父は毎年夏になると、決まったようにソーメンを食べていた。
クマゼミが短い夏を惜しむかのように、そこかしこに鳴きじゃくる昼下がり
何か、はがゆいことでもあったのか、というような、眉間に皺をよせたブスッとした無表情で
目をつむって、ズルズルとソーメンを啜っていた。
その折に、おもむろに刀剣のような青胡椒を抜くと、あたかも厳粛な儀式のような素振りで、麺ツユの中に箸でこさいで入れるのだ。
私も幼い好奇心から、それを「ガリッ・・・」とかじってみたんである。
「ひやぁぁぁぁぁぁぁっ!」
たちまち、口の中はまるで火事になった。
2時間くらいは唇が、いかりや長介状態のような気がしたものである。
それがこの鷹の爪という胡椒との強烈極まりない出会いであった。
何で世の大人達は、こんな、とんでもないものを食べるのだろうかと
魔可不思議でならなかった。
こんなものを食べなきゃならないんなら、絶対に大人なんかにならなくていいと真剣に思ったものだ。
父は54歳の若さで、昭和57年9月にあっけなく他界した。
すでに父の歳を追い越した私である。
そして、DNAなのだろうか・・・・・。
私もまた、夏が来るとソーメンばっかし食べている。
父のように目を瞑って、ズルズルとかきこむのだ。
実は、猫の額のような畑に鷹の爪の苗を三本植えた。
あろうことか、辛ければ辛いほど大好きなんである。
ピリッ!くらいでは、
「まだまだじゃのう・・・・・。」と、うそぶくんである。
拙者とて武士のはしくれ
稲妻が走るくらいにならないと・・・・。
まさに、刀剣のような青胡椒を抜く「秘剣、鷹の爪」
まあ、私もいつのまにか大人の仲間入りをしたということであろうか。
やがて胡椒の白い花が咲く頃、ソーメンが益々旨くなっていく。
8月の初めには、くだんの秘剣鷹の爪を収穫できる皮算用なのだが、
果たして、今年の刀剣は周りを震わせるほどに辛いのだろうか。
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