Enoの音楽日記

オペラ、コンサートを中心に、日々の感想を記します。

岡田温司「西洋美術とレイシズム」

2021年03月02日 | 読書
 西洋美術の伝統的なテーマの一つに「東方三博士」がある。新約聖書の「マタイによる福音書」によればイエスが生まれたときに、「東の国の博士たち」(岩波文庫「福音書」、塚本虎二訳)が幼子イエスを訪ね、黄金、乳香(にゅうこう)、没薬(もつやく)を捧げたとある。その場面を描いた作品だ。

 そのテーマの作品は、国内の美術館ではあまり見かけないが、欧米の美術館には必ずといっていいほどある。それほどポピュラーなテーマだが、わたしはいままで三博士のうちの一人が黒人に描かれている作品に出合うごとに、なぜ?と思っていた。

 その理由が岡田温司(おかだ・あつし)の「西洋美術とレイシズム」(ちくまプリマー新書、2020年12月刊)を読んでわかった。

 そもそも一般的に「東方三博士」といわれるが、上記のとおり「マタイによる福音書」には「博士たち」と書かれているだけで、三人とは明記されていない。それが三人となったのは幼子イエスへの贈り物が、黄金、乳香、没薬の三つだったからだ。やがて三人は、青年、壮年、老年の三世代に割り振られた。さらに時代が下って8世紀ころには、三人は世界の三大陸、すなわちヨーロッパ、アジア(イスラム圏)、アフリカに結びつけられた(当時アメリカは未発見)。14世紀に入ると、三博士の従者に黒人が描かれるようになった。そして15世紀になると、三博士の一人(青年)が黒人として描かれるようになった。その際三博士と聖母子(聖母マリアと幼子イエス)との位置関係は、聖母子にもっとも近い位置に老年(ヨーロッパ)が、そこから少し距離を置いて壮年(アジア)が、そして後方に控えるように青年(アフリカ)が描かれた。そこにはアジア・アフリカを「「他者」として差異化し階層化しようとする」(本書152頁)ヨーロッパ目線がうかがえる。

 それらのことは「近代的ないわゆる科学的レイシズムとは区別されなければならない」(同頁)が、現代社会とはちがって視角的な情報に乏しい中世・ルネサンスの時代にあっては、人々に与えた影響は測り知れないと本書は指摘する。さらに時代をくだり、大西洋奴隷貿易(いわゆる三角貿易)の時代から帝国主義の時代まで、夥しい絵画がその時代の差別意識を反映して描かれた。

 本書で扱われる主要なテーマは、旧約聖書の「創世記」に現れるノア(ノアの洪水のノア)の呪われた息子ハムの物語と、父祖アブラハムが追放した女奴隷ハガルと(アブラハムがハガルに産ませた)イシュマエルの物語だ。聖書の記述とは関係なくそれらのエピソードは、黒人、ユダヤ人、ムスリム、ロマと重ねて絵画化された。そのことが豊富な作例によってあとづけられる。一方、そのような時代性をこえて、黒人やロマに人間的な尊厳を見出したデューラー、レンブラント、ベラスケス、ミレーなどの作品も紹介され、感動を呼ぶ。
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