徒然なるままに…なんてね。

思いつくまま、気の向くままの備忘録。
ほとんど…小説…だったりも…します。

続・現世太極伝(第七十二話 ぴったりだろ…。)

2006-09-10 16:05:00 | 夢の中のお話 『続・現世太極伝』
 同じくらいの小さなにゃあにゃあが…あっちとこっちに居る…。
ようよう一歳になったばかりの吾蘭は物珍しそうに覗き込む。
 このふたつのにゃあにゃあにはとがった耳も尻尾もない…。
ふわふわの毛もない…。
 けれど…確かにニャアニャアと鳴く…。
お猿さんみたいなのにニャアニャアと鳴く…。

吾蘭にそっくりの来人(クルト)…ノエルに似た絢人(ケント)…。

 「赤ちゃん…可愛いだろ…アラン。 ふたりともきみの弟だよ…。
アランはお兄ちゃんになったんだ…。
お兄ちゃんは赤ちゃんよりずっと強いんだから…優しくして可愛がってあげるんだよ…。 」

西沢は…得体の知れない生き物を前に不思議そうな顔をしている吾蘭にそう言って聞かせた。

 生まれてたった一年しか経っていない吾蘭に自分の方が大きいとか強いとかいう意識があるかどうかは分からない。
けれども…そうした自覚の有る無しに関わらず…赤ん坊に怪我を負わせるような危険な行動を取ることのないように教えていかなければならない。

 吾蘭はすでに自分で歩けるし物も使える。
本人にその気がなくても事故の起きる可能性は十分にある。
故意にやるとは考えたくはないが…。



 二年続きの奇跡と恐怖の難産を乗り越えて…さすがのノエルもボロボロ状態…。
なかなか身体が回復せず…有と滝川の両方から毎日のように治療を受けている。
去年のようには動けず…筋トレもお預け…。

 輝は細い身体でも極めて元気。 超安産だったこともあって回復も良好…。
たっぷり出るおっぱいは絢人だけでなく来人にも隔てなく与えられる。
時々は吾蘭もご相伴に預かる…。

 産休と称して工房を閉じている間にも…慌てないでいいからと幾つか仕事の依頼が来ていて…早めに工房を開けて絢人連れで仕事をしようか…とも考えていた。

ただ…普段は工房で仕事をしていても、顧客がいる限りは、時には外を回らなければいけなくなることもある…。

 外回りには…連れて行けないものね…。
もう一度保育園探そうかしら…出産前に探した時は何処も欠員待ちだったけど…。

 家に居るうちは僕が看てるよ…とノエルは言ってくれたが…ノエルも身体が回復すればすぐに店での仕事が待っている…。

 吾蘭は普段…家で仕事をしている紫苑が看ているが…如何に扱いに慣れた紫苑でも仕事をしながら三人もの赤ん坊の面倒を看るのは無理だ。

 定休日なら僕が看ている…と滝川も言ってくれたが…その日にタイミングよく外回りになるとは限らない…。

 月に数回のことだけれど…臨時にベビーシッターを頼もうかしら…。
長時間じゃないから…その方がいいかも…。
でも…知らない人だから…トラブルが心配ねぇ…。

 「吾蘭の時みたいに僕が店へ連れて行くよ…。 奥の部屋にふたりを寝かせておけばいいさ…。 毎日じゃないんだから大丈夫だよ…。
吾蘭は紫苑さんが看ててくれるし…もう学校があるわけじゃないし…。 」

 ベビーシッターを頼もうか…と思いながらも少し躊躇っている輝に…智哉に許可を貰ったから…とノエルが笑顔で伝えてきた。
ノエルなりに親として絢人のことを考えていたのだろう…。

 ノエルの実家に迷惑はかけたくなかったけれど…智哉から話を聞いたのか…その後で母親の倫から電話があって…どうせベビーシッターを雇うなら格安で雇われてあげるよ…と言ってくれた。

 ただじゃないってところが…いいじゃない…?
絢人は孫だけど…輝は嫁ではないから…気を遣わせまいとする倫なりの思い遣りなんだろう…。 
 断るのも大人気ないので外回りの日だけお願いすることにした。
時給はノエルのバイト時代と同じ800円ってことで…。

   

 部屋に籠もってイラストを描き…ひとりきりで時が止まったような生活をしてきた西沢にとって…この数年の間の環境の変化は実に目まぐるしかった。

 今では飛ぶように毎日が過ぎていく…。
ひとりで居る時間があるというのが不思議なくらいに…。

 夏の終わりにようやく体調の戻ったノエルが店に復帰した。
輝が絢人を…ノエルが来人を連れてそれぞれに出勤していった後…ひとり残された吾蘭を仕事部屋のチャイルドサークルの中へ入れて遊ばせておいて…イラストボードに向かう…或いはパソコンに…。
そんな生活が再び戻った。

 仕事は順調…家庭は円満…世間的に見れば…まずまず幸せに暮らしていると言えるだろう…。
突然…送られてくる指令書と…内と外に気がかりが幾つか…それさえ何事もなく無事に済んでくれれば…。

 西沢のように別の仕事を生業としながらお務めをする御使者は、御使者を専業とする有や亮たちとは異なって常時任務についているわけではないから、指令があれば優先的に動くことになるが、なければごく普通に生活できる。

 普段は何気ない日常の中にどっぷり浸かっていて構わないはずなのだが…吾蘭と来人のことがあるせいか…気分的にずっとお役目続行状態が続いていた。 

 もうひとつ…あの議員から栄光の座を奪った者がいったい誰だったのか…?
何処からか情報が漏れる…それはどんな世界にでも起こり得る事だから別に驚きはしないが…エージェントが該当者を割り出した直後にその該当者が潰されるというのはあまりにも出来過ぎてやしないか…?

いかんいかん…今はオフ…お役目は忘れて本業に専念しなきゃ…。

 出来上がった指定サイズのイラスト数枚を受け取りに来た玲人に渡し…お昼前に少しだけ吾蘭を公園に連れて行き…公園のお母さんたちから軽く情報収集…。
これもお仕事…。 

 通りがかりの学生…コンビニの店員…喫茶店のマスターと客…書店の店主等々…ありとあらゆる会話の相手が…西沢にとって大切な情報源…。

 アランが一緒だと話相手が警戒しないからその点は助かるね…特に女性が…。
思わぬ効果にちょっと気をよくする…。

 帰宅して吾蘭に昼御飯を食べさせ…御腹いっぱいで幸せそうに御昼寝している間にパソコンに向かう。
仕入れた話を忘れないうちに入力…。 時折…子ども部屋のベッドを覗く…。
ぐっすり…だ…。

 さあちょっと休憩…お茶でも飲もう…と思っていたところに…予約の入っていた早朝の出張撮影から滝川が戻ってきた…。

 「えらく早いご帰還じゃないか…スタジオの方は…? 」

遅番に任せてきた…。 早いったって朝6時からずっと詰めてたんだぜぇ…。

はいはい…お疲れさま…ほら濃いめのお茶だ…。

あ~うめぇ…。 アランは…?

 「子ども部屋…御昼寝中…。 」

 天使の時間か…。 可愛いもんだ…。 
思い出すぜ…おまえの幼い姿を…最高に可愛いアンティーク・ドールだった…。
アランも可愛いが…比じゃねぇな…。

 ふっ…と西沢が笑みを漏らした。
まったく何年経っても…。 

 何年経とうが関係ねぇよ…僕の原点はそこにある…。
たとえ…おまえが爺さんになっても僕の眼に映るおまえは紫苑ちゃんのままだ…。
僕が撮りたいもののすべてなんだ…。

 よせよ…今度は何のおねだりだよ…。
もう…モデルはやらねぇ…てか…やれねぇ…絶対…無理だし…。

 安心しろ…ポスターなんだ…。
親父の子育ての啓蒙ポスター…ぴったりだろ…。

 西沢は絶句した…。 頭痛がしてきた…親父かよ…ついに…。
そのうちに敬老会パンフなんて言いだすんじゃないだろうな…。

 滝川は西沢の後ろに回って説得を始めた…。
西沢口説き専用の甘ったるい声で…。

 紫苑…愛してるよ…。 モデル代はずむからさぁ…。
おまえが親父やるなんて誰も想像つかないんだよ…そこが狙いめ…。
結婚して子どもが居るのはみんな知ってるけど…永遠の独身みたいなイメージがあるから…。

 う~…その声聞くと鳥肌が立つ…。
西沢が顔を顰めた。

 「幻滅するだけじゃないのかぁ…? 」

 大丈夫…そんな写真は撮らない…。
キャッチ・コピーは…『命を育む仕事』…なんだ。

 紫苑…なぁ…頼むよ…。
う~ん…相変わらず…刺激的だ…この項と喉…愛してるぜ。
滝川の唇が頚動脈の辺りをするすると移動する。
 
いっぺん…どついたろか! 喉フェチ親爺…!

 クックッ…と喉を鳴らして滝川は笑う…。
嘘じゃぁないぜ…惚れて惚れて惚れぬいた相手だから…撮りたいんだ…。
西沢紫苑は僕にとって…最高の被写体…永遠のテーマ…。

 「まったく…喜んでいいんだか…悲しんでいいんだか…。
惚れてくれるのは…良くも悪くも男ばっか…。
よくもまあ…次から次へうじゃうじゃと…。

たまには…超ど級の女に惚れられてぇ…。 」

 不意に…麗香の顔が西沢の脳裏をかすめた…。
間違いなく…超ど級だったよな…きみは…。

 後悔なんか…していない…。
きみはきみのとるべき道を選び…僕は僕の歩むべき道を来た…。
今更…きみとの関係をどうこうしようとは考えていないけれど…。

 なぜか…このところ…やたら気にかかって…不安でいっぱいなんだ…。
スミレちゃんがきみのことを心配していたせいもあるかもしれない…。

 「どうかしたのか…? 」

 黙りこくってしまった西沢を窺いながら…滝川が怪訝そうに訊いた。
いいや…と西沢は答えた。

 子ども部屋で音がする…。
吾蘭が起きたようだ。
西沢は返事の代わりに滝川に軽くキスをした。

よっしゃ! OK取った!

そんな滝川の嬉しそうな声を尻目に、吾蘭の待つ子ども部屋へと向かった。
 








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