻という構図が柱です。不倫が露見して、アンナに仲裁を求めた兄のためにモスクワに降り立った彼女は、そこで同様の不倫の種を拾います。兄の家庭は大騒動が勃発していますが、アンナの不倫を夫は黙殺します。

私にはカレーニナ氏の存在が、強いインパクトで残りました。どこにでもいる小心で実直な男。本書の主人公をカレーニナ氏として読むと、また違った印象の物語になります。

最後に本書を読むときのルールについて触れた文章を紹介させていただきます。

――話の展開のスピード、という点から言えば、今の感覚からすると確かに遅い。描写はくどいし、人々の動きは、肉体的な動きも精神的な動きもずっとおっとりしている。けれどそれはつまり馬車の速度と車の速度の違いであり、手紙と電話の速度の違いであるだけで、圧縮すると同じになってしまうと思います。(池澤夏樹『世界文学を読みほどく』新潮選書P101-102)

世界的な大作は、現代社会においても色あせてはいません。今回新訳を再読してみて、やはり『アンナ・カレニーナ』はフローベール『ボヴァリー夫人』(新潮文庫、文庫で読む500+α推薦作)とともに、純愛小説の傑作だと思いました。
(山本藤光2016.04.11初稿、2018.03.14改稿)


小林信彦『東京少年』(新潮文庫)

2018-03-14 | 書評「こ」の国内著者
小林信彦『東京少年』(新潮文庫)

東京都日本橋区にある老舗の跡取り息子。昭和十九年八月、中学進学を控えた国民学校六年生の彼は、級友たちとともに山奥の寒村の寺に学童疎開することになった。閉鎖生活での級友との軋轢、横暴な教師、飢え、東京への望郷の念、友人の死、そして昭和二十年三月十日の大空襲による実家の消失、雪国への再疎開…。多感な少年期を、戦中・戦後に過ごした小林信彦が描く、自伝的作品。(「BOOK」データベースより)

◎小林信彦は奥行きの深い作家

小林信彦は懐の深い作家です。井上ひさし(推薦作『吉里吉里人』上中下巻、新潮文庫)、橋本治(推薦作『これで古典がよくわかる』ちくま文庫)とならんで、著作の多様性はぬきんでています。小林信彦を有名にしたのは、『オヨヨ島の冒険』(角川文庫)に代表される「オヨヨ・シリーズ」でしょう。この作品は井上ひさし『ひょっこりひょうたん島』(全13巻、ちくま文庫)に匹敵するほどの人気シリーズでした。その後小林信彦は、ヤクザの株式会社シリーズ『唐獅子株式会社』(新潮文庫)などを発表します。
 
そして『ちはやふる奥の細道』(新潮文庫)へと、ジャンルを拡大してみせます。この作品は私の大のお気に入りです。日本文化研究科のアメリカ人・W.C.フラナガンなる人物が、松尾芭蕉の生涯を研究した翻訳本というスタイルになっています。読みながら、腹を抱えて笑ってしまいました。誤訳だらけなのです。このあたりの芸風は、最近では清水義範(推薦作『蕎麦ときしめん』講談社文庫)の十八番になっています。
 
小林信彦は、脚本家であり、児童文学作家であり、小説家であり、昭和の語り部であり、日本文学の研究者であり、喜劇役者の伝記作家でもあります。小林信彦には、『現代<死語>ノート』(全2巻、岩波新書、「山本藤光の文庫で読む500+α」推薦作)という著作もあります。消えてしまった言葉を拾い集めた著作で、なかなか味があります。
 
さらに『おかしな渥美清』(新潮文庫)や『天才伝説・横山やすし』(文春文庫)などという芸人を素材にした著作もあります。また中原弓彦というペンネームで、映画評や喜劇評を手がけています。1972年には『日本の喜劇人』(新潮文庫)で、芸術選奨励新人賞も受賞しています。
 
それらの著作のなかから、なにを紹介すべきかずいぶん迷いました。捨てがたいのは、『ちはやふる奥の細道』と『現代<死語>ノート』でした。いずれ紹介したいと思っていますが、1人1作品の紹介を原則にしています。どちらかを「知・教養。古典ジャンル」で取り上げたいと思います。今回は「日本現代小説125+α」として、『東京少年』(新潮文庫)を紹介させていただきます。
 
◎文学とサブカルチャーの融合

『東京少年』は、新潮社の情報誌「波」に連載されていました。連載開始は、2003年6月号からでした。毎回楽しみにして読んでいました。

本書は2部構成になっています。第1部は東京日本橋の老舗の跡取り息子「ぼく」が弟とともに、山村へ疎開する話です。

――「ねえ、どっちにするの?」/黒い遮光紙に包まれた電球の下で、問いつめるように母が言う。/「あさって、学校に返事をしなければならないのよ。急ぎすぎる話だから、答えにくいだろうけど」/七月半ばの夜である。みぞおちのあたりを汗が流れるのが、ぼくにはわかった。<ソカイ>というものは、ぼくからかなり遠い所にあるはずだった。(本文冒頭より)

疎開先で「ぼく」は、さまざまな辛苦を味わいます。いじめ、教師の鉄拳制裁、飢え、友人の死。『東京少年』は疎開生活でみた、人間の醜さを描いています。そして終戦を迎えます。

著者は「ひとつの国が負けるということを、少年の目にどううつるかを、書き残しておきたかった」(「波」2005年11月号より)と書いています。

第1部では国が負け、疎開先で自分自身が傷つく様子を、克明に描いています。中学進学を間近に控えた少年の、揺れる心が痛々しく伝わってきます。

第2部は、敗戦後の帰郷を描いています。優柔不断な父親にふりまわされる母子。東京への帰郷というよりは、再疎開の様子に胸が締めつけられます。戦時下の少年を、小林信彦はみごとに描いて見せました。

辛口の書評家・福田和也『作家の値うち』(飛鳥新社)の一文を引いておきます。彼がこれほど賞賛することはあまりありません。

――おそらく、一世紀後には、小林信彦は戦後日本を代表する作家とみなされ、佐藤春夫、横光利一の系譜に立ちつつ、東京の言語・文化空間を大胆に小説に取り込み、文学の有り様自体を変化させた、つまり文学とサブカルチャーの橋渡しをした人物として記憶されることだろう。

私の蔵書には小林信彦の著作が、文庫だけで78冊あります。書棚にはいりきれなくなって、一部は倉庫に<疎開>させてしまいました。大好きな著作だけを残して。
(山本藤光:2010.10.09初稿、2018.03.14改稿)

魚住直子『非・バランス』(講談社文庫)

2018-03-14 | 書評「う」の国内著者
魚住直子『非・バランス』(講談社文庫)

1つ、クールに生きていく。2つ、友だちはつくらない。そう心に決めていた中学生の私の前に、不思議な一人の女性があらわれた。彼女こそ、理想の大人だと思う私の毎日は少しずつ変わっていくが…。少女と大人―傷つきやすい2つのハートが出会った、ある夏の物語。第36回講談社児童文学新人賞受賞。(「BOOK」データベースより)

◎あいにく満席でして

魚住直子は、1966年生まれの児童文学作家です。最近では、大人の読者も意識した作風になっています。デビュー作『非・バランス』(講談社文庫)は、30歳のときの作品になります。最近、3冊目の文庫『未・フレンズ』を読んで、児童文学作家から一般向け小説に入りこんできたのを実感しました。
魚住直子自身『未・フレンズ』について、次のように語っています。

――飢餓で死にそうな子と比べたら甘い、と言われたら確かに甘いけれど、でも日本の子どもたちも大変だっていうことを書きたかった。だから、ひどい大人ばかり出てくるし、外国の少女に関しても、けなげで純粋、というステレオタイプではない話になりました。(「WEB本の雑誌」第81回)

 このねらいは、デビュー作と変わっていません。魚住直子は終始、子どもたちに「がんばれ」とエールを贈りつづける作家なのです。

結婚してから魚住直子は、小説を書いてみたいと思います。そこでカルチャーセンターの小説教室に申しこみをしました。あいにく満席で、児童文学なら空きがあるといわれました。それで児童文学教室へ入ったわけです。このことがなければ、児童文学作家・魚住直子は生まれていません。(このエピソードは、「WEB本の雑誌」第81回を参考にしています)

◎大人も堪能できます

『非・バランス』(講談社文庫)は、講談社児童新人文学賞に輝いています。そんな賞があるのは知りませんでした。魚住直子が第36回の受賞者ですから、伝統ある賞のようです。
 私は本書を、児童書という固定観念を持たずに読みました。確かに活字は大きく、難解な漢字にはルビがふってありました。しかしタイトルの『非・バランス』は、児童書の概念からかけ離れたもののような感じがします。
 読んでみて、児童書とは何かを考えさせられました。この賞の応募規定には、「児童を読者対象にした未発表の作品であること」と書かれています。なぜこだわっているかというと、面白かったからです。
普段、書店でも児童書の棚には行かないだけに、文芸書の棚に並んでいてよかったと思います。
 ちなみに「児童」とは学校教育法では満六歳から十二歳までの学齢児童、児童福祉法では満十八歳までを児童としています(広辞苑)。

 主人公「わたし」は現在中学2年生。小学校5年生のときにいじめにあっていました。
 
――ユカリは、わたしの味方をしてくれなかった。わたしのことを「ドクサイシャ」と名づけた江美ちゃんや啓子ちゃんのグループのほうにはいった。とてもショックだった。/「ドクサイシャは最後、一人になるの。これってジゴージトクなんだよね」(本文より)

「わたし」は中学に上がる前に、2つのことを決めます。クールに生きることと友だちをつくらないことです。当然、周囲からは「口がないのかよ」と疎ましがられます。その反動で、「わたし」はすっきりとした気持ちになるために、無言電話をかけたり、万引きをしたりしています。

 学校では、〈ミドリノオバサン〉の話が流行っています。髪の毛を真緑に染め、全身真緑の服を着た中年女性の話です。このオバサンの身体に触れて願いごとを告げると、願いがかなえられるといわれています。

「わたし」はある日、「ミドリノオバサン」を発見して助けを求めます。どうしようもない状況から思わず駆け寄ったのですが、人違いでした。それが「サラさん」との出会いです。
やがて、サラさんの温かい心に触れて、「わたし」は精神の健康を取り戻します。

◎意外なエンディング

 エンディングは、意外な展開になっています。ここで明かすことはできません。本書は大人も満足できる一冊です。著者が「あとがき」に書いていることが印象的でした。
 
――どうしてもバランスがとれないときが、誰にでもある。深い穴に落ちてしまったように感じ、もしかすると一生、その穴から抜けだせないんじゃないかと苦しむ。けれど実はそういうとき、ジャンプ台に立っている。これから大きく飛びたつための、ジャンプ台。(本文より)

 大きく飛びたとうとする者は、まず身を屈めます。思春期とはジャンプの直前に身を屈める状態なのかもしれません。
(山本藤光2017.12.24)