コタツ評論

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降参した歌 番外

2010-04-20 22:20:00 | 音楽
行く手に広げた黒い傘が落ちていた。近づくと、くるりと傘が回り、5歳くらいの女の子が肩に担いでいたのがわかった。私を見上げて呆然としている。私は犬とか幼児の視線をくぎづけにする存在らしい。ときどきこんな風に見上げられる。女の子は、小さな口をまるくして、「こんにちわ」とぎこちなくいった。「うん、こんにちは」と私も挨拶を返した。見送っている気配を感じながら、歩き過ぎた。このBill Evansのピアノは、雨音のようだ。

Bill Evans - Waltz For Debby

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証拠

2010-04-20 01:24:00 | 新刊本


『日本産業社会の「神話」-経済自虐史観をただす』(小池和男 日本経済新聞出版社)

帯文
「日本は集団主義の国」「日本人は会社人間」「長時間労働が競争力を強化」「成長は政府のお陰」-。日本を惑わす迷信を、労働経済学の第一人者が一刀両断。

目次
第1章 激しい個人間競争
第2章 日本の働く人は会社が好きか
    -意識調査の国際比較
第3章 「年功賃金」は日本の社会文化の産物か
    -戦前の日本の軍のサラリー
第4章 日本は長く働くことで競争力を保ってきたか
第5章 日本は企業別組合か
第6章 政府のお陰か
    -綿紡績業の展開


小池和男という人はよく知らないが、「はじめに」を読むと、最初の著作は、『日本の賃金交渉』(産業別レベルにおける賃金決定機構 東京大学出版会 1962)であり、その第1章は日本の繊維産業の賃金交渉を分析したものらしい。ほかにも、ゼロ戦や三井三池の労働争議についての論文もあるそうだから、とても古い人だ。今年78歳。自らを「老残」といいながら、本書では、日本の仕事や職場について、はじめて恣意にまかせて語ったような、失礼ながら「遺言」のような解放感がある。

 この本は、いままでのわたくしの本とは、やや違いがある。これまでわたくしは、すくなくとも本人の主観では、かなり証拠を集めたとおもわないかぎり、書かないように努めてきた。とりわけ職場で事情をよく知る人の話を聞き、それを一次資料として本を書いてきた。だが、すでに体力が衰え、職場への訪問を控えざるを得ない。しかもなお、年来わたくしが世にいいたいことが心にのこっている。それを書いた。つまり、やや証拠が足りないにもかかわらず、なおいいたい議論を集めている。そして証拠とはとてもいえないけれど、さまざまな国の職場での個人的な見聞も活用している。-(はじめに)。

なるほど、主観は証拠足り得ない。ただし、誰の主観でも、証拠足り得ない、わけではない。なるほど、あの人がいうなら、傾聴に値する。その人がいうのだから、裏づけはあるのだろう。そういうことは、ある。逆に、同じことをいっても、人によっては、まるで傾聴に値しない、どうせ、聞きかじりの知ったかぶりに過ぎないだろう、と判断される。そういうことも、ある。小池和男という人は、たぶん半世紀以上になろうとする研究者生活を賭けて、「わたくしの主観」を「証拠」のひとつと認めてくれないだろうか、といっている。

労働経済学という学問分野や小池和男の業績に不案内な読者にとっては、無理な注文である。しかし、困ることはない。本書を一読すれば、「証拠」が吟味されていることがただちにわかる。読了せずとも、第1章第2章を読めば、仕事への満足度や人事査定に関する調査データがきわめて少ないことが繰り返し述べられている。たしかに人事査定資料などは、どこの会社にとっても極秘だろうし、ましてや他国の企業のそれと比較するなど、調査設計から困難を極めるのは想像に難くない。仕事への取り組みや会社への忠誠心など、労働者の意識調査であっても、比較対照するには多国間に及ぶ大規模な調査事業が必要となる。

つまり、信頼に値するデータ(証拠)はきわめて少ないらしい。したがって、「日本は集団主義の国」「日本人は会社人間」「長時間労働が競争力を強化」「成長は政府のお陰」には、当然、「証拠」がないのである。また、そんな日本の反対として、よく引き合いに出される、アメリカの企業についても、そんな「証拠」はないのである。「証拠」がないということが、すなわち、「集団主義」「会社人間」「長時間労働による競争力」「政府のお陰」などが、「神話」や「迷信」にすぎないことの証拠となるわけだ。そして、きわめて数少ない、信頼に値する日米の調査資料という「証拠」に基づけば、むしろ、それら通念や通説を裏切る分析が成り立つという。

「日本企業はアメリカ企業より、むしろ個人間競争は激しい」「日本人はアメリカ人より、会社に醒めている」「長時間労働ではなく、創意と工夫が競争力を強化した」「経済成長は政府や官僚のお陰ではなく、民間企業の活力と技術革新によるものだ」と小池和男は結論する。ありもしない集団主義を克服しよう、あるいは、ありもしない集団主義を踏襲しよう、そうした誤解に基づいて、経済政策や企業方針が立てられることによる甚大な損害は、今日の格差社会の到来をみても明らかだろう。また、日本の労働者・会社員が、自らの仕事や会社について、はっきり「ハピーでない」と回答しながら、よい働きぶりをするのはなぜなのか。残された疑問や課題も大きい。

データ分析を主とするため、率直にいって読みづらいところもある。たとえば、第6章から読みはじめてもよいだろう。かつて紡績業は、現在の自動車や家電製品以上の輸出産業であった。国策会社がすべて潰れた後に、東洋紡のような民間会社が、低価格製品で追い上げる中国やインドの紡績業に、品質向上を対抗して生き残った技術革新の背景は、これらの「神話」や「迷信」に反する事実があった、などは、いま就職活動の真っ最中である大学3年生にぜひ読んでほしいものだ。また、労働組合丸抱え候補が少なくない民主党政権の問題を考えるには、第5章は必読だろう。

なるべく読みやすくしようとする工夫から、集団主義は「日本文化」という思い込みを否定するために、新古今集の撰者たちが選考に合議制をとらなかった例を挙げたり、日英のプロサッカーの席次を解説したり、自らの趣味に走った「証拠」を提示しているのも、好奇心旺盛な「老残」の日常を伺わせ、微笑ましく楽しい。

(敬称略)