『Les Vampires』 ~映画の原点のひとつ 

2011-03-10 11:01:20 | 恋する女優編



 ダイアナ・リグの記事を書いていたら彼女に会いたくなってしまい、夕食後に『女王陛下の007』のDVDを棚から取り出しました。実に20年ぶりの再会です。
 それにしてもこの映画、こんなにヘンなお話だったんだっけ? 完全に忘れていました。あれ、テリー・サヴァラスが出ている!
 『女王陛下の007』はニワトリさんが(あらすじを忘れていたくせに)一番好きな「007」でもあり、後ほど解説するつもりですが、この映画の彼女(ダイアナ・リグ)=トレイシー(とボンドが呼ぶ。正式名はテレサ)を見ながら、→『アベンジャーズ』のエマ・ピール→(黒のボディースーツ)→イルマ・ヴェップと、連想が広がったところで、はたと思い当たりました。ところで、あの映画の題名は『イルマ・ヴェップ』だったっけ?

 結論から言うと、違いました。訂正します。イルマ・ヴェップは映画に登場する犯罪組織に属す女盗賊の名前でした。本当の題名は『Les Vampires(吸血ギャング団)』。1915~16年にフランスで製作された全10話の連続活劇で、ベルエポック(1910年代)のパリを舞台に、「レ・ヴァンピーリ(吸血鬼たち)」と名乗る犯罪組織と、それを白日の下に知らしめようと追跡する新聞記者フィリップ・グラントとの戦いを一話完結方式で綴っていきます(監督はルイ・フイヤード)。
 「吸血鬼」の首領は怪人二十面相みたいな変装の名人で、部下の一人に普段はキャバレーの歌手をしているイルマ・ヴェップがいます。写真のミュジドラという女優がイルマ・ヴェップを演じました。盗みを働くときの、体の線がはっきり出る黒のボディスーツ(淀川さんは「肉襦袢」と呼んだ)が好評を博し絶大な人気を呼んだため、フィリップと「吸血鬼」と催眠術師のモレノが率いるもう一つの犯罪組織との三つ巴の複雑な争いから、(今で言えばスピンオフする形で)イルマ・ヴェップ中心の物語へとシフトしていきました。
 ニワトリさんは米国から発売されていた『Les Vampirires』の完全版DVDをいち早く手にしていて、全話見ていたのですが、十年前ぐらいのことなので?きれいさっぱり忘れていた・・・というわけ。

 そもそも、なぜミジュドラさんに興味を持ったのかというと、淀川長治&山田宏一&蓮實重彦の三人による『映画千一夜』という分厚い本がありまして、映画秘宝系を除く(特に70年代の映画が毛嫌いされていた)全ての時代の映画が、それこそ千本以上紹介されていたのですが、サイレント時代のパール・ホワイト主演の連続活劇や30年代のハリウッド映画『影なき男』シリーズの話になったとき、淀川さんが「日本ではあまり当たらなかったけれど、フランスの『ドラルー』(当時の邦題。捜査員の一人の名を題名にした)は、やはりアメリカ映画と違って生意気でエロチックだと思った。子供ながらね。あ、おばちゃん、全部裸だと。おませだったね」と発言していたからです。スチール写真を見ているだけで、ああ~見たいなあと思ったのですが、当然ながら幻の映画でした。

 1997年に、フランス人のオリヴィエ・アサイヤスが当時妻だったマギー・チャンを主演に『イルマ・ヴェップ』という映画を撮り、マギー・チャンのファンだったニワトリさんは、この映画の中で本物のミュジュドラに会うことができました。『イルマ・ヴェップ』は、ジャンルとしては『アメリカの夜』などと同じ「映画づくりの映画」なのですが、あまりに観念的過ぎました(彼の映画は全部そうだけど)。マギー・チャンに肉襦袢を着せてパリの屋根を歩かせたかっただけではないか?と疑ったものです。監督の趣味とニワトリさんの興味が一致したという点では文句のつけようがなく、マギー・チャン+ミュジュドラと、一粒で二度おいしい映画ではありました。

 『Les Vampires』の完全版(現在は国内盤DVDも発売されている)を手に入れ鑑賞したのは今から9年ほど前でしょうか? 今こうして『映画千一夜』を手に取ると、隔世の感がありますね~。
 映画がビデオになった頃は、特に「絵」の再現性の低さから「テレビでしか見られない映画はともかく、ビデオで見る映画は映画のまがいものに過ぎない」と否定していたのですが、DVD時代になると手間隙(&お金)かければ家庭での映画再生が可能になり、インターネットを使って世界中から安値で購入した映画ソフトを、(人によっては)映画館を超えるクオリティで、家庭劇場のスクリーンに上映できるようになりました。
 そこまでお金をかけなくても、有料放送などの媒体を上手く使えば、普段は見ることのできないマイナーな映画を山ほど見られます。大画面テレビもどんどん安くなっているし。こんな時代がよもや訪れるとはねえ・・・。
 淀川さんの語りでしか「見る」ことのできなかった映画を全て見ることができる今の時代は、ニワトリさんのような映画フリークにとって「夢」のように幸福な時代ではあるのですが、「淀川さんが語ってくれた映画の方が実際の映画より面白かった」作品が結構あることから、映画の語り部としての淀川さんの凄さを今一度知ることにもなりました。
 映画を正確に記憶するよりも映画を自分の頭の中で膨らませること・・・「記憶違い」も映画を映画たらしめる映画の一部なのだ、と改めて思った次第です。

話が飛び飛びになりましたが、『007シリーズ』や攻守変わるけれど『アベンジャーズ』や『チャーリーズ・エンジェル』などのルーツも『Le Vampires』あたりにありそうです。『Les Vampires』にはアナグラムの遊びも入っていて、『Vampire』のスペルを並べ替えると『Irma Vep』になります。

『Les Vampire(「レ・ヴァンピーリ」「吸血ギャング団」「ドラルー」)』(トータル399分)
第一話『首なし死体』&第二話『殺しの指輪』。第三話『赤い暗号文』。第四話『幽霊』。第五話『必死の逃亡』。第六話『幻惑する眼』。第七話『サナタス』。第八話『稲妻の主』。第九話『毒の人』。第十話『血に染まった結婚』。ミュジュドラ扮するイルマ・ヴェップは第三話から登場します。第一次大戦中のパリで製作され、1917年に日本でも公開されました。


こちらは『イルマ・ヴェップ』のマギー・チャン