『ナージャの村』 ~故郷の大地に生きる

2011-03-19 23:58:00 | 映画&ドラマ


当時8歳だったナージャ。あれから15年、元気に暮らしているだろうか?


 福島原発事故の被災者や、史上最悪の事態を引き起こさないために文字どおり決死の作業に従事している人々とは程遠い場所にいる自分が、これから先どのような心構えで生きていこうかと考えたとき、1997年に製作されたドキュメンタリー映画『ナージャの村』を真っ先に思い出しました。本当は今日、あの桐生が丘動物園&遊園地が登場する『世界のどこにでもある、場所』と『冷たい熱帯魚』を観ようかと思っていたのですが、長いようであっという間だった一週間の疲れを取ることにして、夕食後に『ナージャの村』のDVDを棚から取り出しました。
(この映画ソフトは地震のときに落下しなかった)

 ナージャの暮らすベラルーシ共和国ドゥヂチ村は、今のところ史上最悪の原発事故を引き起こしたウクライナ共和国のチェルノブイリから170kmほど北に位置していて、人々は春に種を撒き、秋の収穫で厳しい冬を乗り越え、また春を迎える・・・という具合に、贅沢とは無縁であるけれど豊穣な大地の恵みを受けながら、美しい自然と共に暮らしてきました。
 『ナージャの村』は、原発事故で汚染され政府からの立ち退き要請により地図から消えてしまったドゥヂチ村で、退去せずに事故前と同じように暮らしている6家族の一年を静かに捉えたドキュメンタリー映画です。監督は、同名の写真集を出した写真家の本橋成一さんで、同じテーマで『アレクセイと泉』(02)も撮っています。
 立ち入り禁止のゲートと高濃度放射能汚染の標識がなければ、汚染されていることが信じられません。咲き乱れるリンゴの花に、音楽のような鳥の声。山ほどのジャガイモが収穫でき、良質な蜂蜜も取れる豊かな自然に恵まれ、小川では魚釣りを、森ではきのこ狩りを楽しみ、毎日ミルクをくれる可愛いヤギや、丸々太った豚に、声だけ登場する鶏と、農具を曳いてくれる馬や、人々の周りを駆け回る犬に、餌をねだって甘える猫がいて・・・。台所に並べられたピクルスの瓶詰め、庭先で仕込む自家製ウォッカ、疲れを取ってくれる週末のサウナ小屋・・・これ以上何がいるのでしょう? 朝霧にかすむ森、凍った川、夕日に染まる原野。ドゥヂチ村の美しさといったら、まるでユートピアです。
 この映画には、耳に馴染んでしまったシーベルトという単語は一度も出てこないし、こうすると放射性物質から身を守れるといったうんちくもありません。2011年の現在、23歳になるナージャが映画と同じように笑顔で暮らせているかどうかは不明です。ナージャたちは引っ越して、週末だけ父親のいる村に帰るようになったけれど、大量の放射性物質を体内に取り込んでしまった筈です。それでも私は、彼らになぜ逃げなかったの?と言うつもりはないし、自分もまた、ナージャの村ほど美しくはないけれど、この町で今までと同じように生きていこうと思いました。鎌仲ひとみさんの『ヒバクシャ ~世界の終わりに』(03)と共に、今こそ見ておくべき作品かもしれません。

【おまけ】
 単なる天下り団体としか思えない保安院の評価(という言い方は凄く不快ですが)「5」はどう考えても甘く(東海村で起きた事故が「5」でしょう)、初動のまずさから事態をここまで悪化させた上に「屋内退避」という言葉で住民を見殺しにした政府を許すことはできません。「国民の生活を守る」気持ちが全くないこの政権には、有害な放射能と共に一秒でも早く消えて欲しいと思います。
 けれども、極端なことをいえば、今回の事故で「被爆」しなければ、自分は広島&長崎の人々が経験した苦しみをほんの少しでも知ることができなかっただろうし、それでも不屈の精神で復興を遂げた彼らのことを思えば、「(東京にいる我々が)この程度の汚染でガタガタ騒ぐな」と勇気が湧いてきます。
 チェルノブイリ事故では、広島&長崎型原爆400発分の放射性物質が拡散したと言われています(8000km離れた日本にまで飛んできました)。それでも、20世紀に行われた原水爆実験によって放出された放射能の100分の1~1000分の1の値に過ぎず、事故から20年以上経った今(原子炉を埋めた石棺が老朽化して新たな汚染が始まっていますが)、汚染区域からニンゲンが消えたおかげで自然が回復し(もちろん汚染された自然なので、動植物は無用のリスクを背負わされている)、退避先に馴染めず故郷に戻ったり、戦争や生活苦から逃れようと汚染地域に安住の地を求める人々が現れる一方で、立ち入り禁止ゾーンの観光ツアーが人気を呼んで汚染区域が観光地化するなど、ナージャたちとは違う意味で放射能と暮らす人々も現れています。
 いずれにしても、1万発を超える核弾頭と500基を超える原発が地球上にある限り放射能汚染の恐怖から逃れるすべはないし、危険を知らされずに多くの人がアスベストを吸いこんだように、今回の事故がなくても我々はすでに被爆していたかもしれません。つい先日、胸部X線と腹部X線検査を受けたことだし・・・(妊婦と子供を除いて)特に私のような一人者は、覚悟を決めましょう!