Enoの音楽日記

オペラ、コンサートを中心に、日々の感想を記します。

森鴎外「阿部一族」(1)

2023年01月06日 | 読書
 2022年は森鴎外(1862‐1922)の没後100年だった。そこで鴎外の歴史小説をまとめて読んでみた。まず感嘆したのは簡潔明瞭な文体だ。一文たりとも足したり引いたりできない完璧さだ。その点では、「山椒大夫」と「最後の一句」が双璧だと思う。だが、文体だけではなく、現代の視点で見ても、鴎外の歴史小説には興味深い人物が描かれている。それらの人物を何人か拾ってみよう。

 まず「阿部一族」から。名作中の名作なので、ストーリーを紹介するまでもないだろうが、ざっと紹介すると、寛永18年(1641年)に熊本藩主・細川忠利が病死する。家臣18人が殉死する。ところが阿部弥一右衛門には殉死の許しが出なかった(殉死は許しを得てするものらしい。許しを得ない場合は、犬死とされる)。殉死をせずに生き残ることは、武士には耐えられない屈辱のようだ(そのへんの事情は現代社会からは想像が難しい)。弥一右衛門は許しを得ずに切腹する。だが、武士仲間からの蔑視はやまない。故忠利の一周忌の法要が営まれたとき、弥一右衛門の長男は、ある行動に出る。藩主(故忠利の子・光尚)はその行動を反抗ととらえて、阿部一族を滅ぼす。

 興味深いのは、弥一右衛門に殉死の許しが出なかった事情だ。弥一右衛門は病床の忠利に殉死の許しを願い出る。だが、「一体忠利は弥一右衛門の言うことを聴かぬ癖が附いている。これは余程古くからの事で、まだ猪之助といって小姓を勤めていた頃も、猪之助が「御膳を差し上げましょうか」と伺うと、「まだ空腹にはならぬ」という。外の小姓が申し上げると、「好い、出させい」という。忠利はこの男の顔を見ると、反対したくなるのである。」(岩波文庫より引用)。

 現代社会でも(民間会社であろうと官庁であろうと)、長年組織に勤めた人なら、同じような経験をした人も多いのではなかろうか。相手は決定的に強い立場にある(生殺与奪権を握られている場合も多い)。こちらが状況を改善しようとすればするほど、状況はこじれる。そんな厄介な状況が妙にリアルに描かれている。そこには鴎外の経験が投影されているのではないかと……。

 もう一点興味深いのは、林外記(はやし・げき)という人物だ。外記は新藩主・光尚の側近だ。外記は「小才覚があるので、(引用者注:光尚の)若殿様時代のお伽には相応していたが、物の大体を見る事に於ては及ばぬ所があって、とかく苛察に傾きたがる男であった。阿部弥一右衛門は故殿様のお許しを得ずに死んだのだから、真の殉死者と弥一右衛門との間には境界を附けなくてはならぬと考えた。」(同)。その「境界」が問題をこじらせた。現代社会でも、何事によらず、とかく「境界」(区別と言い替えてもよい)をつけたがる人物がいる。それが人間関係を窮屈にする。周りの人々は皆迷惑に思っている。だが、そんな人物にかぎって上司の覚えがめでたい。鴎外の周囲にもいたのだろうか。(続く)
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