山本藤光の「人間力」養成講座

著書「仕事と日常を磨く人間力マネジメント」の続編です。


黒岩比佐子『伝書鳩・もうひとつのIT』(文春新書)

2018-03-14 | 書評「く・け」の国内著者
黒岩比佐子『伝書鳩・もうひとつのIT』(文春新書)

今の我々は鳩といえば駅前や公園のドバトを連想しがちだが、かつては新聞社のスクープ合戦の一翼を担う鳩もいた。海上や山間や僻地から写真などを身に帯び、隼や鷹の襲撃をかわしつつ、ときには数百キロという遠路を社屋目指して飛び帰る伝書鳩は、いわば当時の花形通信手段だったのだ。本書は明治期、軍用鳩として西洋より導入されてから、近年、レース鳩へと転身するまでのその歴史を、丹念な取材でたどりつつ、鳩が秘めた驚くべき能力の謎にも迫る。(「BOOK」データベースより)

◎伝書鳩の重要な役割

2018年1月1日。大切な著者の大切な1冊をそっと開いてみました。
黒岩比佐子は、『音のない記憶・ろうあの天才写真家・井上孝治の生涯』(角川ソフィア文庫)でデビューしました。ていねいな筆運びと素材の掘り下げ方が印象的でした。

『伝書鳩・もうひとつのIT』(文春新書)は第2著作となります。まずタイトルに魅せられました。鳩に興味を覚えたことはありませんが、ITと並べて書かれると見過ごすわけにはゆきません。
読みはじめると、圧倒されました。駅の構内や公園でしか見かけない鳩は、マスコミや軍隊で貴重な役割を担っていたのです。本書は豊富な取材で、知られざる鳩に迫ってみせました。

鳩の帰巣性については、だれもが知っていると思います。レース鳩についても、よく知られています。ところがマスコミや軍隊と、鳩の関係はほとんで知られておりません。

戦時中に、鳩は大切な通信手段だったのです。敵の砲弾に通信機が破壊されたときには、鳩に頼るしか方法がありませんでした。また新聞社のスクープ合戦でも、鳩はなくてはならないものでした。脚に小さな鉛管をつけて、ひたすら飛びつづける鳩。熱い思いを鳩に託す人々。そして帰巣能力を高めるために訓練する人々。

私は堀田善衛『広場の孤独』(集英社文庫)の書評で、こんな本文を引用しています。まさにこれが、黒岩比佐子の迫ったテーマだったのです。

――木垣はもう興味を失っていた。疲れてもいた。窓から外を眺めると、午後四時の太陽は、勝手気儘にあたりかまわず建てられた不調和な日本の中心部を、赫っと照らし出していた。軍艦の艦橋部のような型をしたA新聞社の上に伝書鳩が舞っていた。一羽、二羽、どうしても他の鳩たちのように陣列をつくって飛べないのがいた。ああいうのを劣等鳩というのであろう。木垣はその劣等鳩がしまいにはどうするか、と並々ならぬ気持ちで注視していた。(『広場の孤独』本文P24)

「鳩通信」の時代から、「IT革命」の時代へと変遷します。黒岩比佐子は、前作にも劣らぬ克明さで、見事にまとめあげてくれました。公衆電話が肩身の狭い思いをしている時代です。混雑した電車の中で、自己主張をつづける携帯電話のある時代です。公衆電話が鳩に見えてきました。

 通信手段は、驚くべき変化をとげています。そんな世の中に、静かに舞い下りてくれた鳩。通信の原点を考えさせられる一冊でした。

◎新年を迎え

私は黒岩比佐子『音のない記憶・ろうあの写真家・井上孝治』(角川ソフィア文庫)に、次のような文章を書いています。

――2010年52歳の若さで、すい臓がんのために世を去ってしまいました。その後、遺作ともいえる『パンとペン・社会主義者・堺利彦と「売文社」の闘い』(講談社文庫)で読売文学賞(評論・伝記部門)を没後受賞しています。

 生前の黒岩比佐子とは、何度もメールの交換をしています。彼女は古書収集マニアで、大物をゲットしたときは、自慢げに釣果の報告をしてくれました。
 黒岩比佐子の新たな著作はもう読めませんが、新たな年を迎え、大切な著作を開いてみました。
(山本藤光:2014.09.15初稿、2018.01.01改稿)
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