Enoの音楽日記

オペラ、コンサートを中心に、日々の感想を記します。

セザンヌ展

2012年05月30日 | 美術
 先週のことになるが――、かねてから行きたいと思っていたセザンヌ展にやっと行けた。

 金曜日の夜間開館。会場に着いたのは6時半だった。意外に人が多かった。セザンヌ人気の高さだろう。もうひとつは、会期末が近づいてきたせいでもあるだろう。人の肩越しにざっと見て回って、これはと思う作品には、空いたころを見計らって戻った。

 「100%セザンヌ」の謳い文句のとおり、88点すべてがセザンヌ。なんとも贅沢な展覧会だ。普通の展覧会に行って2~3点のセザンヌに惹かれる、というのとはわけがちがう。逆にこれだけ揃うと、そのなかの優劣に注意が向いてしまう。これもまた贅沢なことだ。

 飛びぬけて傑作だったのは、チラシ↑にも使われている「りんごとナプキン」(オルセー美術館)。セザンヌの静物画のなかでも傑作中の傑作だ。わたしが拙い言葉で説明するまでもないが、バランスとアンバランスの微妙な均衡、堅固な構成、色彩の調和といった点で圧倒的だ。(※)

 もっともこの展覧会で見るべきものは、このような傑作だけではなく、普段はあまり接する機会のない作品群だ。人それぞれの視点で興味をひかれる作品があると思う。わたしは、セザンヌの父が購入したシャス・ド・ブッフォンの邸宅の壁面のための「四季」の連作に惹かれた。向かって右から「秋」、「冬」、「夏」、「春」。これらはまったくセザンヌらしくない。若いころはこういう絵を描いていたのか、という驚きとともに、透明な空気感がなんとも魅力だった。

 もう一点は「庭師ヴァリエ」(テート・ギャラリー)。これは最晩年の作品。画集で見た記憶があるが、実物を見るのは初めてだ。油彩だが、水彩のように見える。美しい作品だ。絶筆なのかどうかは諸説あるそうだが、白鳥の歌という感じがする。

 せっかくの展覧会だが、文句をつけたいことがあった。第2章「風景」の壁面が濃い緑だったことだ。サント=ヴィクトワール山をはじめ風景画が並ぶこのセクションは、セザンヌの緑があふれている。ところが壁面も緑だと――しかも人工的な濃い緑だ――、セザンヌの緑を干渉する。結果、妙に落ち着かない気分になった。

 出口のところには、セザンヌのアトリエが再現されていた。木の机にのったテーブルクロスとリンゴ。わたしにはとてもセザンヌの絵のようには見えなかった。我が身の凡才に苦笑した。
(2012.5.25.国立新美術館)
(※)ここで触れた作品は、すべてホームページで見ることができます。
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吉田秀和様へ

2012年05月27日 | 音楽
 吉田秀和様

 こちらは毎日よい天気です。昨日、今日の週末もよく晴れ、気持のよい風が吹いています。まさに初夏ですね。

 昼食に残り物のカレーライスを食べながら、ラジオを聞いていたら、吉田様がお亡くなりになったことを知りました。慌ててインターネットを見てみました。22日の夜だったのですね。ご自宅で亡くなったとのこと。よかったと思いました。病院のベッドでは吉田様らしくない気がします。

 お世話になりました。吉田様はわたしのことなどご存じありませんが、吉田様の著作はわたしが生きる指針でした。音楽のことはもちろん、文学も美術も、社会のあり方も、そして人生も。吉田様にどれだけ多くのことを学んだか、測り知れません。吉田様がいなければ、わたしはちがった人間になっていたことでしょう。

 笑わないで聞いていただけるなら――、吉田様はわたしのアイドルでした。どれだけ憧れたことでしょう。吉田様のような文章が書けるようになりたいと、どれだけ思ったことでしょう(笑)。いや、これは失言です。できるわけがありません。そう思ったのは大学生のころです。それから約40年。とうの昔に身の程を弁えました。

 大学生のころ、吉田様の文章はどれだけ新鮮に映ったことでしょう。先輩(もしくは同輩)の世代――小林秀雄、河上徹太郎、中村光夫、福田恆存といった個性派ぞろいの世代――にたいして、吉田様の文章がどれほどわかりやすく感じられたことか。吉田様はわたしの親よりも少し上ですが、世代のちがいを意識することはありませんでした。わたしにとっては、同時代の感性を示してくれるかたでした。

 なんだか去年から今年にかけて多くのかたが亡くなっていますね。最近では畑中良輔様が亡くなりました。けれども吉田様が亡くなられるとは、思ってもいませんでした。100歳をこえるのが当然のような気がしていました。

 今日は午後からCDでも聴こうかと思っていましたが、気が抜けてしまいました。さきほどから写真をあれこれ見ています。2008年に鎌倉文学館でひらかれた吉田秀和展「音楽を言葉に」で買い求めたリーフレットです。もうお馴染みの写真ですが、京都で結婚式のあとのバルバラ夫人との写真(1964年)。そしてこれは初めて拝見しましたが、長野県大町市でバルバラ夫人と桜を見上げている写真(2001年)。今頃はもうバルバラ夫人と再会されていることでしょうね。
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細川俊夫の音楽

2012年05月25日 | 音楽
 コンポージアム2012「細川俊夫の音楽」を聴いた。

 1曲目は笙の独奏曲「光に満ちた息のように」(2002)。独奏は宮田まゆみ。演奏時間は約6分だが、そういうデジタルな時間では測れない悠久の感覚があった。アンティークなオルガンのような音。同時に複数の音がでる不思議。

 2曲目はオーケストラ曲「夢を織る」(2010)。自身の見た夢に由来する曲。母の胎内にいて、羊水のなかで揺れ、やがて激しい苦痛をともなって生まれでる――その過程を描いた曲だ。サイモン・ラトル指揮ベルリン・フィル、シュテファン・ドールのホルン独奏によって初演された「開花の時」と似た発想だ。

 母の胎内にいて――などといわれると、母胎回帰の願望を感じるが、曲そのものは、生まれでるときの苦痛の表現に重点が置かれている。デジタル的には割り切れない生理的な感覚だ。「開花の時」と合わせて、作曲者のパレットがまちがいなく増えたことが感じられる曲だ。演奏は準・メルクル指揮のN響。気合の入った演奏だが、「開花の時」のベルリン・フィルにくらべると、繊細さの点で一歩譲る。

 休憩をはさんで3曲目は笙の独奏曲「さくら」(2008)。ハーモニーの部分に「さくらさくら」のメロディーが埋め込まれている曲。美しい曲だ。笙の音に耳を澄ましていると、こちらの耳も澄んでくる気がする。

 4曲目はオラトリオ「星のない夜」(2010)。季節の循環のなかに1945年2月のドレスデン爆撃と同年8月の広島への原爆投下の悲劇がはさみ込まれる曲。こんなにアクチュアルな表出力をもつ作曲家だったのかと、認識を新たにさせられる曲だ。

 もっともそれは勉強不足のせいでもあるだろう。前作のオラトリオ「ヒロシマ・声なき声」を聴いていれば、とっくに認識していたはずのことだ。その「ヒロシマ・声なき声」は今年10月にカンブルラン指揮の読響によって演奏される。今年は細川俊夫のアクチュアルな面を認識する年になりそうだ。

 ソプラノ独唱は半田美和子。第8楽章「天使の歌」の激しい表現力に圧倒された。こんなに激しさを秘めた歌手だったのかと驚いた。メゾソプラノ独唱は藤村実穂子。合唱は東京音楽大学合唱団。そのメンバー(男女一人ずつ)が第3楽章「ドレスデンの墓標」で爆撃に遭った子どもたちの証言を朗読する。これが日本語だった。やはりドイツ語でないと――。
(2012.5.24.東京オペラシティ)
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アルファとオメガ

2012年05月24日 | 音楽
 ダン・エッティンガー指揮の東京フィルがイスラエルの現代オペラ「アルファとオメガ」を演奏会形式で上演した。作曲はギル・ショハット(1973~)。初演は2000年。指揮はガリー・ベルティーニ、演出はデイヴィッド・オールデンだったというから、力の入ったプロダクションだったことがわかる。

 初演時の記録映像が東京フィルのホームページにアップされたそうだが、期間限定だったため、残念ながら見逃した。それを見ていたらまたちがったのかもしれない。まったく未知の作曲家の、しかもオペラの音楽を、舞台なしの演奏会形式で聴いても、なにほどのことがわかったか、心許ない。

 けれどもざっとブログを拝見したら、あまり話題になっていないので、このまま埋もれてしまうのも可哀そうだと思い、あえて感想を記すことにした。

 本作は人間の獣性にかんする苦味のあるオペラだ。人間は有史以来、その獣性、醜さ、そして不完全さにおいて、あまり変わっていないのかもしれない。たしかに科学は進歩した。だが、人間の本質は変わっていないので、社会は歪んだものになり、わたしたちは幸せになっていない――そのようなことを考えさせるオペラだ。

 音楽はむしろ保守的だった。幕開きではラヴェルの「ダフニスとクロエ」の、とくに「夜明け」の部分を連想した。甘くて、ロマンティックな音楽だ。冗長に感じたときもあったが、それはこちらの体調がよくなかった(かなり疲れていた)せいかもしれない。

 演奏はよかった。オーケストラがよく歌っていた。むしろイスラエルからきた3人の独唱陣(とくにソプラノ)が、オーケストラに埋もれがちだった。ときどきソプラノのメロディー・ラインが聴こえなくなることがあった。弦は14型。劇場のピットでもっと編成を絞って演奏すれば、こういうことはなくなると思う。

 合唱は新国立劇場合唱団。もちろんピックアップ・メンバーだが、ヘブライ語(本作はヘブライ語で書かれている)が、それらしく感じられた。この上演では何箇所かカットされていたが、カットされた個所はおもに合唱の場面なので、もしかすると合唱の負担を軽減したのかもしれない。

 本作はムンクの連作版画「アルファとオメガ」に基づいている。いかにもムンクらしい表現主義的かつエロティックな作品群だ。国立西洋美術館に収蔵されていて、ホームページ上のデータベースで見ることができる。
(2012.5.23.サントリーホール)
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広上淳一/N響

2012年05月20日 | 音楽
 広上淳一/N響の定期。広上さんも数々の修羅場(?)をくぐって、今や百戦錬磨のつわものになった。N響の定期を振っても堂々としたものだ。プログラムにも主張があって個性的だ。

 1曲目は武満徹の「フロム・ミー・フローズ・ホワット・ユー・コール・タイム」。武満徹の晩年の作品だ。5人の打楽器奏者のための協奏曲。昨年の佐渡裕のベルリン・フィル・デビューで取り上げられた。CDが出ているので聴いてみた。カール・セント・クレア指揮パシフィック交響楽団、打楽器アンサンブル「ネクサス」の演奏だ。これはすばらしいと思った。約30分の比較的長い曲だが、まったく飽きさせない。武満徹の、静謐ななかの雄弁さに舌を巻く曲だ。

 実際に聴いてみて、CDの印象とは多少ちがう点もあった。ひとつはオーケストラのテクスチュアが薄いと感じたことだ。CDでは感じなかった。これはNHKホールの特性からくるのかもしれない。この作品が初演されたカーネギーホールではもう少しちがう鳴り方がしたのではないだろうか。

 ポジティヴな面では、打楽器奏者の掛け合い(とくに終盤の第2奏者と第3奏者の掛け合い)が、気迫のこもったものだったことだ。ここはカデンツァに相当する部分だが、譜面はどの程度書かれているのだろう、逆に即興的な要素はどの程度あるのだろう、と思った。

 5人の打楽器奏者は、3人がN響、1人が読響、1人がシエナ・ウィンド・オーケストラという構成。繊細さを失わない演奏で、なんの文句もない。

 休憩をはさんで、2曲目はバーバーの「弦楽のためのアダージョ」。この曲を聴くのは何年ぶりだろうか。やはり名曲だと思った。演奏もすばらしかった。16型の大編成だが、ピンと張りつめた糸のような緊張感が保たれていた。クライマックスに向けての感情の高まりの部分は、指揮者の棒のもとに一体となった演奏だった。

 3曲目はバーンスタインの交響曲第1番「エレミア」。バーンスタイン24歳のときの作曲コンクール応募作(ただし落選!)。若書きとはいうものの、その後のバーンスタインの軌跡を考えると、そこにこめられた意欲に惹かれる曲だ。演奏も立派だった。きちんと構築された格調高い演奏だった。気合が入っていた。メゾ・ソプラノ独唱はラヘル・フレンケル。イスラエルの若手だそうだ。イスラエルの人々にとって大事であろうこの曲を、心をこめて歌っていた。
(2012.5.19.NHKホール)
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ラザレフ/日本フィル

2012年05月19日 | 音楽
 ラザレフ/日本フィルの定期。「ラザレフが刻むロシアの魂」のラフマニノフ・シリーズ3回目だ。曲目はピアノ協奏曲第3番。ピアノ独奏は上原彩子さんだった。

 第1楽章の出だしは、微かな音で、頼りなげに始まったが、もちろんこれは上原さんの解釈だ。展開部が終わって再現部へ入る前の長大なカデンツァも、ことさら激情的に表現するのではなく、むしろ淡々と演奏された。だが、音にこめられた集中力は、やはりたいしたものだった。

 第3楽章に入ると、上原さんらしさが全開になった。音楽への没入、歯切れのよいリズム、ノリのよさという要素だ。世の中には優れたピアニストは数多くいるし、この曲をレパートーにしている人も多いが、上原さんの音楽への没入は並みではない。一流とはこういうことかもしれない。

 オーケストラもよかった。いつものことだが、ラザレフは協奏曲がうまい。音楽の区切りがはっきりしていて、呼吸感があるからだろう。ラザレフがバックをつけると、ソリストは安心して、伸び伸びと演奏しているように感じられる。ロシア物だけではない。たとえば3月の横浜定期で聴いたブラームスのピアノ協奏曲第1番(ピアノは河村尚子)もよかった。

 今回はラフマニノフ・シリーズの3回目。このように継続して取り組んでくれると、オーケストラも聴衆もその作曲家と真っ向から向き合うことになる。そのメリットは大きい。単発でこの曲を演奏すると「名曲コンサート」になるおそれがある。継続して取り組むと、もっと幅広い文脈のなかで捉えられる。

 プログラム後半はチャイコフスキーの交響曲第3番「ポーランド」。音楽プロデューサーの平井洋さんがブログ「平井洋の音楽旅」で、「ちょっと楽しみ。(中略)このチャイコの3番は彼に合っていそうな気がする」と書いておられた(4月9日)。まさにそうだった。その説明は難しいが――。

 ともかくこれは目的意識のはっきりした演奏だった。長大な曲だが、アンサンブルにゆるみはなかった。ラザレフという大黒柱に支えられて、オーケストラという家の何本もの梁が、ゆるみなく組み立てられていく様子を見るようだった。

 3番以外にラザレフに合っていそうな曲はなんだろう、と考えた。チャイコフスキーは全部合っているといえばそれまでだが、そのなかでも3番、そしてそれと同クラスとなると、案外「マンフレッド交響曲」あたりではないだろうか。
(2012.5.18.サントリーホール)
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飯守泰次郎/シティ・フィル

2012年05月17日 | 音楽
 飯守泰次郎さんが東京シティ・フィルに戻ってきた。といっても、常任指揮者を退いてからまだ1か月しかたっていない。戻ってきたという感じはなかった。それは飯守さんご自身もそうかもしれない。プレトークをする姿や口調は、常任指揮者のころと少しも変わっていなかった。

 1曲目はモーツァルトのヴァイオリンとヴィオラのための協奏交響曲。弦の編成を絞って(第1ヴァイオリンは10人だったと思う)、地味な音色ながら、懐かしい音がした。リズムに弾みがあって、好調だと思った。ヴァイオリンはジェニファー・ギルバート。ヴィオラはハーヴィー・デ・スーザ。アットホームな演奏だった。

 だが、率直にいうと、ジェニファー・ギルバートの演奏には疑問をもった。音楽の輪郭が整う前に、上滑りする傾向があると感じた。以前に都響と共演したグラズノフの協奏曲のときもそう感じた。そのことを思い出した。フランスのリヨン管弦楽団のコンサートミストレスなので、指揮者がいて、オーケストラのなかで弾いているときはよいだろうが、ソリストとなると改善が必要だ。

 ハーヴィー・デ・スーザ(インド生まれだそうだ)はとくに問題なかった。そもそもこの曲はヴィオラ奏者には美味しい曲ではないだろうか。ヴァイオリンはむしろヴィオラの引き立て役に感じられる。そこにモーツァルトの奥深さがあると思う。

 2曲目はブルックナーの交響曲第4番「ロマンティック」(ハース版)。オーケストラの音に張りがあって、常任指揮者だったころを凌ぐ勢いだ。これほどモチヴェーションの高い音はめったに聴けるものではない。

 そしてなによりも、この演奏で感銘を受けたことは、主題と主題のあいだの経過句が――そういう経過句がブルックナーの場合には実に多い――、漫然と流されないで、意味深く演奏されたことだ。そこにこの曲の生命がある、といっている感じだった。

 その演奏から聴こえてきたものは、宇宙的な孤独だ。こういうと大袈裟だと思われるかもしれないが、そうとしか呼びようのないものだ。わたしたち一人ひとりは宇宙のなかの孤独な存在で、その孤独のなかにわたしたちの尊厳もある――、この演奏から感じられることはそういうことだった。

 この演奏のすべてを受けとめ、記憶しようと思った。だがその巨大さ、そして崇高さを前に、呆然とするだけだった。
(2012.5.16.東京オペラシティ)
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小泉和裕/都響

2012年05月15日 | 音楽
 小泉和裕さん指揮の都響の定期。1曲目はブラームスのピアノ協奏曲第1番。このところこの曲にひじょうに惹かれる自分を感じる。なぜだろう。ブラームスには珍しく、言いたいことがあり余って、曲の枠をはみ出しがちなところがある、そこに惹かれるのだ。若いころは鬱陶しかった。年齢とともに、そういう若さが羨ましくなった。

 ピアノ独奏はアンドレア・ルケシーニ。1965年イタリア生まれの中堅だ。拍子抜けするほど楽々と、肩の力を抜いて、明るい音色で弾く。ブラームスのこの曲でこういう演奏を聴くことは珍しい。第2番ならありそうだが。そういえば、ピアノ独奏が入る前のオーケストラの演奏も、シンフォニックではあるのだが、見通しのよさが保たれていた。

 このような演奏で聴くこの曲は、情熱があり余って、自分でも解決できないというふうではなくて、すっきりと、あるべきところに収まった音楽になった。だからひじょうに快い演奏だった。ゴツゴツした感じはなかった。だが途中から気持ちが離れた。単調に感じられた。

 アンコールにシューベルトの即興曲作品90-2が演奏された。どこまでも果てしなく連なる露の玉のように、三連符が滑らかに続く冒頭部分を聴いて、ショパンかと思った。もちろんシューベルトだった。けれどもシューベルトだと気付いても、シューベルトらしく感じなかった。シューベルトの素朴さとはまったく異なる地平に立つ演奏だった。

 振り返って、ブラームスの演奏もよくわかった。ブラームスも同じだった。シューベルトの場合は素朴さが聴こえてこなかったように、ブラームスの場合は若さゆえのぎこちなさが聴こえてこなかった。ひじょうに高度な技巧の持ち主であることはよくわかったが、その陰に隠れてしまうものがあった。

 後半はラヴェルの「ダフニスとクロエ」第1組曲と第2組曲だった。彫りの深い、シンフォニックな演奏だが、力任せに粗くやってしまう部分があった。それが意外だった。3月~4月にインバルとやって、今はその重しがはずれた反動だろうか。なにか緩みが感じられた。

 それにしてもこの曲は、第2組曲だけとか、全曲版ならともかく、第1組曲と第2組曲という形はいかにも中途半端だ。こうして演奏する必然性はあるのだろうか。

 個々のプレーヤーでは、東京シティ・フィルから移籍したオーボエの鷹栖美恵子さんが健闘していた。なによりだ。
(2012.5.14.サントリーホール)
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「不屈の民」変奏曲

2012年05月12日 | 音楽
 フレデリック・ジェフスキー(1938~)の「不屈の民」変奏曲というと、高橋悠治の名前が頭に浮かぶ。わたしだけではないだろう。それだけ分かちがたく高橋悠治と結び付いている曲だ。その曲を若い世代の(というか、中堅の)中川賢一さんが弾くコンサートがあった。

 場所は三軒茶屋(東京都世田谷区)のサロン・テッセラ。三軒茶屋に行くのは何年ぶりだろうか。駅前はすっかり再開発されて、お洒落な街になった。時間があったので、サロン・テッセラが入っているビル(サロン・テッセラは4階にある)のファミリーレストランに入った。お客さんの8割方は若い女性だ。これも場所柄だろう。ハンバーグ定食を注文した。店員から「ご飯を大盛りにすることもできます」といわれたが、雰囲気的に「大盛り」とはいえなかった。

 サロン・テッセラは70席のホールだ。「新しい耳」という音楽祭が開かれている。ピアニストの廻由美子さんがナビゲーターだ。今回が10回目。3つのコンサートが企画されている。昨日はその第1夜。ほぼ満席だった。

 前半は中川賢一さんによるアナリーゼ。これが面白かった。多少冗長になるかもしれないが、要点を。この曲はチリの革命歌「不屈の民」とその36の変奏からなっている。各変奏は6曲ごとにまとまっている。(1)普通の変奏、(2)リズミックな変奏、(3)メロディックな変奏、(4)対位法的な変奏、(5)和声的な変奏、(6)まとめ((1)~(5)まで全部出てくる)。このパターンが6回繰り返される。6×6=36。

 2回目の繰り返しは、リズミックな書法で書かれている。3回目の繰り返しは、メロディックな書法。4回目は対位法的な書法、5回目は和声的な書法。6回目は「まとめ」のまとめ(過去のすべての変奏が出てくる)。恐ろしいことには、36の変奏の後に、即興演奏が指示されている――。

 細かいことはバッサリ削ったが、こういう分析だった。後半はその通し演奏。巨大な曲だ。バッハのゴルトベルク変奏曲やベートーヴェンのディアベリ変奏曲も、当時の人々には巨大な曲だった。多分それと同じ感覚を味わったのだろう。

 即興演奏は、脳の血管が切れてしまうのではないかと心配になるほどの壮絶な演奏だった。体力と気力の限界までいった演奏だ。映画「シャイン」を思い出した。ラフマニノフのピアノ協奏曲第3番の演奏中に精神のバランスが崩れる場面だ。あのようなことが起きるのではないかと思った。
(2012.5.11.サロン・テッセラ)
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下野竜也/読響

2012年05月11日 | 音楽
 下野竜也/読響の「ドヴォルザーク交響曲シリーズ」完結編。地味な企画だが、よく続けてきたものだ。オーケストラ側の懐の深さだ。同時に、下野竜也さんの指揮に説得力があったからできたことでもある。今回の交響曲第2番も見事な演奏だった。

 演奏順とは逆だが、まずはその交響曲第2番から。全4楽章からなる堂々とした曲だ。第1番「ズロニツェの鐘」を書いた直後に書かれた。1865年、ドヴォルザーク24歳の年だ。「ズロニツェの鐘」もこのシリーズで演奏された。その記憶が鮮明だ。若さの気負いが感じられる曲だった。それに比べると、第2番は伸びやかな曲だ。たしかに満津岡信育(まつおか・のぶやす)氏のプログラムノーツにあるように、リストやワーグナーの影響があるだろうが、それは主に「和声の進行や主題の設定など」の面だ。曲から放射される情緒は、若さに相応しく清新だ。

 下野さんの指揮は、句読点のはっきりした、明晰な指揮だった。あるフレーズの頭の音をどう鳴らすか、どの音にピークをもっていくか、結尾の音をどう鳴らすか、そして新たなフレーズが入ってくるときの、その入り方をどうするか――そういった点に一切の曖昧さがない指揮だ。

 読響の演奏も見事だった。機能的な優秀さはいうに及ばず、音の瑞々しさが惚れ惚れするほどだ。今のこのオーケストラの美質が十分に表れた演奏だ。

 地味な企画だったが、ドヴォルザークの交響曲を全曲演奏した経験は、指揮者はもちろん、オーケストラにも大きな財産になったのではないかと思う。これによって、たとえば第9番「新世界より」の見えかたも、少し変わってくるのではないか。それは聴衆も同じだ。我が身をかえりみて、そう思う。

 下野さんは、デビュー当時はシューマンとヒンデミットを二本柱にし、さらに読響の正指揮者に就いてからはドヴォルザークを加えた。そのいずれにも成果を出している。そして今度はアリベルト・ライマンだ。期待が膨らむ。

 前半にはブラームスのヴァイオリン協奏曲が演奏された。独奏はハンガリーの若手クリストフ・バラーティ。リズムが粘らずに進む、サクサク系の奏者だ。楽器はストラディヴァリウス。細めの音だ。巨匠風にたっぷり鳴らずタイプではない。このようなタイプも嫌いではないが、音楽が充実してくるまでには、もう少し待たなければならないようだ。アンコールにエルンストの「シューベルトの《魔王》による大奇想曲」が演奏された。
(2012.5.10.サントリーホール)
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ラ・フォル・ジュルネ(2)

2012年05月06日 | 音楽
 その日、15:00からはヤーン=エイク・トゥルヴェ指揮、ヴォックス・クラマンティスのコンサートを聴いた。アルヴォ・ペルトの「カノン・ポカヤネン」が目玉だ。目玉も目玉、超目玉だ。ペルトの代表作の一つといってもよいのではないか。CDが出ているので、聴いたことはあるが、生で聴けるとは思ってもいなかった。スケジュール表でこの曲を見たときには、我が目を疑った。

 ヴォックス・クラマンティスの演奏は、完璧そのもの、驚異的だった。ア・カペラで歌われるその音程は揺るぎなく、ハーモニーは透明で、話し言葉のように変幻自在なリズムは正確だ。この日の演奏は、全体で約90分かかるこの大作の、半分ほどの抜粋だった。それでも、この曲の真髄に触れた、と思える手応えがあった。ペルトの静謐で、一見シンプルと思われるその音楽が、実は巧緻をきわめた技巧からなっていることが感じられた。

 ペルトの前に、クレークの「夜の典礼」とロシア正教のズナメニ聖歌が演奏された。キリルス・クレーク(1889ー1962)という作曲家は知らなかった。ペルトと同じくエストニアの作曲家だ。CDを調べたら、「レクイエム」が出ていた。さっそく取り寄せてみた。荘厳な宗教音楽というよりも、素朴な民族音楽のような温かさがある。フィンランドの民族音楽にも似た感触だ。「夜の典礼」も同様だった。

 18:15からは「ボリス・ゴドゥノフ宮廷の音楽」を聴いた。マリア・ケオハネのソプラノ独唱、リチェルカーレ・コンソートの演奏。ボリス・ゴドゥノフというと、ムソルグスキーのオペラを思い出すが、要するに実在の人物ボリス・ゴドゥノフの宮廷で演奏された音楽というわけだ。内容はイギリスのルネサンス音楽。いずれも小品だが、率直かつ簡明な愛の訴えに押された。

 19:30からは、ラフマニノフの「晩祷」を演奏したカペラ・サンクトペテルブルクの再登場で、スヴィリドフ、ガヴリーリンそしてロシア民謡のコンサート。「晩祷」では粗さを感じたが、今度は見違えるような一流のアンサンブルだった。ホールCだったので、その効果もあった。残響がないB7では苦しい。

 スヴィリドフ(1915ー1998)はショスタコーヴィチの高弟だ。ショスタコーヴィチの評伝を読むと、ところどころにその名が出てくる。ショスタコーヴィチを終生敬愛した。ショスタコーヴィチもこの弟子を信頼した。その作品には師譲りの明晰さが感じられた。ガヴリーリン(1939ー1999)はまったく未知の作曲家だ。面白かった。ロシア民謡の数々では、この合唱団のエンタテインメント性を楽しんだ。
(2012.5.4.東京国際フォーラムB5&よみうりホール&C)
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ラ・フォル・ジュルネ(1)

2012年05月05日 | 音楽
 ラ・フォル・ジュルネの2日目に出かけた。今年のテーマはサクル・リュス(聖なるロシア)。イラストにはロシアの作曲家たちが扇状に広がっている。その要にいるのがラフマニノフだ。向かって左にはチャイコフスキーとリムスキー=コルサコフ、右にはストラヴィンスキー、プロコフィエフそしてショスタコーヴィチ。

 実はラフマニノフが要にいることは意外だった。ロシア音楽といえばチャイコフスキーではないかと思っていた。プログラムを見てもラフマニノフが多い。しかもなかなかマニアックな曲が入っている。これは今の音楽シーンにおける微妙な位置関係の変化を表しているようで面白かった。

 まず聴きたいと思ったコンサートはラフマニノフの「晩祷」(※)だった。そのコンサートが2日目の12:45からあった。演奏はカペラ・サンクトペテルブルク、指揮はヴラディスラフ・チェルヌチェンコ。ロシアの合唱団による全曲演奏はめったにない機会ではないか。6月にスウェーデン放送合唱団が演奏するが、抜粋だ。

 演奏は、なるほどこれがロシアかと思った。最初はちょっと粗さを感じた。それはホールのせいかもしれなかった。ホールはB7。もともと展示場か会議場として使われるはずの部屋だ。まったく残響がない。ロシア正教の音楽にはもっとも不向きだ。でもさすがにプロだ。尻上がりにまとまってきて、力で押し切った。

 そういうホールだったが、メリットもあった。この曲の細かい動きが手に取るようにわかった。そこにこそラフマニノフが意匠を凝らしたのではないかと思った。残響の豊かなホールや聖堂では、全体の滔々としたハーモニーの流れに飲み込まれて、はっきり意識するのは難しいディテールだ。

 16:30からは一柳富美子氏の講演会「本当のラフマニノフ」があった。整理券は入手できなかったが、キャンセル待ちの列に並んだら、立ち見で入れてくれた。超満員。これもラフマニノフにたいする興味の高まりの現われだろうか。

 講演はひじょうに面白かった。ラフマニノフほど、誤った、一面的な、凝り固まった見方をされている人もいないのではないか。では、本当のラフマニノフとはどういう人だったか。ラフマニノフの音楽とはどういう音楽か――というのがその趣旨だ。

 もしも今ラフマニノフ・ルネサンスが始まろうとしているなら、そこには意外に豊饒な世界が待っている可能性がある気がする。
(2012.5.4.東京国際フォーラムB7&G610)

(※)「晩祷」の「祷」は、正しい文字が変換できないため、代用です。
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ベートーヴェン:ピアノ協奏曲第1番~第3番

2012年05月01日 | 音楽
 ゴールデンウィークの前半はあっという間に終わってしまった。真ん中に法事が入ったので、その前後も出かける気になれず、家でじっとしていた。家にいると結局はCDを聴いている。そのなかで面白かったCDがある。アルテュール・スホーンデルヴルトARTHUR SCHOONDERWOERDという人のフォルテピアノ独奏と指揮、アンサンブル・クリストフォリ演奏のベートーヴェンのピアノ協奏曲第1番~第3番だ。

 なんといってもオーケストラ編成がユニークだ。木管・金管は二管編成だが、弦楽器が基本的には各1人(ヴィオラは2人)。これでどういう音がするかというと、たとえば第1番の冒頭の、弦楽器による第一主題の提示が、室内楽的に聴こえる。木管・金管・ティンパニが入ってくると、堂々としたオーケストラの音になる。以降、どこをとっても、弦楽器の音を追っていると室内楽のように聴こえる。木管・金管・ティンパニを加えた総体として聴いていると、オーケストラの音と感じられる。

 ベートーヴェンはこれらの協奏曲をロブコヴィツ邸の広間(おそらくエロイカが初演された場所だろう)で試演した。そのときの編成がこうだったという。ベートーヴェンはなんの不足も感じなかった。大きなホールで弦楽器の数を倍にするときは、管楽器の数も倍にしたそうだ。

 軽いショックだったのは、CDの解説書で第2番の出版譜の表紙を見たときだ。そこにはこう書いてあった。「ピアノフォルテのための協奏曲。二つのヴァイオリン、ヴィオール、チェロとバス、フルート、2本のオーボエ、2本のホルン、2本のファゴットを添えて」。

 本数の指定がない楽器は、単数形で書かれている。ただしヴィオールはヴィオラの複数形と類推される。第一ヴァイオリンと第二ヴァイオリンは各1本、ヴィオラは複数(2本)、チェロとコントラバスは各1本というわけだ。

 この編成だと、弦楽器は今のような優位性を失い、管楽器(とくに木管)と同等になる。さらにいえば独奏楽器のフォルテピアノも、トゥッティの部分では通奏低音を担当するので、オーケストラの一員になる。今の、オーケストラと対峙するイメージとは、まったく異なる。これはコペルニクス的転回だ。

 当時は、フォルテピアノは聴衆側かオーケストラ側と向き合い、弦楽器はその周りに半円を描いて配置され、管楽器はその後方に同じく半円状に(ときにはひな壇を置いてその上に)配置されたそうだ。これも当時のオーケストラのありようを彷彿とさせる。
コメント (6)
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