徒然なるままに…なんてね。

思いつくまま、気の向くままの備忘録。
ほとんど…小説…だったりも…します。

続・現世太極伝(第七十五話 音…存在の証)

2006-09-14 23:23:23 | 夢の中のお話 『続・現世太極伝』
 305号室…玄関の扉を開け…ただいま…と声をかける。
これまではずっと…和の遺影にそう語りかけてきた。 無論…遺影は応えない…。
それでも帰るたびに…ただいま…と言う…。

 最近では…輝がお帰り…と応えてくれる…。 
応えがあるというのはいいものだ。

 西沢のところもそうだが…滝川の部屋はもともと家族用に設計されたものなので後から部屋数が変更できるようになっている。
滝川が普段ベッドルームとして使用しているところにはふた部屋分のスペースがあり…輝に使ってない部屋を貸しても不自由はしない。

 いつもは火の気のない部屋に…今夜はおいしそうな匂いが漂っている。
豚肉やソーセージをザワークラウトと煮込んだスープ…。
セロリ…にんじんなどの野菜やインゲン…大豆など豆類をたっぷり入れて…。

 「いい匂いだな…。 美味そうだ…。 」

滝川が鍋を覗き込むのを輝は愉快そうに笑いながら見ていた。

 「さっき…ノエルのところにも半分届けたのよ…。 寄って来なかったの?
紫苑が遅くなるみたいだから…こちらへ来て一緒に食べようって誘ったんだけど… クルトの風邪がアランにうつっちゃったみたいなのね。
ケントにもうつすといけないからって遠慮しちゃって…そんなこといいのに…。」

 ノエル居たんだな…。 紫苑が泊りかも知れないって言ってたから…それなら亮くんとこへ行くだろうと思ってたもんで…。
そうか…アラン…風邪か…後で診に行ってやろう…。

 何と言うこともない静かな夕餉…。
和が居た時は…もう少し賑やかだった。 話好きで明るい女だったからなぁ…。
 それでもひとりの時とは違って…なんやかや話ができる。
西沢を通じての長い付き合いだから共通の話題もある。
そのせいか…このところ結構305号で過ごす時間が増えたような気がする…。

滝川が片付けをしていると…輝が絢人を連れてキッチンへやってきた。

 ほら…ケント…先生にお休みなさい…また明日ねって…。
ノエルが滝川のことを先生と呼んでいるので…子どもたちにもそう言ってきかせている。
 絢人はまだバイバイするのも無理だが…滝川に向かってにこっと笑う。
抱っこしてくれる…というのも分かっているみたいだ。

 滝川は絢人を受け取り…ちょっと頬ずりし…お休み…と囁いた。
ノエル父さんじゃなくて…ご免な…。 

 片付けが終わってしまうと301号に行って…吾蘭の風邪の具合を診た。
来人の時もそうだったがちょっとした鼻風邪でたいしたことはなかった。
何かあったら呼ぶようにとノエルに言いおいて…部屋に戻った。

 絢人はあっさり寝てしまったとみえて…輝は居間で雑誌を見ていた。
これ…恭介の写真じゃない…? あ…やっぱり…そうだ…。

 部屋の中から外を覗く品のいい西欧系の女性…。 片手でカーテンを掴み…片手は胸に当てられている。
誰かを待っているのか…物思わしげな横顔…レースをあしらった薄手のガウンから覗く薄桃色の蕾み…福与かな乳房…。
 まとめて結い上げた髪に続く白いうなじが印象的…。
まるで…物語の一シーンのようだ…。

 「このモデルいいわね…。 この首を…私のアクセサリーで飾りたいわ…。
あなたって…本当に首とか喉に拘るのね…。 」

 喉フェチ男…と仲間内では呼んでいる。
確かに人物を撮る時の滝川はモデルの性別に関わりなく…喉や首…うなじのラインの美しさに拘る…。

 「いいだろ…僕の好みの綺麗なラインを見つけるのには苦労するんだ。
その点…紫苑は抜群…。 喉でもうなじでも何処でもOKだからな…。 」

 はいはい…あなたの紫苑ちゃんは確かに素敵よ…。
彫金する私が見ても…あの喉は飾り甲斐があるものね…。

 「おまえのも…悪くはないぜ…。 ちょっと手入れすれば完璧…。 」

 あ…そ…何なら食べちゃってもいいわよ…。
紫苑ちゃんほど美味しくはないかもしれないけど…。

えっ…? どっちが…?

どっちって…何よ? 

 「紫苑より美味しくないのは…おまえなのか…僕なのか…って…? 」

 輝は苦笑した…。
馬鹿ね…そんなこと真面目に考えてないで…試してご覧なさいよ…。
すぐに分かることじゃないの…。

それは…まあ…そうなんだけど…。

 何にもなくて…ケントのお父さんを続けるつもり…?
そこんとこ申し訳なくて…気になるっていうか…嫌なのよね…。

 輝がそっと滝川に触れた。
滝川は身を強張らせた。

 責任とって…とか…結婚しよう…なんて言わないわよ…恭介。
みんな同じ…紫苑も…ノエルも…友達でいいわ…。
そうやって生きてきたんだから…そうやって生きていきましょうよ…。

 輝…。

 滝川は輝を抱き寄せ…うなじにキスをした。
地上最悪の天敵同士…が…お互いに共存を認め合った瞬間だった…。 



 西沢のための夕食を冷蔵庫に入れて…寝室へ引き揚げる前にもう一度子ども部屋を覗いた。
吾蘭も来人もよく眠っていた。
西沢が居ないので風邪気味の吾蘭が少しむずかるかな…と思っていたが…特に機嫌の悪い様子はなかった。

 疲れたぁ…。
寝室へ戻ったノエルはベッドの上にどさっと身を投げ出した。

 今日一日仕事をしながらずっとふたりの面倒を見ていた…。
いつもは西沢の手があるが…まるっきりひとりで…となると勝手が違う。
 他所のお母さんはすごいなぁ…何人もの子どもを毎日毎日ひとりで面倒看てるんだからなぁ…。
僕は一日でぜいぜい言っちゃうよ…輝さんに晩御飯まで作って貰ったのにね…。

 紫苑さんも…すごい…。 
仕事しながらアランの世話をして愚痴ひとつ言わないんだもの…。
僕なんか店ではみんなの手を借りちゃってるのに…。

 ぼんやり天井を見た。 さっきスミレちゃんからメールの返事が届いた。
大丈夫よ…何とか頑張ってるからね…と言っていた…。

 薔薇のお姉さん…死んじゃったんだもんね…。
スミレちゃんもだけど…きっと紫苑さんも大ショックなんだろうなぁ…。

 そんなことを考えていると…西沢が戻ってきたらしく鍵を開ける音がした。
いろんな音が聞こえてきた。
 扉の音…シャワーの音…湯船に浸かる音…。
歯を磨きながら子ども部屋を覗く音…。

 冷蔵庫を開ける音…水を飲む音…。
生きていると人はいろいろな音を立てる…。

 音にはその人独特の特徴があり…その人の存在する証でもある…。
突然…その音が日常から消えてしまったらと思うと…何か怖いような気がする…。
 以前にそれに近い経験をしているから…余計にそう思う…。
あの時…西沢の生命の火が消えていたら…そう考えただけで今でも涙が溢れる…。

 ただいま…と寝室に入ってきた西沢はひどく浮かない顔をしていた。
可哀想に…やっぱりショックだよねぇ…とノエルは考えた。
美咲が死んだ時…僕もつらかったもん…。

 う~胃が痛い…。
西沢は倒れこむようにベッドに突っ伏した。

 「どうしたの…紫苑さん…? 先生呼ぼうか…? 」

ノエルは飛び起きて西沢の背中を擦った。

 「何でもないよ…。 神経的なものなんだ…。 嫌なことが続いたから…。 」

すぐ治まる…。 西沢は痛みに顔を顰めながらもそう言って軽く笑った。
ノエルの心配そうな顔を見て…そっと頬を撫でた。

 「疲れた顔して…。 ずっとお母さんで居るのはつらいだろう…?
我慢しないで…時々は男の子に戻って遊んでおいで…。 
僕の仕事が終わった後なら…ふたりを置いて行っても大丈夫だから…。 」

 西沢がそう勧めてくれても…有り難いとは思うが…はいそうですかと遊びに行く気にはなれなかった。
 西沢の外出はほとんどがお役目か仕事…健康の為に時々スポーツ・ジムで汗を流す以外には遊びに行くことなど滅多にない。
それでさえ…最近は忙しくてなかなか…。

 吾蘭や来人の為に多くの時間を割き…家事までこなしながら仕事をしている。
いくら女で居ることが不本意でも…その西沢にこれ以上負担はかけられない…。

 「有難う…でも…もうちょっと待つよ…。
アランやクルトが幼稚園に入れば少しは楽になるだろうから…。
先生に任せっぱなしのケントのこともあるし…。 」

 それが切なかった…。
吾蘭と来人の母親であるノエルは…絢人の父親としての役目を思うようには果たせない…。
 もともと輝はノエルに父親であることなど期待してはいないので…このまま行けば絢人は滝川の子どもとして育つことになる…。

 「亮の…木之内の…お父さんの気持ちが何となく分かる気がする…。 
紫苑さんを手放さなきゃならなかった時のお父さんの気持ちが…。 」

 心なしかノエルの声が震えた。
それは…そんなに遠くない未来のように思えた。

ノエル…。心配しなくていいよ…。
恭介はちゃんと…きみの立場を考えてくれるよ…。 きみがケントのお父さんで居られるように…手放すなんてことしなくていいように…さ。

 「恭介は…西沢の養父とは違う…。 ケントを独占して閉じ込めるようなことはしない…。
その点は…安心していいよ…。 」

硬い表情で西沢が呟いた。

 やなこと思い出させちゃった…。 
ご免ね…紫苑さん…。
 …なんでこんな話になっちゃったんだろ…?
紫苑さんの胃痛の話をしていたはずなのに…。

 「そうだった…。 さっき胃薬買って飲んじゃった…。 
胃薬なんて何年ぶりのことか…。 僕はわりに丈夫な方なんで…。 」

胃の辺りを擦りながら西沢は言った。

やっぱ…齢なんじゃない…? そろそろ中年だし…。

はぁ…? 何だって…? 
恭介といい…きみといい…人を親父扱いかい…?

冗談だよん…とノエルは笑った。

 胃痛の原因は分かってはいるけれど…どうしようもないからなぁ…。
物思いに耽ってぼんやりしだした西沢にノエルがそっと身を寄せてきた。
寄り添いながらそっと胃の辺りを擦ってくれる。

こういうところは…女なんだけど…ねぇ…。
華奢な手を引き寄せて抱きしめる…。

 やがて…西沢の腕の中で…ノエルが安らいだように寝息を立て始めた。
その穏やかな寝顔を眺めているうちに…痛みも薄れ…西沢も引き込まれるように眠りに落ちた。









  
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続・現世太極伝(第七十四話 薔薇の最期…。)

2006-09-14 09:45:00 | 夢の中のお話 『続・現世太極伝』
 銃だなんて…。 スミレは怒りのあまり吐き気を催しそうだった。
能力者が…銃を使うだなんて…邪道もいいとこ…。

 戦闘能力のない麗香には銃でも特殊能力でも襲われれば同じことだろうが…それでも銃を使うというのは正体隠しが見え見えでいやらしい。

 そんなことしたって…バレバレよ…。
小手先の誤魔化しなんざ…この国の能力者には通用しないんだからね…。

 思ったとおり…急所外れていた三宅は命に別状はなく…まだ眠ってはいるもののそれほど心配なことはなかった。
利用されてばかりで…不憫な子だわ…とスミレは思った。

 特別病棟の廊下を急ぎ駆けて来る靴音…麗香の部屋の前でぴたりと止まった。
チャイムがあるのに病室のドアを叩き壊さんばかりの勢いでノックする音がして…返事と共に西沢が飛び込んできた。

 「麗香は…? 麗香の容態は…? 」

 ああ…紫苑ちゃん…待ってたのよ…早くお姉ちゃまに会ってやって…。
スミレは奥の部屋へと西沢を引っ張って行った。

 ばばさまの魂の力を借りて何とか持っているらしいの。
そうでなければ…。  

 眼を閉じたままの血の気を失った弱々しい顔をひと目見た時…西沢の胸に鋭い痛みが走った…。
西沢の治療能力では…もう奇跡を起こすこともできなかった…。

 紫苑…何故…家門の壁などぶち壊してでも麗香を護ってやらなかった…?
どうしようもないこととは分かってはいても自分を責めずには居られなかった。

 「ご免よ…麗香…。 傍に居てあげられなくて…。
護ってあげられなくて…ご免…。 」

 麗香の耳元で…西沢はそっと囁いた。
西沢の声に反応したのか…麗香は薄っすらと瞼を開けた。

 「お姉ちゃま…お姉ちゃま…! 」

 スミレが声をあげた。 
紫苑ちゃんよ…お姉ちゃま…ずっと待ってたんでしょう?

 「し…おん…。 お願い…。 智明の…後見…を…裁定…人…の…宗主…に…。
この子…ひとりぼっち…に…なっちゃう…の。 
後継に…指名…した…けど…後ろ楯…なくて…可哀想…だから…。 」

麗香は拝むような目で西沢を見た。

お姉ちゃま…私のことなんて今どうでもいいのに…。
時間がないのよ…。

 「分かった…。 間違いなく智明をばばさまの後継に立てる。
後見のことも宗主にお願いする…。 
僕もできる限り力になるよ…。 」

 西沢は何度も頷いた。
麗香の前で…そうはっきりと約束した。
麗香はほっとしたように…嬉しそうな笑みを浮かべた。

 「帰ってきて…しおん…。 あの…部屋…。 しおん…と私…だけの…部屋…。
まだ…こん…なに…し…おんが…好き…。 」

過去を思い浮かべているのか…麗香はぼんやりと天井を見つめた。

 「ノエルが嫉妬してる…。 
薔薇のお姉さんを忘れられない僕の心に気付いている。
 悪い亭主だけど…どうしようもない…。
きみが好きだよ…。 」

冗談っぽく微笑みながら西沢が言う…。

 ほんと…悪い…ひと…。 
けど…いつ…見ても…憎めない…その笑顔だけは…。

 「嬉…しい…わ。 
ノ…エル…ちゃ…んから…焼き…もち…焼いて…貰え…て…。 」

しおん…。

 それきり…麗香の言葉は絶えた。
薔薇のように美しく微笑んで…西沢に手を取られながら…。

 逝ってしまったと分かっても…西沢は…その手を離すことができなかった。
まだ温もりのある手…愛して止まない女の手…。
 頬寄せて…キスして…涙が溢れてくるのを必死で堪えた…。
笑顔のまま見送ってやりたかったから…。



 庭田本家は家格に恥じぬ荘厳な葬儀を執り行った。
喪主は智明が務め…これもまた…普段とはまるっきり人が違ったような威厳ある後継ぶりで…周りをおおいに驚かせた。

紫苑…僕は今…この瞬間から智明に戻る…。

 麗香が亡くなった後で…智明は西沢にそう宣言した。
長年…被り続けていた道化の仮面を外し…正当な天爵ばばさまの後継者としての顔を同族に曝した。

 智明を後継とすることに異論がなかったわけではない。
先代の指名があって…庭田の長老衆が智明の中にばばさまの魂を確認してさえも…納得しない者も居た。

 内部から反対者が出ることは智明も十分に予想していたし覚悟もしていた。
外にできた者にとって後ろ楯がないということは…そういうことなのだ…。

 しかし…この件については比較的迅速に解決を見た。
麗香の遺言によって指名を受けた裁きの一族の宗主が、智明の後見を務めると正式に庭田に申し入れた為に、反対派の気持ちが大きく揺らいだせいだった。

 他家の当主の後見を引き受けるということは…それだけで家を乗っ取ると疑われても仕方のないほどの大事だが…宗主が敢えて危険を冒したのは庭田の安定が族長会議に欠かせない重要な要素になっているからだ。

 加えて…これまでの智明の働きが他の家門から高く評価されていて…対外的には智明が庭田の顔になっており…その価値には余人を以って代え難いものがあった。
それについては反対派も認めざるを得なかった。

 裁定人の宗主が乗り出したことで反対者も表立って異論を唱えるわけにはいかなくなった。
ようやく庭田は智明を天爵ばばさまとして長に戴き…再び動き始めた。


 
 「それじゃあ…仲根さんは族長会議の警備に行くんですか…? 」

キーを打つ手を止めて亮は仲根の顔を見た。

 「そう…。 今回は庭田の事件の検証が行われるんで…妨害されないように各地の御使者とエージェントが特別警備に出るんだ。 

警察で検証は行われているけれど…何しろ普通の人たちには分からないこともあるからね…。 」

 検証…ですか…。 う~ん…見てみたい気もするなぁ…。
内勤の亮は羨ましそうに言った。

 だろぉ! まあ…会議場内の担当にはずれりゃ外で立ち番だからさ…。
見られないかも知れないけど…。

 「全国の代表家門から選りすぐりのリーダーたちが集まってくる。
事件当夜の状況を読むんだ…。 前代未聞の大イベントだぜぇ…! 」

うわ~…行きてぇなぁ…。 

 「そんじゃ~行ってみるかぁ? 」

さっきまで電話を受けていた大原室長が亮に声をかけた。

えぇっ…?
 
亮も仲根も驚いて室長を見た。

 「今回さ…証人として華道家の紅村旭に参加して貰うことになったんだけど…そのボディガード…。
仲根と亮とでがっちり固めて来い。 勿論…会場内に入れるぜ…。 」

 やりぃ!
仲根と亮は手を打ち合わせた。



 かさこそと落ち葉の舞い落ちる音がする。 少し風が出てきたか…。
しんと静まり返った広い座敷の真ん中あたりで西沢は身動ぎもせず…ただ宗主が現れるのを待っていた。

 西沢の隣では智明が…信じられないことにひと言も口を利かず座っていた。
これがもしスミレだったら…際限なくべらべらとしゃべりまくっていただろう。
智明はどちらかと言えば寡黙である。

 使用人頭の声がして…開かれた襖の向こうから宗主と内室…お伽さまの三人が現れた。

 「待たせたね…。 」

 西沢は型通りに挨拶の口上を述べ、智明もそれに従った。
今日は母屋での正式な話になる。 
洋館でのように無礼講というわけには行かない。

 「近く…族長会議で事件の検証が行われるが…その前に…庭田にもいろいろな事情があることと思うから…前以て聞いておこうと思ってね…。 」

 宗主は穏やかに智明の方を見た。
智明は軽く…一礼した。

 「ご存知のとおり…姉はお告げ師ですから…この事件についてまったく気づいていなかったというわけではありませんでした…。

 ですが…庭田では…古からの禁忌として自らの運命を事細かに調べてはいけないことになっています。
姉もそれに従って…敢えて知ろうとはしませんでした。

 気丈な人で…すでに覚悟を決めており…怖れてもいませんでしたが…庭田の行く末だけは気に掛けていました。 」

 智明の話によれば…三宅を身近に置くようになった頃には…それらしい気配を感じていたとのことだった。
避けられぬ運命ならば…そのことを最大限に利用しよう…と麗香は考えた。

 天爵ばばが何者かに殺されたとなれば…居眠りしている連中も眼を覚ますに違いない。
証拠無しでは思うように動きが取れない裁定人の宗主にも…動く理由ができるだろうし…。
警察では迷宮入りの事件になるとしても…族長会議では必ず答えが出るはず…。

 「ばばさまらしい…命に代えても我々の未来を護ろうとなされたわけだ…。
応えねばならんな…。 
 
 紫苑…おまえは後見人の使い…世話人として時々庭田に出入りせよ…。
智明の相談相手になってやるがいい…。 」

宗主は西沢にそう命じた。

 「時に智明…きみは庭田の本家で育ったわけではないが…庭田の祭祀…作法などは…学んだことがあるか…? 」

 それを言われると…つらいものがあった。
庭田にもお告げ師として天啓を受ける為の祭祀や儀式がある。
麗香が執り行う儀式などの介添えを幾度もしてはいたが…いざ自分が主になると上手くいくかどうか…。

 「お伽…庭田の儀式には御大親の祭祀に近いものがある…流儀は異なるが…立ち居振る舞いなど教授してやれ…。
おまえなら…智明の中のばばさまと話ができるだろうから…。

北殿…何か紫苑に伝えることがあるかね…? 」

 宗主は傍に控える内室にそう訊ねた。
お伽さまが青竹のように清々しい方なら…北の方は艶やかな大輪の牡丹…。
裁きの一族のもうひとつの家門の長らしく…宗主にも引けを取らない堂々たる女主。

 「紫苑…宗主と同様…私の特使としても…あなたにエージェントに命令できる権限を与えます。
家門の枠を越え…御使者と同じようにエージェントをお使いなさい…。
すでにこのことは通達済みです。 」

 えっ…ちょっと…待ってください…! 何か…誤解されているようですが…。
西沢は慌てて言った。

 「僕は…ただのはみ出し御使者で…みんな僕より先輩ばかりだし…仲間たちに命令なんてしたことはありません…。 」

 お伽さまが横を向いてぷっと噴き出した。
怪訝な表情で北殿が宗主を見た。

 「御使者長から聞いてはいたが…如何にもおまえらしい…。
特使とは…僕の直属の使者で…当然…御使者長の上を行くお役目だ…。
その権限を一度も使ったことがないとは…。 」

宗主も北殿も堪えきれずに笑い出した。

 ひえぇぇぇぇ~っ!
どうしよう…どうするよ…そんなあほな…聞いてねぇし…。

さっと血の気が引いた。 
 
 紫苑…大丈夫…顔色悪いよ…。
智明が心配そうに小声で訊いた。

大丈夫じゃねぇよ…。 死にそ~だ…。

 「あの…前にも申し上げましたが…やはり…僕には荷が重過ぎるようなので…分相応に普通の御使者に戻して頂けないでしょうか…?
生来…怠け者なので…そんなご大層なお役目は務まらないような気がします…。」

 襖の奥からもクスクスと笑い声が聞こえてきた。
宗主はとうとう腹を抱えて笑い出した。 北殿も堪らず声を上げて笑った。

 「紫苑…紫苑…そのように…不安がらずとも宜しい…。 心配ありませんよ。 
あなたはこれまでどおりにお務めを果たされればいいのです。
気を楽になさい…。
ただ…お務めの上でひとりでは困難なこともお有りだろうから…そういう時にはみんなに頼めと言っているだけなのですよ…。 」

 笑いながらお伽さまが説明した。
私も…始めは戸惑いましたが…今では慣れました…。
出来ることを精一杯すればよい…そう考えております。

あ…そうか…お伽さまも特使のひとりなんだ…。
西沢は初めてそのことに気付いた。

 「北殿は…あなたを見込んで権限を与えて下さったのです…。
何でもひとりで背負い込まないで…与えられた権限を有効にお使いなさい…。 」

 そう言ってお伽さまは北殿と笑顔を交わした。
結構…仲良さそうだ…このふたり…。 
宗主の子のひとりがお伽さまの子だっていう噂は…本当かも…。

 なんて…悠長に…人の噂を言ってる場合じゃないよ…。
お伽さまに諭されても…改めて知ったお役目の重さに西沢は頭を抱えた…。

 僕は万事てきと~な男なんだぜぇ~。 
お伽さまみたいに真面目なタイプじゃないんだよ~…。
どうするよぉ~…紫苑?

どうすりゃいいんだぁ~!










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