コタツ評論

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百人町を歩く

2019-05-25 23:26:00 | ノンジャンル
たとえば、新大久保の駅前に立ってみる。大久保通りに面して、ひとつしかない。まず、若い人がひしめいているのに驚くだろう。渋谷などを一部を除いて、東京も若者より高齢者の姿をみることの方が多い。

そしてすぐに、外国人の多さに気づくはずだ。はっきり、外見で日本人とわかるのは、制服を着た女子高校生くらいだ。彼女らは安価な韓流化粧品と珍しいスイーツがお目当てらしい。

耳に入ってくる会話や電話の声は日本語以外ばかり。圧倒的多数は学生や働きに来た、「在日」外国人たちとわかる。

韓国人も少なくないがバングラディシュやインドネシアなど、色の浅黒い、くどいくらい顔立ちの濃いアジア系が目立つ。

みな、こざっぱりした、おしゃれに気を遣った格好をしている。東京広しといえど、こんな外国人ばかりの町はほかにあるだろうか。

いっときの原宿や秋葉原、御徒町をまぜこぜにしたような雑踏の大久保通りから、てきとうに枝道に入ってみる。

駅前からなら、通りを挟んで右手に日拓のパチンコ屋とマツモトキヨシがみえるだろう。その間の道を10mほど進むと左手に「新宿八百屋」という繁盛してそうな店がある。

店頭にはキャベツやピーマンなどが並ぶ何の変哲もない小さな八百屋だが、働いている店員はすべて、眉や瞳が黒々として髭の剃り跡の濃い、浅黒い肌のアジア系の青年たちばかりだ。

その「新宿八百屋」の前を左折すると、その先の3階建てのボロビルの1階まで、八百屋の倉庫や荷捌き場になっているようだ。

バングラディシュ系と思われる店員たちが、野菜や果物の入った段ボールを運び、手早く箱を開き、空箱をたたんで積み重ね、寸暇も惜しむように、立ち働いている。

段ボール箱はすべて輸入品川のようで、英語表記の箱ばかりだ。たぶん、日本人には耳新しいさまざまな食材が来日して、いろいろな近隣や東京中の外国料理店に提供されているのだろう。

戦後すぐに建てられたくらいに築年数がかさんで、元は白かっただろうが今は黄ばんだモルタル造り、一見、廃墟のようなボロビルだが、その上階は集合住宅になっているようだ。

どの部屋のベランダにも洗濯物が干されて、物干し竿ではなく洗濯紐を張っている。それにインド更紗の布が止めてあったり、インド系と思われる母と娘が下の八百屋の青年のひとりに声をかけ、手を振ったりしている。もしかすると、八百屋とボロビルのオーナーは「在日」外国人なのかもしれない。

ボロビルの向かいはコインパーキングになっていて、なぜか、数台しか駐車されずガラ空きである。表通りからは入りにくいのか。その駐車場に、缶酎ハイや缶ビールを片手に昼間から酔っぱらっている、だらしない恰好の初期から後期高齢者が数人屯している。

毎日のことのようで、顔見知りらしく、いぎたなくしゃがみ込み、フェンスにもたれながら、つまらなさそうに言葉を交わしているが、握りこんだ酒の缶にしか関心がない風だ。

そこに、インドかバングラディシュか、スリランカかよくわからない、三輪車に乗った、男の子が通りかかり、「こら、坊主、危ないからそっちへいっちゃダメ、ダメだって!」とか、よろめいているジジイから叱られている。

貧民窟のような集合住宅の洗濯物が垂れたベランダにいた、髪の長い娘の幼い弟かもしれない。貧民窟のような、といっても新大久保駅から数分だから、家賃はけっして安くないはずだが。男の子は白髪頭に何か言い返して、忙し気に歩いている通行人の間を抜けて、三輪車をこいで消えていった。老人たちはたぶん昔からの住民なのだろう。

かつての新大久保は場末も場末。ラブホテルが目立つくらいで、狭い路地には「ドヤ」と呼ばれた安宿や安アパートがひしめいていた。歌舞伎町に勤めるホステスとバーテンが同棲するにはうってつけの、寂れて荒んだ昭和の町だった。

今は外国の都会暮らしに活性化された、こざっぱりとお洒落な、そして日本風のマナーを身につけた、お行儀のよい、若い外国人男女の町になっている。アジアの国々に旅したことも暮らした経験もないが、こんな町は世界のどこにもない気がする。ある日本の未来形を先取りした姿なのかもしれない。

芸術や文化はもちろん、たいした商売も生まれないかもしれない、たかだか安物買いとB級グルメの町に過ぎないだろう。しかし、デイストピアの兆候などここにはない。屈託のなさそうな笑みを浮かべた若い人々の行きかう町だった。

Buena Vista Social Club 'Chan Chan' at Carnegie Hall


Buena Vista Social Club のテーマ曲です。ハバナの旧市街を歩きたくなります。


(止め)