Enoの音楽日記

オペラ、コンサートを中心に、日々の感想を記します。

河村尚子「シューベルト プロジェクト」第1夜

2022年03月25日 | 音楽
 わたしの好きなピアニスト・河村尚子が、シューベルトの最後の3つのソナタを中心にした演奏会シリーズ「シューベルト プロジェクト」(全2回)を始めた。昨夜は第1回。第2回は9月13日に開かれる。

 1曲目は「即興曲作品142」D935から第3番。だれでも馴染みのある曲でプロジェクトを開始しようということか。聴衆の緊張感をとき、リラックスさせるためのチャイムのように聴こえた。

 2曲目はピアノ・ソナタ第18番「幻想」。最後の3つのソナタ(第19番、第20番そして第21番)がシューベルトの亡くなる年に書かれたのにたいして、第18番はその2年前に書かれた。最後の3つのソナタの陰に隠れて、比較的地味な存在になりがちだが、わたしは当夜の演奏の中ではもっともおもしろかった。

 第1楽章モルト・モデラート・エ・カンタービレの、その指示通りの音楽が流れはじめると、日常の時間感覚とはまるで異なる、ゆったりした時間が流れた。その中に小さな陰影が浮き沈みする。だが、それはまだ控えめだ。第2楽章のアンダンテでは、ときおり緊張が高まる。その緊張はベートーヴェン的だ。緊張がゆるむと、シューベルト的な甘美な旋律が現れる。ベートーヴェン的な音楽とシューベルト的な音楽の交錯。

 休憩後、3曲目は「3つの小品」D946から第1番。切迫感のある音楽だ。アタッカで4曲目のピアノ・ソナタ第19番ハ短調に続いた。「3つの小品」第1番からの流れが自然だ。しかも第19番は4つの楽章のすべてがアタッカで演奏されたので、「3つの小品」第1番をふくむ全体がひとつの塊のように感じられた。

 第19番の演奏もよかったが、いまひとつ感銘を受けなかったのはなぜだろう。堀朋平氏のプログラムノーツに「ベートーヴェンを忠実に追いかけながら、まるで違う風景にたどり着いてしまった……このハ短調ソナタはそんな作品である」というくだりがある。ベートーヴェン的な要素を多分にもつ曲だが、河村尚子の演奏はそのような要素に感応したのか、がっしりと構成されていた。半面そこからはみ出るシューベルト的な要素といったらよいか、抒情的な歌にのめりこむ危うさが希薄だった。バランスを崩しそうな危うさこそがシューベルトのシューベルトたる所以だと思うが、そこは健全に保たれていた。

 アンコールが3曲演奏された。「即興曲」D935から第2番、リスト編曲の「糸をつむぐグレートヒェン」そしてバッハ(ペトリ編曲)の「羊は安らかに草を食み」。それらの3曲は聴衆を徐々にシューベルトの世界から日常の世界に解放するようだった。
(2022.3.24.紀尾井ホール)
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