首席指揮者ラザレフと日本フィルが取り組んでいるプロコフィエフ交響曲全曲演奏プロジェクトも5回目になった。今回のプログラムは次のとおりだった。
(1)チャイコフスキー:バレエ組曲「白鳥の湖」より
(2)プロコフィエフ:ピアノ協奏曲第3番(ピアノ:上原彩子)
(3)プロコフィエフ:交響曲第5番
今まではモーツァルトとプロコフィエフの組み合わせだった。今回はプロコフィエフの人気曲2曲が中心。
「白鳥の湖」は、ルーティンワークに流れがちなオーケストラを、ラザレフが必死に自分の音楽に引き寄せようとする演奏だった。ラザレフの「白鳥の湖」は、骨太で、ドラマティックな音楽。ムード的なものはどこにもない。そういうラザレフの音楽を実現するにはリハーサルの時間が足りなかったようだ。
プロコフィエフのピアノ協奏曲第3番は上原彩子さんのピアノが注目の的だった。さすがに集中力は並外れている。静かに沈潜する第2楽章第4変奏と第3楽章中間部では、粒のそろった弱音の美しさに目をみはった。
ただ、どういうわけか、以前デュトワ指揮N響と共演したチャイコフスキーのピアノ協奏曲第1番のときに感じた個性的な音楽性は、今回は感じられなかった。
交響曲第5番はオーケストラのアンサンブルが格段によかった。第1楽章冒頭の木管による第1主題の提示からして、各楽器の音が溶け合い、この演奏は前2曲とはレベルがちがうことを予感させた。このペースは曲の最後まで維持された。
ラザレフと日本フィルは今までの同プロジェクトのなかで、日常的なレベルをこえるアンサンブルを達成してきた。今回も否応なく期待が高まった。その期待に十分応える演奏が展開された。沈着かつ綿密なアンサンブルを志向した演奏だった。
この曲はもちろん名曲だが、私は今まで第二次世界大戦の渦中でかかれたこの曲のどこに戦争の痕跡があるのか、よくわからなかった。けれども今回それがわかった。第3楽章中間部で亀裂が走るようにさす暗い影がそれだった。この曲の前後にかかれたショスタコーヴィチの交響曲第8番、第9番にくらべると、あまりにも控えめな痕跡だった。
定期では珍しいことだが、アンコールが演奏された。プロコフィエフのオペラ「戦争と平和」からのワルツだった。交響曲第5番の余韻を損なうことのない好演だった。
(2010.9.10.サントリーホール)
(1)チャイコフスキー:バレエ組曲「白鳥の湖」より
(2)プロコフィエフ:ピアノ協奏曲第3番(ピアノ:上原彩子)
(3)プロコフィエフ:交響曲第5番
今まではモーツァルトとプロコフィエフの組み合わせだった。今回はプロコフィエフの人気曲2曲が中心。
「白鳥の湖」は、ルーティンワークに流れがちなオーケストラを、ラザレフが必死に自分の音楽に引き寄せようとする演奏だった。ラザレフの「白鳥の湖」は、骨太で、ドラマティックな音楽。ムード的なものはどこにもない。そういうラザレフの音楽を実現するにはリハーサルの時間が足りなかったようだ。
プロコフィエフのピアノ協奏曲第3番は上原彩子さんのピアノが注目の的だった。さすがに集中力は並外れている。静かに沈潜する第2楽章第4変奏と第3楽章中間部では、粒のそろった弱音の美しさに目をみはった。
ただ、どういうわけか、以前デュトワ指揮N響と共演したチャイコフスキーのピアノ協奏曲第1番のときに感じた個性的な音楽性は、今回は感じられなかった。
交響曲第5番はオーケストラのアンサンブルが格段によかった。第1楽章冒頭の木管による第1主題の提示からして、各楽器の音が溶け合い、この演奏は前2曲とはレベルがちがうことを予感させた。このペースは曲の最後まで維持された。
ラザレフと日本フィルは今までの同プロジェクトのなかで、日常的なレベルをこえるアンサンブルを達成してきた。今回も否応なく期待が高まった。その期待に十分応える演奏が展開された。沈着かつ綿密なアンサンブルを志向した演奏だった。
この曲はもちろん名曲だが、私は今まで第二次世界大戦の渦中でかかれたこの曲のどこに戦争の痕跡があるのか、よくわからなかった。けれども今回それがわかった。第3楽章中間部で亀裂が走るようにさす暗い影がそれだった。この曲の前後にかかれたショスタコーヴィチの交響曲第8番、第9番にくらべると、あまりにも控えめな痕跡だった。
定期では珍しいことだが、アンコールが演奏された。プロコフィエフのオペラ「戦争と平和」からのワルツだった。交響曲第5番の余韻を損なうことのない好演だった。
(2010.9.10.サントリーホール)