江別創造舎

地域文化振興活動・江別カルタ制作

北電の誘致と岡田伊太郎

2011年05月31日 | 歴史・文化

 道内の主力発電会社の一つ北海道電燈株式会社は、当時水力発電が主であり、そのため冬季渇水期の補給、予備出力などに問題があったことから、石炭火力発電所の建設が日程表にのぼっていました。

 当時の道内の発・送電区域は、函館地方が帝国電力株式会社、札幌、小樽地方が北海水力電気株式会社、そして江別以北が北海道電燈株式会社に分かれていました。
 そして、問題は、炭坑地帯を抱える江別以北の電力不足であり、それが石炭火力発電所の建設へと結びつきました。
 建設適地は、(1)電力を最も必要とする空知炭田に近く、(2)石炭の輸送に便利で、(3)汽缶補給水が良好であり、(4)冷却用取水が便利、などが挙げられました。
最終的には、砂川町と江別にしぼられ、両町間で熾烈な誘致合戦が展開することになりました。

 江別では、9年に入り設置運動員である白崎彦太郎、坪松唯三郎、金子町長らが再三上京、猛烈な運動を展開しました。この火力発電所の誘致こそ不振に喘ぐ商店街活性化の特効薬であり、ひいては町財政を潤すにちがいないと期待されていたのです。いわば、町民の熱い視線を浴びての上京だったのです。

 金子町長ら江別関係者が最も頼りにしていたのは、地元出身の代議士岡田伊太郎でした。
岡田伊太郎は、大正9年から昭和9年現在、4期連続衆議院議員として活躍中でした。しかも、与党政友会に属し、運輸委員長や請願委員長を務めるなど影響力を持っていたうえに、北海道電燈株式会社の重役でもあったのです。
 砂川と鎬を削る江別にとって、岡田以上に頼もしい味方はなかったのです。

 しかも、7年に道会議員に当選したばかりの設置運動員白崎は、岡田とは同町内人であるばかりでなく、岡田の雑穀商を引き継ぎ、さらには岡田の選挙推薦者でもあったといいます。
 ちなみに、江別進出を決定づけたのは、9年9月の北海道電燈株式会社重役会議における岡田の言葉でした。
『岡田伊太郎氏の江別町の地質の良好なる事、水量の点においては石狩川に恵まれている事等の詳細にわたっての説明により、遂に火力発電所は江別町に設置と決定した』(昭和9年9月8日付け北海道タイムス)のです。

(参考)
当ブログ2011年5月30日(月)「富士から王子へ」
当ブログ2011年5月29日(日)「明治製糖の進出」
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当ブログ2010年 8月12日(水)「武四郎北海道国郡図の限界」
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当ブログ2010年 6月30日(水)「二大煉瓦工場進出」
当ブログ2010年 6月28日(日)「村の運営」
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当ブログ2010年 6月20日(日)「集団移民の最初の冬」
当ブログ2010年 6月17日(木)「障害を乗り越えた集団移民の実現」
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当ブログ2010年 6月12日(土)「北越殖民社が越後と交わした互換約定書」
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当ブログ2010年 6月 7日(月)「屯田兵二足の草鞋」
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当ブログ2010年 5月29日(土)「屯田兵設置の目的」
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当ブログ2010年 5月24日(月)「集団帰還の前後」
当ブログ2010年 5月23日(日)「組合事業」
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当ブログ2010年 5月19日(水)「廃使置県・保護の打ち切り」
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当ブログ2008年10月 3日(金)「江別市章制定と江別市民憲章」
当ブログ2008年 9月11日(木)「最初の機関車 義経号.弁慶号」
当ブログ2008年 9月 3日(水)「要衝 江別港」
当ブログ2008年 8月 1日(金)「上川丸の就航」
当ブログ2008年 7月21日(月)「江別村商家」
当ブログ2008年 7月19日(土)「北海道三県の諸事業分割」
当ブログ2008年 7月10日(木)「空知集治監の開設」
当ブログ2008年 7月 5日(土)「対雁郵便局から江別郵便局へ」
当ブログ2008年 7月 4日(金)「駅逓所開設」
当ブログ2008年 7月 3日(木)「教頭頭取兼顧問ケプロンの北海道開拓」
当ブログ2008年 7月 2日(水)「札幌ー対雁ー江別ー岩見沢道路開通」
当ブログ2008年 7月 1日(火)「榎本武揚 顕彰碑騎馬像」
当ブログ2008年 6月30日(月)「江別最初の学校ー対雁学校」
当ブログ2008年 6月28日(土)「対雁学校の教育」
当ブログ2008年 6月26日(木)「移民扶助規則2」
当ブログ2008年 6月24日(火)「石狩川沿岸」
当ブログ2008年 6月23日(月)「北越殖民社の開拓」
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当ブログ2008年 6月20日(金)「移民扶助規則設定」
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当ブログ2008年 6月19日(木)「飛騨屋と石狩山伐木」
当ブログ2008年 6月16日(月)「蝦夷地から北海道へ改称ー蝦夷地は皇国の北門」
当ブログ2008年 6月12日(木)「村名選定ー江別村」
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当ブログ2008年 6月 4日(水)「屯田兵制度の設置

註:江別市総務部「えべつ昭和史」77-78頁.
写真:岡田伊太郎氏(大正9年から5期連続衆議院議員として活躍)
 同上書77頁掲載写真を複写・当ブログ掲載いたしております。

コメント

富士から王子へ

2011年05月30日 | 歴史・文化

 製紙業界では、第一次大戦後の厳しい市場競争の結果、王子製紙株式会社、富士製紙株式会社、樺太工業株式会社の3社が勝ち残りました。
 しかし、昭和初期の不況は3社の鼎立を許さぬものがありました。

 昭和4年、富士製紙株式会社の実力者穴水要七の死亡により、その所有株が王子に移ったことを契機に、急速に合併の話が進んでいきました。
 その後、樺太工業の内部問題で曲折はありましたが、7年10月、結城興銀総裁らの裁定(案)により3社の株式交換比率も解決をみました。

 かくて8年5月、ようやく3社の合併が成立し、新しい王子製紙株式会社の誕生となりました。
 これにより、明治41年以来、町民から親しまれていた富士製紙株式会社江別工場も王子製紙株式会社の工場として新たに再出発することになりました。
 合併後の王子製紙株式会社の市場占有率は、新聞用紙、印刷用紙など品種によっては9割を1社で供給するという、近代日本産業史でも稀な独占企業の誕生となりました。
 
 この間、6年に満州事変が勃発しました。以降、戦線は拡大し、12年の日中戦争、16年の太平洋戦争へと拡大の一途を辿りました。
 その発端は、長い不況のトンネルを抜けるため大陸に活路を見出そうとした、余りにも無謀な企てでした。

 この戦線の拡大につれ、国内工業は軍需物資の生産の重点が移り、長い不況に喘いでいた重化学工業も活気を取り戻しました。
 道内においても、製鉄、造船、パルプ工業などの活況に随伴し、それを支えるエネルギー源としての石炭需要が増大しました。

(参考)
当ブログ2011年5月29日(日)「明治製糖の進出」
当ブログ2011年5月23日(月)「煉瓦工場以外の工場の様子」
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当ブログ2010年 4月10日(土)「開拓使の設置」
当ブログ2009年12月 7日(月)「江別市民会館開館」
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当ブログ2009年 7月29日(水)「大麻駅開設」
当ブログ2009年 7月17日(金)「文芸活動」
当ブログ2009年 7月10日(金)「れんが100年」
当ブログ2009年 6月30日(火)「夕張鉄道接続駅ー野幌駅」
当ブログ2009年 5月10日(日)「明治期の製造業 木工場」
当ブログ2009年 4月 6日(月)「大正7年北海道食物百番附」
当ブログ2009年 1月25日(日)「火薬庫(屯田兵第三大隊本部跡」
当ブログ2009年 1月13日(火)「郵便業務の開始」
当ブログ2009年 1月 7日(水)「野幌煉瓦工場」
当ブログ2008年12月19日(金)「人力軌道」
当ブログ2008年11月14日(金)「被服庫」
当ブログ2008年11月 9日(日)「通信の発達」
当ブログ2008年11月 3日(月)「野幌市街地」
当ブログ2008年10月28日(火)「野幌駅の開業」
当ブログ2008年10月17日(金)「北海道炭礦鉄道会社から北海道鉄道株式会社へ改称」
当ブログ2008年10月 3日(金)「江別市章制定と江別市民憲章」
当ブログ2008年 9月11日(木)「最初の機関車 義経号.弁慶号」
当ブログ2008年 9月 3日(水)「要衝 江別港」
当ブログ2008年 8月 1日(金)「上川丸の就航」
当ブログ2008年 7月21日(月)「江別村商家」
当ブログ2008年 7月19日(土)「北海道三県の諸事業分割」
当ブログ2008年 7月10日(木)「空知集治監の開設」
当ブログ2008年 7月 5日(土)「対雁郵便局から江別郵便局へ」
当ブログ2008年 7月 4日(金)「駅逓所開設」
当ブログ2008年 7月 3日(木)「教頭頭取兼顧問ケプロンの北海道開拓」
当ブログ2008年 7月 2日(水)「札幌ー対雁ー江別ー岩見沢道路開通」
当ブログ2008年 7月 1日(火)「榎本武揚 顕彰碑騎馬像」
当ブログ2008年 6月30日(月)「江別最初の学校ー対雁学校」
当ブログ2008年 6月28日(土)「対雁学校の教育」
当ブログ2008年 6月26日(木)「移民扶助規則2」
当ブログ2008年 6月24日(火)「石狩川沿岸」
当ブログ2008年 6月23日(月)「北越殖民社の開拓」
当ブログ2008年 6月22日(日)「国内3番目に開通した幌内鉄道ー江別駅の誕生」
当ブログ2008年 6月20日(金)「移民扶助規則設定」
当ブログ2008年 6月19日(木)「蝦夷地改称2」
当ブログ2008年 6月19日(木)「飛騨屋と石狩山伐木」
当ブログ2008年 6月16日(月)「蝦夷地から北海道へ改称ー蝦夷地は皇国の北門」
当ブログ2008年 6月12日(木)「村名選定ー江別村」
当ブログ2008年 6月11日(水)「江別屯田兵入地」
当ブログ2008年 6月10日(火)「地名解」
当ブログ2008年 6月 9日(月)「場所請負制の成立」
当ブログ2008年 6月 7日(土)「元禄御国絵図」
当ブログ2008年 6月 4日(水)「屯田兵制度の設置

註:江別市総務部「えべつ昭和史」76-77頁.
写真:王子特殊紙株式会社江別工場
 石狩川沿岸から撮影

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明治製糖の進出

2011年05月29日 | 歴史・文化

 不況の中、打開策として農業や林業政策と結びつけた新しい軽工業が生まれました。

 軽工業とは、乳製品や製糖、あるいは合板、単板などの木製品工業です。
 昭和2年北海製糖株式会社野幌採種所、3年明治製糖株式会社野幌甜菜採種圓および付属の主旨精選乾燥工場、4年極東練乳株式会社江別工場などが江別に進出しました。
 これら工場等が次々と江別に進出したことは、時節柄一条の光でした。

 特に、明治製糖株式会社の進出にあたっては、農村の振興に寄与することが大きいと判断されていたため、吉原町長を先頭に関係者が誘致に奔走しました。

 3年に操業開始の同工場は、5-7年にかけ工場の拡張と機械の増設を行いました。
機械は、全てドイツから輸入するなどしましたが、中でもコークスを用いるプットナー火力乾燥機などは東洋唯一のものでした。

(参考)
当ブログ2011年 5月13日(金)「町村農場と江別の酪農」
当ブログ2010年11月16日(火)「江別の酪農」
当ブログ2009年 4月27日(月)「市乳のはじまり」
当ブログ2008年 9月 1日(月)「北海道初の練乳製造民間会社」

註:江別市総務部「えべつ昭和史」76頁.
写真:牛乳缶を背負い、練乳所に運ぶ男性(写真集野幌」より)
 同上書写真5-6を複写・掲載いたしております。

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夢工房トンデンファームガーデンセール開催のご案内!

2011年05月28日 | イベント

 ゴールデンウィークに引き続き、夢工房トンデンファームでは、ガーデンセールが開催されます!

 トンデンファーム自家製ウインナーやベーコンスライスなど名品がずらり並びます。また、白老牧場生産の黒毛和牛(トンデンファーム直営)やチキン丸焼きなど、とにかく美味しさが一杯です!
 ゆっくりお食事をされたい方には、敷地内にレストラン「松の実」で焼き肉やソーセージの食べ放題が企画されています。

 敷地内には、アドベンチャーランドやニジマス釣りなども楽しめますよ。

 夢工房トンデンファームガーデンセールの日程は、下記のとおりです。
1.日時  2011年5月28日(土)~29日(日)10:00-17:30
2.場所  トンデンファーム
      江別市元野幌968-5

写真:夢工房トンデンファーム

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2011えべつ消費者フェスティバル開催のご案内!

2011年05月27日 | イベント

 このたび、2011えべつ消費者フェスティバル開催のご案内をいたします!

 えべつ消費者フェスティバルは、安心・安全をキーワードに消費生活全般に関わるさまざまなイベントが企画されています。

 同フェスティバルでは、料理研究家星澤幸子氏によるトークショーをはじめ、無料法律相談コーナー、健康相談コーナー、防災相談コーナーなど日常生活の「安全・安心」に係る事項について専門家に相談するコーナーが設けられています。
 また、会場内には、小型荷電回収リサイクルコーナーも設置されます。

 なお、会場にお越しいただいた方には特製ミルクドリンクがプレゼントされます。

 2011えべつ消費者フェスティバルの日程は、下記のとおりです。
1.日 時  2011年5月28日(土)10:00~15:00
2.場 所  野幌公民館
3.内 容  (1)無料法律相談コーナー10:30~15:00
          西脇崇晃氏(弁護士)
       (2)健康相談コーナー
       (3)防災相談コーナー
       (4)クッキング&トーックショー 13:00~
          講師  星澤 幸子氏(料理研究家)
       (5)小型家電リサイクルコーナー
4.問合先  えべつ消費者フェスティバル実行委員会
       011−381−1026

写真:野幌公民館

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文科省発表平成22年度大学等卒業者就職状況調査結果発表!

2011年05月26日 | 労働・雇用

 このたび、文科省発表平成22年度大学等卒業者就職内定状況調査の結果が発表されましたので、ご案内いたします!

 平成22年度大学等卒業者就職状況調査結果(4月1日暫定値)は、以下のとおりです。
 なお、調査対象は、国立大学21校、公立大学3校、私立大学38校、短期大学20校、高等専門学校10校、専修学校20校の合計112校で、今回の発表データは、未集計6校を除いた106校が対象となっています。

  区分   就職希望率   就職率(前年度比) 前年度就職率(H22.4.1現)
 大 学   66.4%(▲0.4)  91.1%(▲0.7)               91.8%
【内訳】 
*国公立   50.9%(▲1.9)      93.4%(▲1.1)     94.5%
 私立    74.0%(   0.3)      90.4%(▲0.4)              90.8%

 短 大   74.8%(3.5)         84.1%(▲4.3)              88.4%
高等専門学校 56.7%(1.7)         98.5%(▲1.0)              99.5%

 計     66.6%(0.2)   90.8%(▲1.1)     91.9%

<男子>
 大 学   60.3%(▲0.4)  91.0%(▲1.0)               92.0%
【内訳】 
*国公立   44.0%(▲0.4)      92.3%(▲1.8)     94.1%
 私立    68.8%(▲1.0)      90.6%(▲0.8)              91.4%

高等専門学校 56.7%(1.7)         98.5%(▲1.0)              99.5%

 計     59.9%(0.1)   91.9%(▲1.0)     92.9% 


<女子>
 大 学   75.0%(▲0.3)  91.2%(▲0.3)               91.5%
【内訳】 
*国公立   61.8%(▲5.5)      94.7%(▲0.2)     94.9%
 私立    80.9%(   2.0)      90.1%(▲0.1)              90.2%

 短 大   74.8%(3.5)         84.1%(▲4.3)              88.4%
高等専門学校 56.7%(1.7)         98.5%(▲1.0)              99.5%

 計     75.0%(0.5)   89.7%(▲4.3)     90.9% 

 文科省発表平成22年度大学等卒業者就職内定調査結果(4月1日暫定値)の詳細については、こちらをご覧ください。

(参考)
当ブログ2011年3月19日(土)「平成22年度大学等卒業予定者就職内定状況(2011年2月1日現)

写真:ドイツポルシェにて職業訓練生撮影
 撮影許可を得て、撮影・当ブログ掲載をいたしております。

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江別創造舎ブログ開設3周年!感謝の言葉

2011年05月25日 | その他

 江別創造舎は、地域文化振興活動を通じて「個が生き、個が活かされる地域社会の実現」を目指しています。

 これまでに江別の文化・歴史を題材とした江別カルタ図案化ポスターを制作し、道内教育機関をはじめ公的機関、団体・組織に配布させていただきました。
 また、市民・若者が講師となる講座を開講し、一人ひとりのキャリアを活かした活動交流の機会を提供して参りました。
 
 江別創造舎の活動拠点である北翔大学のエクステンションセンター教養講座「人が集えば文殊の知恵袋講座」が連続講座として今日まで開講できた背景には、江別創造舎のメンバーのご尽力があります。
2008年5月「第1回人が集えば文殊の知恵袋講座」を開講し、既に3年目を迎えました。江別創造舎メンバーをはじめ講師を担ってくださったゲストスピーカーの皆様には大変感謝いたしております。
 
 こうして、江別に関わるイベントや活動報告をはじめ、江別市史の著作者にご了解をいただき『江別市史」等を通じた江別の歴史・文化を当ブログを介して広く皆様にお伝えして参りました。

 ブログ開設3周年を迎え、陰ながらご支援をいただいております多くの皆様にはあらためて心より御礼申し上げます。
 
 4年目を迎えた今日、江別の魅力を多方面からお伝えてしていきたいと考えています。
 今後共、宜しくお願いいたします!
 
写真:北海道労働金庫様活動助成を得て制作した江別図案化ポスター

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講演会「原子力と原子力発電の基礎的理解」開催のご案内!

2011年05月24日 | イベント

 このたび、講演会「原子力と原子力発電の基礎的理解」開催のご案内をいたします!

 江別ユネスコ協会主催「原子力と原子力発電の基礎的理解~正しく恐れるために~」と題して講演会が開催されます。

 わが国は、遅ればせながらエネルギー資源という最も重要課題に、福島原発の多大なる被害、損害と引き換えに向き合うこととなりました。
 私たちは、原子力、原子力発電についてどれだけの正しい知識を持って今の事象を捉えているでしょうか?
 太陽光発電、風力発電等自然エネルギーの取組みが各所でなされている一方で、現在の私たちの生活は原子力に頼っていました。
 当講演会は、原子力および原子力発電についての正しい知識を得る貴重な機会と捉え、これからの私たちの生活世界におけるエネルギー資源について大いに考えていきましょう!

 江別ユネスコ協会主催「原子力と原子力発電の基礎的理解~正しく恐れるために~」講演会の日程は、下記のとおりです。
1.日 程   2011年5月25日(水)19:00開演
2.場 所   野幌公民館
3.講 師   矢吹哲夫氏(酪農学園大学環境システム学部教授)
4.参加料   無料
        当日直接会場へお越し下さい。
5.問合先   江別ユネスコ協会
        011−381−1069

写真:野幌公民館

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煉瓦工場以外の工場の様子

2011年05月23日 | 歴史・文化

 煉瓦工場以外では、5年一原にあった北海道亜麻工業株式会社江別工場が、同社の帝国製麻繊維工場として操業を開始し、その後北海道亜麻工業株式会社の工場として稼働していました。
 しかし、これも不況による事実上の倒産に追い込まれました。

 『石狩河畔の高い煙突から黒煙が原野を這うように流れ(中略)山のような亜麻茎の野積が工場周辺に数十もできて、若い娘たちが甲斐甲斐しく働いていた』(『篠津屯田兵村史』)というから、それら頬の赤い娘たちも職を失い、しゃがみこみ膝を抱えることになったのです。

 江別の最大手の富士製紙株式会社江別工場も例外ではありませんでした。
合理化による大量解雇が断行されました。
 昭和初期の江別の木製品製造業もまた、同様に不況の中にあり凄まじい凋落ぶりでした。

(参考)
当ブログ2011年5月22日(日)「野幌煉瓦株式会社設立」
当ブログ2011年5月21日(土)「不況と工場縮小閉鎖」
当ブログ2011年5月20日(金)「旧町村農場春の感謝祭開催のご案内!」
当ブログ2011年5月19日(木)「野幌兵村部有地解放自作農創設期成会結成」
当ブログ2011年5月18日(水)「羊毛報国」
当ブログ2011年5月15日(日)「馬の兵器化」
当ブログ2011年5月14日(土)「乳牛の増加と戦時下の事情」
当ブログ2011年5月13日(金)「町村農場と江別の酪農」
当ブログ2011年5月  9日(月)「青年活動の光彩」
当ブログ2011年5月  2日(月)「市民生活に関わる制度成立」
当ブログ2011年4月30日(土)「労働組合結成」
当ブログ2011年4月24日(日)「町警察署から国家警察へ」
当ブログ2011年4月16日(土)「青年団の再建」
当ブログ2011年4月15日(金)「戦後開拓の諸相」
当ブログ2011年4月14日(木)「農業共同組合の成立」
当ブログ2011年4月10日(日)「農業委員会法制定」
当ブログ2011年4月 9日 (土)「農地委員会の発足」
当ブログ2011年4月 3日 (日)「相撲・武道の奨励」
当ブログ2011年3月 7日 (月)「軍需と酪農」
当ブログ2011年3月 1日 (火)「江別郵便局通信業務拡充」
当ブログ2011年2月28日(月)「河川改修と集落」
当ブログ2011年2月26日(土)「庁立高女」
当ブログ2011年2月18日(金)「農村恐慌」
当ブログ2011年2月17日(木)「失業救済事業ノ件」
当ブログ2011年2月12日(土)「治安維持法成立」
当ブログ2011年2月10日(木)「富士製紙頼みの財政」
当ブログ2011年2月  9日(水)「庁舎の新築」
棟ブログ2011年2月  5日(土)「刷新の執行体制」
当ブログ2011年1月30日(月)「納税組合」
当ブログ2011年1月25日(火)「兵事と公衆衛生」
当ブログ2011年1月22日(土)「大正期の財政事情ー不況と増税」
当ブログ2011年1月21日(金)「石狩川架橋」
当ブログ2011年1月12日(水)「北海道道路令公布」
当ブログ2010年12月30日(木)「大正の風」
当ブログ2010年12月29日(水)「町村制の意味」
当ブログ2010年12月28日(火)「三村合併江別村トナス」
当ブログ2010年12月27日(月)「郡界の変更」
当ブログ2010年12月26日(日)「役場と兵村」
当ブログ2010年12月15日(水)「警察の権限」
当ブログ2010年12月14日(火)「口語歌人 伊東音次郎」
当ブログ2010年12月13日(月)「1級町村施行」
当ブログ2010年12月11日(土)「町村制の意義」
当ブログ2010年12月 8日(水)「小作問題の浮上」
当ブログ2010年12月 3日(金)「金肥の導入」
当ブログ2010年12月 2日(木)「兵村の地殻変動」
当ブログ2010年11月29日(月)「北日本製紙から王子製紙へ」
当ブログ2010年11月26日(金)「農業改良実行組合」
当ブログ2010年11月25日(木)「野幌兵村農業振興会」
当ブログ2010年11月23日(火)「産業組合法施行」
当ブログ2010年11月22日(月)「聖徳太子堂)
当ブログ2010年11月21日(日)「馬鈴薯澱粉の製造」
当ブログ2010年11月18日(木)「糧秣廠と商人
当ブログ2010年11月17日(水)「軍馬飼糧とえん麦」
当ブログ2010年11月16日(火)「江別の酪農」
当ブログ2010年11月14日(日)「精米工場の増加」
当ブログ2010年11月13日(土)「経緯度・標高」
当ブログ2010年11月10日(水)「原始林と貯水池」
当ブログ2010年11月 6日(土)「蛸足式直播機」
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当ブログ2010年11月 3日(水)「石狩川流域泥炭地」
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当ブログ2010年 9月 8日(水)「三角測量事業の成果」
当ブログ2010年 9月 2日(火)「三角測量の開始」
当ブログ2010年 9月 1日(月)「田内・内田東北海道調査」
当ブログ2010年 8月30日(月)「松本大判官の上川・十勝視察」
当ブログ2010年 8月27日(金)「ライマンの石狩川・十勝川探査」
当ブログ2010年 8月26日(木)「明治期初期内陸部踏査」
当ブログ2010年 8月12日(水)「武四郎北海道国郡図の限界」
当ブログ2010年 8月11日(火)「国郡選定と地図作製の影響」
当ブログ2010年 8月 9日(月)「国郡選定と北海道国郡図」
当ブログ2010年 8月 4日(水)「煉瓦事始」
当ブログ2010年 7月29日(木)「屯田兵本部宅地造成着手」
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註:江別市総務部「えべつ昭和史」75-76頁.
写真:王子特殊紙株式会社江別工場(石狩川河畔より撮影)

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野幌煉瓦株式会社設立

2011年05月22日 | 歴史・文化

 地場産業の煉瓦の不信は目を覆うばかりでした。

 それは、不況に加え、大正期に台頭したコンクリートに押されたためです。
さらに加えると、関東大震災(大正12年)時に、煉瓦建造物の倒壊が目立ち、煉瓦は地震に弱いとの風評が立ったことも大きな打撃となりました。
 そのため、大手の一つ北海道炭礦鉄道株式会社(以下北炭)の野幌煉瓦工場は、大正14年北炭の付帯事業整備の方針により、工場設備等すべてを同社の傍系会社北海道窯業株式会社に譲渡しました。
 しかし、同社もすぐさま業績不振に陥り、5年6月事業休止のやむなきに至りました。

 また、北炭と並ぶ大手の館脇煉瓦工場も、2年8月に岩田工場と合併し、あらたに野幌煉瓦株式会社を設立、新会社に生き残りを企画しました。
 状況は、まさに深刻でした。
 『一時、本道工業界に君臨し、その発展逆賭すべからざるものあった煉瓦も、近代化学工業セメントに次第に押されて今は昔の面影もない』(昭和7・5・7付北海タイムス)。

 こうした野幌の煉瓦工業界全体を襲った不況の荒波は、その後10年頃まで続きました。この間、既にみた工場の合併やあるいは陶磁器などの新製品の開発等、懸命な浮揚策がなされました。
 
 そして、10年以降、戦時下の時局産業として脚光を浴びる時代へと移り行きました。

(参考)
当ブログ2011年5月21日(土)「不況と工場縮小閉鎖」
当ブログ2011年5月20日(金)「旧町村農場春の感謝祭開催のご案内!」
当ブログ2011年5月19日(木)「野幌兵村部有地解放自作農創設期成会結成」
当ブログ2011年5月18日(水)「羊毛報国」
当ブログ2011年5月15日(日)「馬の兵器化」
当ブログ2011年5月14日(土)「乳牛の増加と戦時下の事情」
当ブログ2011年5月13日(金)「町村農場と江別の酪農」
当ブログ2011年5月  9日(月)「青年活動の光彩」
当ブログ2011年5月  2日(月)「市民生活に関わる制度成立」
当ブログ2011年4月30日(土)「労働組合結成」
当ブログ2011年4月24日(日)「町警察署から国家警察へ」
当ブログ2011年4月16日(土)「青年団の再建」
当ブログ2011年4月15日(金)「戦後開拓の諸相」
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当ブログ2011年4月10日(日)「農業委員会法制定」
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註:江別市総務部「えべつ昭和史」74頁.
写真:のぼり窯
 江別市郷土資料館よりご提供いただいた資料を複写許可を得て、当ブログ掲載いたしております。

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