江別創造舎

活動コンセプト
「個が生き、個が活かされる地域(マチ)づくり」
「地域が生き、地域が活かされる人(ヒト)づくり」

江別町青年団体連合協議会再編

2012年02月05日 | 歴史・文化

 江別において戦後いちはやく青年団を再建したのは、美原でした。

 美原70年史によると、滅私奉公尽忠報国の価値観が一挙に崩れ去った後、青年たちは復員の若い兵士共々彷徨、悪行そして虚無に沈みましたが、そうした中からの団活動の再出発でした。

 21年になると、各地域で青年組織が生まれ、同年5月には市街地・農村地区を網羅した江別町連合青年会の結成をみるにいたりました。

 その後曲折があって、23年6月江別町青年団体連合協議会に再編され、20年代から30年代前半にかけ活動の最盛期を迎えました。
 事業所、向上などにおける労働組合活動、なかでも青年部活動の活発化につれ、徐々に江別町青年団体連合協議会活動は農村青年中心のものとなり、初期の裾野を失っていくことになりました。

 戦後10年間の江別の文化、スポーツ活動は、この水を得たような江別町青年団体連合協議会に結集した青年たちの爆発的なエネルギーが牽引したといっても過言ではありませんでした。
曰く、青年団対抗陸上競技大会であり、青年相撲大会であり、演劇コンクール、カルタ大会、弁論大会、ダンス講習会などでした。

註:江別市総務部「えべつ昭和史」191-192頁.
写真:学生野球チームギャラクシー
 同上書105頁掲載写真を複写し、当ブログに掲載いたしております。

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