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コタツ評論

あなたが観ない映画 あなたが読まない本 あなたが聴かない音楽 あなたの知らないダイアローグ

横道にそれながら世之介を語る その一

2014-03-15 00:30:00 | レンタルDVD映画



舟を編む」もよかったけど、俺は「横道世之介」がよかったな。

長崎の小さな港町から、大学入学のために上京して来るのね、横道世之介は。時代は80年代。アパートに着くまで東京を歩くんだけど、途中アイドルグループのイベントに見入ったりする。このシーンが妙に長くてね、この映画ダメかなって一瞬思ったね。そのガールズグループもひどくて、手足が太い短い、園児のお遊戯みたいなフリでね。でも、一曲まるまる世之介はつきあうんだ。

どうしてあんなに尺が長いのか、ちょっと考えてみるとね。おっと、ごめん。「尺が長い」って業界用語を使ったりして。昔はね、フイルムは尺で測ったの、尺貫法を知らないかな。俺も大人になってから知ったんだけどね。でね、世之介は律儀なやつだから、ちょっと観て、行き過ぎるってのができない。あるいはね、田舎者だから、知らないアイドルグループだけど、そこらで歌っていることに、さすが東京だな、その東京に俺もいるんだって、なんか嬉しくて見入っていたのかもしれない。そういう世之介視線の映画なんだな。目線? いや、目線は世之介だけが一方的に見ていることだけど、視線は見て見られている多方面からなのね。

で、入学した大学は法政大学、市ヶ谷キャンパスね。どーんと大学名が出るからタイアップかもしれない。大学構内のシーンは多い。大学生の青春映画? どうかなあ。ちょっと違う気がする。青春ってったら、高校まででしょ。大学はさ、モラトリアム、執行猶予期間じゃあるが、もう青春じゃないよな、昔っから。今はさ、今はもっとそうでしょ?

以前、宮本輝の「青が散る」って、やっぱり大学生の小説を紹介したっけ。で、これはユニークな大学小説なんだって続編を書くつもりが投げ出したままだけど、70年前後の大阪・茨木市の追手門学院大学がモデルだったな。大学創立1年目で、自分たちでテニス部を創ったはいいけれどコートもなくて、空き地を造成して、「重いコンダラー」を引いてコートを固めるところから学生がやらなくちゃならない。あれは律儀な大学論の含意だったな。

日本だと、大学といえば東大、私立なら早慶が代表のようにいわれるが、そりゃ全然違うぜっていいたい。「ぜ」ってのは吉本隆明がたまに口にした「ぜ」なんだけど、知らないよな。じゃ、聞き苦しいほどスハスハ息継ぎする新珠三千代の声真似とか、喉をチョップでトントン叩きながら喋ると林家正蔵になるとかも知らないよな、まあいいや。いや、今のじゃなくて先代の正蔵、仙台じゃなくて、困ったな、先の代って書くの。未来って? いや、未来は先(さき)、先(せん)は過去なの、関西じゃ、「先(せん)に」って云うと、「ちょっと前」ってことになる。

それはともかく、大学はね、まず私立じゃなきゃいけない。これで東大以下、国公立はぜんぶ外れる。大学の始まりや歴史をみれば、これは決まっていること。異論は認められないよ、世界中どこでも。次に、さっきの吉本隆明風に日本的小状況でいえば、しょうじょうきょうってわからない? 小さな上京じゃなくて、少ない上京でもなくてえ、いや、いや、待てよ、そうともいえるな、うんいいね、それでいこう。日本もね、明治時代に世界史に上京したわけだ。そのつもりだったが、じつは小さな少ない上京だったんだな、これが。大学もそのひとつ。

んで、日本にはオックスフォードもケンブリッジもソルボンヌもフンボルトもハーバードもエールもUCLAもできなくて、モスクワ大学ができたと。でたらめだなこれじゃ。ずーっと時代は下がって、法政大学のMARCHとか、偏差値でいうと中から下あたりの総合大学、サラリーマン養成学部ってのがたくさんできた。これはわかるよね。世之介が入ったのも経営学部だね。経営者なんてなりそうにも、なれそうもないのにね。でも、日本の大学らしい大学ってのはこれ、これが標準なの、小状況なの。うんとそれ以上も、あまりにそれ以下ってのも違うんだな。よくもわるくもごく普通の大学ね。

学生はあまり勉強しないし、もっぱら友だちと喋ったり、サークルしたり、バイトしたり、将来のことなんてほとんど考えていないし、なんとなくぼんやりと毎日を過ごしている。横道世之介もそんな大学生なんだな。いまはもうそんなじゃないか。気の毒にな。日本以外でこの普通を説明するのは難しいね。日本でなら、フツーじゃん、で通じる。で、いきなり結論をいうと、普通ってのは、ごめん聞き飽きた、普通って? 何回云ったかね。つまり、普通って成熟するってことなんだ。普通イコール成熟する。するっていう遂行的なところがポイント。

たぶん、日本人だけなんだ、普通になろう、普通でいこう、普通でいいやって、思い決めるのは。青少年はさ、もっとこう上を目指すっていうか、下や斜めに行ってそこで上をとるとか、ほら不良や裏道みたいにさ、矢印のベクトルが傾いているわけ、普通。でもね、横道世之介はね、そういうことはあまり思わない。そこそこでいいやって思う。それは覇気がないことだし、資質や能力に欠けるってことでもあるが、非選択的な選択でもあるんだな。また、吉本隆明風にいえば、「重層的な非決定」といってもいい。ほんとはいけないはずだが、この際どうでもいい。悪いけど、急ぐ。

「成熟するぞ!」って叫んで歩いたら、普通じゃない人になるから、遂行的といっても、遂行的というのは、ま、やり遂げるくらいなことだけど、自分一人で何とかなるもんじゃない、成熟するってのは。えっ、熟女? どこからそんな言葉を知ったの? 熟女ねえ、ま、熟女でもいいけど、熟女もね、人からそう云われたり、思われたりするもんだよね。成熟も同じ。ただ、成熟の場合は、「あいつは成熟したやつだ」とか「成熟男」とかはいわない。かんたんに、「いいやつだ」、そう云う。ほかに適当な云葉がないからね。面と向かっては云わないけどね。で、「いいやつ」とどこかで云われているやつは、云ったやつを「いいやつ」と思っている。そこが大事。

人間は、その字の通り、人の間を、関係を生きている。それぞれ関係する人たちにも、間があるし、また関係がある。ということは、人は間(あいだ)の間(あいだ)のアイダ設計を生きている。ぜんぜん、わからない? 俺もよくはわからない。でもね、そういう人の間、人々との間に、「いいやつだ」という相互承認が生まれたとき、それを仮に成熟すると呼ぼうと俺は思ったわけ。そうそう、ここだけの話。よそで云うと、はあ?って顔されるだろうな。さ、そろそろお開きにしますか、寅さんだね、まったく。

ま、次のときまで、これだけは覚えておいてね。「普通」も「成熟する」も「いいやつ」も、参照するモデルはないってのが共通しているってこと。これが「普通」だって人が眼前にいるわけではないし、誰かが「いいやつだ」って保証してくれるもんでもない。「成熟する」ってこういうことなんだという本もない。でも、「普通すぎる」横道世之介に接したおかげで、まわりの人間はそれを知る。でも、そのことを意識はしていない。だから、世之介(高良健吾)の彼女の祥子(吉高由里子)も、ちょっと憧れた千春(伊藤歩)も、友人の倉持(池松壮亮)や加藤(綾野剛)も、ある事件があった12年後に、思い出すという形で気づく。そういう回想の映画なんだな。

はじめに云ったように、この映画の視線は、世之介の、世之介へ、そして世界から、見る見られる視線なんだ。いやあ、全然ややこしくはないよ。映画の回想シーンだけが、これらを同時にできるんだが、俺らはいつも当たり前のように観ているし。ただし、ここに世之介の回想だけは入っていないんだ。

THE BLUE HEARTS 人にやさしく


(敬称略)


不覚にもパンツに驚いた

2014-02-12 23:08:00 | レンタルDVD映画
「愛か罪か」とか「愛の絆」とか、宣伝惹句は愛に寄り切ろうとしているが、「さよなら渓谷」は復習の映画だった。もとい、復習ではなく復讐である。ま、どちらでもかまわないのだが。

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というのは、「嘆きのピエタ」と「悪いやつら」と韓国の復讐映画を続けて観たところに、この「さよなら渓谷」でもまた、レイプされた女性の屈折した復讐心がモチーフに描かれていたおかげで、はからずも韓国復讐映画の復習になったからだ。

いや、韓国映画では、復讐はモチーフというより直截なテーマだった。とくに、「嘆きのピエタ」は、借金取りに自殺に追い込まれた息子の仇を母親がうつため、借金取りの生き別れた母親になりすます残酷寓話的な復讐譚だった。「悪いやつら」は、コネと汚職の韓国社会に、血縁をテコに贈賄を重ねて「悪人」ながら上昇し、うだつの上がらなかった人生と社会に復讐する元税関職員のピカレスクロマンだ。

一方、「さよなら渓谷」では、復讐はモチーフであり、赦しがテーマのはずだ。観客は、いつどのようにして、レイプされたかなこ(真木よう子)はレイプした尾崎(大西信満)を赦すのか。それを注視するように、この映画は作られている。結局、赦さないという赦しをかなこに与えられた尾崎はそれを受け入れ、行方を告げずに出ていったかなこを、「どこにいようと探し出す」と週刊誌記者・渡辺(大森南朋)に決意を告げて終わる。

もちろん、先にふれた韓国映画に赦しがないわけではない。ただ、「ピエタ」の場合、そのタイトル通り、赦しは神話伝説レベル。人類すべての救済がなければ、一人の赦しもないほどだ。「悪い」では、法治とすら癒着する血縁社会に復讐したつもりの「悪人」もまた、ほんとうに心が通い合った血族から復讐を受けるという結末に赦しが待っていた。くらべて、「さよなら渓谷」では、復讐も贖罪もただ二人の男女のみに終始する。

誤解をおそれずにいえば、韓国の復讐映画は、韓国社会の後進性を入り口にしている。「ピエタ」の場合、映画表現としても、後進性を露呈していると思える。よくいえば、シンプルな寓話なのだが、わるくいえば稚拙で洗練を欠く。しかし、作品としてはプリミティブな力強さが横溢している。傑作という評も頷けるが、宗教的な西欧への受け狙いがうかがえ、そこに映画パッケージとしての後進性をみてしまう。

「悪い」は、韓国社会の後進性そのものがモチーフでありテーマだ。が、自らの社会の後進性を指摘できるのは、成熟の証でもある。反日さえも、後進性のひとつに数え上げた場面があった。後に「悪人」となるきっかけは、税関職員のときに、密輸された覚醒剤を横取りしたことからだった。怖じ気づく同僚を主人公(チェ・ミンシク)はヤクザに売って金にしようとかき口説く。「日本に覚醒剤売って何が悪い! 日本の植民地時代が何年続いたか知っているか? 36年だ、36年だぞ!」と云うのだ。

そんな人間の業や社会の不条理ではなく、どこまでもいつまでも男女の対幻想に拠る「さよなら渓谷」の地平は、韓国映画からはみることができないものだ。もちろん、それを日本の先進性というつもりは毛頭ない。ただ、日本的な成熟のひとつの達成だと思うのだ。

吉田修一の原作を読んでいないが、たぶん、「さよなら渓谷」の主人公は、かなこや尾崎ではなく、渡辺だと思う。映画においても、主演は大森南朋だと思う。予告編や映画を観た人の多くは、即座に否定するだろうが。

シャーロック・ホームズでもあるまいし、そんなにたちどころに何かを見抜けるものか、はじめて会った人間にそうペラペラ喋る奴がいるものか。ジャーナリストや記者、あるいは刑事でもいいが、彼らが映画やドラマに登場する度に、ありえないご都合主義だらけに苦笑を抑えられない。

その彼らがたいていは、物語の筋や事件の動機などを観客に説明したり示唆する「狂言まわし」という役どころなので、興ざめすること倍増となる。TVの2時間ドラマなら、そんな記者や刑事が登場すれば、べつにナレーション役も兼ねているのだなと諦めるが、映画でそれをやられちゃかなわない。

かつて社会人ラグビー選手として鳴らしながら、怪我をして挫折した週刊誌記者・渡辺(大森南朋)は、そんな扱いではない。同僚の若く優秀な女性記者(鈴木杏)に原稿を押しつけたり、チェックを頼んだり、要領はわるくないが、上司に「ちゃんと仕事をやれよ!」と怒鳴られたりする。ごくふつうに無能で怠け者なのだ。

おまけに、不仲の妻に苛立つ毎日、セックスを拒まれて怒鳴り、深夜、洗面所の鏡に映した、たるんだ身体に愕然としたりしている。元ラグビー選手どころか、小学校の運動会の父兄パン食い競争さえ出場が危ぶまれる、だらしなく緩んだ裸体がさらされたとき、主人公であり主演男優はこの渡辺・大森南朋だと直感した。

ほとんど寡黙を通す尾崎に代わって、いや尾崎こそが渡辺の投影なのだと了解したわけだ。映画の身体性の観点からは、哀しく華奢なかなこ・真木よう子の裸体以外には、男の裸体は渡辺・大森南朋だけだからだ。おいおい、かなこと尾崎が睦み合う場面で、何度も大西信満のたくましい裸体が登場したよという声も出るだろう。

いや、尾崎・大西信満はかなこに追いすがり、就いて歩き、かなこを前に立ち尽くし、かなこを組み敷く身体であり、奥多摩の渓谷を足許を見ることなく歩ける強健な身体だ。けっして哀しくはない身体だ。

裸体といえば、真木よう子のパンツが現れたときは、ちょっと驚いた。奥多摩渓谷が近い安アパートの部屋で、かなこと尾崎がからみあう場面だった。裸の上半身から下にカメラが下がると、ダイソーに100円で売っているような白い木綿パンツに覆われた尻が大写しにされた。

かなこが上にかぶさり、かなこの脚の間に尾崎のすね毛の足が割って入っている。かなこの白パンツから太もも、3脚がもどかしげに動く。こんな撮り方ははじめて観た。裸の男女のからみなんて、手足がもう一本でも増えないかぎり、どう見せられても食傷気味と思っていたが、まだまだ工夫のしようがあるものだと感心した。

美しい場面もあった。たとえば、かなこが椅子に座って窓辺を眺めている。射しこむ西日に光る埃は、春の野に舞うキンポウゲに似て、浮かんで泳ぐように漂う。穏やかで安らぎに満ちた美しい時間を切り取っていた。すぐ次の場面で、かなこは受話器を取って、尾崎を警察に通報するのだが。

政治性がまったくないわけではない。かなこと再会する前、野球部を退部して大学も中退した尾崎が先輩に拾われて証券マンとなり、かつての大学の後輩を接待している場面。裕福な家の後輩は株を2000万円買ってくれたのだった。はべらせたクラブホステスたちに後輩(新井浩文)は聞こえよがしに話す。

「あの人さあ、昔、女の子をレイプしちゃってさあ、俺も巻き込まれてひどい目にあったんだよお」と酒の肴にして笑うのだ。「どこの国にも慰安婦はいた。日本だけが悪いわけじゃない」と云った橋下徹や籾井勝人に、このレイプ共犯の後輩はどこか重ならないだろうか。

「衝撃のラスト」がある。衝撃はなかったが、尾崎・大西信満がなぜ沈黙を守ってきたか、それが明かされる。ライティングが決まった見事なショットだった。

俳優はみな好演。真木よう子はすばらしい表現力だった。代表作を持つ幸せな女優はめったにいない。大西信満ははじめて知ったが、沈黙に耐える姿勢が強くて、弱々しい真木よう子をより際立たせていた。助演男優賞ものだ。大森南朋、いうことなし。鈴木杏もいい。鶴田真由もちょい役ながら、はまっていた。ほかには、刑事役の木下ほうかが絶品。

長々とおつきあい下さいましてありがとうございました。最後に、エンディングテーマ曲「幸先坂」を。


作詞作曲は椎名林檎、雰囲気のある声ですね。

(敬称略)



僕はこんな映画を観てきた

2014-01-13 00:59:00 | レンタルDVD映画
この一年間で印象に残った映画です。レンタルDVD映画がほとんどなので、製作・公開年は2年以内。傑作名作に限らず、問題作多し。問題を扱っているか、問題を抱えているか、その両方。ただし、いずれも観て損はないはず。退屈はしない、いや、退屈だけど、我慢して観るべきもあり。あいうえお順。

アニマル・キングダム
http://movie.walkerplus.com/mv47476/
オーストラリアって暮らすにはけっこう厳しそう。少なくとも、ワーキングホリディの暢気でお気楽なイメージを裏切る、貧寒な環境で過酷な人生を送るという映画が多い。



裏切りのサーカス
http://movie.walkerplus.com/mv49541/
ジョン・ル・カレ傑作小説の映画化。俳優の顔ぶれで犯人はすぐにわかってしまうが、なにせ、ル・カレ傑作小説『ティンカー・テイラー・ソルジャー・スパイ』の映画化だから。



鍵泥棒のメソッド
http://movie.walkerplus.com/mv49160/
これは傑作。前作の「アフタースクール」にも騙された。内田けんじという手練れの監督は覚えておくべき。ブログ記事あり。



カレ・ブラン
http://movie.walkerplus.com/mv52508/
問題作であり、問題もある。「自ら死体袋に入る者は生きている価値がない」という言葉にギクッとした。「1984年」のようなディストピア(反ユートピア)の近未来という設定。オーウェルとの違いは会社が全体主義なこと。



桐島、部活やめるってよ
http://movie.walkerplus.com/mv49545/
まぎれもない傑作にして名作。ブログ記事あり。



キリング・フィールズ 失踪地帯
http://movie.walkerplus.com/mv49479/
クロエ・グレース・モレッツが出演しているのだけが取り柄の映画だが、クロエ・グレース・モレッツの少女時代は記憶しておくべき。



キング・オブ・マンハッタン 危険な賭け
http://movie.walkerplus.com/mv52282/
いつもの優しげな笑い皺なのに、じつは家族に冷淡なリチャード・ギアをはじめて観た。



グランド・マスター
http://movie.walkerplus.com/mv49703/
トニー・レオンと渡辺謙。比較にならない。娘ともども、CMに出過ぎ。ブログ記事あり。



コネクション マフィアたちの法廷
http://movie.walkerplus.com/mv49585/
「十二人の怒れる男」のシドニー・ルメット監督の実話に基づくマフィア裁判映画。90歳に向かって「老いたり」とはいえない。「十二人の怒れる男」のヘンリー・フォンダを筋肉マッチョで売るヴィン・ディーゼルが演ずる。のんびりした語り口の雄弁が魅力的。



ザ・マスター
http://movie.walkerplus.com/mv51714/
退屈すること間違いなしの重くて暗いやおい映画。しかし、ホアキン・フェニックスとフィリップ・シーモア・ホフマンが絡むと目が離せない。



ザ・レイド
http://movie.walkerplus.com/mv50040/
インドネシアの警察特殊部隊 VS ギャング団の大激突。キックボクシングの達人幹部とギャングのボスがすばらしい。



SHAME シェイム
http://movie.walkerplus.com/mv49536/
セックス依存症の男が次々と違う女と交接するのだが、いっこうにエロくならない。男のセックスの哀しみが胸を打つ。



ジャッキー・コーガン
http://movie.walkerplus.com/mv52086/
これは殺し屋の物語ではなく、「半沢直樹」より根源的に経済とビジネスを考察、喝破した作品。ブログ記事あり。



シャドー・ダンサー
http://movie.walkerplus.com/mv52239/
イギリス諜報部から脅されて、家族が属する北アイルランド軍をスパイするアンドレア・ライズブローがはかなげで美しい。



シェフ! 三ツ星レストランの舞台裏へようこそ
http://movie.walkerplus.com/mv50903/
三つ星レストランの有名シェフがジャン・レノ、急場に雇ったアシスタントのミカエル・ユンがユニークで可笑しい。



人生の特等席
http://movie.walkerplus.com/mv51442/
C・イーストウッドの老スカウトが新人発掘の旅に出て、なんだかんだあって一人娘と和解する、よくあるヒューマンドラマ。だが、なぜ娘を遠ざけたか、その理由が明かされる怖い場面がある。イーストウッドは優れた恐怖映画監督である。



スーパー・チューズデー 正義を売った日
http://movie.walkerplus.com/mv49540/
大統領予備選を勝ち抜くために雇われた選挙広報マンの虚々実々の駆け引き。「アメリカ大統領は、ワシントン広場を失業者のデモで埋め尽くすことも、世界を核戦争で滅ぼすこともできるが、けっしてインターンの女の子と寝てはいけないんだ!」



007 スカイフォール
http://movie.walkerplus.com/mv48271/
空が落ちてきそうなアデルの主題歌がすべて。じゃ、YoutubeやCDで聴けばいいやって? いやいや、映画という巨大なPVで流れる方がずっといいですよ。



スプリング・ブレイカーズ
http://movie.walkerplus.com/mv52579/
問題が多いが、ビキニも多い。ビキニネーちゃん大暴れ。それのどこがいいんだといわれると困るが、じゃ、どこがいけない? と開き直りたくなる。それに、ポスター、いいでしょ?



世界にひとつのプレイブック
http://movie.walkerplus.com/mv52131/
ジェニファー・ローレンスの可愛さは第二、脇に回ったロバート・デニーロの軽みは第三、ヘミングウェイの「誰がために鐘は鳴る」を「クソ小説!」と憤慨して投げ捨てるブラッドリー・クーパーが、サウナスーツの代わりにゴミ袋をかぶってジョキングするのが、第一の魅力。映画は小道具が大事。



ソウル・サーファー
http://movie.walkerplus.com/mv49633/
女子サーファー選手の実話に基づくスポ根映画。男のサーファー映画よりずっと爽やかに楽しめる。アメリカ映画はきわめて「男尊女卑」、女主人公と女の友情の物語はとても少ない。



テッド
http://movie.walkerplus.com/mv51719/
いつまでたっても大人になれないオタク男と喋るテディベアの友情。「おい、上物が手に入ったぞ! 一発キメようや」と、やたら、二人?でマリファナを楽しむ映画。子どもには観せない方がいいかも。



ドライヴ
http://movie.walkerplus.com/mv49206/
主演のライアン・ゴズリングはいまもっとも旬の俳優。絶壁とは反対に後頭部が出っ張りすぎていることを除けば、完璧な美男。



ファミリー・ツリー
http://movie.walkerplus.com/mv48988/
楽園ハワイで裕福な暮らし。ところが、美人妻の浮気が発覚。血相変えた夫のジョージ・クルーニーが相手の男の家に駆けつける。アロハに短パンにサンダルでペタペタと。リッチリベラルの環境保護思想に鼻白む以外は、美しいハワイを楽しめて心地よい。



ペーパーボーイ 真夏の引力
http://movie.walkerplus.com/mv52093/
ジョン・キューザックが出てきたとたん、これは異様と不快を追及した映画だなとわかる。さらにマシュー・マコノヒーが変態で、なんとニコール・キッドマンがビッチで。たとえば、中井貴一がうさんくさくてむさい死刑囚で、堤真一がどうしようもない変態で、天海祐希が人前でパンツ見せるビッチで、という映画を日本で作れるかといえば、とてもつくれまい。



ヘルプ 心がつなぐストーリー
http://movie.walkerplus.com/mv48545/
黒人メイドとトイレを別にしようという衛生向上運動があった1960年代のアメリカ南部が舞台。いろいろ驚く差別の実態。でも、暗く重くはならない。むしろ、明るく楽しめる反差別映画。



ベルリンファイル
http://movie.walkerplus.com/mv52947/
アマルフィ 女神の報酬」とか「アンダルシア 女神の報復」とかのスタッフやキャストは赤面して顔も上げられないはず。ブログ記事あり。



モネ・ゲーム
http://movie.walkerplus.com/mv50457/
コリン・ファースの愚鈍なコミカル味がよく生かされて、「英国王のスピーチ」より買い。



闇を生きる男
http://movie.walkerplus.com/mv51111/
ヨーロッパの畜産を食い物にするホルモンマファイアの話。禁止されている成長ホルモンや化学物質を畜産農家に押しつけ販売したりする現代性と、その土壌となる暗黒中世的な村落共同体。知らない話ばかりだった。



闇金ウシジマくん
http://movie.walkerplus.com/mv49159/
どちらが似せたのか、川崎逃亡事件の杉本容疑者がウシジマくんファッションだった。大島優子の安いところが、デート喫茶の女の子によくはまっていた。社会主義リアリズムの荒唐無稽さとは一線を画す、資本主義リアリズム映画の秀作。



欲望のバージニア
http://movie.walkerplus.com/mv52422/
古風な美貌のジェシカ・チャステインのファンだから。彼女のファン以外は、観なくてよろしい出来かと。「ペイド・バック」でイスラエル諜報員に扮したときの真っ赤なスーツに降参した。



リアル 完全なる首長竜の日
http://movie.walkerplus.com/mv51235/
問題作ではないが、問題がある作品。リアルでありながら寓意的な首長竜の造型がすごい。



ローマでアモーレ
http://movie.walkerplus.com/mv52730/
「ローマの休日」以来、もっとも成功したローマ観光映画。ローマを訪ねるなら、ぜひ観ておきたい。ロベルト・ベニーニとペネロペ・クロスが楽しい。



(敬称略)

負けた、負けた

2014-01-04 22:15:00 | レンタルDVD映画
もう4日ですから、遅きに失したでしょうが、正月休みにDVD映画を観るなら、ウィル・スミス父子の未来SF「アフター・アース」、ブラット・ピットの「ワールド・ウォーZ」、スーパーマンをリメイクした「マン・オブ・スティール」、日本怪獣映画へオマージュの「パシフィック・リム」、青春と超能力を描いた「クロニクル」などではなく、「グランド・マスター」か、この「ベルリンファイル」を自信を持ってお勧めします。



正月映画にとどまらず、年間ベストランキング入りしてもおかしくない作品です。「グランド・マスター」は中国(香港)映画でなければ生まれない武侠映画の傑作でしたが、この「ベルリンファイル」も、現実に北朝鮮と諜報戦を戦っている韓国でなければつくれないスパイ映画です。

TUTAYAの準新作コーナーには、フランスのスパイ映画「メビウス」という佳作も並んでいますが、スパイ映画としては比べものにならない劣後です。それでも「メビウス」を佳作とするのは、フランス映画らしい官能的な恋愛映画と読み換えることができるからです。「メビウス」のとても今日的で古風なラブシーンについては、後日、稿を改めて。

さて、「ベルリン・ファイル」は、ベルリンを舞台に、北朝鮮と韓国の諜報員と防諜部員が激闘を繰り広げます。年末の張成沢(チャンソンテク)銃殺刑を予見したような、金正恩へ代替わり後の北朝鮮権力内部の暗闘を背景に、武器輸出や巨額の隠し口座をめぐり、CIAやイスラエルのモサド、ドイツ政府の高官、アラブの武器商人、ロシア人仲介者たちが、めまぐるしく絡みます。

この敵味方入り乱れて裏切り裏切られ追いつ追われつ殺し殺され息もつかせぬスピードの展開がすばらしい。アメリカのスパイアクション映画のように、スター俳優の無駄口やぼやき、つぶやき、ウインクなどを入れる暇もなく、すべてをめまぐるしい身体の動きとそれを追うカメラワークで表現していきます。

乱闘になれば、手近な小道具を武器に駆使するアイディアも、さらっと流して鼻につきません。たとえば、冷蔵庫に突き飛ばされ、開いたドアにもたれて、中に入っていた缶詰を手に、相手に殴りかかる。ハリウッド映画やたぶん日本映画でも、あらかじめ冷蔵庫と中を見せ、缶詰を観客に認知させる伏線を張るはずです。

「ベルリン・ファイル」は、バスター・キートンのスラップスティックばりに、冷蔵庫、ドア開く、缶詰つかむ、ふりかぶる、と2秒もかからず、缶詰もすぐに捨てられます。「ほう、南では頭に拳銃を突きつけるのか?」という北朝鮮諜報員の冷笑は伏線ですが、ずっと後に大胆なアクションにつなげて、もったいつけた説明的な映画文法を採用しません。

グローバルな映画市場を視野に、会話や表情の演技ではなく、動きと移動でわからせたいからでしょう。韓国人や日本人など東洋人の顔つきや表情は、よほどアップにでもしないかぎりよく見分けがつかず、アップにしても鑑賞に堪えるものではありません。この映画の白人やアラブ人俳優たちに比べると、韓国人俳優の顔は特徴がなく無個性に見えます。

そこが逆に、目立たず無表情なスパイ役にはうってつけなのですが、おかげで外国人俳優たちの演技がより達者に見え、存在感を増すという相乗効果を上げています。邦画に客演する有名外国人俳優たちとは違って、ほとんど無名の外国人俳優のようですが、脇役や端役ながら存在感を示し、かつ主役を立てる控えめな演技を指導する力量は邦画には見当たりません。

また、白人と東洋人の肌色が違うせいで、白い肌にトーンを合わせれば、東洋人の肌色が実際以上に茶褐色になり、黄色い肌に合わせれば、白人俳優の肌色を白く飛ばしてしまう映像の不調も最小限に抑えています。これらはいずれも、監督をはじめ製作側に、成熟したプロの手腕がなければできないことです。

良くも悪くも邦画には作家性という手垢が目立ちますが、小さな国内市場からグローバルな映画市場をめざす韓国映画は、まっさきに語り口という作家の手垢を捨て去り、標準化した演出作法を身につけたようです。ハ・ジョンウハン・ソッキュリュ・スンボムチョン・ジヒョンでなくとも、スウェーデンやベルギーの白人俳優を起用した映画でもすぐにつくれるはずです。

ちなみに、「オールドボーイ」で名を上げたパク・チャヌク監督の純正ハリウッド作品「イノセント・ガーデン」もなかなかの出来でした。

「グランド・マスター」や「ベルリン・ファイル」を観て、こういうジャンルの映画ではとても邦画は敵わない、とあらためて思いました。たしかに彼らはグローバルな映画を作っています。邦画がそれに追随すべきかどうかは別にして、彼らが映画史に新たなページをくわえているのはたしかなようです。

マスメディアで接する中韓とは異なり、彼らが作る映画は大人の鑑賞に堪える複雑で滋味豊かな作品が少なくありません。日本はどうでしょう。マスメディアと映画を問わず、幼稚で硬直した姿勢が目立つように思えます。

(敬称略)

陰翳礼賛

2014-01-04 01:02:00 | レンタルDVD映画
これは映画館で観るべき映画でした。光と影の奥行きが深いのです。



トニー・レオン、チャン・ツィイー、チェン・チェンの輪舞する影絵のような格闘シーンがすべてです。闘いの前後、静対しているときも、墨画です。トニー・レオンは剛直な太筆で、チャン・ツィイーは、極細の筆先で優美に一筆書きされます。

同じ動画のなかにいるのに、 棟方志功と藤田嗣治くらい輪郭線が違うのです。男が深い皺を刻む渋い笑みを湛え、女の柳眉を引いた瓜実顔が白く輝くのも、やはり陰翳のおかげです。凝った照明とカメラワークを駆使したウォン・カーウァイ監督の手柄ばかりではありません。

男優たちの悠揚迫らぬバリトンテノールもまた、映画館の重低音スピーカーで響くべきものでした。ならば、チャン・ツィイーのメリハリの効いた高い調子の台詞まわしも、さらに際だって耳に届いたことでしょう。

拳と蹴りが回り続けて止まらない万華鏡アクションに、呆けたように眼を奪われるばかり。リアリズムなんてどこ吹く風、様式美なんて上の空、映像美なんて頭でっかち。ただただ、男と女の色気を撮りたい。そういう率直な映画です。

出自は香港映画なのでしょうが、これこそ中国映画でしょう。日本と日本映画の影響が濃いからです。決戦の舞台を中国東北部(満州)としながら、そこには行き着かない。戦前戦中の舞台となる本土に比べて、戦後の舞台となる香港描写に生彩がない。拳法家とその弟子たちが一様に禁欲的に寡黙、などを指してのことです。

かつてハリウッドが、あるいはフランスが、イタリアが、これぞ映画という作品を次々に送り出していた時代がありました。もちろん、日本にもソ連にも短いながらそんな隆盛期がありました。それぞれがユニークな映画でした。たぶん、いまは、これからは、中国なのでしょう。そう認めざるを得ない映画です。

(敬称略)