コタツ評論

あなたが観ない映画 あなたが読まない本 あなたが聴かない音楽 あなたの知らないダイアローグ

ヒュー・グラント賛江

2010-04-23 01:47:00 | レンタルDVD映画
先日、BSで放映されていた「ラブソングができるまで」を観てしまった。なかなか心地よい映画だった。ご贔屓ドリュー・バリモアの温かな笑顔に惹かれた、だけではない。子役上がりで、ドラッグ、セックス、タトゥーと、ハリウッドきっての不良少女だったドリュー・バリモアが、日本でいえば、すっかり、「癒し系」女優になっていたのだが、そんな過去も癖もあるハリウッド女優の引き立て役に徹する「草食系」男優のヒュー・グラント君の「やれやれ」顔が心地よいことに気づいたのである。




かつて80年代にポップスターとして活躍したアレックス(ヒュー・グラント)だが、中年となったいまは落ち目の坂道を下るばかり。TV番組「あの人はいま」に出演依頼されて腐るが、仕事といえば同窓会や遊園地に呼ばれて、同じように中年になった女性ファンのために、腰を振りながら懐かしのヒット曲を歌う毎日。ふつうなら、ヤケ酒あおって誰彼なく八つ当たりするところだが、ヒュー・グラント君は不本意な毎日を右から左へ流して過ごしている。

ピンチヒッターで部屋の観葉植物の世話にやって来たソフィー(ドリュー・バリモア)を誘う言葉も、「今夜、僕のショーがあるんだが、来ないか? ホント、笑えるよ、ハハハ」と自嘲気味。眉毛と口角を下げた「やれやれ」顔と、この「ブツブツ」一人突っ込みが、ヒュー・グラント君の独壇場。気弱で間抜けな二枚目という役どころは、ハリウッド・シチュエーションコメディの類型だが、ヒュー・グラント君ほどのハンサムはいなかったし、軽口叩いてやり過ごす、「なんちゃって」反応を彼ほど好ましくできる人はいない。

そんなアレックスに奇蹟のような幸運が舞い込む。幼児の頃、アレックスのファンだったという人気絶頂のセクシーアイドル・コーラが、新曲の制作を依頼してきたのだ。期限は一週間。なかなか曲ができず焦るアレックスは、鉢植えに水をやるソフィーに作詞の才能があることに気づく。しかし、「天然」に見えたソフィーには、深い心の傷があって・・・。すったもんだのあげく、はたして「ラブソング」はできるのか。はたまた、アレックスはカムバックできるのか。二人は結ばれるのか。ま、全部できるのですがね。

で、ソフィーの心を傷つけた「サイテーの男」と二人が対決する場面がある。高級レストランで、有名作家の男は取り巻きを連れている。アレックスに「ケリをつけろ」と励まされて、おずおずと男の前に出るソフィーだが、裏切られたとはいえ、かつて惚れた男の前で、積年の恨みをいうどころか、追従笑いを浮かべ賛辞を述べてしまう有様。見かねたアレックスが加勢するが、こちらも暴力に訴えながら、返り討ちにあってしまう始末。部屋に戻って、アレックスの傷の手当をするソフィー。

惨めな二人は、何と慰め合うか。「ありがとう。男らしかったわ」とソフィ。「少しは気が晴れたか」とアレックス。氷でアレックスの頬を冷やしながら、にっこり微笑むソフィ。「腫れているのは反対側なんだが」とアレックス。お決まりのギャグだが、心ここにあらずのソフィー。ビシッというつもりが、ガツンとやっつけるつもりが、恥辱をそそぐつもりが、さらに恥の上塗りになってしまった。それでも、悔し涙にくれず、歯噛みしないのは、二人がとりあえず、相手を気遣っているからだ。

なかなか現実には勝てない。でも、まだ負けたわけではない。あなたは私のために闘ってくれた。だから、私もまたがんばれる気がする。だから、泣きたいけれど、あなたに向けて笑っているの。ありがとう。僕は人と争うのが苦手なのに、君のためとはいえ、あんな乱暴なことができたんでびっくりだ。でも、やつには勝てなくて、すまない。そうだよ、まだ負けたわけではない。ていうか、やつに勝つなんてどうでもいいじゃないか。僕たちは、挫けそうな自分に勝って、勇気を奮い起こすことができたんだ。

黙った二人は、たぶん、そんなことを心中で語り合っていたのだろう。ではないのだ。これも実はアレックスの妄想一人突っ込みなのである。ソフィの本当の気持ちはわからない。ただ、アレックスは、ゴールデンレトリバーのように飼い主を心配して、こんな応答を心中で繰り返しているのだ。間抜けなことをして笑わせてくれて、気弱に見えるほど優しくて、でも敵の前面に出て吠えてくれ、いつも気遣わしげに自分を見つめている。そんなゴールデンレトリバーに紛して、ヒュー・グラント君の右に出る者はいない。

つまり、女性にとって、本当に男らしい男とは、ゴールデンレトリバーなのである、たぶん。そして、男にとっても、ヒュー・グラント君のような男こそ、本当に男らしいのかもしれないと学ばせてくれるところが、女のための恋愛映画を観る男の醍醐味なのだ。

(敬称略)
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする