江別創造舎

地域文化振興活動・江別カルタ制作

6月度人が集えば文殊の知恵袋講座〜初夏の森林公園を歩こう!のご案内!

2019年05月31日 | 教育・学校

 このたび、6月度人が集えば文殊の知恵袋講座〜初夏の森林公園を歩こう!のご案内をいたします!

 北海道みんなの日連携事業
 人が集えば文殊の知恵袋講座
 6月度「初夏の森林公園を歩こう!」開催します!

 エゾハルゼミや野鳥のさえずりを聞きながら
 のんびり野幌森林公園を散策します。


                                                 

 ご参加には事前申し込みが必要です。
 定員間近です!

 北海道みんなの日連携事業 6月度人が集えば文殊の知恵袋講座の日程は、下記のとおりです。
1.日  程     2019年6月18日(火)13;10ー14:40
2.集合場所     自然ふれあい交流館
            *解散場所同様
3.ゲストスピーカー 小川 由真 氏<自然ふれあい交流館普及啓発員>
4.企画・運営    田口 智子  <北翔大学短期大学部教授>
5.申し込み先    北翔大学地域連携センター
            011ー387−3939(直通)
            kouzacen@hokusho-u.ac.jp





写真:野幌森林公園昭和の森カツラ


           
 

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本日から!1Coin朝食フェア開催のご案内!

2019年05月29日 | 教育・学校

 このたび、1Coin朝食フェア開催のご案内をいたします!

 本日(5/29)から3日間!
 江別市内4大学にて1Coin朝食フェア開催です!

 各大学にてメニュー、時間帯等が異なっておりますので、ご留意ください。
 どなたでも1Coin<¥100->で召し上がっていただけますよ


 北翔大学1Coin朝食フェアについては、下記のとおりです。
1.期  間   2019年5月29日(水)〜5月31日(金)
          8:15〜9:15
          *毎食150日限定です。
           毎年8時30分過ぎには即売となりますので、お早めにお越しください。
2.場  所   北翔大学PAL4階
          *南門側煉瓦造りの建物4階
3.限定食数   毎日150食提供
4.料  金   100円
5.メニュー    5月29日(水) カルシウムプラス朝食
          クラムチャウダー&パン
          *背割りコッペパン・クロワッサン
          ウィンナー・サラダ
          フルーツ
          牛乳
          5月30日(木) 食物繊維たっぷり朝食
          とろろかけ豚丼温玉のせ
          *もち麦ごはん又は白飯
          根菜ナムル
          豆腐と長ネギの味噌汁
          フルーツ
          牛乳
          5月31日(金) スタミナ栄養朝食
          ダッカルビ丼
          *もち麦ごはん又は白飯
          大根とひじきのサラダ
          ほうれん草とわかめの味噌汁
          ヨーグルト



写真:北翔大学College Hall PAL<南門側より撮影>


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二つの造船所

2019年05月28日 | 歴史・文化

 船が大小さまざまな船が石狩川本支流を白波を立てて往来していたとならば、船の新造と修繕の需要も少なくありませんでした。

 そのため、江別橋東側のたもとに堀川造船所(堀川熊太郎)がありました。
熊太郎は、越後(中蒲原郡沼垂町)の出身です。
船大工の修行を終えて明治期に渡道、やがて江別川右岸、江別橋の上流たもとで造船の業を開きました。

 「江別川沿岸堤防敷地使用願」(明治45年4月24日)によれば、堀川は遅くとも、同42年(1909年)4月より堤防地を借用し、商売をはじめています。
「(大川通りで)建物の大きな物は、川筋にあった堀川造船所です。
前の道路は、一段と低くなっていましたので、増水の時はこれを利用して新造船を川に降ろすのですが、一番先に水がつく格好な造船所でした」(『わたしの江別』島禎男)。

 同造船所は、熊太郎から熊吉など3代に継がれ、操業は昭和30年ごろまで続いていました。
場所も何度か変わりましたが、最後は千歳川左岸、現在の東光橋付近にあったようです。

 なお、この時期、江別には二つの造船所がありました。
一つは、堀川です。もう一つは、不明です。
ただ、44年9月発刊の(新潟県人写真帖編纂事務所)に、江別在住・造船業として堀川とともに同じ越後・中蒲原郡町出身の中川喜一郎の名があります。
現在地は江別町136番地となっており、あるいは中が造船所であったのでしょうか。
いずれにしろ、こちらの方は大正9年(1920年)、第一次大戦後の恐慌の中で閉業のやむなきに至ったのでしょう。
10年以降の江別町勧業統計では造船業は堀川一戸です。
大正期において、この町に二つも造船所があったことは、舟運のまち江別をかえり見るとき、補助航路とともに、忘れ得ぬ事柄と言えるでしょう。


註 :江別市総務部「新江別市史」221-222頁.
写真:淀船を曳き江別港を出る<写真4-11>
   同上書220頁掲載写真を複写し、掲載いたしております。


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江別川は生活道路2

2019年05月27日 | 歴史・文化

 千歳方面からの木炭の搬入は、30年代以降、川船が定期的に行き交うほど活発化しました。

 例えば、44年の「江別村勧業統計」によると、千歳・漁方面から江別への木炭搬入は、22万6千貫、追分・栗山方面からは14万8千貫を搬入しました。
そのうち、江別での消費高は、24万8千貫、残余は貨車で江別駅から小樽方面へ送られました。

 明治期から薪炭業に携わった備後直蔵の息・博外の話を総合すれば、千歳行には3人が乗り込みました。
一人が船尾で舵を取り、後の二人が棹で押していきます。舞鶴か漁太で一泊、千歳・ネシコシへは2日かけ上がりました。
ただ、風向きの良い時は、帆をかけました。
帆の高さ15尺、幅10尺ほどのもので、これは木綿布を麻糸で縫います。
備後の場合、町内の達者な女性の内職で作ってもらったそうです。
順風満帆、この場合は1日で千歳に着きました。ちなみに言うと、備後のほか、この時期の江別の薪炭商業兼舟運者として、松生、近藤、志田らの名前が伝えられています。

 明治末から大正期にかけた江別川舟運の寄港地と、そこまでの貨物一個分の料金を示しました。
江別川舟運は、3系統に分かれました。
本流の終点千歳橋に一直線走るものと、幌向運河から幌向市街へ、馬追運河から長沼市街へ、あるいは夕張川を栗山方面へと、文字通り四通8達でした。

 これに石狩川舟運、それに数多くの渡り舟を加えると、江別の版図上、毎日大小の舟が上り下りを繰り返す鳥瞰の絵図が目に浮かびます。
この時期、舟運は人びとの生活の手足であり、川は生活道路でもありました。


註 :江別市総務部「新江別市史」221-222頁.
写真:明治40年代の江別港と江別橋
 同上書221頁 写真4-12掲載写真を複写し、江別創造舎ブログおよび江別創造舎facebookiに掲載いたしております。


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本日!北翔大学オープンキャンパス!

2019年05月26日 | 教育・学校

 このたび、北翔大学オープンキャンパス開催のご案内をいたします!

 2019年5月26日(日)
 北翔大学オープンキャンパス開催!

 北翔大学短期大学部ライフデザイン学科は、
 新卒生の学びだけではなく、
 学び直し!シニア入学を実現しています❗️
 時代変遷と共に、理論も教育内容も変遷しています。
 ライフデザイン学科は、
 新たなる学びの一歩をご支援します💕

 北翔大学短期大学部ライフデザイン学科は、
 2020年度より
  キャリアデザインコース
  ファッションコース
  舞台芸術コース
 3コース体制になります❗️

  キャリアデザインコース〜「ビジネスゲームを楽しもう!
  キャリアデザインコースビジネスゲームを楽しもう!」では、
  戦略マネジメントゲームを活用して
  ビジネスの仕組みを
  ゲーム感覚で!楽しく!学びましょう!
  ゲーム盤に、ヒト・物・カネのコマ各種
  さまざまなビジネス環境情報がカードに記され、
  人生ゲームのような感覚でビジネスの仕組みを学びます。
 
  ファッションコースは舞台芸術学科連携により身近なものの創作体験をします。

  舞台コースインプロビゼーション体験(照明・音響)!
  インプロビゼーションを行うための各種ゲームを導入して、展開します。
  役者希望・照明希望・音響希望等、それぞれの目的に即して
  それぞれの基礎知識を習得し、
  インプロ体験をします。

 模擬授業体験の他、オープンキャンパスでは、
  学科相談
  学食体験
  入試相談
  奨学金相談
  就職相談  等
 各種相談会を開催しています


 北翔大学でお会いしましょう


写真:北翔大学正門と桜


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1Coin朝食フェア開催のご案内!

2019年05月24日 | 教育・学校

 このたび、1Coin朝食フェア開催のご案内をいたします!

 来週!
 5月29日より3日間!
 江別市内4大学にて既におなじみにとなりました1Coin朝食フェア開催です!

 各大学にてメニュー、時間帯等が異なっておりますので、ご留意ください。
 どなたでも召し上がっていただけますよ


 北翔大学1Coin朝食フェアについては、下記のとおりです。
1.期  間   2019年5月29日(水)〜5月31日(金)
          8:15〜9:15
          *毎食150日限定です。
           毎年8時30分過ぎには即売となりますので、お早めにお越しください。
2.場  所   北翔大学PAL4階
          *南門側煉瓦造りの建物4階
3.限定食数   毎日150食提供
4.料  金   100円
5.メニュー    5月29日(水) カルシウムプラス朝食
          クラムチャウダー&パン
          *背割りコッペパン・クロワッサン
          ウィンナー・サラダ
          フルーツ
          牛乳
          5月30日(木) 食物繊維たっぷり朝食
          とろろかけ豚丼温玉のせ
          *もち麦ごはん又は白飯
          根菜ナムル
          豆腐と長ネギの味噌汁
          フルーツ
          牛乳
          5月31日(金) スタミナ栄養朝食
          ダッカルビ丼
          *もち麦ごはん又は白飯
          大根とひじきのサラダ
          ほうれん草とわかめの味噌汁
          ヨーグルト



写真:北翔大学College Hall PAL<南門側より撮影>


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江別川は生活道路1

2019年05月22日 | 歴史・文化

 石狩川の支流、江別川舟運のにぎわいも本流に負けてはいませんでした。

 江別川あ上流で結ぶ千歳川により、幌向、馬追、恵庭、千歳方面との往来の便が発達しました。
明治の中葉には「数十石積みの淀川船を以て該植民地需要品の供給に応じ、また秋収農産の搬出季には江別川口に殆ど百有余の小舟を輻輳せしむるほど」(明治31年7月2日付北海道毎日新聞)賑わっていました。

 明治32年ですから、百有余の小舟輻輳は、決して大袈裟ではありませんでした。
実現には至りませんでしたが、この繁忙を見込んで、31年6月、石狩川漕運株式会社が江別ー千歳間の定期航路開設の試航を行いました。

 江別から幌向、長沼、千歳方面に至る舟運の基本的な形は、
「荷物は長沼の作物を買って舟におろし、江別の運送店へもっていき、帰りには日用品などをあげてきた。」(『長沼町90周年誌』)、云々です。
すなわち、江別からは砂糖、酒、反物、醤油、縄などの日用品が運ばれ、千歳方面からは木炭、沿岸の農村からは雑穀類などが江別港に届きました。

 長沼の回漕店・吉川金弥の述懐によると、31年頃、長沼から江別に下るのに4時間、江別から長沼へ上るのは一日がかりでした。
「上りは二人で先端に鉄製の二又をつけた棹を肩の力で進行方向に背を向けて押したり、沿岸の樹木の先をかけて引いたりしてなかなか楽なものではなかった」(『長沼町の歴史』)。
舟運が最も活発になるのは、千歳川沿岸農村の収穫期である8月、9月、10月の3ヶ月です。
これら舟の持ち主は、店舗を構え、船夫を雇った営業する者のほか、船の中で寝泊まりしながら稼ぐ者などさまざまでした。
船は、小廻船、俗にいう長船で一隻2付米豆類は120-130俵、木炭は140俵前後を積載しました。


註 :江別市総務部「新江別市史」219-220頁.
写真:写真:上川丸
   *江別カルタ<江別創造舎制作>絵柄抜粋


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補助航路 石狩川線 2

2019年05月20日 | 歴史・文化

 しかし、航路を廃止するわけにはいきません。
 北海道庁においては、石狩川航行従来の不成績に鑑み、国庫の補助をなすにあらざれば到底其目的を完ふするに能はざるを看取し」(「殖民公報」 第14号・明治36年5月)、35年4月より補助金交付に踏みきりました。

 (中略)

 石狩川線のうち、主要航路は江別ー月形間です。
上り線は江別港を出航、幌向、下達布、美唄達布、美唄、狐森、枯木に寄港、9時間をかけて月形に到着しました。
月形港を出航した下り線は、同じ寄港地をとおり4時間で江別港に到着しました。

 上川丸、空知丸は、乗客と日常雑貨などを運ぶと同時に、淀船を曵いていきました。
大正4年(1915年)以降の航路受命舎となる、藤原汽船の船乗りだった古山鷹男は言います。
「荷物のあるところ(寄港地)へ曳き船をおいていきわけさ。新篠津に一杯、北村に一杯・・・。月形には亜麻会社があって、亜麻でも雑穀でも全部出ているわけさ。それを積んで江別に下がってくるわけ。」

 補助航路石狩川線は、昭和8年(1933年)まで続きました。
この間、受命者は4回変わりました。
最初は、大倉喜八郎、ついで阿部久四郎(キク)、そして江別の藤原由蔵が大正4年から請け負いました。
既に、当地で木工場を経営していた藤原は、この年に汽船部を設け、補助航路の経営にに乗り出しました。
彼の受命は昭和6年までで、最後の2年間は札幌の石狩川汽船株式会社が受命者となりました。

 北海道庁告示第210号(大正2年4月9日付)は、大正2年、3年度の補助航路の運行に関し、受命者阿部キクに対し、次のとおり命令(概要)しました。
 ・航路     仕出地〜江別。
         仕向地〜月形および石狩
 ・航海度数   江別〜月形間
         4月=8回
         5月〜11月=毎月13回
         江別〜石狩間
         4月=2回
         5月〜11月=毎月4回
 ・寄港地    江別〜月形間
         砂濱、幌向、下達布、上達布、美唄達布、美唄、狐森、上北村、枯木
         江別〜石狩間
         茨木、ビトイ、当別太
 ・使用船舶の資格
         総噸数3,000噸以上、最強速度1時間6海里以上ノモノ2隻ヲ用ウ
 ・運賃の割引  乗船賃割引券ヲ有スル移住民ノ乗船賃金及び其ノ携帯品運賃ハ 
         定額の5割以上ヲ減シ 各地ヨリ輸出スル農産物ノ運賃ハ定額ノ2割以上ヲ減ス

 補助航路石狩川は、明治35年から始まりました。
その終航は昭和8年度までですが、就航の目的は上記に引用の運賃割引に直截に表現されていました。
すなわち、道央の開拓地に移民を投入する足であり、かつ、該地方の農産物を札幌、小樽方面へ搬出する流通経路の確保です。
補助航路としたのは、北海道の開拓行政上の重要課題に応えるためでした。




註 :江別市総務部「新江別市市」216-219頁.
写真:命令航路・石狩川線寄港地 (「石狩川治水の曙光ー岡崎分岐ぎの足跡」)
   同上書217頁掲載写真4-4を複写・掲載いたしております。



 

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補助航路 石狩川線 1

2019年05月19日 | 歴史・文化

 明治35(1902)年、航路・石狩川線(江別ー月形間、月形ー札的内間、江別ー石狩間、の3航路)が北海道補助(命令)航路に指定されました。

 この補助航路は、21年の小樽ー増毛間がはじまりです。
 その後、函館ー釧路線、函館ー網走線、函館ー小樽線、小樽ー稚内線などが対象となります。
いずれも海路でした。

 当時の北海道の海は、①安全施設(灯台や港など)が不備で、②冬の大時化、流氷、夏の濃霧など、危険がいっぱいでした。
 そのうえに採算上の問題もあり、北海道の内陸、奥地の開拓上重要な航路も思うような安定運航にはほど遠いものでした。
そのため、国が補助し、採算上の隘路を解消すると同時に、受命者、航路、運行回数、船の規模能力を指定、運行を維持する補助航路となります。
例えば、今日の過疎に悩む町村などにおいて、住民の足を確保するため自治体が会社に補助を出して、バスを走らせるのと同じです。
 なお、道内の補助航路のうち、河川航路のうち、河川航路は石狩川線だけです。
その理由は、①開拓当時の北海道の道路はすこぶる悪かったことです。人馬相通せずといわれ、鉄道沿線を離れると交通は杜絶し、往来は困難を極めました。
②特に内陸、雨龍方面の農産物を搬出し、逆に札幌、小樽等の生活必需品を同地方へ送るため、この航路は不可欠、などでした。

 この航路が補助航路に指定されるまでの間、紆余と曲折ありました。
石狩川航路は、民間の汽船会社の経営で運行されていました。
有限責任石狩川汽船会社であり、西田汽船などです。
大倉組汽船部や大河原文蔵らの石狩運漕会社、さらには石狩川滊線合資会社です。
それぞれがそれぞれに奮戦しましたが、いずれも沿岸農産物の出荷状況や半年の結氷運休などに苦しめられました。
もはや、誰の目にも民間単独の経営は難しい、そこまで追い詰められていました。


註 :江別市総務部「新江別市市」216頁.
写真:石狩大橋<昭和21年代>
   *石狩大橋・農産物の搬出を終え、美原方面へ帰る馬車の列が通る
   同上書写真4-21を複写・掲載いたしております。


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本日!江別市旧町村農場 春の感謝祭開催のご案内!

2019年05月18日 | イベント

 このたび、本日!江別市旧町村農場 春の感謝祭開催のご案内をいたします!

 本日(5/18)!
 江別市旧町村農場
 春の感謝祭開催!

 江別産新鮮野菜および苗の直売
 Calmのシフォンケーキやえべチュンらーめんなど、
 江別の美味しい!が揃います!

 江別市旧町村農場 春の感謝祭開催の日程は、下記のとおりです。
1.日   程    2019年5月18日(日)9:30−12:00
2.場   所    江別市旧町村農場
            江別市いずみ野25番地
            011ー383ー7734
           *JR函館本線江別駅から車で6分
           *北海道中央バス
             JR江別駅〜江別・新さっぽろ線第3中学校下車徒歩1分
           *JR野幌駅北口〜野幌見晴台B・D牧場町東下車徒歩1分



写真:旧町村農場
 *江別市総務部「えべつ昭和史」51頁掲載写真を複写し、当ブログ掲載致しております。


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