Enoの音楽日記

オペラ、コンサートを中心に、日々の感想を記します。

浅田次郎「帰郷」

2024年08月14日 | 読書
 浅田次郎の「帰郷」には6篇の短編小説が収められている。どれも太平洋戦争にまつわる話だ。一種の戦争文学だが、戦闘場面は「鉄の沈黙」にしか出てこない。しかも「鉄の沈黙」でさえ戦闘場面は最後の一瞬に過ぎない。大半はその前夜の話だ。

 6篇中、戦争中の話は「鉄の沈黙」と「無言歌」の2篇だけだ。「無言歌」は戦争中の話ではあるが、戦闘場面は出てこない。太平洋の底に沈んだ潜水艦の話だ。潜水艦は故障して航行不能になる。乗員は2人。だんだん酸素が乏しくなる。2人は銃後に残した女性の話をする。不思議なくらい穏やかな会話だ。最後の言葉が胸をうつ。

 残りの4篇は戦後の話だ。「夜の遊園地」を例にとって内容に触れると――時は戦後復興が始まったころ。所は東京の後楽園遊園地。主人公はアルバイトの大学生だ。父親は戦死した。母親は主人公を実家に預けて再婚した。主人公は伯父に育てられた。

 夜の後楽園遊園地に親子連れが訪れる。父親と息子だ。息子がジェットコースターに乗りたいとせがむ。だが、父親は乗ろうとしない。頑固に反対する。息子は泣きべそをかく。なぜ父親は反対するのか。どうやら戦争中に飛行機で墜落しかかったことがあるらしい。その記憶がトラウマになっているのだ。

 2つ目の遊戯施設はミラーハウスというもの。鏡とガラスでできた迷宮だ。主人公が中に入る。先に進もうとすると行き止まりになったり、戻ろうとすると向こうから自分が歩いてきたりする。そのとき母親と子どもの姿を見る。2人は互いに求めあっているが、すれちがう。2人は出会えない。主人公は別れた母親を想う。

 3つ目はお化け屋敷だ。親子連れが中に入る。だが、出てこない。心配した主人公が中に入る。すると息子が一人でたたずんでいる。父親は地面にうずくまり、震えながら両手を合わせている。目の前にはちぎれた人間の足にかぶりつく老婆の人形がある。父親は南方戦線の体験がよみがえったのだ。

 閉園の時間になる。主人公は掃除をしながら、明日は久しぶりに母親に電話をしようと思う。自分を捨てた母親へのわだかまりが消える。生きるためには仕方がなかったと、母親を受け入れる気持ちが芽生える――という話だ。-

 浅田次郎はわたしと同い年だ。「夜の遊園地」にはわたしが子供のころに見た風景が描かれている。まるで古いアルバムの写真を見るようだ。わたしはそこに自分を探す。わたしたちの世代は、「自分は何者か。どこから来たのか」と自分探しをするとき、親の戦争体験にぶつかる。「夜の遊園地」をふくむ「帰郷」の6篇は、親の世代の戦争体験をさぐる作品だ。
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