徒然なるままに…なんてね。

思いつくまま、気の向くままの備忘録。
ほとんど…小説…だったりも…します。

続・現世太極伝(第八十一話 吾蘭の危機)

2006-09-24 23:40:00 | 夢の中のお話 『続・現世太極伝』
 暦の上では春とは言え、まだ防寒着を放せない日々が続いている中で、珍しくぽかぽかと暖かい陽光が窓から射し込んでいた。
吾蘭が窓に張り付いて外を眺めているのを見て、ノエルはお散歩しようか…と声をかけた。

 吾蘭は大喜びでジャンバーを持ってきて一生懸命自分で着た。
仕事部屋の西沢に風邪気味の来人を頼んでおいて、ノエルは吾蘭を連れて外へ出た。

 「アラン…何処へ行こうか…?  」

 マンションの正面玄関の前で、吾蘭にそう訊ねた。
吾蘭が好きなのは近くの住宅街入り口の公園かアイスクリーム・ショップの近くの児童公園…。

 吾蘭は児童公園の方を指差した。 
児童公園には遊具が沢山あって幼い子ども向きだが、ベンチが多いのでお年寄りも結構日向ぼっこに来ている。
夜には若いカップルが多くなるけど…。

 他の子どもたちに混ざって吾蘭が遊具で遊んでいる間…ノエルはベンチに座って吾蘭の様子を見ていた。
近所の知り合いのお母さんたちが時折親しげに話しかけてくるので…うまく話を合わせて愛想よく振舞う。

 ちなみにノエルはお母さんたちの間でも…ノエルくん…と呼ばれている。
西沢の部屋に寝泊りしていた可愛い男の子…というイメージが強くて…子どもが産まれてからも…吾蘭くんのお母さんとは呼ばれない。
男の子だと思ってたけど…女の子だったのねぇ…とその場限りで納得しただけで…お母さんたちの頭の中ではずっとノエルくんのままだ。

 吾蘭は他の子どもたちと何ら変わるところなく屈託なくよく遊ぶ。
周りの子どもたちの中にはひょっとしたらワクチン系の子も居るのかもしれないが…特に誰かと喧嘩する様子もない。

 やっぱり…あれは嫉妬か悪戯…だったんだろうな…。
ノエルは少しほっとした気分になった。

 昼近くになって…少し雲が出てきた。
あたりは急に寒くなった。
周りが帰り支度を始めたのでノエルも吾蘭を呼んだ。

 吾蘭がこちらへ駆けて来ようとした時…急に反対側の木立の向こうから妙な連中が飛び出してきた。
危険を感じたノエルは吾蘭の方へ駆け寄った。

 彼等は周りに居たお母さんや子どもたちを蹴散らすように突進し…弾みで何人かの子どもやお母さんが突き倒された。
お母さんたちの悲鳴と子どもたちの泣き声が公園に響いた。

 ノエルが間一髪で吾蘭を抱き上げた。
肩透かしを食らったひとりがふたりを追い始めた。

 公園での騒ぎを聞きつけて…人が集まって来た。
その中にノエルは谷川書店の店長の姿を見つけた。

 「店長! 吾蘭をお願い! 」

 ノエルがそう叫ぶと…店長は急いで手を伸ばした。
吾蘭を店長に預けたノエルは追って来るひとりを軽くかわすと肘打ちをかました。
彼はあっけなく転がった。

 その様子を見ていた他の連中が一斉にノエルの方へ向かってきた。
誰かに操られている…というわけではなさそうで…むしろ本人たちが暴れたくて暴れている…という感じだった。

 能力者ではない…。 ノエルは咄嗟に感じ取った。
そんじゃまあ…遠慮なく暴れさせて頂こうっと…。

小柄なノエルに油断したか…彼等は警戒することもなく飛び掛ってきた。

てめぇら俺に襲い掛かるのは百年早いわ!

 そんな感じで公園で暴れる不逞の輩をあっという間に吹っ飛ばした。
きゃ~っとお母さんたちから黄色い歓声が上がった。

ノエルく~ん…カッコいい~…最高ォ!

 誰かが知らせたらしく公園脇の交番からお巡りさんが飛んで来て転がっている暴漢どもを捕まえた。

 ノエルは吾蘭を預けた店長の姿を捜した。
店長の姿は見当たらなかった。
心臓が高鳴った。

 慌てて公園の外に出てみたが…何処にも居ない。
大声で吾蘭の名を呼んだ。 遠くで泣き声が聞こえた。
声の方へ走った。

 黒い車がすぐ脇を滑るように通り過ぎた。
吾蘭が泣き叫んでいた。 

 「アラン! 」

 ノエルの中で何かが切れた。 猛烈な怒りが込み上げてきた。
騙したな…大切な仲間の顔を使って…僕を欺いたな!
僕の…僕の…アランを返せ!

 「卑怯者! 」

 大声でノエルが吼えるのと同時に走っていたはずの車がいきなり消えた。
消えた…というよりは粉々に崩れ落ちた。
運転していた男と後部席のふたりが勢い余って激しく転げた。
 そのひとり…吾蘭が泣き顔のままむっくり起き上がってノエルの方に向かって駆け戻ろうとした。
後部座席の男が吾蘭を捕まえようと手を伸ばした。

 小さな吾蘭の髪が一瞬逆立った。
男の差し出した手がボキッと鈍い音を立てた。 腕を叩き折られた男が思わず悲鳴を上げた。
 誘拐犯たちは信じ難い現象を目の当りにして身震いするほどぞっとした。
ノエルが猛スピードでこちらに向かって駆けて来るのを見て、吾蘭が向かった方とは逆方向に逃げ出した。

 吾蘭の眼には助けに来てくれたノエルの姿がちゃんと映っていた。
真っ直ぐノエルが見える方へと走った。 転がる方が速いような走り方だけど懸命に…。
ノエルが手を伸ばして吾蘭を抱きとめた。
アランは必死でしがみついた。

 「アラン…ごめん…怖かったねぇ…。 ノエルが騙されたからいけなかった。
ごめんね。 あいつ等…悪い奴だってアラン…気がついたんだよね。
小さいのに偉かったね…。 よく頑張ったね…。 」

 吾蘭が彼等にどれほど敵意を感じ取ったかは不明だが…危険な相手…もしくは敵であることを認識したのは間違いなかった。

お~い…。 大丈夫だったか~…? 怪我なかったか~…?

 背後から谷川店長の声がした。 えっ…?とノエルは振り返った。
首の後ろを押さえながら…ふらふらと店長が近付いてきた。

 「いやあ…すまん…すまん。 僕の不注意だった…。
危ないからアランを店に連れて行こうとしたら…不意にガンッとやられてな…。」

店長はまだ調子悪そうに首を左右に曲げた。

 「それにしても…よく怪我しなかったなぁ…。 遠くから見てもすごい勢いでころげたぜ…。 
車…粉々だし…。 」

 吾蘭の頭を撫でながら驚いたように店長が言った。
怯えた泣き顔からちょっとだけ笑顔を見せた。

 「紫苑さんだよ…。 
あの瞬間に…アランの身体を気のクッションでプロテクトしたんだ。
 車は僕だけど…アランを捕まえようとした男をやっつけたのも紫苑さん…。
紫苑さん…相当怒ってるから…あいつ…きっと腕をへし折られてるね…。

 店長…ごめんね…。 巻き添え食わしちゃったね…。
どこか痛めてるといけないから紫苑さんに診て貰おうよ…。
ほんの少しなら治療もできるんだ…。 」



 谷川店長の頭から背中にかけて…西沢は丁寧に調べて行ったが怪我と言えるほどの怪我はなかった。
ただ…首の辺りに何か強い衝撃を受けたような痕跡が感じられた。
西沢はその部分が受けたダメージを軽減させた。

 「すぐに…楽になりますよ。 殴られたわけじゃないようです。
言わば…電気ショックみたいなものですね。 奴等の気の力なんでしょうが…。」

 巻き添えを食わせて申し訳なかった…と西沢も詫びた。
お役に立てなくて…と谷川は恐縮した。

 吾蘭は来人と一緒にミルクを貰っていた。
今はけろっとしているが…今夜はきっと興奮して眠れないだろう…。

 「西沢家の家長から…一族のみんなに連絡が来ました。
かなり…大変なことになっているそうですね。
平気で人殺しもする奴等だから…十分に気をつけるようにと…。 」

 谷川は不安げに西沢を見た。
西沢はその通りだと言うように頷いた。

 「ご覧のとおり…こんな小さな赤ん坊までさらいますよ。
実は…誘拐未遂はこれで二度目なんです。 
 生まれてすぐのあの事件は…実際には奴等の仕業なんですよ…。
何をする気かは知らないが…執拗にこの子を狙うんです。

僕もそろそろ堪忍袋の緒が切れそうでしてね…。 」

 ノエルが言っていたとおり…西沢は相当頭にきているようだった。
店長が聞いた噂では…妊娠中にノエルが襲われたり…部屋を銃撃されたり…何度も嫌がらせを受けているというから…その上に誘拐未遂が二度ともなれば怒髪天を衝くという状態でもおかしくはない。
これだけ落ち着いていられる方が不思議なくらいで…。

 「今…族長たちが懸命に対策を練っている最中です。
何かの時にはどうか協力をお願いします。 」

 西沢は谷川にそう頼んだ。
谷川は勿論…と頷いた。 
こんな体たらくで…どれほどお力になれるかは分かりませんが…。

 いやいや…皆さんの協力があればこそ…族長も安心して動けるのですから…。
そんなふうに言われて…ますます恐縮した。

 ノエルと二~三言葉を交わした後…西沢に治療の礼を丁寧に言って、谷川店長は自分の店へと帰って行った。

 店長が引き上げてしまうと…西沢は吾蘭に遅い昼御飯を食べさせているノエルの傍に行った。

 「まだ…膝がガクガクしてるよ…。 」

 そう言いながらノエルは吾蘭の頭を優しく撫でた。
吾蘭がにっこり笑った。
西沢がそっと肩を抱いた。

 「頑張ったな…ノエル。 すごい力だった。 正直…驚いたよ…。 」

車を粉々にしちゃうなんて…さ。
あんまり浮気ばかりして…きみを怒らせないようにしなきゃな…。
まだ粉々には…なりたくないんで…。

 「でも…紫苑さんが護ってくれなきゃ…アランに怪我させるとこだったんだ。
僕…ほんと考えなしだから…。 」

 ノエルは反省しきり…。
西沢は微笑むだけで何も言わなかった。
そっと額を摺り寄せて…優しくキスした。

 吾蘭がきょとんとそれを見ていた。
僕も…と言わんばかりに西沢に向かって両手を伸ばした。

 西沢は笑って吾蘭を抱き寄せ…同じようにキスしてやった。
吾蘭が嬉しそうに笑った。
お父さんっ子の吾蘭はホットケーキのシロップでいっぱいの唇で、西沢に可愛いお返しをくれた。

 吾蘭の大好きなお父さんの顔は、吾蘭のお口のまわりそっくりに汚れてしまったけれど…なんだかとても幸せそうに見えた…。
 








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