江別創造舎

活動コンセプト
「個が生き、個が活かされる地域(マチ)づくり」
「地域が生き、地域が活かされる人(ヒト)づくり」

水泳協会の発足等

2014年04月08日 | 歴史・文化

 昭和45年6月江別水泳連盟(のち江別水泳協会)が発足しました。会長は、横田勝弥、副会長は馬淵良作と井戸久で、会員21人のスタートでした。

 この年の主な事業は、第1回水泳指導者講習会、マークテストなどでした。
当初は、一中、三小などの学校プールを借りての肩身の狭い活動となりました。
しかし、昭和47年の温水プール開設以降、心おきなく四季を通じて水に親しむことができるホームプールを得て、協会活動も軌道にのりました。

 その後、温水プールを本拠に、47年水泳少年団の活動が始まり、49年には江別スイミングスィフトスポーツ少年団の活動が開始されました。
そして、51年、婦人水泳教室の卒業生を中心とした江泳会(16人)が生まれました。
この会は、文字どおりこの温水プールではじめて浮くことを覚え、呼吸することを会得し、泳ぐこをの喜びを知ったメンバーが、1人でも多くの市民に泳ぐことの楽しさを共有してもらおうと、初心者指導を金看板に発足したのでした。

 また、温水プールは、肢体不自由児通園施設・あゆみ園の母親たちが中心となり、水泳サークル・ピッコロが結成されました。
指導は、江泳会の吉田ルミらが中心となりましたが、これはやがてピッコロ結成5年目にあたる60年6月、札幌、小樽、函館などからの参加をえた第1回ハンディキャップ水泳記録会の開催へと発展しました。

 以上のように、温水プールの出現は、市民スポーツのなかに新しい分野を開くことになりました。
その他、公立のスポーツ施設としては、56年元野幌にはやぶさ運動広場(野球場とテニス、ゲートボールコート各2面)、57年には大麻(おおあさ)駅前の公共緑地にゲートボールの専用コート3組、などが整備されました。


註:江別市総務部「えべつ昭和史」595-596頁.
写真:青年センター温水プール
 同上書595頁掲載写真を複写し、当ブログ掲載いたしております。


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