Enoの音楽日記

オペラ、コンサートを中心に、日々の感想を記します。

下野竜也/都響

2022年10月01日 | 音楽
 今年は別宮貞雄(1922‐2012)の生誕100年、没後10年の記念年だ。そこで都響が定期演奏会でオール別宮貞雄プロを組んだ。曲目はヴァイオリン協奏曲(1969)、ヴィオラ協奏曲(1971)とチェロ協奏曲(1997/2001)。指揮は下野竜也。

 いまわたしは3曲を作曲順に並べたが、じつはプログラムはチェロ、ヴィオラ、ヴァイオリンの順に並べられた。作曲順をさかのぼる形だ。それが意外だった。なぜ作曲順とは逆の順序で演奏するのだろう。その答えは演奏会を聴くとよくわかった。チェロ協奏曲は他の2曲にくらべて音楽の密度が薄いのだ。チェロ協奏曲では演奏会が締まらない。一方、ヴィオラ協奏曲とヴァイオリン協奏曲は、作曲年代が近いせいか、ともに密度が濃いので、どちらが最後であっても構わないようだ。

 で、1曲目に演奏されたチェロ協奏曲だが、チェロ独奏は才能ある若手演奏家の岡本侑也が務めた。だが、さすがの岡本侑也をもってしても、この曲のどこをどうしたらよいのか、つかみかねたような演奏に聴こえた。それはオーケストラも同様で、なんとも所在無げな様子だった。

 2曲目のヴィオラ協奏曲では音楽の密度が一挙に高まった。わたしは当夜初めて音楽を聴く手応えを感じた。濃密な音楽のテクスチュアに時折東欧風の音調が混じる。小室敬幸氏のプログラムノート(いつもながらたいへん優れた解説だ)に「旋律やリズムについてはバルトークからの影響が大きい」と書かれているが、その部分だろう。

 ヴィオラ独奏はティモシー・リダウトTimothy Ridoutが務めた。1995年ロンドン生まれだ。外国人が別宮貞雄の曲を?と思わないでもなかったが、プロフィールをよく読むと、今井信子に師事したとある。今井信子はこの曲の初演者(放送初演と舞台初演の両方の初演者)なので、その師弟関係からくるのかもしれない。ともかく演奏はこの曲の細部まで完璧に弾きこなす見事なものだった。

 3曲目のヴァイオリン協奏曲では、ヴァイオリン独奏を南紫音が務めた。アグレッシブに攻める演奏でこれまた見事だった。南紫音の演奏はいままで何度か聴いたことがあるが、今度の演奏で決定的な印象を受けた。この曲は2楽章構成だが、両楽章をつなぐブリッジのような形で長大なカデンツァが入る。その演奏の濃さに思わず惹きこまれた。

 下野竜也指揮都響は、どの曲も出番が少ないので、手持無沙汰のように見えた。それは曲のためなので仕方ないのだが、聴くほうの側からいっても、オーケストラの演奏会としては多少物足りなさが残った。
(2022.9.30.東京文化会館)
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ヴァイグレ/読響

2022年09月26日 | 音楽
 ヴァイグレ指揮読響の日曜マチネーコンサート。1曲目はグリンカの「ルスランとリュドミラ」序曲。演奏会のオープニングによく演奏される曲だが、そんなときによく聴くパッと派手に盛り上げる演奏ではなくて(あるいは最短記録を競うような猛スピードの演奏ではなくて)、オペラが始まることを予感させる、いかにも序曲らしい演奏だ。ヴァイグレはやはりオペラ指揮者なのだと。

 2曲目はラフマニノフの「パガニーニの主題による狂詩曲」。ピアノ独奏はパヴェル・コレスニコフPavel Kolesnikov。未知のピアニストだ。プロフィールに生年の記載がなかったので、Wikipediaを見ると、1989年にロシアのノヴォシビルスクで生まれたそうだ。現在はロンドン在住とのこと。

 ステージマナーもどことなく内向的だが、演奏も派手なヴィルトゥオーゾ・タイプではなく、弱音にじっと耳を澄ませるようなところがある。その音がじつにみずみずしい。激しく打鍵する箇所もあるが、そんなときでも威圧感はなかった。

 アンコールが演奏された。孤独を見つめるような曲だ。だれの曲だろう。招聘元(?)のKAJIMOTOのツイッターによると、ルイ・クープランの「ボーアンの手書き譜からの舞曲集」よりサラバンド イ短調とのこと。ショパンのようでもあるが、ショパンではなさそうだし、と思っていた。クープランとは思い当たらなかった。

 ラフマニノフの「パガニーニの主題による狂詩曲」に戻るが、オーケストラの演奏にも惹かれた。目まぐるしく変わるオーケストラの動きが鮮明に聴こえた。実感的には、各楽員がなんとなく演奏しているのではなく、それぞれの役割を他のパートとの絡みで明確に意識して演奏しているように感じられた。加えてヴァイグレが各変奏曲を数曲ずつのまとまりで把握し、そのまとまりに流れをつけていることが感じられた。

 3曲目はリムスキー=コルサコフの「シェエラザード」。豪華絢爛たる絵巻物とかなんとか、そんなショーピースとしての演奏ではなく、筋の通ったドラマを追うような演奏だ。なるほどこれは名曲だと納得した。この曲でそんなことを思った経験はあまりない。ということは、巷間溢れる演奏は安易な演奏なのだろうか。

 コンサートマスターは林悠介が務めた。たとえば第4楽章冒頭のヴァイオリン・ソロが暗く曇った音色で、口籠るように演奏され、同楽章の最後のソロが晴れやかな音色で、のびのびと演奏されるなど、(その対比はだれもがやることだが、ヴァイグレのドラマトゥルギーと相俟って)説得力のあるソロを聴かせた。
(2022.9.25.東京芸術劇場)
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ヴァイグレ/読響

2022年09月21日 | 音楽
 ヴァイグレ指揮読響の定期演奏会。メインの曲目はブラームスの「ドイツ・レクイエム」だが、その前にダニエル・シュニーダーの「聖ヨハネの黙示録」が演奏された。

 ダニエル・シュニーダーDaniel Schnyder(1961‐)はチューリヒ生まれで、現在はニューヨークを拠点とする作曲家兼サクソフォン奏者だ。澤谷夏樹氏のプログラムノートによれば、「作品の幅は実に広い。室内楽からオペラまで300曲ほどが作品リストに並ぶ。なかには中国、アラブ、アフリカの民俗的な素材を用いたもの、バロック音楽やジャズを下敷きにしたものも」ある。

 「聖ヨハネの黙示録」は2000年にアメリカのミルウォーキー交響楽団の委嘱により作曲された。演奏時間約30分のオラトリオだ。黙示録というと、フランツ・シュミット(1874‐1939)の「七つの封印の書」を思い出すが、それとくらべると、シュニーダーのこの曲は、ストーリー展開がスピーディーで、音楽も聴きやすい。澤谷夏樹氏のプログラムノートにあるように、最後の救済の場面では「ルンバ調」の音楽になる。

 ソプラノ独唱とバリトン独唱、そして合唱が入る(「ドイツ・レクイエム」と同じ編成だ)。ソプラノはファン・スミSumi Hwang。スリムな体形で声もスリムだが、(とくに「ドイツ・レクイエム」で感じたのだが)高音が強くよく伸びる。バリトンは大西宇宙。立派な声だ。合唱は新国立劇場合唱団(合唱指揮は冨平恭平)。透明感のある合唱だ。演奏全体は、オーケストラともども、鮮明ですっきりした音像を結び、日本初演のこの曲の、わたしたち聴衆への理想的な紹介になったと思う。加えて、字幕がついたので、曲の理解に有効だった。

 次の「ドイツ・レクイエム」でも字幕がついた。そのお陰で、ブラームスが歌詞に合わせて音楽に陰影をつけていることや、細かく自然を描写していることがわかった。演奏はそれらを過剰にでもなく、また不足もなく、適度に、慎ましく表現していた。ニュアンス豊かで集中力のある演奏だ。羽毛のように柔らかい音から、ずっしりした重い音まで、多様な音が紡がれるが、その変転はスムースだ。たとえていえば、安定走行の高級車に乗っているような心地よさだ。

 ヴァイグレが読響の常任指揮者になってから3年半がたつ。だんだんヴァイグレ/読響の個性がはっきりしてきたと思う。すっきりした造形と柔らかいクッションのような響き。そして音楽的な内実に欠けない演奏。従来のドイツ系指揮者とは異なり、また現代の(互いにしのぎを削る)指揮者たちの中でもユニークな個性だ。そのようなヴァイグレ/読響が、声楽付きの大曲で本領を発揮することが、今度の「ドイツ・レクイエム」で証明されたと思う。今後の展開に期待したい。
(2022.9.20.サントリーホール)
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ショハキモフ/東響

2022年09月18日 | 音楽
 東京交響楽団の定期演奏会にアジス・ショハキモフAziz Shokhakimovという指揮者が初登場した。ウズベキスタン出身だ。プロフィールに年齢の記載はないが、動作が若々しいので、30代か40代だろう。現在フランスのストラスブール・フィルの音楽監督とテクフェン・フィル(どこのオーケストラだろう)の芸術監督を務めている。

 1曲目はドビュッシーの「管弦楽のための映像」から「イベリア」。第1曲の「通りから道から」でのアクセントの強い表現と第2曲の「夜の香り」での陶酔的な弦楽器の音色が印象的だ。全体的に個々のパートが明瞭に聴こえた。

 2曲目はアンリ・トマジ(1901‐1971)の「トランペット協奏曲」(1948)。トランペット独奏はティーネ・ティング・ヘルセット。ノルウェー出身の女性奏者だ。キラキラ光るドレスを身にまとって登場。ドレスの反射光がトランペットの反射光と一体となり、ステージの照度が一段と増すように感じられた。演奏も(その反射光と一体となって)トランペットの輝かしい音色を放射した。

 アンリ・トマジのこの曲はわたしも何度か聴いたことがあるが、ヘルセットの演奏を聴いて、なるほど(トランペットとオーケストラの)こういう照度の高い明るい音色の曲だったのかと腑に落ちる思いがした。

 ヘルセットのアンコールがあった。一転して翳りのある表情の、滑らかに歌うような曲だった。オーレ・ブルという人の「メランコリー」という曲だそうだ。アンリ・トマジの「トランペット協奏曲」の切れ味鋭い演奏とは対照的な演奏だった。

 3曲目はプロコフィエフの交響曲第5番。前半2曲の演奏でショハキモフという指揮者に好印象を持ったので、プロコフィエフのこの曲をどう振るかと注目したが、いまひとつ精彩に欠ける演奏だった。プロコフィエフはドビュッシーやトマジに引けを取らない音色の明るさを持っているはずだが、なぜかそれが出てこない。どこかくすんだ音色に終始した。

 いうまでもないが、この曲は静―動―静―動の4楽章構成をとっており、静の楽章は音色の層の重なりで聴かせ、動の楽章は畳みかけるリズムで聴かせるが、静の楽章の音色は照度が低く、また動の楽章では、リズムの躍動感はあるものの、やはり音色の点で十分には満足できず、そのためか、リズムの切れ味にも物足りなさを覚えた。

 全体の構築はしっかりしていたので、ショハキモフの手の内に入った曲のように思えた。初顔合わせのオーケストラなので、まだ呼吸が合っていなかったのだろうか。
(2022.9.17.サントリーホール)
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ファビオ・ルイージ/N響

2022年09月12日 | 音楽
 ファビオ・ルイージがN響の首席指揮者になって初めての定期演奏会。曲目はヴェルディの「レクイエム」。宗教曲ではあるが、実際には祝典的でオペラ的でもあるので、演奏が始まると、首席指揮者就任祝いの曲として違和感はなかった。

 わたしには約2年ぶりのNHKホールになるが、内装も音響もとくに変わっていなかった。あのデッドな音響はそのままだ。そこで聴くN響の音も変わらない。N響はこの約2年間、東京芸術劇場に会場を移したが、音響的には癖のある同劇場なので、最初はてこずった風もある。だが、さすがにN響だ、見る見るうちに同劇場を巧みに鳴らすようになった。ところがNHKホールに戻って、N響はふたたび同ホールを鳴らすことにてこずっているように見える。

 ファビオ・ルイージの指揮は、激情に身を任すのではなく、沈着に音楽を造形した。とくに第2部「怒りの日」の後半で、最後の「ラクリモーサ」にむけて徐々にテンポを落としていくあたりに、たいへんな凝縮力があった。全般的に首席指揮者就任のお祭り騒ぎにはせずに、じっくり音楽に向き合う点がルイージらしいところだ。

 先ほど触れたように、この曲はオペラ的といわれるが、その要因は4人の独唱者の歌唱パートにある(逆にいうと、合唱のパートは「怒りの日」を除いてオペラ的な要素はあまりない)ことがよくわかったのは、4人の独唱者が高水準だったからだろう。

 ソプラノのヒブラ・ゲルズマーワとメゾ・ソプラノのオレシア・ペトロヴァは、ともに声に伸びがあり、とくに第2部「怒りの日」のなかの「リコルダーレ」のような二重唱になると、その密度の濃さがオペラを聴いているようだった。もちろん二人が個々に歌っているときもよくて、とくにこの曲では、第6部の「ルクス・エテルナ」まではメゾ・ソプラノの比重が大きく、最後の第7部「リベラ・メ」ではソプラノが主役になるので、高度な二人の存在はきわめて大きかった。

 バスは大ベテランのヨン・グァンチョルだった。深々として、しかも滋味あふれる声だ。もちろんピークは越えているだろうが、またその声を聴けただけでも満足すべきだろう。テノールはルネ・バルベラという人で、若手の有望株らしいが、4人のなかでは印象が薄かった。

 合唱は新国立劇場合唱団(合唱指揮は冨平恭平)。第7部「リベラ・メ」の最後の部分が、リズムが浮き立つように歌われ、思わず目をみはった。その合唱はいまでも耳に残っている。団員は少しずつ間隔をあけて配置された。コロナのいまだ終息しないご時世での苦労をうかがわせた。
(2022.9.11.NHKホール)
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