Enoの音楽日記

オペラ、コンサートを中心に、日々の感想を記します。

井上道義/N響

2024年02月05日 | 音楽
 井上道義の2024年12月での引退がカウントダウンに入ってきた。N響の定期演奏会を振るのはこれが最後だ。そう思うと、やはり感慨深い。曲目はショスタコーヴィチの交響曲第13番「バビ・ヤール」。ショスタコーヴィチ最大の曲だ。余力を残して引退する井上道義にふさわしい曲目だ。

 「バビ・ヤール」の前に2曲演奏されたので、以下順に。1曲目はヨハン・シュトラウス二世のポルカ「クラップフェンの森で」。シュトラウスがロシアで作曲した曲だそうだ。カッコウの鳴き声の笛が入る。「ああ、この曲か」と。その笛がのんびりと、ちょっとテンポが遅れて入る。それがユーモラスだ。途中で演奏者が笛を落とした。それも演出かと思ったが、そうではなかったようだ。

 2曲目はショスタコーヴィチの舞台管弦楽のための組曲第1番から「行進曲」、「リリック・ワルツ」、「小さなポルカ」、「ワルツ第2番」の4曲。「ワルツ第2番」はどこかで聴いたことがある曲だ。どれもショスタコーヴィチの娯楽音楽。当局から求められて書いたわけだ。それがソ連社会の一面だった。ショスタコーヴィチは模範解答を書いた。だから生き残れた。井上道義はそんな曲を小粋に演奏した。井上道義は小品がうまい。

 オーケストラにアルト・サックス2本、テナー・サックス2本、ギター1本、アコーディオン1台が入る。ギターはよく聴こえなかったが、サックスとアコーディオンはよく聴こえた。若干チープな(それも良い!)娯楽の雰囲気を盛り上げた。

 そして3曲目が交響曲第13番「バビ・ヤール」。井上道義はこの大曲を隅々まで克明に演奏した。スコアを味わい尽くすような演奏だ。テンポは(とくに第3楽章「商店で」と第4楽章「恐怖」では)遅めだったかもしれない。だがテンポよりも、あらゆる声部を執拗に追う井上道義の集中力を感じた。大演奏というにふさわしい演奏だ。

 音は(たとえばテミルカーノフのように)冷徹ではなく、湿り気がある。そこが日本人的だと思う。井上道義には外国人の血が混じっているそうだが、それでもやはり身のすくむような冷徹な音にはならない。音には切れがある。スリリングなドライブ感もある。音色は明るく鮮やかだ。そして音楽の形は崩れない。そんな立派な演奏だが、音にはどこか湿り気がある。井上道義はそこに着地したらしい。なぜか感慨深い。

 バス独唱はロシアのアレクセイ・ティホミーロフ。声も発音も文句なしだ。合唱はスウェーデンのオルフェイ・ドレンガル男声合唱団。見事に統一された合唱だ。それらの声楽陣が井上道義の集大成というべき演奏に華を添えた。
(2024.2.4.NHKホール)

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