山本藤光の文庫で読む500+α

著書「仕事と日常を磨く人間力マネジメント」の読書ナビ

木村憲洋+川越満『イラスト図解・病院のしくみ』(日本実業出版社)

2018-03-17 | 書評「か」の国内著者
木村憲洋+川越満『イラスト図解・病院のしくみ』(日本実業出版社)

基本的な病院のしくみから、各現場の仕事内容、診察・検査のしくみ、病院経営のアウトライン、病院とお金、医療ビジネスの最新トレンドまで、病院のすべてをやさしくイラスト図解する。(「BOOK」データベースより)

◎「あとがき」をかいてみよう

木村憲洋+川越満『イラスト図解・病院のしくみ』(日本実業出版社)は、「イラスト図解」シリーズのなかの1冊です。「農業のしくみ」「控除のしくみ」など、ユニークなラインナップで売れ行きは好調のようです。

『イラスト図解・病院のしくみ』の発売は2005年ですが、10年を経たいまもシリーズのなかではダントツに売れています。私は共著者の川越満さんから署名入りの献呈本をいただいています。
本書には「はじめに」はありますが、「おわりに」は書かれていません。そこで私が代わりに、「おわりに」を書きたいと思います。

むかし「KEN研」(ケンケン)という異業種交流会がありました。私はそこで校長と呼ばれ、阪本啓一さん(推薦作『ゆるみ力』日経プレミアシリーズ新書)は塾長と呼ばれていました。KEN研は、ナレッジ・エンジョイ・ネットワークの略称です。私が日本ロシュ時代に立ち上げた集まりで、参加者は多岐にわたっていました。トヨタ自動車、NTTデータ、キリンビール、富士ゼロックス、日経BP、キュピー、日本実業出版。ユートブレーン、リクルート、ソニー生命、亀田総合病院などです。

ある日、日本実業出版の大西さんから、聴診器つきの本の企画の話がありました。本に付録として、聴診器をつけるというアイデアです。私は聴診器が悪用されるとして「ノー」の立場でした。ところがその企画が実現されて、聴診器つきの本は話題になりました。

そんなときに大西さんから、川越満さんに「病院のしくみ」執筆の依頼がなされたのです。先に書きましたが、「イラスト図解」シリーズには、「病院」がなかったことが不思議でした。

そんなわけで、『病院のしくみ』は、KEN研メンバーの、大西・川越のタッグにより生まれた書籍なのです。川越満さんはおそらく、こんな内容のことに触れ、大西さんとKEN研メンバーへの感謝を書きたかったことだと推察できます。しかしこのシリーズには、「はじめ」はあっても、「おわり」がありませんので、前例にないと却下されたのだと思います。

◎病院の待合室で読む本

「病院」を知らない人は、いないと思います。医者がいて看護士がいて、長い時間を待たされて、あっという間に診察が終わってしまう。そんなイメージで病院をとらえている人は多いと思います。

本書を読むと、それ以外の病院のすべてがわかります。薬剤師がいて、臨床検査技師がいて、事務長がいて、病院に出入りしている業者やMRがいて……。私は本書を病院の待合室に平積みしておいてもらいたいと思います。患者さんは長い待ち時間の間、それを読み、自分がどんなに大切にされているかを理解することになります。

病院経営、診療報酬など患者さんからは見えない世界も、本書によって理解できます。私も若いころはMRとして病院に出入りしていました。そのときに本書があったら、医師や薬剤師と、病院の運営について、もっと語り合えただろうと思います。

『病院のしくみ』は名著です。自分が通っている病院が、かくもたくさんの専門スタッフによって、支えられていることを知っていただきたいと思います。筆者の川越満さんは、私よりジャスト2回りも年の違う同じ誕生日に生まれています。現在KEN研は休眠状態ですが、川越満さんは精力的に講演や取材で飛び回っています。

KEN研から生まれたロングセラーを、ぜひ病院の待合室でお読みいただきたいと思います。きっとあっという間に、診察の順番がくることでしょう。

川越満さんは製薬業界では、若きオピニオンリーダーです。会社の合併で製薬企業向けデータサービス会社に籍をおくことになりました。川越さんは私が顧問をしている株式会社コラボプランが提唱する、「人間力」の実践者でもあります。『病院のしくみ』の行間から、プロフェッショナルである医療スタッフのなかに、「人間力」が垣間見えてうれしく思いました。
(山本藤光:2013.05.30初稿、2018.03.17改稿)

くらたまなぶ『リクルート「創刊男」の発想術』(日経ビジネス人文庫)

2018-03-17 | 書評「く・け」の国内著者
くらたまなぶ『リクルート「創刊男」の発想術』(日経ビジネス人文庫)

「とらばーゆ」「フロム・エー」「エイビーロード」「じゃらん」―。「創刊男」の異名を持ち今日のリクルートを築いた名編集者が、目からウロコの究極の仕事術を全面公開。市場のニーズをつかみ、次々とヒットを飛ばす秘訣とは。(「BOOK」データベースより)

◎「夢派」と「グチ派」

くらたまなぶはリクルート在籍中に、14の雑誌を創刊した男です。本書はその軌跡を、リズミカルな文体でたどっています。著者には揺るぎない哲学があります。
 
創造に向けての「夢」。夢をしぼませる元凶は「固定概念」。著者は徹底的に現実を見つめ、夢とおきかえてみます。常識が非常識に変わり、そこに新たな常識の旗が立ちます。
 
無難な「いま」の延長線上には「未来」はなく、いまを破壊したところに新たな世界が創出されるのです。
 
――同じ内容でも、人によってしゃべり方は2通りに分かれる。「夢派」と「グチ派」。活躍したい将来の夢を語るか、活躍できない現状のグチをこぼすか。そして、わかりやすいのは、圧倒的に「グチ派」の方だった。(中略)人は「夢」よりも「グチ」にホンネをこめるんだ。(本書P80より)

この部分が好きです。グチはリアルなものです。夢は曖昧模糊としています。ここを知っている人は、奇想天外な夢は語りません。それゆえ、くらたまなぶは、グチを封印して曖昧な世界をさまようのです。
 
本書には、著者の人間的な魅力が満載されています。強い意志と大きな夢。そんな世界をのぞいてみていただきたいと思います。

得意先との商談の席で、私がくらたまなぶ『リクルート「創刊男」の発想術』(日経ビジネス人文庫)を絶賛したことがあります。それまで冷たい目でうなずいていた、役員(I・Kさん)の目の色がかわりました。「彼とは親友だよ」と役員が、独り言のようにつぶやきました。「お会いしたいですね」と踏みこんでみました。「連絡してあげるよ」といってくれました。

そして2週間後、私はくらたまなぶ、I・Kさんと銀座で酒を飲んでいました。楽しい酒でした。くらたまなぶは、著作そのままの夢の多いひとでした。I・Kさんは酒が進むと、グチ派にかわりました。

◎飲み会にまで企画書

くらたまなぶの2番目の著作『カラダ発想術』(日本経済新聞社)には、私が実名で登場しています(P40)。くらたまなぶは、飲み会まで「企画」として処理してしまいます。未読の方のために、さわりを紹介させてもらいます。

私(本名は山本藤光)とくらたまなぶ氏とは、そのときには面識がありません。紹介者は前記のI・Kさんです。以下は、その日にくらたまなぶが書いた「飲み会の企画書」です。
  
(引用はじめ)
テーマ:3人飲み会
日時:5月31日19時から
氏名:
山本氏(初対面)
I・K氏(つなぎ役)
くらた(幹事)
(引用おわり)

くらたまなぶ流「3人飲み会」の企画書は、ここまでが「決まっていること」として説明されています。このあとは「現状はどうなっているか」を赤ペンで記入するとあります。ここに書かれているように、私とくらたまなぶは初対面でした。

彼は私の著作を読んでくれており、私も彼の著作(『リクルート「創刊男」の発想術』に感銘を受けていました。私と酒を飲むことまで「企画」にしてしまうくらたまなぶは、こんなことを書き連ねています。
 
(引用はじめ)
小泉氏:銀座好き。あまり食べない。チューロック。
山本氏:酒好き。和食かな。山本氏は遠いからハシゴなし? アルコール込みで1万円くらい? 山本氏とは?
3人飲み会:地酒orショーチュ? Rのそば? テーブルでOK? 「あ・うん」4人席は?
(引用おわり)

くらたまなぶ氏の綿密(?)な「企画書」のおかげで、非常に楽しい飲み会だったと断言します。たかが飲み会ではないか、とあなどるなかれ。こうした日常の習慣が、大きなビジネスに直結しているのです。
 
『リクルート「創刊男」の発想術』には、五感をフル活用する術が網羅されています。くらたまなぶは「書き出すという意味は、情報不足を可視化させること」と、いいます。
 
ふらっと飲みに出向いた私が赤面してしまうほど、くらたまなぶは小さな出会いにも「企画書」を準備していました。そして傾聴の達人でもありました。「つなぎ役」のI・K氏とは仕事ではときどきお会いしています。しかしビジネスをまわしてくれることはありません。それでもいいから、また「3人飲み会」をやりたいなと思っています。「情報」を得てしまった飲み会の企画書を、くらたまなぶはどう書くのでしょうか。見てみたいと思います。
(山本藤光:2010.06.07初稿、2018.03.17改稿)
 

国木田独歩『武蔵野』(岩波文庫)

2018-03-17 | 書評「く・け」の国内著者
国木田独歩『武蔵野』(岩波文庫)

初期の作品一八篇を収めた国木田独歩(一八七一‐一九〇八)自選の短篇集。ワーズワースに心酔した若き独歩が、郊外の落葉林や田畑をめぐる小道を散策して、その情景や出会った人々を描いた表題作「武蔵野」は、近代日本の自然文学の白眉である作者の代表作。(「BOOK」データベースより)

◎自然豊かな明治の武蔵野

国木田独歩『武蔵野』(岩波文庫)は、明治31(1898)年に発表(発表時は「今の武蔵野」という題名でした)されています。つまり1世紀をこえた作品ですが、いまなお名作としての評価は色あせていません。最近電子書籍(kindle)で『国木田独歩はこれだけを読め』(¥99)がでました。なんと40篇ほどの作品が網羅されていました。もちろん「武蔵野」「牛肉と馬鈴薯」「空知川の岸辺」「春の鳥」などは所収されています。岩波文庫『武蔵野』には18の短篇が所収されています。ただし「牛肉と馬鈴薯」「空知川の岸辺」「春の鳥」は、はいっていません。

『武蔵野』は、とことん不思議な作品です。小説でも詩でも随筆でもなく、かといって旅行記でもありません。あえていうなら観察記なのかもしれません。国木田独歩がワーズワース(『ワーズワース詩集』岩波文庫)やトゥルゲーネフ(『あひびき』岩波文庫)の観察力の影響を、強く受けていたことは有名な話です。これらの作家については、本書のなかでも引用があります。

国木田独歩は26歳(1897年)のとき、渋谷村で過ごしています。明治時代の武蔵野は、現在の渋谷、世田谷、中野、小金井あたり一帯のことをいいます。「渋谷村」を調べてみて驚きました。古い歴史があったのです。明治22(1889)年ころからの「渋谷村」の変遷をみてみましょう。

1889年:南豊島郡渋谷村が合併により、東京府豊多摩郡渋谷村になる。
1909年:町制で、東京府豊多摩郡渋谷町になる。
1932年:渋谷町が東京市に編入され町名は廃止となる。
現在:千駄ヶ谷町、代々幡町といっしょになり、渋谷区となる。

現在の渋谷区は、渋谷川と宇田川の合流する谷状の地形にあります。本書『武蔵野』を読むときには感覚を過去にもどして、渋谷村までたどりつかなければなりません。読者には緑を失った武蔵野を忘れ去り、田畑や山林などが広がる自然を、イメージしてもらわなければなりません。

国木田独歩『武蔵野』の冒頭では、国木田独歩(自分)が文政年間の武蔵野に、思いをはせる場面が描かれています。

――「武蔵野の俤(おもかげ)は今わずかに入間郡に残れり」と自分は文政年間に出来た地図で見た事がある。そしてその地図に入間郡「小手指原(こてさしはら)久米川は古戦場なり太平記元弘三年五月十一日源平小手指原にて戦ふ事一日が内に三十余度日暮れば平家三里退きて久米川に陣を取る明れば源氏久米川の陣へ押寄ると載せたるはこの辺(あたり)なるべし」と書込んであるのを読んだことがある。(本文P5より)

国木田独歩は「画や歌でばかり想像している武蔵野をその俤(おもかげ)ばかりでも見たい」と思います。古地図から一転して、国木田独歩はむかしの日記へと筆をはこびます。明治29年の秋から春にかけて住んでいた武蔵野のおもかげを、日記のなかから抜粋してみせます。

――九月七日:昨日も今日も南風強く吹き雲を送りつ雲を払ひつ、雨降りみ降らずみ、日光雲間をもるるとき林影一時煌めく(本文P6より)

――昔の武蔵野は萱原のはてなき光景を以って絶類の美を鳴らしていたように言い伝えてあるが、今の武蔵野は林である。林は実に今の武蔵野の特色といってもよい。則(すなわ)ち木は重に楢(なら)の類で冬は悉(ことごと)く落葉し、春は滴るばかりの新緑萌え出づるその変化が秩父嶺以東十数里の野一斉に行われて、春夏秋冬を通じて霞に雨に月に風に霧に時雨に雪に、緑蔭に紅葉に、様々の光景を呈するその妙はちょっと西国地方また東北の者には解し兼ねるのである。(本文P10より)

昔は田畑と山林ばかりだった武蔵野に、国木田独歩は歩を進めます。ここで注目しておきたいのは、武蔵野は楢などの広葉樹林だったことです。従来の小説では松などの針葉樹が、美の対象として描かれてきました。広葉樹のほとんどは季節の移ろいに、敏感に反応します。針葉樹林を歩いていたら、こんな描写にはならないわけです。国木田独歩は、日記のなかから武蔵野に思いをはせます。

このあとトゥルゲーネフ(本文ではツルゲーネフと表記されています)『あひびき』(岩波文庫、二葉亭四迷訳)からの長い引用がつづきます。本書のなかでは、熊谷直好(江戸時代後期の歌人。歌集に「浦のしお貝」があります)の和歌、蕪村の俳句、ワーズワースの詩も引用されています。引用されたジャンルといい、引用者といい、実にバラエティに富んでいるのも、意図的なものだと思います。
  
国木田独歩は、武蔵野の林をゆったりと歩きます。自らの目と耳と肌で、武蔵野を感じとります。少し文語体が混じった文章は、短くリズミカルです。武蔵野の空間的な広がりを視線でとらえる。林を見る。樹木を見る。草花を見る。虫の声を聞く。風の音を聞く。秋風を肌で感じる。そうしながら、さらに奥へと踏みこんでいきます。そしてはじめて、生活を営む村人たちの音を聞くのです。
 
――鳥の羽音、囀る声。風のそよぐ、鳴る、うそぶく、叫ぶ声。叢(くさむら)の蔭、林の奥にすだく虫の音。空車荷車の林を廻り、坂を下り、野路を横ぎる響。蹄で落葉を蹴散らす音、これは騎兵演習の斥候か、さなくば夫婦連れで遠乗に出かけた外国人である。何事をか声高に話しながらゆく村の者のだみ声、それも何時しか、遠かりゆく。独り淋しそうに道をいそぐ女の足音。遠く響く砲声。……。(本文P13より)

◎夏目漱石が絶賛した「巡査」

国木田独歩には、明治時代の青年特有の政治への野望が、色濃くありました。しかし人生について考えているうちに、キリスト教への関心が芽生えて、洗礼をうけます。そこで佐々城信子と知り合い、結婚を夢見て北海道へと住居の下見にいきます。そのときの体験が「空知川の岸辺」(新潮文庫『牛肉と馬鈴薯/酒中日記』所収)となります。北海道には「空知川の岸辺」から引いた、国木田独歩の碑が2つあります。

――「余は今も尚ほ空知川の沿岸を思うと、あの冷厳なる自然が、余を引きつけるように感ずるのである。何故だろう」(砂川市の滝川公園にある国木田独歩の碑より)

――「余は時雨の音のさみしさを知っている、しかし未だかつて、原始の大深林を忍びやかに過ぎゆく時雨ほどさみしさを感じたことはない」(歌志内市にある国木田独歩の詩碑より)

その後独歩は、北海道の地を踏んでいません。しかし当時の体験が強烈に残っていて、それが武蔵野へとつながったのだと思います。

独歩と信子はやがて結婚しますが、信子の失踪で半年後に破たんします。失意の独歩は独りさみしく、渋谷村へと居をうつします。国木田独歩は幼いころから、人一倍自然を愛する少年でした。愛の崩壊は、独歩をキリスト教から離れさせました。そして独歩は自然のなかに、癒しを求めるようになりました。このころのことは、「欺かざるの記」(講談社文芸文庫)として発表されています。本書には「佐々城信子との恋愛」という副題がついています。(ここまでの文章は佐古純一郎『青春の必読書』旺文社新書を参考にしました)

三好行雄に『近代小説の読み方』(全2巻、有斐閣新書)という著作があります。第2巻のほうで国木田独歩がとりあげられています。三好行雄は国木田独歩の作品を、発表年次で3区分しています。それにしたがって、諸作品をながめてみたいと思います。

前期作品は今回紹介させてもらっている、岩波文庫『武蔵野』所収の短編です。とくに「源叔父」は、国木田独歩の小説処女作です。源叔父は桂港の船頭で愛妻を亡くし、海でこどもも失っています。失意のなか源叔父は、少年乞食を救い同居しましたが、少年にも去られてしまう結末となります。人生の悲哀を色濃く描いた良質な短篇です。私はこの作品が好きです。

中期作品の代表は、『牛肉と馬鈴薯』(新潮文庫)となります。理想と現実のはざまに揺れる独歩が、現実社会に視点をうつしはじめた時期です。ある食堂で、北海道開拓の話になります。一人の紳士が理想に燃えて北海道で百姓をしましたが、暮らしは貧しく芋ばかり食べていました。結局、牛肉が恋しくなって挫折することになります。

後記作品の代表作は「窮死(きゅうし)」(新潮文庫『牛肉と馬鈴薯/酒中日記』所収)です。独歩は現実を、客観視するようになっています。このころ自然主義文学が隆盛をきわめ、独歩の初期作品が高く評価されるようになりました。

もう1冊読んでいただきたい、著作があります。『牛肉と馬鈴薯/酒中日記』(新潮文庫)所収の「巡査」です。この作品は、今回紹介させていただいている岩波文庫にも、kindleにも収載されていません。「巡査」は『牛肉と馬鈴薯』発表の翌年(1902年)に書かれています。 

「巡査」は、夏目漱石が「独歩氏の作に低徊趣味あり」という文章のなかで絶賛しています。
――すなわち、筋とか結構とかいうものがおもしろいのではなくて、一酔漢なるものに低個して、その酔漢の酔態を見るそのことに興味あり、おもしろみあるのである。それを余は低徊趣味という。普通の小説は、筋とか結構とかで読ませる。すなわち、その次はどうしたとか、こうなったとかいうことに興味を持ち、おもしろみを持って読んでいくのである。しかし、低徊趣味の小説には、筋、結構はない。あるひとりの所作行動を見ていればいいのである。『巡査』は、巡査の運命とかなんとかいうものを書いたのではない。あるひとりの巡査を捕えて、その巡査の動作行動を描き、巡査なる人はこういう人であったという、そこがおもしろい。すなわち、低徊趣味なる意味において、『巡査』をおもしろく読んだのである。(『新潮』明治41年7月15日より)

夏目漱石のいう「低徊趣味」は、『武蔵野』にも通じるものです。自然のなかに人間の内面をとらえる、国木田独歩の感性は1世紀をへだてたいまも光輝いています。前記作品からたどると、独歩の足跡が少しだけ浮かびあがってくるように思えます。
(山本藤光:2009.10.02初稿、2018.03.17改稿)

「管理系」から「人間系」へ:めんどうかい002

2018-03-17 | 一気読み「町おこしの賦」
「管理系」から「人間系」へ:めんどうかい002
――「めんどうかい」まえがき

これまでの企業は、営業リーダーの「使命」を、「年度目標の達成」と「部下育成」としていました。営業の世界は、結果がすべてです。必然、営業リーダーは業績向上に熱心なあまり、部下育成を棚上げにしていた感があります。
いま営業リーダーに求められているのは、部下のレベルを上げつつ、営業生産性の向上を実現することです。そのためにも営業リーダーは、部下と密着した仕事をしなければなりません。

 のちほど詳述しますが、営業リーダーは「管理系」から「人間系」へと、マネジメントスタイルを変える必要があります。「命令する、提出させる」のスタイルを、「考えさせる、聞き取る」に変えなければなりません。

 あなたが変われば、部下も必ず変わります。

ビリーの挑戦2-002cut:営業本部5カ年計画

2018-03-17 | ビリーの挑戦第2部・伝説のSSTプロジェクトに挑む
ビリーの挑戦2-002cut:営業本部5カ年計画
――Scene01:R製薬の現状
影野小枝 漆原さんの仕事を理解していただくために、R製薬の営業本部の現状を見てみたいと思います。漆原さんが企画部長に着任してすぐの、営業本部のミーティングの模様です。安田本部長の部屋には、漆原さんのほかに、片岡営業部長と三枝統括部長がいらっしゃいます。
安田本部長 問題はメーカーの売上ランキングだな。現状の38位を5年後に19位にしなければならない。幸いに3つの新製品があるので、それを起爆剤にしたい。
片岡営業部長 本部長にぐちっても仕方がないのですが、ここ5年間で出る予定の新製品は、みんな国内メーカーとの併売なのですから、これが精一杯のところです。
三枝統括部長 E社、T社、S社と、みんな国内大手です。彼らを向こうに回して、うちが半分のシェアを確保するのは至難の業ですよ。
片岡 本社はどっちから売れてもいいのだから、気楽なものです。
安田 社長には単独で販売させてほしい、とお願いしている。しかしスイスの本社は我々の実力を信じていない。
片岡 こうも自社開発品の併売が続くと、営業の士気にも影響するのですが……。
三枝 昔から本社は一貫している。ネルボンにベンザリン、バランスにコントール。原料を国内メーカー2社に提供して、競わせてきました。
安田 まあ新製品が出るだけ、ありがたいってことだ。うちにしても、今度の3製品が終わったら、当分新薬はない。何としてでも、MRの底上げを急がなければならないな。まあそのあたりは、着任したばかりの漆原くんに期待しよう。
漆原 精一杯がんばります。ただ……。
安田 ただ、何だね?
漆原 急いで底上げしなければならないのは、MRではなくて、営業リーダーの方だと思います。
安田 9月は漆原部長のアメリカでの研修が入っているので、それが済んだら提案してもらいたい。
片岡 アメリカでの研修か、あれは大変だぜ。全部英語だ。通訳はつけてもらったけど、1ヶ月が地獄だった。
三枝 本部長、ハードルは極端に高いけれど、何としてでも5年後の19位は実現させなければなりませんね。 
影野小枝 R製薬は、スイスに本社のある日本の法人です。MR数は約700名です。大型の新薬はすべて、国内製薬メーカーとの併売が原則になっています。これは日本のR製薬がアメリカR製薬並みのシェアを、確保していないことがら取られている施策です。スイス本社からは執拗に、国内シェアを上げるように求められています。

知だらけ046:文章教室の添削

2018-03-17 | 知だらけの学習塾
知だらけ046:文章教室の添削

「感性を磨く文章教室」受講生の例文(昨日掲載)を添削したいと思います。

例文A:美しい那珂川の堤を可愛い初恋の人と手をつないで歩いた日の大きな夕焼けが忘れられ無い。(宮)

例文A添削
1. 一文が長過ぎます。一文とは分頭から句点(。)までのことです。→塾生への質問:あなたは例文をいくつに分割できましたか? もし分割していなかったら、チャレンジしてみてください。
2. ありきたりの形容詞(美しい、可愛い、大きななど)を多用しないでください。
3. 「無い」は間違いではありませんが、「ない」とするべきです。
4. 初恋の人と手をつないで、那珂川の堤を歩いた。水面には真っ赤な夕日が映っていた。彼女の頬も赤く染まっていた――こんな感じで、文書を短くつなぐ訓練が必要です。

例文B:私の住むマンションのベランダには、一つだけ鉢植えが置いてあります。大きさはラーメンどんぶりくらいだ。(広)

例文B添削
1. 文末の「です・ます」調と「だ・である」調が混在しています。どちらかに統一させてください。
2. 鉢の大きさを別の一文で説明するのは、いいたいことを散逸させています。ベランダには手のひらに乗るくらいの鉢植えが、などと書く方がすっきりとします。たとえがラーメンどんぶりでは、鉢植えがかわいそうです。
3. 鉢植えはどんな動機で手に入れたのか、などを知りたいですね。
4. こんな流れで、文章を再構築してみてください。――ベランダには、手のひらに乗るくらいの鉢植えがあります。妻の誕生祝いに、買いました。毎朝水をやりながら、直接いえない「いつもありがとう」という言葉を、心のなかでつぶやいています。

例文C:私は本屋へ行くが、目的は本を購入するというよりは寧ろ時間潰しのためです。時々パラパラと本をめくりますが、買うことは殆ど無い。(杉)

例文C添削
1. ひらがな表記すべき箇所がたくさんあります。新聞などを読んで、どう書かれているのかを調べてください。(寧ろ、潰し、殆ど、無いなど)
2. 「購入」という漢字も、「買う」と置き換えて考えてみてください。どちらが自然ですか。
3. 「…が、」を多用しないでください。これを使うと、説明しなければならなくなります。それゆえ「目的は」などと書かざるをえなくなるのです。
4. 「パラパラ」は、オノマトペという擬音です。川はサラサラ流れる。星はキラキラまたたく。ありきたりの表現は、避けたいものです。
5. 書店にはよく行きます。もっぱら時間つぶしのためです。書店にはもうしわけありませんが、良い本があったら買っています。――こんな具合に、書いてもらうと「もっぱら」が生きてきます。

町おこし049-1:退部届け

2018-03-17 | 小説「町おこしの賦」
町おこし049-1:退部届け
――第2部:痛いよ、詩織!

 翌日の部室は、お通夜のような雰囲気だった。恭二と詩織と可穂は、テーブルに頬杖をついて、さっきからため息ばかり吐き出している。
「誰もいなくなっちったね。みんな退部届けを出したんだって」
 がらんとした部室を見渡し、詩織は恭二にいった。
「残ったのは、可穂とおれたちだけ」
「愛華部長まで、退部届けを出した」
 可穂は涙目になっていった。
「謹慎はいつ解けるのかな?」と詩織。
「謹慎が解けても、余計なことは書くなってことだ。やってられないよ」
 そう嘆いた恭二に、可穂は深刻な顔になって告げた。
「長島先生と校長は、町長に呼び出されたんだって」
「回収に、町もからんでいたのか?」
「町長の命令だって。お母さんがそういっていた」

 部室の引き戸が、乱暴に開いた。前新聞部顧問の柳田が腕組みをして、にらみつけている。
「きみたち新聞部は、謹慎処分中だぞ。部室への出入りはいかん」
 それだけをいって、柳田はきびすを返した。あ然として見送る恭二に、詩織が声をかけた。
「もし謹慎が解けても、私たち三人では新聞は作れない。ノウハウを持っている先輩なしでは、絶対にムリ」
「そうだよね。愛華部長に戻ってくれるように説得するしか方法はないわね」
 可穂はテーブルの上の原稿用紙に、「の」の字を書きながらまたため息をついた。

町おこし049-2:往生際が悪い二人
――第2部:痛いよ、詩織!
「喫茶むらさきの看板」が「居酒屋」にかわってすぐに、二人の男が入ってきた。二つのプロジェクトの責任者、宮瀬哲伸と越川多衣良だった。二人はカウンターに並んで座り、生ビールを注文した。
「高校生の分際で、大人の世界にしゃしゃり出てくるなんて、絶対に許さん」
 ビールを一口飲み、多衣良は泡を飛ばしながら吐き捨てた。
「閑古鳥が鳴いている、だと。バカにするな、てんだ」
「おれの方は、がっかりスポットと切り捨てられた」
「だいたい、あんないい加減な記事を素通ししてしまう高校の管理体制に問題がある」
「町長の話では、生徒会も会長はアカらしい」
 酒のせいではない。二人の顔は次第に紅潮してゆく。お通しのキンピラを運んできた秋山昭子は、そんな二人をたしなめる。
「うちの娘は、新聞部なんだよ。私も記事を読んだけど、町の活性化のために、私たちも力になりたいって書いてあった。あの記事の何が、問題なの」
「行政の失敗を、まるで鬼の首でもとったみたいに書きたてている。おれたちのプロジェクトはまだ発足して間もない。これからだべさ」
「多衣良さん、往生際が悪いわね。あんなものに、観光客がわんさと押しかけてくると、本気で思っているんですか」
「おい、おい、聞き捨てならない。これからだ、っていっているべさ」
「町民のみんなが思っていることを、代弁しただけだから、そんなに大声を出さないで」
 そこまでいうと、昭子は厨房に姿を消した。残された二人は、申し合わせたように深いため息をついた。


妙に知180317:なしくずし

2018-03-17 | 妙に知(明日)の日記
妙に知180317:なしくずし
「なしくずし」に、どんな漢字をあてはめますか。私はずっと「無し」だと思っていました。「日本語語源辞典」を読んでいて、驚いてしまいました。
「済し崩し」とあったのです。解説を紹介させていただきます。
――「済(な)す」は返済する意。謝金を少しずつ返してゆくということから。

この意味にも驚きました。「なかったことにする」というニュアンスは、まったくないのです。
山本藤光2018.03.17