Enoの音楽日記

オペラ、コンサートを中心に、日々の感想を記します。

飯守泰次郎/東京シティ・フィル

2021年01月30日 | 音楽
 飯守泰次郎が指揮した東京シティ・フィルの1月の定期。プログラムはモーツァルトのオペラ「劇場支配人」序曲、ショパンのピアノ協奏曲第1番(ピアノ独奏は亀井聖矢)そしてチャイコフスキーの交響曲第5番。名曲コンサートのようなプログラムだが、オーケストラ、ピアノともども、その演奏のすばらしさにより、特別な演奏会になった。

 その要因の第一は飯守泰次郎の指揮だ。とくにチャイコフスキーの交響曲第5番はいつまでも記憶に残りそうな名演になった。飯守泰次郎は1940年9月生まれ。いま80歳だが、音楽は衰えていない。第1楽章序奏の深々とした味わいから第4楽章コーダの輝かしい音色まで、全編にわたって張りのある音が鳴り続けた。しかもその音は力みのない音なので、聴いていて疲れない。そのような演奏を聴くと、指揮者とは一朝一夕になる職業ではないとつくづく思う。わたしはどちらかというと、ベテラン指揮者よりも若手の指揮者のほうが好きなのだが、昨夜の飯守泰次郎には脱帽だ。

 要因の第二は亀井聖矢のピアノだ。亀井聖矢は2001年生まれ。誕生月はわからないが、いま19歳か20歳だ。現在は桐朋の2年に在学中。その若さが信じられないくらいピアノの音が美しい。その美しさをどう形容したらいいのだろう。実感としてはクリスタルガラスの乱反射のような視覚的なイメージがあった。その音で柔軟に音楽を紡いでいく。オーケストラの海を自由自在に泳いでいるようだ。

 大変な才能だと思う。すでに日本音楽コンクールとピティナ・ピアノコンペティションで優勝しているが(日本音楽コンクールでは第1位、ピティナ・ピアノコンペティションでは特級グランプリ)、今後大きく羽ばたく人材であることはまちがいない。そのような人材をいま聴くことに、わたしたち聴衆の喜びがある。

 ちなみに東京シティ・フィルのホームページには亀井聖矢へのインタビューが載っているが、それを読むと、上記の2つのコンクールでは、オーケストラはともに東京シティ・フィルだったそうだ(曲目はともにサン=サーンスのピアノ協奏曲第5番)。そんな縁のある今回の定期登場だった。

 要因の第三は東京シティ・フィルのチーム力の向上だ。飯守泰次郎の長年の薫陶の賜物だろうが、同フィルの音楽にたいする情熱と真摯さに、現在の高関健によるレパートリーの拡大と譜読みの正確さが加わり、いまの同フィルは上げ潮に乗っている。それがチャイコフスキーの交響曲第5番にあらわれたようだ。高関健のツイッターによると、高関健は昨夜の演奏会を聴きにきたそうだ。オーケストラとともにいて、オーケストラを見守る。そんな常任指揮者のいるオーケストラは幸せだ。
(2021.1.29.サントリーホール)
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鈴木優人/N響

2021年01月28日 | 音楽
 もともとはトゥガン・ソヒエフが振るはずだったN響の定期だが、鈴木優人が(プログラムを変えずに)代役に立った。そのプログラムは、バッハの「ブランデンブルク協奏曲第1番」、ベートーヴェンの序曲「コリオラン」そしてブラームスの交響曲第1番というもの。個々の曲目はなんの変哲もないものだが、序曲がプログラムの真ん中にくるという一風変わった構成だ。

 演奏会が始まってわかったのだが、休憩はブラームスの前ではなく、ベートーヴェンの前に入った。その結果、バッハが切り離され、休憩をはさんで、ベートーヴェンとブラームスで一組になるという(プログラムの前半と後半で性格の異なる)二段構えのコンセプトになっていた。おもしろい発想だ。他の曲目でも応用できそうだ。

 バッハの「ブランデンブルク協奏曲第1番」は鈴木優人がチェンバロの弾き振りで、弦、木管(オーボエ3、ファゴット1)、金管(ホルン2)は立奏。その奏者たちが大きく体を揺すりながら演奏する。とくにファゴットの水谷さんとホルンの福川さんの動きが大きい。まるでバロックはダンスだ!といっているようだ。演奏は、縦の線を合わせる演奏ではなく、またバランスを整える演奏でもなく、各人目いっぱい弾けた演奏。それは鈴木優人の意向だろう。

 前述のとおり、そこで休憩が入って、プログラム後半はベートーヴェンの序曲「コリオラン」から。直線的にわき目もふらずに突進する演奏だ。弦は12+12+10+8+6の編成。中低音が分厚く鳴る。鈴木優人が2019年12月のN響定期で振ったメンデルスゾーンの交響曲第5番「宗教改革」とはイメージがちがう。

 最後のブラームスの交響曲第1番も分厚い音でひたすら突進する演奏。だが序曲の「コリオラン」はともかく、ブラームスのこの大作は、それだけでは料理しきれない。わたしはだんだん単調さをおぼえた。ベートーヴェンとブラームスでアプローチが似ているため、疲れてきたのだ。端的にいって、いま上り調子にある鈴木優人ではあるが、N響相手にこの曲はまだ荷が重いのかと思った。

 バロック音楽から現代音楽まで自由に行き来する鈴木優人は、わたしの希望の星だが、メンデルスゾーンのような前期ロマン派はともかく、ブラームスやその同時代人の音楽は、また別問題というか、まだ十分にスタンスが定まっていない感があった。では、今後どうするのか。後期ロマン派をふくめたオールラウンドな指揮者を目指すのか。そこを外したところで個性的な指揮者を目指すのか。指揮者人生は長いので、ここは考えどころだと思った。
(2021.1.27.サントリーホール)
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B→C 中島裕康 箏リサイタル

2021年01月27日 | 音楽
 東京オペラシティのリサイタルシリーズ「B→C」に邦楽器(箏)の中島裕康(1988‐)が出演した。箏の奏者の出演は二人目だそうだ。

 1曲目は細川俊夫(1955‐)の「夜」(1982/99)。17絃のための曲。色彩を消し去ったモノトーンの曲で、バルトーク・ピチカートを思わせる打音が多用される。後半で声(ヴォカリーズだろうか)がかぶる。曲の前半のモノトーンの世界は、声の導入で生きてくるようだった。

 アタッカで2曲目の八橋検校(1614‐1685)の「六段の調」へ。対照的な世界への見事な転換だ。「六段の調」は13絃で演奏。17絃の低音の豊かさとはちがって、13絃は高音主体で繊細だ。「六段の調」は平調子(ひらぢょうし)で書かれている。その調弦法による印象のちがいも大きかった。

 3曲目はバッハ(1685‐1750)の「リュート組曲第4番」。東川愛氏のプログラムノートで気が付いたが、バッハの生年は八橋検校の没年と同じだ。そんな時代感覚になるのかと。「リュート組曲第4番」は「無伴奏ヴァイオリンのためのパルティータ第3番」が原曲。それをバッハがリュート用に編曲した。今回それを箏で演奏。同じ撥弦楽器といっても、リュートと箏では音質がちがう。当夜は17絃で演奏。第1曲「プレリュード」は音が波打つようなおもしろさがあったが、第2曲以降は音の密度の薄さが気になった。

 プログラム後半の4曲目は山本和智(1975‐)の17絃のための「浮遊への断章」。中島裕康の委嘱作品だ。作曲者自身のプログラムノートを引用すると、「この作品は全てをハーモニクスで演奏されるように作曲しました。最後に現れる歌もまたファルセット(裏声)でのみ歌われます。」。その音の世界は、(顕微鏡で微生物を見るような)微細な音の動きからなる。山本和智の作品は、2020年8月のサントリーホール・サマーフェスティバルで演奏された2台のマリンバとガムラン・アンサンブルとオーケストラのための「浮かびの二重螺旋木柱列」を聴いたことがあるが、そのパワフルな音楽とは正反対の曲だ。

 5曲目は権代敦彦(1965‐)の「十三段調~13 Steps~」。これも中島裕康の委嘱作品。稚拙な言い方になるが、音の上昇運動が権代敦彦の特徴のひとつだと思うが、この曲でもそれが現れる。一方ではスケール音型の頻出が気になった。

 6曲目は松村禎三(1929‐2007)の「幻想曲」(1980)。音の豊かなニュアンスに酔いしれた。平調子で書かれているせいか、古典のような風格が感じられる。松村禎三の名作のひとつだろう。演奏も堂に入っていた。
(2021.1.26.東京オペラシティ・リサイタルホール)
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加藤陽子「戦争まで」

2021年01月24日 | 読書
 日本学術会議への人事介入問題で任命拒否された6人のうちの一人、加藤陽子東京大学教授の「それでも、日本人は「戦争」を選んだ」(2010年第9回小林秀雄賞受賞)を読んで、とてもおもしろかったので、引き続きその続編の「戦争まで」(2017年第7回紀伊国屋じんぶん大賞受賞)を読んだ。これはもっとおもしろかった。

 「それでも、日本人は「戦争」を選んだ」が、日清戦争、日露戦争、第一次世界大戦、満州事変、日中戦争そして太平洋戦争と続く日本の近現代史の通史であったのにたいして、「戦争まで」は太平洋戦争にいたる過程に焦点を絞り、(結果的に太平洋戦争は起きてしまったが)その前段でのリットン報告書(1932年10月)、日独伊三国軍事同盟(1940年9月)そして日米交渉(1941年4月~11月)とはなんであったかを深掘りする。

 本書を読むと、太平洋戦争はけっして必然的に起きたのではなく、そこにいたるまでに無数の分岐点があり、一つひとつの(偶然に左右された面もある)選択の結果、ほとんどありえない確率で起きてしまったと思えてくる。

 分岐点の例は枚挙にいとまがないが、一つあげると、上記の日米交渉でアメリカのローズベルト大統領と日本の近衛文麿首相は、戦争回避のために、最後の局面打開策として日米首脳会談の開催に合意した。ところがその情報がアメリカの新聞にもれ、日本でも報道されると、国家主義団体が強く反発して、テロまで起きる騒ぎになり、日米首脳会談は実現しなかった。日本に蔓延する国家主義がすでに政府の制御を超えていた一例だろう。

 太平洋戦争はその約3か月後に起きた。もし日米首脳会談が実現していれば‥と考えることは無駄ではない。「歴史に『もし』はない」とよくいわれるが、そのような考え方は古くて、『もし』は将来の役に立つと、本書のどこかに書いてあった(ような気がする)。『もし』を考えることは、今後多くの選択肢を冷静に考える場合の訓練になると。

 本書でわたしが学んだ点は、上記のことのほかに、あと2点ある。一つは「事実は〇〇ではなかった」ということだ。その○○には多くの事象が入る。たとえば「リットン報告書は中国寄りではなかった」とか、「日独伊三国軍事同盟は、破竹の進撃を続けるドイツ軍を見て、『バスに乗り遅れるな』と結んだ同盟ではない(真の目的は別にあった)」とかだ。本書では史料を読みこみながらそれらを検証する。なるほど、そうだったのかと腑に落ちる。

 もう一つは、日本人は受動的な言い方を好むということだ。たとえば「○○が××したから止むを得ず開戦に踏み切った」のような受動的な言い方は、事実とは微妙に異なるのだが、日本人には好まれる。なので、為政者は多用する。それはいまも変わっていない。
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ヴァイグレ/読響

2021年01月20日 | 音楽
 昨年(2020年)11月19日の読響の定期に「本日ヴァイグレが来日しました。12月9日の定期は予定通りヴァイグレが振ります」というチラシが入った。そうか、ヴァイグレが来たのか‥と、ヴァイグレの心意気を感じた。こういってはなんだが、やはり首席指揮者の任にある人は、オーケストラと一緒にいてなんぼのものだと思った。

 ヴァイグレはそれ以降日本に滞在し、昨日の定期も予定通り振った。のみならず2月17日~21日の東京二期会の「タンホイザー」の公演も、オーケストラが読響だからだろう、来日をキャンセルした某指揮者の代役を引き受けた。このような努力がオーケストラとの絆を強め、さらには聴衆の支持を集めることになるのだろう。

 昨日は1曲目がリヒャルト・シュトラウスの交響詩「マクベス」。ヴァイグレは去る1月9日~10日の演奏会では「ドン・ファン」を振っているので、同時期に書かれたシュトラウスの二つの交響詩を続けて取り上げたことになる。それはたぶん偶然ではなく、意図あってのことだろう。わたしは「ドン・ファン」は聴いていないが、「マクベス」は、ヴァイグレのダイナミックな指揮ぶりに導かれて、おそろしくよく鳴る演奏だった。

 2曲目はハルトマン(1905‐63)の「葬送協奏曲」。ナチスに迫害されたハルトマンの怒りと悲しみの曲だ。ヴァイオリン独奏は、当初予定されていたツェートマイアーがキャンセルしたので、成田達輝(なりたたつき)が代役を務めた。その成田の独奏がすごかった。迫真の演奏とはこういう演奏をいうのだろう。スリリングで、わたしはその熱量のすべてを受け止めきれないような思いになった。オーケストラは弦楽合奏だが、その演奏も真剣勝負だった。

 演奏終了後、成田達輝とヴァイグレがじっと見つめ合い、腕を下ろさない。固唾をのんで見守る聴衆。その沈黙が長かった。やがて両者の腕の力がゆるみ、拍手が起きる。成田は拍手を受けるよりも先に、譜面を掲げる。その光景はこの演奏が日常的なレベルを超える特別なものだったことを物語った。

 3曲目はヒンデミットの交響曲「画家マティス」。これもナチスの暗い記憶につながる曲だが、ハルトマンの前曲とはちがって、音楽的には愉悦にみちている。演奏は各パートのバランスがよく整えられ、1曲目で感じられた力みがなく、滑らかで、完成度の高い名演になった。全3楽章中、オペラティックな第3楽章はもちろんだが、第1楽章と第2楽章も平板にならず、音楽的なふくらみがあった。

 演奏会終了後、楽員が去っても拍手が鳴りやまず、ヴァイグレのソロ・カーテンコールとなった。ヴァイグレは感に堪えない面持ちで聴衆を見つめ続けた。
(2021.1.19.サントリーホール)
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メナ/N響

2021年01月18日 | 音楽
 N響の、コロナ禍以来で初めての、日程、曲目、指揮者、ソリストのすべてが変更のない演奏会。来日した指揮者のファンホ・メナJuanjo Mena(スペインの指揮者。実力派の中堅指揮者のようだ)、ソリストのハビエル・ペリアネスJavier Perianes(スペインのピアニスト。優秀な若手のようだ)に感謝しなければならない。

 プログラムはラテン系の色彩豊かな曲目で組まれた。1曲目はピエルネの「ラムンチョ」序曲。初めて聴く曲だが、明るい音色の楽しい曲だ。弦で奏されるテーマの、その音色の鮮やかだったこと! わたしがN響の実演を聴くのは、コロナ禍以来初めてだが、N響が以前のクオリティを保っていることが実感された。

 2曲目はファリャの交響的印象「スペインの庭の夜」。明るさ一方のピエルネの前曲とはちがって、ファリャの音色には濃い陰影がある。久しぶりに聴くファリャの音色にゾクゾクした。オーケストラが高まるときの音の密度の高いこと! ペリアネスのピアノもオーケストラによく溶け込んでいた。

 このご時世なので、アンコールはないかなと思ったら、アンコールにファリャの「アンダルシアのセレナータ」が弾かれた。わたしは初めて聴く曲なので、だれの、なんという曲かは知らなかったが、スペイン情緒豊かな曲で、ピアノの音のみずみずしさに惹き込まれた。ペリアネスというピアニストは注目株だ。

 3曲目はヒナステラのバレエ組曲「パナンビ」Panambi。これも初めて聴く曲だが、ヒナステラのブエノスアイレス音楽院在学中の作品で、代表作「エスタンシア」の先行作品のようだ。ストラヴィンスキーの「春の祭典」を思わせる箇所が数か所あり、「春の祭典」の自由な引用といった面がある。作曲は1937年なので、「春の祭典」の1913年からはそうとうたっている。

 オーケストラが登場すると、その大編成に驚いた。4管編成で、打楽器奏者は7人いたのではないか(メモをしてこなかったので、記憶による)。ともかくステージいっぱいに楽員が並ぶ光景は、久しぶりというか、懐かしいというか、(もっと有体にいえば)一昔前の光景のように感じた。それだけわたしたちの感覚が(コロナ禍で)変わったのだろう。

 4曲目はラヴェルの「ダフニスとクロエ」第1組曲と第2組曲。オーケストラ編成は前曲とほとんど変わらない。この曲はこんなに大編成だったのか‥と。かつてこのような曲が、当たり前のように、連日演奏されていたことが、遠い夢のように思われた。演奏は指揮者メナのたしかな統率力が感じられるものだった。
(2021.1.17.NHKホール)
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沼尻竜典/東京フィル「トーマス・アデスの音楽」

2021年01月16日 | 音楽
 本来は昨年5月に開かれるはずだった「コンポージアム2020」の一環の「トーマス・アデスの音楽」が、コロナ禍のために日程もオーケストラも指揮者もソリストも変更になり、だが曲目だけは変えずに、なんとか開催にこぎつけた。主催者はもちろん、代役を引き受けた方々の努力に敬意を表したい。

 その曲目だが、すべてイギリスの作曲家トーマス・アデス(1971‐)の作品で、1曲目が「アサイラ」(1997)、2曲目がヴァイオリン協奏曲「同心軌道」Concentric Paths(2005)、3曲目が「ポラリス(北極星)」(2010)。演奏は沼尻竜典指揮の東京フィル、ヴァイオリン独奏は成田達輝。

 3曲ともナクソス・ミュージックライブラリーに収録されているので、事前に聴いていったが、実演で聴くと、やはり発見があった。

 「アサイラ」はアデスの出世作で、人気作でもあるが、わたしが実演で聴くのは初めてだ。全4楽章中の第3楽章のダンス音楽が凶暴で、かつ陶酔的なのは、CDで聴いていたとおりだが、それを実演で聴くと、ダンス音楽に狂う若者たちの欲求不満、社会への怒り、そんなやりきれなさが感じられるようだった。1950年代にイギリスで「怒れる若者たち」Angry Young Menと呼ばれる作家・劇作家たちが登場したが、かれらの気分に通じるものを感じた。

 ヴァイオリン協奏曲「同心軌道」は全3楽章の作品だが、第2楽章がオペラの一場面のように聴こえたことが発見だ。ソロ・ヴァイオリンがヒロインで、その長いモノローグをオーケストラの劇的な音楽が支える。音楽の彫りの深さには、さすがにオペラ作曲家としてのアデスの腕の冴えが感じられた。

 「ポラリス」はCDではよくわからない曲だったが、実演で聴くと、「ああ、こういう曲なのね」と腑に落ちた。それは(スコアに指定されているのかどうかは不明だが)、ホルン、トランペット、トロンボーン、チューバの金管楽器群が、ステージ後方の2階オルガン席に配置されたため、端的にヤナーチェクの「シンフォニエッタ」を連想させたからだ。なるほど、この曲は巨大なファンファーレなのか、と。ポール・グリフィス執筆(向井大輔訳)のプログラム・ノーツには、「マイアミのニュー・ワールド・センターの開館のために作曲された。」とあるので、すべて納得だ。

 演奏は、当初予定のアデス自身の指揮、読響、リーラ・ジョセフォウィッツの独奏で聴いてみたい気は否めなかったが、でも代役の皆さんには心からの拍手を送った。
(2021.1.15.東京オペラシティ)
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山下一史/千葉交響楽団「ニューイヤーコンサート2021」

2021年01月11日 | 音楽
 山下一史指揮千葉交響楽団の「ニューイヤーコンサート2021」に行った。我が家から会場の千葉県文化会館までドアツードアで約2時間かかるが、以前から千葉響が好きなので、(緊急事態宣言下ではあるものの)あえて重い腰を上げた。

 プログラムは有名曲から珍しい曲まで全13曲。ニューイヤーコンサートにふさわしい多彩な曲目だった。演奏はいつものとおり張りのある音で、今回はニュアンスへの配慮も感じられた。千葉響が音楽監督の山下一史のもとで着実に成長していることがうかがわれた。東京オペラシティのB→Cシリーズに出演した若手奏者もいて頼もしい。

 千葉響のニューイヤーコンサートを聴くのは初めてだが、山下一史のトークによれば、毎年テーマを設定しているそうだ。今年のテーマは「花」。千葉県は花の生産量が全国第2位だそうで、第1位は愛知県。愛知県は菊の生産量が多いとのこと。「それがなければ千葉県が第1位!」と。そこで拍手が大きく盛り上がる。なんとも微笑ましい。千葉響は「おらがまちのオーケストラ」を標榜しているが、その成果が表れているようだ。

 プログラムにヨハン・シュトラウス二世のポルカ「すみれ」という曲が入っていた。上記の「珍しい曲」の一つだ。山下一史はトークのなかで「花がテーマなんで、結構探すのが大変だったんです」といって笑わせた。可愛らしい曲だった。もう一つ珍しい曲をあげておくと、ヨーゼフ・シュトラウスのポルカ・フランセーズ「気まぐれ」という曲が入っていた。山下一史によれば、ユーモアが仕掛けられた曲。もっとも、そのユーモアの解説が演奏の終わった後だったので、それも(ユーモアがわからなかった――わたしもそうだが――)聴衆の笑いを誘った。

 有名曲のなかでは、ヨーゼフ・シュトラウスのワルツ「ディナミーデン」がニュアンス豊かな演奏だった。リヒャルト・シュトラウスのオペラ「ばらの騎士」のオックス男爵のワルツの元ネタだが、それがよくわかる演奏だった。

 ゲストにソプラノ歌手の別府美沙子が登場した。日本オペラ振興会(藤原歌劇団)所属の若手歌手だ。オペレッタ「こうもり」からアデーレのアリア、オペラ「ボエーム」からムゼッタのアリア、オペレッタ「ボッカッチョ」から例の「恋はやさし野辺の花よ」の3曲を歌った。正確な歌い方だが、オペラ/オペレッタ的な雰囲気には欠けた。むしろ「恋はやさし野辺の花よ」の中間部で歌った日本語の訳詞が、わたしには印象的だった。

 アンコールが3曲演奏された。そのなかに千葉県ゆかりの曲らしいものがあった。わたしは知らない曲だったが、会場は大いに盛り上がった。
(2021.1.10.千葉県文化会館)
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加藤陽子「それでも、日本人は「戦争」を選んだ」

2021年01月08日 | 読書
 多くの学者がいうように、日本学術会議への人事介入問題は、戦前の滝川事件を想起させる問題だと思う。滝川事件がその後の天皇機関説事件そして国体明徴運動へとつながったことを考えると、事の本質は重大だ(その間の歴史をリアルに感じるためには、山崎雅弘の「「天皇機関説」事件」(集英社新書)をお薦めします)。

 さて、任命拒否された6人のうちの一人、東京大学教授の加藤陽子の「それでも、日本人は「戦争」を選んだ」(新潮文庫)が、今回の議論のなかで、何人かによって触れられているので(たとえば「私もあの本のファンなんですよ」という具合に)、わたしも読んでみた。

 本書は加藤陽子が2007年の年末から翌年の正月にかけて、中高一貫教育の栄光学園の生徒たち(中学一年生から高校二年生までの約20人)を相手におこなった5日間の講義をもとにしている。もちろん編集の段階で加筆はされているだろうが、講義のときの口調や、生徒たちとのやり取りがよく残されている。

 なので、本書は一方通行の叙述ではない。生徒たちが飽きてきた(と思われる)ころに、加藤陽子から適宜質問が投げられる。たとえば日清戦争の項では、加藤陽子はこう問いかける。「それでは、(引用者注:日清戦争後に)国内の政治においてはなにが最も変わったでしょうか。論述ですと、だいたい10文字ぐらいになるのですが」。それにたいして生徒が答える。「賠償金を得て財政が好転する」。それも正解だ。ほかには? 「「アジアの盟主としての日本」という意識が国民に生まれた」。それも正解。だが、加藤陽子が想定していた答えとは違う。ほかには? するとある生徒が答える。その答えに加藤陽子は「そうそう、鋭い。そうなんです。」と応じる。その答えはわたしには思いもつかないものだった。

 このような双方向のやり取りから、通り一遍の歴史ではなく、その時代の人々の思惑が浮かび上がってくる。戦争に突き進んだ日本を一方的に責めるのではなく、もし自分が生きていたらどうしたか、と考えさせる。

 講義は、日清戦争、日露戦争、第一次世界大戦、満州事変と日中戦争、太平洋戦争の五項目。つまり日本の近現代史だ。いうまでもないが、この五項目はつながっている。その一連の流れの結果として、いまの日本がある。いまの日本のルーツだ。

 この講義の特徴は、各戦争が起きたときの軍事的・外交的な状況と、その戦争が終わったときの国内的・国外的な影響に重点が置かれていることにある。その一方で、各戦争の経過(いつ、どこで、どんな戦闘があって‥など)にはあまり触れていない。そのことが本書をユニークな近現代史にしている。最近流行りの言葉でいえば、総合的俯瞰的な名著だと思う。
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