Enoの音楽日記

オペラ、コンサートを中心に、日々の感想を記します。

ヴィオッティ/東響

2023年09月24日 | 音楽
 ロレンツォ・ヴィオッティ指揮東京交響楽団の定期。プログラムはベートーヴェンの交響曲第3番「英雄」とリヒャルト・シュトラウスの「英雄の生涯」。

 演奏中にアクシデントが起きた。「英雄」の第1楽章コーダに入ったあたりで、LDブロックのわたしの席の近くで「ウーッ」という声が上がった。だれか具合が悪いのか、それとも障害のある人が声を上げたのか。周囲を見回すと、わたしの席の2列前で高齢の男性が倒れたようだ。隣の女性が介抱しているように見える。大変だ。係員を探したが、姿が見えない。後方の女性が駆け付けた。看護師の資格を持っている人ではなかろうか。ハンカチで男性の口を拭っている。そのうちに係員も駆け付けた。別の係員も駆け付けた。すぐに応援を呼びに行った。

 その間、演奏は止まらなかった。通常そうだ。だが、第1楽章はすぐ終わる。楽章の切れ目で救助のための時間を取ってほしいと思った。でも、何事もなかったかのように、第2楽章が始まった。演奏が続く中、男性係員が2名駆け付け、倒れた男性の頭部と足を持って外に運び出した。

 命に係わる事態だったかもしれない。そのようなとき、演奏を続けるべきか。それとも救助を優先させるべきか。わたしは考えてしまった。演奏中にだれか倒れることはよくある。繰り返しになるが、通常は演奏を止めない。係員がそっと外に運び出す。だが、間近で倒れた男性を見て、これは只事ではないと思った。今回のように楽章の切れ目があるときには、救助のための時間をとっても良いかもしれない。

 男性が運び出された後、わたしの集中力は削がれなかった。男性が倒れる前に、ヴィオッティは第1楽章の提示部を繰り返したのだが、反復記号のところで一瞬テンポを落とし、沈潜した表現を生んだ。それが効果的だった。それはヴィオッティの得意な表現らしい。その後も所どころで、加えて「英雄の生涯」でも使って効果を上げていた。また「英雄」の第4楽章の第1変奏では、第1ヴァイオリン、第2ヴァイオリン、ヴィオラ、チェロを各1名で演奏させた。以前他の指揮者もやっていたのを思い出した。「英雄の生涯」では口うるさい評論家を模した部分が、フルート、オーボエ、その他の木管楽器の各奏者が、一人ひとり別人のように個性的に聴こえたことがおもしろかった。一方、グレブ・ニキティンが弾いたヴァイオリン独奏は、蠱惑的な趣に欠けた。

 日本フィルで聴いた父君のマルチェロ・ヴィオッティを懐かしく想い出した。ストラヴィンスキーの「妖精の口づけ」、フランクの交響曲、ヒンデミットの「画家マティス」、ドニゼッティの「愛の妙薬」、どれも名演だった。
(2023.9.23.サントリーホール)

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