徒然なるままに…なんてね。

思いつくまま、気の向くままの備忘録。
ほとんど…小説…だったりも…します。

続・現世太極伝(第七十三話 ひとりにしないで…。)

2006-09-12 10:21:30 | 夢の中のお話 『続・現世太極伝』
 紫苑…おい…紫苑…。 
滝川の呼ぶ声が西沢を現実世界に引き戻した。 ひどく魘されていたらしく…額も身体も汗びっしょり…。
滝川が心配そうにこちらを見ていた。

 「この間から…ずっと魘されてるじゃないか…? 今夜は特にひどい…。
そんなに…アランのことが…気にかかるのか…? 」 

 アランもだけど…。 西沢はちょっと扉の方を見た。
子供部屋に居るノエルが気付いた気配はない…。
来人が風邪気味なので今夜は付き添って寝ている。

 「麗香の…天爵ばばさまのことなんだ…。
議員を潰したタレこみは…ばばさまの仕組んだことじゃないかと…。
 庭田に危険が迫っているような気がして…。
今更…僕が案じてどうなるものでもないんだけれど…。 」

 連絡…入れてみたらどうなんだ…?
滝川は言った。

 「入れてる…スミレちゃんには…時々近況を聞いてるんだけど…何しろ表向きのことしか…言わないからね。 
それに…もしスミレちゃんが真実を話したとしても…ばばさまが宗主を通じて依頼してくるのでなければ…こちらからは手助けもできない…。」

 そいつは…どうしようもないなぁ…。 親切の押し売りになるってか…。
まあ…庭田も外には漏らしたくないこともあるだろうし…おまえに負担をかけたくないって想いもあるだろうし…な。

 西沢はふうっと溜息を吐いた。
どうしたらいい…恭介…? 僕はこんなにも無力…。 思うだけで動けない。
家門の壁を越えられず…あのふたりのために何もしてやれない…。

 切なさが胸を締め付ける。 自分の中で存在の意味が揺らぐ…。
何もしてあげられないなら…なぜ…おまえはそこに居る…。
無意味な存在…。 邪魔な存在…。

 役立たず…要らない子…西沢の胸の中でそんな言葉が渦を巻く…。
死ぬのよ…紫苑…生きているだけで迷惑なんだから…首を絞める手…口いっぱいに詰め込まれた睡眠薬…狂気に走った母親の言葉…。

危ない…と滝川は感じた。

 紫苑…どんなに助けてあげたくても助けてあげられないことってあるんだよ…。
僕は治療師なのに…和の命を救えなかった…。
 人にできることには限りがある…。 何でもできると思うのは驕りだ…。
むしろ…できないことの方が多いんだから…。

 「ま…いっか…きれいごと言ったって始まらないや…。
紫苑…おまえが生きててくれないと僕が生きられないんだよ…。 
おまえが居なくなったら…同時に僕も死んじゃうのさ…。

 和が言ってた…。 
ふたつの身体を持つひとつの存在だってね…。 もう…何度も話したけどさ…。
僕はまだ…死にたくないからな…おまえには生きてて貰わなきゃ困るんだ。 」

ふっ…と西沢が笑みをこぼした。

 「また…馬鹿言ってらぁ…。 何度も言うけど…齢が違うだろう…齢が…。 」

本気で信じてんのかよ…。 まったく…そこまでいくと和ちゃん信仰だね…。

 「齢なんかおまえ…生命誕生から40億年の歳月に比べりゃ…数年の差なんて問題にもならない…。 
太極のレベルから見りゃ瞬きほどのこともない…。 」

それに…僕にとっておまえは…大事な宝物だから…。

ドル箱だしな…。

おまえはぁ…この展開で…それを言うか…? 
ロマンの欠片もねぇ…。

 持ち直した…と滝川は思った。
ほっと…胸を撫で下ろした。

 紫苑はノエルのように自分から目立った自傷行為をするわけではない…。
けれども…桁外れに喧嘩に強いくせに義理の兄弟たちからの暴力には抵抗できなかったり…どんなに嫌なことでも我慢して耐えてしまったり…諦めの方が先に立ってしまう傾向がある。

 こちらが気付いてやらなければ…とんでもなく悲惨な状況に置かれていても愚痴ひとつ言ってこない…。
眼に見えないだけに非常に厄介だ。

 「大丈夫だよ…恭介…。 生まれて間もない息子が三人も居るんだ…。 
ひとりで暮らしてた時とは違う。 そう簡単にゃくたばれないって…。 」

西沢はそう言って微笑んだ。

 廊下の方からうにゃうにゃと来人の声が聞こえる…。
思わず半身を起こして扉の方を見る…が…声はすぐに消えた。

 不意に…滝川の腕が伸びて…振り返った身体を抱き寄せた。 
少しは…空白の時間が必要だぜ…紫苑…。
いつもいつも人のことばかり考えていないで…さ。

自分の為に泣いたり…笑ったりするのも…悪くないぞ…。
 
おまえの…腕の中でかぁ…?
西沢はニヤッと笑った。

おお…いつでも空いてる…。

弾けるようなふたりの笑い声が夜のしじまに響き渡った。 



 三宅がかつての仲間…仲間と呼べるほど親密ではなかったが…HISTORIANの組織員に呼び止められたのは…華道家の紅村旭の屋敷を訪問した直後だった。

 考えておきます…と三宅を送り出した紅村は、普段どおりに三宅を持て成した茶器を片付けようとした。
茶器に手をかけた途端…突然…頭の中にお経みたいなものが流れたような気がした。
 妙だと思って三宅の後を追い玄関のあたりまで近付くと…いつもは静かな屋敷の周りで聞きなれない争うような声が聞こえた。

 紅村はそっと窓を開けて覗き見た。
ふたりの外国人が紅村の家を出たばかりの三宅をどこかに連れ去ろうとしていた。
紅村は慌てて屋敷の外へ飛び出した。

 「ちょっとあなたたち…その子をどうしようって言うんです…! 
うちの従弟に何の用です…? いきなり襲いかかるとは失礼じゃありませんか!」

紅村が突然現れて大声で怒鳴ったのでふたりはたじろいだ。

 いや…紅村先生のご親戚とは存じ上げず…人違いでした…などといい加減な言葉で取り繕って…ふたりはそそくさとその場から逃げるようにして去って行った。   
 「大丈夫…? あなた…怪我しなかった? あいつ等が例の男たちですね…?
西沢先生から事情を伺っててよかった…。 」

紅村は心配そうに三宅の顔を覗きこんだ。

 「有難うございます…紅村先生。 僕はかつて奴等に騙されて…恋人を死なせてしまったことがあるんです。
もう二度と奴等のことは信じない…。 
 だけど…今頃なぜ…僕を連れ出そうとしたのだろう…?
僕なんかはただの使いっパシリにされていただけで…奴等からほかされたも同然な形で手を切ったのに…。 」

三宅は如何にも納得がいかないと言う表情で首を傾げた。

 「まあ…とにかく無事でよかった…。 それにしてもなんて奴等だろう…白昼堂々人を襲うなんて…。
あいつ等がまた襲ってこないとも限らないから十分に気をつけて帰りなさい…。
 こういうことは黙っていてはいけません…。
後々…何が起こるか分からないから…戻ったら庭田の方たちにもちゃんと伝えるのですよ…。 」

 紅村にそう言われて三宅は素直に頷いた。
三宅が何度も礼を述べて帰って行った後…しばらくして…少し不安になった紅村は庭田に連絡を入れてみた。

 ばばさまの代理人が電話を受け…三宅が無事戻ってきたこと…三宅を助けて貰ったこと…に対して丁寧に礼を述べた。
こちらから連絡すべきところを申し訳ない…と代理人は礼儀正しく詫びた。

 概ね…庭田の印象は良かった。
三宅という人については…西沢先生も気にかけてらしたから…お耳に入れておいた方がいいかも知れない…。

 紅村は早速…西沢に電話を入れ…さっきの出来事を話した。
西沢は…連絡を貰った礼を述べるとともに…目撃者となった紅村の身を案じ…十分に注意するようにと忠告した。



 闇を劈くような銃声が薔薇の館に轟いた。
予約受付の相談に来た本家の執事を相手に、天爵ばばさまの次の仕事の段取りを決めていた最中に…。

銃…だなんて…まさか…。

 そう思っているとさらにもう一発…。
スミレは部屋を飛び出した。 執事が後から追ってきた。

 館中の人間が主の部屋の前に集まって来ていた。
恐れて誰も部屋に入ろうとはしない。

お姉ちゃま…お姉ちゃま大丈夫? 

 どんどんとドアを叩きながらスミレが叫んだ。
返事はない…。

開けるわよ!

 ドアの奥には…背中から血を流して…うつ伏せに倒れている三宅の姿があった。
すぐ傍に使われたと思われる銃が落ちていて…それはスミレにはまったく見覚えのないものだった。
僕じゃない…僕じゃない…と三宅は震える声で呟いていた。

 少し離れたところに麗香が仰向けに倒れていた。
胸か…腹の辺りから血が滲み出していた。

お姉ちゃま!

急いで駆け寄った。

お姉ちゃま…しっかりして…お姉ちゃま…。

まったく意識はなかったが…まだ息をしていた。
 
スミレはすぐに皆を振り返った。

 「三宅は背中から撃たれているわ…。 銃は傍に落ちているけれど…これは三宅のしたことじゃない…。
銃なんか…うちにはひとつもなかったはずだし…誰のものかも分からない。

 これは外部のものの仕業よ…。 何処かに痕跡が残っているかもしれない…。
みんな…いいわね! 心してちょうだい! 」

執事を始め…家の者はみな畏まって頷いた。

 「すぐに救急車を呼んで! 警察もよ! 」

しんと静まり返っていた館の中が俄かに騒然となった。
執事が電話に飛びつき…警察を呼んだ。

スミレはまだ意識のある三宅の傍に膝をつくと覗き込むようにして訊いた。

 「お姉ちゃまとおまえを襲った相手を見たの…? 」

否定するように小さく首を振った。

 「見えなかった…。 最初…誰かが銃を置いて…僕に撃てと言ったんだけど…出来ないと…断ったら…後ろから…。
先生…のところで…呪文…かけたから…奴等の言うなりには…なら…なかっ…。」

 三宅はそのまま意識を失った。
大丈夫よ…あなたは助かるわ…急所ではないようだから…。

 スミレはもう一度…麗香の傍に膝をついた。
お姉ちゃま…お姉ちゃま…そう簡単に逝ってはだめよ…。

奴等を…追い出すのでしょう…?
全国の能力者の連携組織を作るのでしょう…?
何ひとつ…まだ…完成していないわよ…。

置いて行かないで…。
僕をひとりにしないで…。

麗香…。
  








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